上 下
2 / 8

ネクロマンサーとスライム

しおりを挟む
その若者が街を歩けば男達は顔色を青ざめさせ、女達はひたすら怯え、子供達は泣き喚き、老人達は天に向かって一心不乱に念仏を唱えた。
若者の名はセイジロウ、当代随一のネクロマンサーであり、冥府の教皇の異名を持つ男である。

そんな彼に対し、市井に生きる人々は恐れおののき、藁をも掴む思いで神に縋るのだ。
ただ、このネクロマンサーの顔が怖いというだけで。確かにセイジロウのその容貌は恐ろしいの一言だ。

洗い晒した骨のように灰色がかった肌、そしてローブから覗くその面相は、地獄の淵に住まう悪魔を彷彿とさせるのだった。

だが、セイジロウ自身はこれまで人間に何かしらの危害を加えたことはない。
自分や友人の身を守るために降りかかる火の粉を払ったことはあるが、それだけだ。

むしろ人間達を救うために外宇宙からやってきたイカに良く似た異界の神だとか、
太古から蘇ったというタコにそっくりな邪神を封印したこともある。

このようにセイジロウは人も魔物も差別せず、生ける者も死せる者もあまねく救済してきたのであるが、
民衆はそんなセイジロウを邪悪な存在達の大元締めと見なしていた。

顔がとても怖いというだけでだ。だが、得てして人間とはそういう者である。


外見が恐ろしければ、中身も恐ろしいと決め付けるのだ。それでもセイジロウは人間が好きだった。
魔物も死人も草木も太陽も月も精霊も皆を心の底から愛していた。

だからこそ魔物も死人も草木も太陽も月も精霊もセイジロウを愛しているのだが、人間だけは違ったのである。
セイジロウからすればそれは人間への片思いだ。

それもまあ、仕方がない。人を見かけだけで判断しない人間もいるにはいるが、そんな者は少数派でしかないのだ。
やはり多くの人間は外見で相手を決めてしまう。


そんな中にあってもセイジロウは、今日も自らの恐顔を気にすることなく、人里に下りてきては人々と交流を深めようとするのであった。


モルケス城は昨日までは平和そのものと言えた。

それまで城の住民達は暖かな午後の日差しの中でお茶会を開き、あるいは兎狩りなどを楽しんでいたのだが、
今日に限っては普段とは全く異なったのである。

その日のモルケス城は騒然となり、住民達は慌てふためき、神の祈りを求めて人々は礼拝堂に殺到したのであった。

「ああ、神よっ、神よっ、我らをお救いくださいませっ、暗黒の教皇、地獄の死霊王からお守りくださいませっ」
礼拝堂にいた僧侶のトーマスも人々と同様に身悶え、強い恐怖心にその精神を責め苛まれていた。

あの悪名高きネクロマンサーセイジロウが、このモルケスの城郭都市に現れたからである。
何ということだろう。あの悪魔の首領がモルケスにやってくるとは。

普段は神の名を売って信者からお布施をせしめているトーマスは、しかし実際の所は神よりも金を信じている類の聖職者だった。

また、ハゲで小太りで短足で腋臭のこの僧侶は痛風持ちでもあった。おまけに口臭も酷い。

そんなトーマスは少年愛者でもあり、その事をひた隠しにしていたが住民の多くはこの僧侶の性癖を知っていた。
公然の秘密というわけだ。

しかし、そんなトーマスではあったが、今では心の底から神に救いを求め、必死に祈っていた。

いつもはろくに信じもしない癖にいざ自分の身が危うい時になると泣きついてくるのだから、
神からすればウンザリしたくなるだろうが、それはそれ、これはこれだ。

そもそも人間に対して神が文句をつけるのは筋違いと言えるだろう。

そんなに出来が悪いと思うのであれば、人間など最初から作らなければいいだけの話だからだ。


一方その頃、この誠実にして心優しきネクロマンサーは、他の子供達からいじめられていたスライムを助けていた。

スライムは水色の肌をした水風船のような粘液状の身体を持つモンスターだ。
スライムはモンスターの中でも力は弱く、体も脆く、知性も低いという雑魚の代名詞のような存在である。

