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王都に建つ大きな屋敷に、とある書状が届いた。
「ご主人様。手筈通り奴らが動いたと報告が。ただ……」
その書状を受け取った執事は、執務机に向かう主人に書状の内容を伝える。
そして執事の口から告げられた話に、屋敷の当主である中年の男は眉を顰めた。
「捕まったのが双子ではなく、公爵夫人だと?」
「はい」
予想していなかった展開に男の表情が険しくなる。
「ローグ子爵め。あんなグズ共も上手くまとめられんのか」
舌打ちをしながら中年の男は立ち上がった。
「まぁいい。とにかく出発する。準備をしろ」
主人に命令された通り、執事は手際よく外出の準備を整え、すぐに屋敷の前に馬車を用意した。
支度を終えた屋敷の主人は即座にその馬車に乗り込む。
それを確認した御者は、連絡窓から中を覗きながら告げた。
「出発致します。侯爵様」
御者の声掛けに、中年の男──エリオット・シュベール侯爵は、フンと鼻を鳴らした。
それから馬車を五時間ほど走らせ、ようやくエリオットはエレノアが拘束されている子爵領に着いた。
帝都から比較的近い領地といえど、日が暮れてから降り出した雨によって、予定よりも到着が遅れてしまった。
「公爵家に伝令を送れ」
馬車の外で控えていた部下にそう告げ、エリオットは人気のない農地の隅に建つ食糧庫へ足を進める。
ゼレンハノン公爵には事の顛末を見届けてもらう役目がある。
(捕まっているのが双子ではなくあの女なのが不安要素ではあるが、腐っても公爵夫人だ)
公爵家の名誉に関わることなら、公爵も動かざるを得ないだろう。
ニヤリと笑みがこぼれる。
エリオットは自身が描いた計画を改めて脳内に思い浮かべた。
普段から危うい行動が目立つローグ子爵を注視していたシュベール侯爵が、ゼレンハノン公爵夫人の誘拐事件をいち早く察知し動く。
侯爵は誰よりも早く現場に駆け付け、公爵夫人を守るために負傷する。
そして忠臣が公爵家の名誉を守るために傷を負ったと知ったゼレンハノン公爵は──。
(必ず相応の行動を起こすだろう)
裏では血も涙もない精神異常者だと噂されるゼレンハノン公爵だが、彼が忠誠心には真摯に答える男であることをエリオットはよく知っている。
その習性を刺激するためには、多少傷を誇張したっていい。
湧き出る愉快な感情を抑えながら、エリオットはエレノアが拘束されているであろう食料庫の前に到着した。
「おい誰だ!」
倉庫の出入り口に立つ二人の男が敵意をむき出しにする。
一人は短髪に大柄な男で、もう一人は長髪を後ろに束ねた細見な男だ。
彼らの粗末な服装を見れば、卑しい身分であることは一目でわかる。
エリオットは反射的に嫌悪感を露わにしてしまいそうになったが、怒りの表情を作って誤魔化した。
「私はエリオット・シュベールだ。お前たち、ゼレンハノン公爵夫人の居場所を知っているな?」
エリオットの言葉に男達はピタリと動きを止める。
「何の話かわからねぇな?」
大柄な男が挑戦的な表情で言う。
「私はローグ子爵の縁戚だからね。彼のことを注視していたんだ。彼が仕出かしたということはわかっているんだよ」
「だから何の話かわかんねぇって言ってんだろ?」
大柄な男はニタニタと笑うだけで、エリオットの言葉を真に受けない。
こちらを舐め腐ったような二人の態度は不愉快極まりない。
こういった輩は少しでも神経を逆なですれば手が出るだろう。
さっさと目的を達成してしまおうと考えたエリオットは、鼻を鳴らして目の前の二人を嘲笑した。
「そうか、わからないか。さすが平民の耳は我々のものとは違うようだな?」
意図的なエリオットの挑発に対し、二人の男は分かりやすく青筋を立てる。
「んだとテメェ!?」
細身の男が拳を振りかぶる。
面白いくらいに狙った通りの行動をしてくれる。
平民から暴力を受けるなんて反吐が出るが、すべては計画のため。
(これでまた一つ、私の野望の実現に近づく──!)
