■本編完結■ 竜騎士と花生み〜逃亡奴隷はご主人様に恋をする〜

11ミリ

文字の大きさ
上 下
10 / 64

10.ここにいさせて

しおりを挟む
「え、あの、あの、旦那様って、今何歳ですか?」
「先月のお誕生日をもって、十八歳になられました」
「ええええ!」

 カエルム王国の成人は十八歳。ついこの前までは子どもだったということだ。
 あんなに済ました顔をして、ワインも飲んで、屋敷をもっていて、竜騎隊の隊長で、なのに十八歳。なんということだ。マルだって年明けには十五歳になる。たったの三歳しか違わない。ロナウドと出会ってから驚くことばかりだったが、これが一番の衝撃だ。

「竜騎隊では百年に一度の逸材と呼ばれていらっしゃるそうです」

 おまけに天才らしい。

「そうそう、マルさん。今晩の夕食後、旦那様の居室へ伺ってください。お話があるのだそうです」
 不意に先ほど頭に感じた手の重さを思い出し、再び胸がとくんと跳ねた。
 どうして、なのか。手を胸に当ててみたが、分からなかった。



 嫁の疑惑も晴れたので、正式に下働きとしての労働初日である。
 ホセとは厩舎の掃除と花壇の手入れ、マチルダとは屋敷内の掃除とリネン類の洗濯、料理長とは豚の解体をして腸詰めと塩漬けを作った。
 一日しっかり労働をしたので、腕からも肩からも筋肉の叫びが聞こえるような気がした。夕食では匙を持つ手が震えた。けれど皿の中には誰よりも大きな腸詰めの塊が入っていて、目を瞬いた。肉だ。今日もごちそうだ。

「この屋敷にいる以上、いつまでも細っこい腕をしてられちゃぁ俺のメシが不味いみてぇだろ。たくさん食って早く太れ」
「やだ、料理長ってば。太るなんて言わないのよ。大きく育って欲しいって言えばいいじゃない」
「どっちでもいいじゃねぇか」
「ちょっとそういうとこが雑だと思うのよ」

 賑やかな食卓はそう悪くない。言い合ってはいるけれど、互いに怒ってはいないし、ホセも黙々と食べている。

「あの、あの……美味しい。料理長のご飯、美味しいです。たくさん食べられて、嬉しいです。ありがとうございます……」

 二人の会話がぴたりと止む。ずれたことを言ってしまったのかもしれない、と後悔を仕掛けたときだ。パン皿の上に、料理長からもう一つパンが追加される。

「もっと腕っぷしが太くなったら、力仕事も任せられるし、俺も楽になるってもんだ。どんどん食うがいいさ、なぁマル!」と料理長。
「料理長って口はアレだけど、料理の腕はいいんだから。たくさんお食べよ」とマチルダが。
「よく噛むのですよ」とホセまでが。

 言われたとおりに一生懸命もぐもぐしながら、うんうんと頷く。
 ほかほかのパンのように柔らかくて、ことこと煮込んだスープのように優しくて。いいところだなと思った。こんな世界があるなんて、そこに自分がいるなんて、嘘みたいだった。
 大きくなれ、と未来の話をしてくれる。明日もあさっても、ここにいていいと受け入れてくれているのだ。
 マルは笑いながら人を虐げる大人をよく知っていた。孤児院の院長もごろつきたちもよく笑っていたから、笑う大人は恐ろしかった。
 ここでは料理長もマチルダもホセも笑うけれど、恐ろしくない。信じていい人たちだ。この人たちはマルの知っている人たちとは違うのだ。


「おい、マル、どうした。泣いてんのか? 香辛料がキツかったか?」と料理長。
「あらあら、料理長が怖かったの?」とマチルダが。
「マルさん、どうぞこちらで目を拭いてください」とホセがハンカチを差し出す。

 ここがいい。ここにいたい。この人たちと共に、この屋敷にいさせてほしい。そのためだったら何でもしよう。できる努力は全てするから。
 嗚咽がひとしきり落ち着くまで留まってくれた三人の優しさが沁みた。



 その後、マルはオイルランプの手入れをしていた。帰宅したロナウドの食事が終わったら、部屋に呼ばれるのだ。なにかしていないと落ち着かなかった。
 蝋燭と違って、オイルランプは風のある屋外でも使えて便利だ。けれどガラスのドーム部分が煤で曇るとランプの明かりが鈍くなるので、たまに拭いて手入れをする必要がある。
 そうしていると爪の間や指先が粘ついた汚れで黒くなってきた。するとそこでマチルダがロナウドの食事が終わったからと、マルを呼びに来た。
 心配事は一つ。ここから追い出されることだ。どうかロナウドの気が変わったりしていませんように、と、深呼吸を一つした。

 コンコンコン。

 ホセに教わったとおり、扉を三回ノックする。

「ご主人様、マルです」
「入って構わない」

 ドアを開ける際に指先の汚れが気になった。以前なら気にもしなかったし、気になったら服で拭った。けれどここはどこもかしこも綺麗だし、服もマチルダが洗ってくれたものだ。ドアノブと服を汚したくなくて、仕方なしに両掌を使ってノブを回す。



 屋敷の中で一番重厚で格式の高そうな扉を開けると、ロナウドは部屋のテーブルでワインを飲んでいた。年齢を知っても、やはりロナウドは年嵩に見える。鍛えられた身体や、表情がほぼ変わらなくて物事に動じなさそうなところからだろうか。
 マルがロナウドの側へ立つと、ロナウドが残っている杯を呷った。

「今日はどうだった。この屋敷で続けていけそうか?」

 マルは今日手伝ったことを話した。それから、料理長と作った腸詰めが美味しかったこと。いずれ使いに出るだろうから、慣れるために明日は二人で市場へ行くこと。マチルダのように速く綺麗に火のしをかけられるようになりたいこと。ホセが今度ロバに乗せてくれることも話した。
 質問には合ってない返事かもしれない。けれど明日も、明後日も、その次の日も、自分がこの屋敷にいる未来を話したかった。

「ここは、たくさん覚えることがあって、面白い、です。だから、明日も、その、きっと面白いんだろうなって、思ってます。あの、頑張りますから……」

 ここにいさせてくださいと、祈りを込めた。どうか、と。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした

エウラ
BL
どうしてこうなったのか。 僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。 なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい? 孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。 僕、頑張って大きくなって恩返しするからね! 天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。 突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。 不定期投稿です。 本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました

厘/りん
BL
 ナルン王国の下町に暮らす ルカ。 この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。 ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。 国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。 ☆英雄騎士 現在28歳    ルカ 現在18歳 ☆第11回BL小説大賞 21位   皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。    

処理中です...