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ネクロマンサーとスライム
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その若者が街を歩けば男達は顔色を青ざめさせ、女達はひたすら怯え、子供達は泣き喚き、老人達は天に向かって一心不乱に念仏を唱えた。
若者の名はセイジロウ、当代随一のネクロマンサーであり、冥府の教皇の異名を持つ男である。
そんな彼に対し、市井に生きる人々は恐れおののき、藁をも掴む思いで神に縋るのだ。
ただ、このネクロマンサーの顔が怖いというだけで。確かにセイジロウのその容貌は恐ろしいの一言だ。
洗い晒した骨のように灰色がかった肌、そしてローブから覗くその面相は、地獄の淵に住まう悪魔を彷彿とさせるのだった。
だが、セイジロウ自身はこれまで人間に何かしらの危害を加えたことはない。
自分や友人の身を守るために降りかかる火の粉を払ったことはあるが、それだけだ。
むしろ人間達を救うために外宇宙からやってきたイカに良く似た異界の神だとか、
太古から蘇ったというタコにそっくりな邪神を封印したこともある。
このようにセイジロウは人も魔物も差別せず、生ける者も死せる者もあまねく救済してきたのであるが、
民衆はそんなセイジロウを邪悪な存在達の大元締めと見なしていた。
顔がとても怖いというだけでだ。だが、得てして人間とはそういう者である。
外見が恐ろしければ、中身も恐ろしいと決め付けるのだ。それでもセイジロウは人間が好きだった。
魔物も死人も草木も太陽も月も精霊も皆を心の底から愛していた。
だからこそ魔物も死人も草木も太陽も月も精霊もセイジロウを愛しているのだが、人間だけは違ったのである。
セイジロウからすればそれは人間への片思いだ。
それもまあ、仕方がない。人を見かけだけで判断しない人間もいるにはいるが、そんな者は少数派でしかないのだ。
やはり多くの人間は外見で相手を決めてしまう。
そんな中にあってもセイジロウは、今日も自らの恐顔を気にすることなく、人里に下りてきては人々と交流を深めようとするのであった。
モルケス城は昨日までは平和そのものと言えた。
それまで城の住民達は暖かな午後の日差しの中でお茶会を開き、あるいは兎狩りなどを楽しんでいたのだが、
今日に限っては普段とは全く異なったのである。
その日のモルケス城は騒然となり、住民達は慌てふためき、神の祈りを求めて人々は礼拝堂に殺到したのであった。
「ああ、神よっ、神よっ、我らをお救いくださいませっ、暗黒の教皇、地獄の死霊王からお守りくださいませっ」
礼拝堂にいた僧侶のトーマスも人々と同様に身悶え、強い恐怖心にその精神を責め苛まれていた。
あの悪名高きネクロマンサーセイジロウが、このモルケスの城郭都市に現れたからである。
何ということだろう。あの悪魔の首領がモルケスにやってくるとは。
普段は神の名を売って信者からお布施をせしめているトーマスは、しかし実際の所は神よりも金を信じている類の聖職者だった。
また、ハゲで小太りで短足で腋臭のこの僧侶は痛風持ちでもあった。おまけに口臭も酷い。
そんなトーマスは少年愛者でもあり、その事をひた隠しにしていたが住民の多くはこの僧侶の性癖を知っていた。
公然の秘密というわけだ。
しかし、そんなトーマスではあったが、今では心の底から神に救いを求め、必死に祈っていた。
いつもはろくに信じもしない癖にいざ自分の身が危うい時になると泣きついてくるのだから、
神からすればウンザリしたくなるだろうが、それはそれ、これはこれだ。
そもそも人間に対して神が文句をつけるのは筋違いと言えるだろう。
そんなに出来が悪いと思うのであれば、人間など最初から作らなければいいだけの話だからだ。
一方その頃、この誠実にして心優しきネクロマンサーは、他の子供達からいじめられていたスライムを助けていた。
スライムは水色の肌をした水風船のような粘液状の身体を持つモンスターだ。
スライムはモンスターの中でも力は弱く、体も脆く、知性も低いという雑魚の代名詞のような存在である。
だが、セイジロウは誰に対しても優しい若者だった。
傷ついたスライムを回復魔法で治癒してやると、その頭を労わるように優しく撫でてやるセイジロウであった。
なお、スライムをいじめていた子供達はセイジロウの姿を見るなり、半狂乱になりながら逃げ出していた。
「これでもう大丈夫だよ、スライム君」
だが、それに対してスライムから意外な返答があった。
「余計な事をしないでくれ」
どうやらこのスライムは、助けてくれたセイジロウに対し、あまり感謝をしてはいない様子だった。
「何か君の邪魔をしてしまったのかな、それなら謝るよ」
「いや、いいんだ……こっちこそ助けてもらったってのも悪かったな」
どこか気落ちしているスライムに何かを感じたセイジロウは、なんでこんな場所にいたのか聞いた。
するとスライムは答えた。
「俺は自殺するために街にやってきたんだ」と。
「自殺?それは何故?」
「嫌になってきたのさ。自分という存在を知れば知るほどにな。それで虚しくなってきて、生きるのが厭世的になってきたのさ」
「なるほど、虚無感って奴だな」