拳が振り下ろされる瞬間、エリオットは腕の下で歓喜の笑みを浮かべていた。
しかし、痛みに備えて目を強く瞑っても、彼が想像していた衝撃はやって来なかった。
「……?」
恐る恐る目を開けたエリオット。
そんな彼の前に居たのは、品のない笑みを浮かべ、仁王立ちでこちらをじっと見ている二人の男。
先ほどまで激昂していたとは思えない態度の変わりよう。
二人の男の様子にエリオットが困惑した時、「あぶねぇ」と長髪の男が笑った。
「お貴族様には怪我させないように、が掟だったのを忘れてた」
「おい気をつけろよ」
そう言って品なく笑い声を上げる男たち。
そして大柄な男が一歩前に出ると、高い位置から侯爵を見下ろしてくる。
「安心してくれよ侯爵。俺らはあんたに指一本触れねぇし。ましてや目立つ傷なんてそんなもん、つくるわけねぇからよ」
そう言った男たちは言葉の通り、扉の前から一歩も動こうとしない。
(どういうことだ?)
ゴロツキたちに指示を出しているのはローグ子爵だ。しかし、そのローグ子爵を操っているのはこの自分。
そしてエリオットは、子爵から男共にそんな命令をするよう指示した覚えはない。
男たちは下品な声で高笑いを続け、その笑い声がけたまましくエリオットの頭に響く。
平民から完全に見下されていることによる強烈な不快感と苛立ち。
降り続く雨は衣服を濡らし、居心地が悪い。
その上、このままでは公爵夫人を助けるために負傷した、という最も重要な事実が作り出せない。
しかし、エリオットがいくら吠えようと噛みつこうと、門前に立つ二人の男は下劣な笑みを崩さない。
そしてエリオットの言葉をまるで羽虫を追い払うかのように、のらりくらりと躱すのだった。
(なんだ。一体どうなっている……!?)
盤上に置いたチェスの駒が、勝手にあらぬ方向へ動き出したような、そんな感覚がした。
***
エレノアが倉庫で目覚めてからどれくらい時間が経ったのか。
体感では数時間過ぎた気がしている。
外の状況がわからないため確信は持てないが、エリオットがすでにここに到着していてもおかしくない時間だろう。
だとすれば……
(今ごろ彼は混乱してるでしょうね)
埃が舞い上がるベッドの上で、エレノアはそっと瞼を閉じる。
『ゼレンハノン家の危機に侯爵が駆け付け、その褒美に侯爵は子爵領を譲り受ける』
これが恐らく、シュベール侯爵が思い描いていた理想だ。
もし褒美がなかった場合でも、傍系貴族が犯した罪の責任を取りたいという旨で、子爵領の権利を要求することができる。
その際に双子、もとい公爵夫人の救出時に負傷でもしていれば、公爵の罪悪感に働きかける良い材料になるだろう。
褒美としての移譲ならば万々歳、贖罪としての譲渡ならば、世間には殊勝な人間だと印象を抱かれる。
(考えれば考える程、よくできたシナリオだわ。……そして、回りくどい)
彼はゼレンハノン公爵夫人の家庭教師に名乗りを上げた時から、少しずつ世間に『自分は善良な人間である』というイメージを与えていた。
今後働く悪事と彼の評判がイコールにならないように。
そうして彼が目標を達成した先にあったのは──……
エレノアの脳裏を掠めたのは、血に染まった息も絶え絶えな夫の姿。
ギリッ、と奥歯を噛みしめた音が暗い室内で響いた。
(……だから、そうさせないために手を打ったのよ)
扉の蝶番が軋む音がしてエレノアは顔を上げた。誰かが部屋に入ってくる。
廊下の明かりが逆光になっていてシルエットしか見えないが、それが誰なのかはすぐにわかった。
「……さっきは手当てしてくれてありがとう。見張りさん」
そう言って微笑んでみせれば、「あんた変な貴族だな」と言って青年が隣に腰掛けた。
その反動でベッドに溜まっていた埃が舞い上がる。
「あんたの言う通り、侯爵様が無謀にも単身で乗り込んで来たみたいだぜ。ボスたちが今倉庫の前で相手してる」