だが、セイジロウは誰に対しても優しい若者だった。
傷ついたスライムを回復魔法で治癒してやると、その頭を労わるように優しく撫でてやるセイジロウであった。

なお、スライムをいじめていた子供達はセイジロウの姿を見るなり、半狂乱になりながら逃げ出していた。

「これでもう大丈夫だよ、スライム君」
だが、それに対してスライムから意外な返答があった。

「余計な事をしないでくれ」
どうやらこのスライムは、助けてくれたセイジロウに対し、あまり感謝をしてはいない様子だった。

「何か君の邪魔をしてしまったのかな、それなら謝るよ」
「いや、いいんだ……こっちこそ助けてもらったってのも悪かったな」

どこか気落ちしているスライムに何かを感じたセイジロウは、なんでこんな場所にいたのか聞いた。
するとスライムは答えた。

「俺は自殺するために街にやってきたんだ」と。

「自殺?それは何故?」
「嫌になってきたのさ。自分という存在を知れば知るほどにな。それで虚しくなってきて、生きるのが厭世的になってきたのさ」

「なるほど、虚無感って奴だな」

「ああ、そうだとも。俺という存在がこの世にあって一体どれだけの意味があるっていうんだ」
セイジロウはこの虚無主義的考えを持つスライムを腕に抱えると、どこか休めそうな場所を探すことにした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

じゃあ勇者でお願いします。

本能寺隼人
ファンタジー
二日酔いの酷い日に、珍しく散歩をしたせいで死ぬ予定では無いのに死んでいた。無能・役立たず・サボリ魔の駄女神のせいで、無駄に死んでしまった橘紗維斗(たちばな さいと)だが、転生には人生に起こるイベントなどを設定しないといけないから面倒とかチートも面倒と言う駄女神が職業(勇者)スキル(女神の代理)を授けて貰い転生をさせてもらうものの・・・さすが駄女神といいたくなる転生方。 そんな駄女神に復讐を果たす為に、橘紗維斗は勇者リューク・ボーエンとなり最強パーティーを組んで駄女神に挑む物語。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

転生少女、運の良さだけで生き抜きます!

足助右禄
ファンタジー
【9月10日を持ちまして完結致しました。特別編執筆中です】 ある日、災害に巻き込まれて命を落とした少女ミナは異世界の女神に出会い、転生をさせてもらう事になった。 女神はミナの体を創造して問う。 「要望はありますか?」 ミナは「運だけ良くしてほしい」と望んだ。 迂闊で残念な少女ミナが剣と魔法のファンタジー世界で様々な人に出会い、成長していく物語。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました

ファンタジー
幼い頃、神獣ヴァレンの加護を期待され、ロザリアは王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、侍女を取り上げられ、将来の王妃だからと都合よく仕事を押し付けられ、一方で、公爵令嬢があたかも王子の婚約者であるかのように振る舞う。そんな風に冷遇されながらも、ロザリアはヴァレンと共にたくましく生き続けてきた。 そんな中、王子がロザリアに「君との婚約では神獣の加護を感じたことがない。公爵令嬢が加護を持つと判明したし、彼女と結婚する」と婚約破棄をつきつける。 家も職も金も失ったロザリアは、偶然出会った帝国皇子ラウレンツに雇われることになる。元皇妃の暴政で荒廃した帝国を立て直そうとする彼の契約妃となったロザリアは、ヴァレンの力と自身の知恵と経験を駆使し、帝国を豊かに復興させていき、帝国とラウレンツの心に希望を灯す存在となっていく。 *短編に続きをとのお声をたくさんいただき、始めることになりました。引き続きよろしくお願いします。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...