「ああ、そうだとも。俺という存在がこの世にあって一体どれだけの意味があるっていうんだ」
セイジロウはこの虚無主義的考えを持つスライムを腕に抱えると、どこか休めそうな場所を探すことにした。
若者の名はセイジロウ、当代随一のネクロマンサーであり、冥府の教皇の異名を持つ男である。
そんな彼に対し、市井に生きる人々は恐れおののき、藁をも掴む思いで神に縋るのだ。
ただ、このネクロマンサーの顔が怖いというだけで。確かにセイジロウのその容貌は恐ろしいの一言だ。
洗い晒した骨のように灰色がかった肌、そしてローブから覗くその面相は、地獄の淵に住まう悪魔を彷彿とさせるのだった。
だが、セイジロウ自身はこれまで人間に何かしらの危害を加えたことはない。
自分や友人の身を守るために降りかかる火の粉を払ったことはあるが、それだけだ。
むしろ人間達を救うために外宇宙からやってきたイカに良く似た異界の神だとか、
太古から蘇ったというタコにそっくりな邪神を封印したこともある。
このようにセイジロウは人も魔物も差別せず、生ける者も死せる者もあまねく救済してきたのであるが、
民衆はそんなセイジロウを邪悪な存在達の大元締めと見なしていた。
顔がとても怖いというだけでだ。だが、得てして人間とはそういう者である。
外見が恐ろしければ、中身も恐ろしいと決め付けるのだ。それでもセイジロウは人間が好きだった。
魔物も死人も草木も太陽も月も精霊も皆を心の底から愛していた。
だからこそ魔物も死人も草木も太陽も月も精霊もセイジロウを愛しているのだが、人間だけは違ったのである。
セイジロウからすればそれは人間への片思いだ。
それもまあ、仕方がない。人を見かけだけで判断しない人間もいるにはいるが、そんな者は少数派でしかないのだ。
やはり多くの人間は外見で相手を決めてしまう。
そんな中にあってもセイジロウは、今日も自らの恐顔を気にすることなく、人里に下りてきては人々と交流を深めようとするのであった。
モルケス城は昨日までは平和そのものと言えた。
それまで城の住民達は暖かな午後の日差しの中でお茶会を開き、あるいは兎狩りなどを楽しんでいたのだが、
今日に限っては普段とは全く異なったのである。
その日のモルケス城は騒然となり、住民達は慌てふためき、神の祈りを求めて人々は礼拝堂に殺到したのであった。
「ああ、神よっ、神よっ、我らをお救いくださいませっ、暗黒の教皇、地獄の死霊王からお守りくださいませっ」
礼拝堂にいた僧侶のトーマスも人々と同様に身悶え、強い恐怖心にその精神を責め苛まれていた。
あの悪名高きネクロマンサーセイジロウが、このモルケスの城郭都市に現れたからである。
何ということだろう。あの悪魔の首領がモルケスにやってくるとは。
普段は神の名を売って信者からお布施をせしめているトーマスは、しかし実際の所は神よりも金を信じている類の聖職者だった。
また、ハゲで小太りで短足で腋臭のこの僧侶は痛風持ちでもあった。おまけに口臭も酷い。
そんなトーマスは少年愛者でもあり、その事をひた隠しにしていたが住民の多くはこの僧侶の性癖を知っていた。
公然の秘密というわけだ。
しかし、そんなトーマスではあったが、今では心の底から神に救いを求め、必死に祈っていた。
いつもはろくに信じもしない癖にいざ自分の身が危うい時になると泣きついてくるのだから、
神からすればウンザリしたくなるだろうが、それはそれ、これはこれだ。
そもそも人間に対して神が文句をつけるのは筋違いと言えるだろう。
そんなに出来が悪いと思うのであれば、人間など最初から作らなければいいだけの話だからだ。
一方その頃、この誠実にして心優しきネクロマンサーは、他の子供達からいじめられていたスライムを助けていた。
スライムは水色の肌をした水風船のような粘液状の身体を持つモンスターだ。
スライムはモンスターの中でも力は弱く、体も脆く、知性も低いという雑魚の代名詞のような存在である。
だが、セイジロウは誰に対しても優しい若者だった。
傷ついたスライムを回復魔法で治癒してやると、その頭を労わるように優しく撫でてやるセイジロウであった。
なお、スライムをいじめていた子供達はセイジロウの姿を見るなり、半狂乱になりながら逃げ出していた。
「これでもう大丈夫だよ、スライム君」
だが、それに対してスライムから意外な返答があった。
「余計な事をしないでくれ」
どうやらこのスライムは、助けてくれたセイジロウに対し、あまり感謝をしてはいない様子だった。
「何か君の邪魔をしてしまったのかな、それなら謝るよ」
「いや、いいんだ……こっちこそ助けてもらったってのも悪かったな」
どこか気落ちしているスライムに何かを感じたセイジロウは、なんでこんな場所にいたのか聞いた。
するとスライムは答えた。
「俺は自殺するために街にやってきたんだ」と。
「自殺?それは何故?」
「嫌になってきたのさ。自分という存在を知れば知るほどにな。それで虚しくなってきて、生きるのが厭世的になってきたのさ」
「なるほど、虚無感って奴だな」
「ああ、そうだとも。俺という存在がこの世にあって一体どれだけの意味があるっていうんだ」
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