「……そう。来たのね」
「あんまり嬉しそうじゃないな。味方が来て嬉しくないのか?」
「彼は私を助けに来てくれた味方というより……作戦のために動いてる人だから」
「あんたが言ってた公爵の作戦か」
エレノアは小さく頷く。
それは、先ほどエレノアが彼らに伝えた“偽の作戦”だった。
ゼレンハノン公爵はローグ子爵を潰すため、公爵夫人の誘拐以外にもう一つの作戦を進行させた、という話。
「元平民の公爵夫人を誘拐したことよりも、由緒正しい侯爵家当主の体に傷を残した方が、弾劾しやすい材料になるでしょう?」
「ゼレンハノン公爵もえぐい作戦考えるもんだな。それを受け入れたあんたも侯爵もなかなかだけど」
青年の言葉に対し、エレノアは苦笑を浮かべるしかできなかった。
実際にアルバートはこの事件に関与していない。
一連の流れは全てエリオットによる自作自演で、それをエレノアが邪魔するため、彼の計画に乗っかって上塗りしたに過ぎない。
彼はどうにかして救出劇の最中に怪我をするつもりだったはずだ。
だから、暴漢たちには絶対侯爵に手を出さないようにしてもらう必要があった。
そこでエレノアが取った作戦は、『侯爵が怪我をすることこそ、ゼレンハノン公爵の思惑である』と彼らに思わせることだった。
見張り番の青年がここに来たということは、結果的にその作戦はうまく行ったらしい。
「ま、これであんたが言ってたことは本当だって証明されたわけだから、あんたとはここでおさらばだな」
青年がそう言ってエレノアの手首を縛る縄に手をかける。
本来、誘拐事件など知るはずもないシュベール侯爵が突然この場に現れた。
それは、エレノアが話した公爵の計画が真実だったと彼らに認識させるのに十分だった。
そして計画が真実だとわかった場合は、エレノアをいち早く逃がして今回の事件をなかったことにすると決められていた。
組織の者たちは公爵の手から逃れることができ、エレノアは情報を提供した見返りとして解放される。
もちろん公爵の計画をばらした以上、エレノアも組織と共謀したことになるため、この事件のことは一生口を紡がなければならない。
(命惜しさに公爵の計画を台無しにした愚かな公爵夫人、なんて思われてるでしょうね)
縄を解いてくれている青年を見ながら、エレノアは思った。
しかしそう思ってくれる方が好都合だ。この後が動きやすくなる。
「よし、解けたぞ」
束縛されていない自分の手を見ると、ホッと気が緩む。
そしてエレノアはそのまま部屋を出されると、すぐさま倉庫の裏口まで案内された。
「無事に公爵領に着くまではお前がここに居たってバレちゃまずい」
そう言って手渡されたローブ。
エレノアもその言葉に同意しながら、渡されたそれを着用し、フードを目深にかぶって外に出た。
辺りは日が暮れて真っ暗で、雨まで降り出していた。
(最悪ね……)
ここからどうやって公爵領に戻ろうか、と考えていると、雨音に紛れてどこからか争う声が聞こえてきた。
その声に青年も気づいたらしく、「ボスたちと侯爵だろうな」と答えを出してくれる。
合点がいったエレノアは、「今日のことは、私も知らないふりをするわ」と告げる。
「当然だろ。そういう約束だったんだから」
エレノアも組織の者たちも、お互いに口裏を合わせて、今回の事件をなかったことにする。
そうすれば、シュベール侯爵が描いていたローグ子爵の失脚は実現せず、侯爵のすべての計画は水泡に帰す。
裏口にまで届くほどの口論をしているということは、侯爵は今必死に偽の正義感を振りかざしているにも関わらず、まともに取り合ってもらえずただ無力に吠えているのだろう。
焦燥に駆られ、歯噛みする情けない彼の顔が浮かぶ。
(今回は私の勝ちね。シュベール侯爵)
何の力も持たない、見下していたひ弱な元平民の女に計画を邪魔された屈辱は如何ほどか。
不自然に口角が上がってしまい、エレノアは思わず表情を取り繕う。
「それじゃあね。あなたもさっさとこんな組織から抜けた方がいいわよ」
そう言った彼女に対し、青年は黙って瞳を見つめ返してくる。
「……?」
こうして彼の瞳をじっと見ていると不思議なもので、辺りはこんなにも暗いのに、くすんだ灰色の瞳が鈍く光っているように見えた。
どうかしたの、とエレノアが問いかける前に青年が口を開く。
「あんたさ、何で嘘ついた?」
音が消えて、頭のてっぺんから血の気が引く感覚がした。
動揺を浮かべてしまいそうになるのを必死に堪えて、「何の話?」と平静を装う。
「腐った世界で生きてきたから身に着いた防衛本能か知んねぇけど、俺ある程度の嘘は見抜けるんだよな」
彼はそう言ってエレノアの目を指さす。
「公爵家が裏で糸を引いてるって言った時のあんたの目、嘘つきの目だったぜ」
こちらの全てを見透かすような深い灰色の瞳に、エレノアは表情を崩してしまう。
青年の突然の言葉には驚いたが、出会った時と同じように彼から悪意は感じられない。
エレノアは観念して、今度はこちらから質問した。
「どうして……嘘だって思ったのに黙ってたの」
「別に。どうせ俺は下っ端だから、この計画がうまく行こうがそうじゃなかろうが、危なくなったら逃げるだけだよ」
なんでもないように言う青年の口元には、先ほど男に殴られた痕が痛々しく残っている。
彼の言葉の背景を重く感じ取って、エレノアはその傷にそっと手を伸ばした。
突然触れられたことに驚いた彼は、目を丸くしてエレノアを見る。
「……私の下で働く気はない?」
口をついて出た言葉。ちょうど信頼できる側仕えが欲しいと思っていた。
外から連れて来た平民の男を屋敷に置けば、世間はまたあることないこと騒ぎ立てるだろう。
だが、彼をここに置いて行くのは良心が痛んだ。
しかしその瞬間、青年の瞳の色が変わる。
口元に触れていた腕を力強く掴まれ、引き寄せられたエレノアの顔が彼の鼻先で止まる。
「滅多なことは言うもんじゃねぇぜお貴族様」
至近距離で交わる視線。彼の瞳には燃えるような怒りが浮かんでいた。
「同情なんかいらねぇ。俺は自分の力で生きていける」
突然のことで言葉が出てこない。
(私は今、この子の自尊心を傷つけたのね)
同情心で言ったわけではなかった。
しかし、そう受け取られてもおかしくない発言をしてしまったということを、今更ながら理解した。
彼はきっと、自分の境遇を酷く呪いながらも踏ん張っている。
だからこそ、無責任に情けをかけられることが耐えられなかった。
乱暴に捕まれていた腕を放され、エレノアはよろけながら弁明しようとする。
しかし、彼は「さっさと公爵邸に戻れ」と一言鋭く言い放った。
「ここはあんたみたいな人間には相応しくないだろ」
完全に青年を怒らせてしまったことを反省するが、謝る隙は与えてくれそうにない。
そして荷馬車が通るから乗せてもらえと、ぶっきらぼうに公爵邸までの帰り方を教えてくれた。
最後くらいこのくだけた人柄の青年と正面から話したかったけれど、こうなっては仕方ない。
早く屋敷に戻らなくてはならないのは事実なため、エレノアは彼の言葉通りこの場を立ち去ることにした。
「……顔の怪我、手当てしてくれありがとう。あなたもちゃんと治療してね」
エレノアは後ろ髪を引かれながらも青年に最後の挨拶を告げる。
彼に背を向け、示された荷馬車の方向へ走り出す。
青年はエレノアに怒っているであろうにも関わらず、律儀にエレノアの姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
実際に拘束されていたのはきっと一日にも満たない時間。
それでもこの日の出来事は、エレノアのこれまでの人生で最も印象深く、そして最も長く感じられた一日だった。
「ご主人様。手筈通り奴らが動いたと報告が。ただ……」
その書状を受け取った執事は、執務机に向かう主人に書状の内容を伝える。
そして執事の口から告げられた話に、屋敷の当主である中年の男は眉を顰めた。
「捕まったのが双子ではなく、公爵夫人だと?」
「はい」
予想していなかった展開に男の表情が険しくなる。
「ローグ子爵め。あんなグズ共も上手くまとめられんのか」
舌打ちをしながら中年の男は立ち上がった。
「まぁいい。とにかく出発する。準備をしろ」
主人に命令された通り、執事は手際よく外出の準備を整え、すぐに屋敷の前に馬車を用意した。
支度を終えた屋敷の主人は即座にその馬車に乗り込む。
それを確認した御者は、連絡窓から中を覗きながら告げた。
「出発致します。侯爵様」
御者の声掛けに、中年の男──エリオット・シュベール侯爵は、フンと鼻を鳴らした。
それから馬車を五時間ほど走らせ、ようやくエリオットはエレノアが拘束されている子爵領に着いた。
帝都から比較的近い領地といえど、日が暮れてから降り出した雨によって、予定よりも到着が遅れてしまった。
「公爵家に伝令を送れ」
馬車の外で控えていた部下にそう告げ、エリオットは人気のない農地の隅に建つ食糧庫へ足を進める。
ゼレンハノン公爵には事の顛末を見届けてもらう役目がある。
(捕まっているのが双子ではなくあの女なのが不安要素ではあるが、腐っても公爵夫人だ)
公爵家の名誉に関わることなら、公爵も動かざるを得ないだろう。
ニヤリと笑みがこぼれる。
エリオットは自身が描いた計画を改めて脳内に思い浮かべた。
普段から危うい行動が目立つローグ子爵を注視していたシュベール侯爵が、ゼレンハノン公爵夫人の誘拐事件をいち早く察知し動く。
侯爵は誰よりも早く現場に駆け付け、公爵夫人を守るために負傷する。
そして忠臣が公爵家の名誉を守るために傷を負ったと知ったゼレンハノン公爵は──。
(必ず相応の行動を起こすだろう)
裏では血も涙もない精神異常者だと噂されるゼレンハノン公爵だが、彼が忠誠心には真摯に答える男であることをエリオットはよく知っている。
その習性を刺激するためには、多少傷を誇張したっていい。
湧き出る愉快な感情を抑えながら、エリオットはエレノアが拘束されているであろう食料庫の前に到着した。
「おい誰だ!」
倉庫の出入り口に立つ二人の男が敵意をむき出しにする。
一人は短髪に大柄な男で、もう一人は長髪を後ろに束ねた細見な男だ。
彼らの粗末な服装を見れば、卑しい身分であることは一目でわかる。
エリオットは反射的に嫌悪感を露わにしてしまいそうになったが、怒りの表情を作って誤魔化した。
「私はエリオット・シュベールだ。お前たち、ゼレンハノン公爵夫人の居場所を知っているな?」
エリオットの言葉に男達はピタリと動きを止める。
「何の話かわからねぇな?」
大柄な男が挑戦的な表情で言う。
「私はローグ子爵の縁戚だからね。彼のことを注視していたんだ。彼が仕出かしたということはわかっているんだよ」
「だから何の話かわかんねぇって言ってんだろ?」
大柄な男はニタニタと笑うだけで、エリオットの言葉を真に受けない。
こちらを舐め腐ったような二人の態度は不愉快極まりない。
こういった輩は少しでも神経を逆なですれば手が出るだろう。
さっさと目的を達成してしまおうと考えたエリオットは、鼻を鳴らして目の前の二人を嘲笑した。
「そうか、わからないか。さすが平民の耳は我々のものとは違うようだな?」
意図的なエリオットの挑発に対し、二人の男は分かりやすく青筋を立てる。
「んだとテメェ!?」
細身の男が拳を振りかぶる。
面白いくらいに狙った通りの行動をしてくれる。
平民から暴力を受けるなんて反吐が出るが、すべては計画のため。
(これでまた一つ、私の野望の実現に近づく──!)
拳が振り下ろされる瞬間、エリオットは腕の下で歓喜の笑みを浮かべていた。
しかし、痛みに備えて目を強く瞑っても、彼が想像していた衝撃はやって来なかった。
「……?」
恐る恐る目を開けたエリオット。
そんな彼の前に居たのは、品のない笑みを浮かべ、仁王立ちでこちらをじっと見ている二人の男。
先ほどまで激昂していたとは思えない態度の変わりよう。
二人の男の様子にエリオットが困惑した時、「あぶねぇ」と長髪の男が笑った。
「お貴族様には怪我させないように、が掟だったのを忘れてた」
「おい気をつけろよ」
そう言って品なく笑い声を上げる男たち。
そして大柄な男が一歩前に出ると、高い位置から侯爵を見下ろしてくる。
「安心してくれよ侯爵。俺らはあんたに指一本触れねぇし。ましてや目立つ傷なんてそんなもん、つくるわけねぇからよ」
そう言った男たちは言葉の通り、扉の前から一歩も動こうとしない。
(どういうことだ?)
ゴロツキたちに指示を出しているのはローグ子爵だ。しかし、そのローグ子爵を操っているのはこの自分。
そしてエリオットは、子爵から男共にそんな命令をするよう指示した覚えはない。
男たちは下品な声で高笑いを続け、その笑い声がけたまましくエリオットの頭に響く。
平民から完全に見下されていることによる強烈な不快感と苛立ち。
降り続く雨は衣服を濡らし、居心地が悪い。
その上、このままでは公爵夫人を助けるために負傷した、という最も重要な事実が作り出せない。
しかし、エリオットがいくら吠えようと噛みつこうと、門前に立つ二人の男は下劣な笑みを崩さない。
そしてエリオットの言葉をまるで羽虫を追い払うかのように、のらりくらりと躱すのだった。
(なんだ。一体どうなっている……!?)
盤上に置いたチェスの駒が、勝手にあらぬ方向へ動き出したような、そんな感覚がした。
***
エレノアが倉庫で目覚めてからどれくらい時間が経ったのか。
体感では数時間過ぎた気がしている。
外の状況がわからないため確信は持てないが、エリオットがすでにここに到着していてもおかしくない時間だろう。
だとすれば……
(今ごろ彼は混乱してるでしょうね)
埃が舞い上がるベッドの上で、エレノアはそっと瞼を閉じる。
『ゼレンハノン家の危機に侯爵が駆け付け、その褒美に侯爵は子爵領を譲り受ける』
これが恐らく、シュベール侯爵が思い描いていた理想だ。
もし褒美がなかった場合でも、傍系貴族が犯した罪の責任を取りたいという旨で、子爵領の権利を要求することができる。
その際に双子、もとい公爵夫人の救出時に負傷でもしていれば、公爵の罪悪感に働きかける良い材料になるだろう。
褒美としての移譲ならば万々歳、贖罪としての譲渡ならば、世間には殊勝な人間だと印象を抱かれる。
(考えれば考える程、よくできたシナリオだわ。……そして、回りくどい)
彼はゼレンハノン公爵夫人の家庭教師に名乗りを上げた時から、少しずつ世間に『自分は善良な人間である』というイメージを与えていた。
今後働く悪事と彼の評判がイコールにならないように。
そうして彼が目標を達成した先にあったのは──……
エレノアの脳裏を掠めたのは、血に染まった息も絶え絶えな夫の姿。
ギリッ、と奥歯を噛みしめた音が暗い室内で響いた。
(……だから、そうさせないために手を打ったのよ)
扉の蝶番が軋む音がしてエレノアは顔を上げた。誰かが部屋に入ってくる。
廊下の明かりが逆光になっていてシルエットしか見えないが、それが誰なのかはすぐにわかった。
「……さっきは手当てしてくれてありがとう。見張りさん」
そう言って微笑んでみせれば、「あんた変な貴族だな」と言って青年が隣に腰掛けた。
その反動でベッドに溜まっていた埃が舞い上がる。
「あんたの言う通り、侯爵様が無謀にも単身で乗り込んで来たみたいだぜ。ボスたちが今倉庫の前で相手してる」
「……そう。来たのね」
「あんまり嬉しそうじゃないな。味方が来て嬉しくないのか?」
「彼は私を助けに来てくれた味方というより……作戦のために動いてる人だから」
「あんたが言ってた公爵の作戦か」
エレノアは小さく頷く。
それは、先ほどエレノアが彼らに伝えた“偽の作戦”だった。
ゼレンハノン公爵はローグ子爵を潰すため、公爵夫人の誘拐以外にもう一つの作戦を進行させた、という話。
「元平民の公爵夫人を誘拐したことよりも、由緒正しい侯爵家当主の体に傷を残した方が、弾劾しやすい材料になるでしょう?」
「ゼレンハノン公爵もえぐい作戦考えるもんだな。それを受け入れたあんたも侯爵もなかなかだけど」
青年の言葉に対し、エレノアは苦笑を浮かべるしかできなかった。
実際にアルバートはこの事件に関与していない。
一連の流れは全てエリオットによる自作自演で、それをエレノアが邪魔するため、彼の計画に乗っかって上塗りしたに過ぎない。
彼はどうにかして救出劇の最中に怪我をするつもりだったはずだ。
だから、暴漢たちには絶対侯爵に手を出さないようにしてもらう必要があった。
そこでエレノアが取った作戦は、『侯爵が怪我をすることこそ、ゼレンハノン公爵の思惑である』と彼らに思わせることだった。
見張り番の青年がここに来たということは、結果的にその作戦はうまく行ったらしい。
「ま、これであんたが言ってたことは本当だって証明されたわけだから、あんたとはここでおさらばだな」
青年がそう言ってエレノアの手首を縛る縄に手をかける。
本来、誘拐事件など知るはずもないシュベール侯爵が突然この場に現れた。
それは、エレノアが話した公爵の計画が真実だったと彼らに認識させるのに十分だった。
そして計画が真実だとわかった場合は、エレノアをいち早く逃がして今回の事件をなかったことにすると決められていた。
組織の者たちは公爵の手から逃れることができ、エレノアは情報を提供した見返りとして解放される。
もちろん公爵の計画をばらした以上、エレノアも組織と共謀したことになるため、この事件のことは一生口を紡がなければならない。
(命惜しさに公爵の計画を台無しにした愚かな公爵夫人、なんて思われてるでしょうね)
縄を解いてくれている青年を見ながら、エレノアは思った。
しかしそう思ってくれる方が好都合だ。この後が動きやすくなる。
「よし、解けたぞ」
束縛されていない自分の手を見ると、ホッと気が緩む。
そしてエレノアはそのまま部屋を出されると、すぐさま倉庫の裏口まで案内された。
「無事に公爵領に着くまではお前がここに居たってバレちゃまずい」
そう言って手渡されたローブ。
エレノアもその言葉に同意しながら、渡されたそれを着用し、フードを目深にかぶって外に出た。
辺りは日が暮れて真っ暗で、雨まで降り出していた。
(最悪ね……)
ここからどうやって公爵領に戻ろうか、と考えていると、雨音に紛れてどこからか争う声が聞こえてきた。
その声に青年も気づいたらしく、「ボスたちと侯爵だろうな」と答えを出してくれる。
合点がいったエレノアは、「今日のことは、私も知らないふりをするわ」と告げる。
「当然だろ。そういう約束だったんだから」
エレノアも組織の者たちも、お互いに口裏を合わせて、今回の事件をなかったことにする。
そうすれば、シュベール侯爵が描いていたローグ子爵の失脚は実現せず、侯爵のすべての計画は水泡に帰す。
裏口にまで届くほどの口論をしているということは、侯爵は今必死に偽の正義感を振りかざしているにも関わらず、まともに取り合ってもらえずただ無力に吠えているのだろう。
焦燥に駆られ、歯噛みする情けない彼の顔が浮かぶ。
(今回は私の勝ちね。シュベール侯爵)
何の力も持たない、見下していたひ弱な元平民の女に計画を邪魔された屈辱は如何ほどか。
不自然に口角が上がってしまい、エレノアは思わず表情を取り繕う。
「それじゃあね。あなたもさっさとこんな組織から抜けた方がいいわよ」
そう言った彼女に対し、青年は黙って瞳を見つめ返してくる。
「……?」
こうして彼の瞳をじっと見ていると不思議なもので、辺りはこんなにも暗いのに、くすんだ灰色の瞳が鈍く光っているように見えた。
どうかしたの、とエレノアが問いかける前に青年が口を開く。
「あんたさ、何で嘘ついた?」
音が消えて、頭のてっぺんから血の気が引く感覚がした。
動揺を浮かべてしまいそうになるのを必死に堪えて、「何の話?」と平静を装う。
「腐った世界で生きてきたから身に着いた防衛本能か知んねぇけど、俺ある程度の嘘は見抜けるんだよな」
彼はそう言ってエレノアの目を指さす。
「公爵家が裏で糸を引いてるって言った時のあんたの目、嘘つきの目だったぜ」
こちらの全てを見透かすような深い灰色の瞳に、エレノアは表情を崩してしまう。
青年の突然の言葉には驚いたが、出会った時と同じように彼から悪意は感じられない。
エレノアは観念して、今度はこちらから質問した。
「どうして……嘘だって思ったのに黙ってたの」
「別に。どうせ俺は下っ端だから、この計画がうまく行こうがそうじゃなかろうが、危なくなったら逃げるだけだよ」
なんでもないように言う青年の口元には、先ほど男に殴られた痕が痛々しく残っている。
彼の言葉の背景を重く感じ取って、エレノアはその傷にそっと手を伸ばした。
突然触れられたことに驚いた彼は、目を丸くしてエレノアを見る。
「……私の下で働く気はない?」
口をついて出た言葉。ちょうど信頼できる側仕えが欲しいと思っていた。
外から連れて来た平民の男を屋敷に置けば、世間はまたあることないこと騒ぎ立てるだろう。
だが、彼をここに置いて行くのは良心が痛んだ。
しかしその瞬間、青年の瞳の色が変わる。
口元に触れていた腕を力強く掴まれ、引き寄せられたエレノアの顔が彼の鼻先で止まる。
「滅多なことは言うもんじゃねぇぜお貴族様」
至近距離で交わる視線。彼の瞳には燃えるような怒りが浮かんでいた。
「同情なんかいらねぇ。俺は自分の力で生きていける」
突然のことで言葉が出てこない。
(私は今、この子の自尊心を傷つけたのね)
同情心で言ったわけではなかった。
しかし、そう受け取られてもおかしくない発言をしてしまったということを、今更ながら理解した。
彼はきっと、自分の境遇を酷く呪いながらも踏ん張っている。
だからこそ、無責任に情けをかけられることが耐えられなかった。
乱暴に捕まれていた腕を放され、エレノアはよろけながら弁明しようとする。
しかし、彼は「さっさと公爵邸に戻れ」と一言鋭く言い放った。
「ここはあんたみたいな人間には相応しくないだろ」
完全に青年を怒らせてしまったことを反省するが、謝る隙は与えてくれそうにない。
そして荷馬車が通るから乗せてもらえと、ぶっきらぼうに公爵邸までの帰り方を教えてくれた。
最後くらいこのくだけた人柄の青年と正面から話したかったけれど、こうなっては仕方ない。
早く屋敷に戻らなくてはならないのは事実なため、エレノアは彼の言葉通りこの場を立ち去ることにした。
「……顔の怪我、手当てしてくれありがとう。あなたもちゃんと治療してね」
エレノアは後ろ髪を引かれながらも青年に最後の挨拶を告げる。
彼に背を向け、示された荷馬車の方向へ走り出す。
青年はエレノアに怒っているであろうにも関わらず、律儀にエレノアの姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
実際に拘束されていたのはきっと一日にも満たない時間。
それでもこの日の出来事は、エレノアのこれまでの人生で最も印象深く、そして最も長く感じられた一日だった。
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