家族のカタチ

夜月翠雨

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家族のカタチ

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 いつもならこの時間、あいつは街はずれの大きな木がある草原で本を読んでいる。しかし、今日は違う。
 
 今日あいつは、いつものように町の図書館に忍び込んで館長に見つかり、追い出された後、大きな木がある草原に向かっていた。
 
 その道中、あいつはあるものを見つけた。旅人の荷物だ。もちろん金を盗もうとしていたわけでは無い。あいつはそんな奴じゃない。あいつが気になったのはリュックの横にちょこんと置かれた本だ。
 
 あいつはきょろきょろと周り見て、周りに誰もいないことを確認するとそろりと本に手を伸ばした。あいつは本が目の前にあれば読まずにはいられないほどの本好きだ。俺は字が読めないし、本の良さはよくわからないが。
 
 あいつは、本を開いた。ページをめくるスピードが速くなる。あいつの目にどんどん輝きが増していく。
 すると、足音が聞こえてきた。誰かが近づいてくる。

「人の本を勝手に読むのは感心しないな、少年」

 茶色いコートを着て、帽子を深く被り、マフラーを顔まで覆っていて顔はよく見えない男だ。とても優しい声だ。まぁ、あいつに害はくわえないだろう。

「ご、ごめんなさい。面白そうな本があったからつい……」

 あいつはうつむきながら、男に本を返した。 

「本が好きなの?」

 男が問う。

「はい。といってもあまり本は読んだことはないんです。本は高価でとても買えないし、図書館は貧民街に住む僕は入っちゃだめだから。僕が持ってるのはお母さんの形見のこの本だけです」

 ぼろぼろの肩掛け鞄から、本を取り出した。あいつが毎日読んでいた本だ。

「そうなんだ。私も本が好きだからこの町に来たんだ。ここは本がとてもいっぱいあるだろう。それに魔術にも長けていて、喋る動物もいる。あっそうだ、良かったらこの本を貸してあげようか」

 男はさっきまであいつが読んでいた本をあいつに渡した。あいつは本を受け取ると、頬を紅潮させながら言った。

「いいんですか! ありがとうございます」

 あいつのこんな嬉しそうな顔を見たのは久しぶりだ。 

「この町には三日間滞在するつもりだから貸してあげるよ。それじゃあ、私は宿を探さないといけないからこれで失礼するよ。また会おう」

 そして男は、その場から去っていった。あいつはその背中をきらきらとした目で見ていた。そして視線を手元に向け、本をぎゅっと抱えこんだ。

 その後あいつは、いつもの草原で男から貸してもらった本を読んだ後、自分の家に帰って行った。家といってもボロボロの布を壁のようしているから、暑さも寒さもしのげない場所だ。まぁ、ここは暑い地域だから特別寒い季節がないのがまだ救いだ。

 俺はあいつが帰ったのを確認すると自分の寝床に帰った。貧民街の路地裏だ。あいつの家とも近い。

「また君はあの少年の見守りか」

 声をかけてきたのは同じ路地裏に住む、あいつと同じ綺麗な空色の目をもった奴だ。

「見守っている訳じゃない。ただ恩人が飢え死にしたり、町の子供に石を投げられたりされるのが嫌なだけだ」

「恩人って言っても三年前に、飢え死にしかけたところを助けてもらっただけだろう。それなのに二年も見守り続けるなんて律儀だねぇ」

 こいつの喋り方はどうにも癇に障る。人を怒らせるのが好きなやつだからわざとだろう。

「うるさい。もう寝る」

 寝ると言っているのに話を続けてきた。

「やっぱり、二年前にあの少年が死にかけたのが原因? 兄を探しに出かけた後、物凄い熱を出して帰ってきたよね、あの子。あの時、君すごい顔してたもんね。薬も貴族から盗んできたんでしょ。よくやるよ」

「……」

「えっ、本当に寝たの? じゃあ僕ももう寝よ」

 うるさい奴が去って俺はほっとした。本当のところ、俺もなぜあの少年に死んでほしくないと思っているのかわからない。
 そして俺は今度こそ本当に眠りについた。

▼▼▼

 目が覚めると俺はあいつの家を見に行った。ちょうどあいつも家から出てきたところだった。昨日、旅人の男から貸してもらった本を大事そうに抱えている。
 そしてあいつが町の広場に出た時だった。

「おい、お前みたいな貧乏人がどうしてこんないい本を持ってるんだよ」

 町の子供たちだ。五人ほどいる中のいかにもガキ大将というやつがあいつに言った。

「こ、これは旅人さんに貸してもらったんだ」

 おどおどしながらあいつが答える。もっとはっきり喋ればいいのに。

「そんなの嘘だろ。どうせ盗んだんだろ。返してきてやるからその本をよこせ」

 するとガキ大将があいつから本を奪った。背も低く、がりがりで力がないいあいつは取り返すことができない。ガキ大将の腰巾着のようなやつらはくすくす笑って見ているだけだ。

 仕方がない、俺が助けてやるか。俺が一歩踏出したその時、

「何をしているの」 

 と言ってガキ大将から本を取ったのは昨日の旅人だった。

「これは僕がこの少年に貸した本だけどどうして君が持ってるの?」

 声は優しいが雰囲気が全然やさしくない。

「こ、こいつが本を盗んだんじゃないかと思って、盗まれた奴に返そうとしてただけだ。こいつが怪しい態度をとるのがいけないんだ。ほら、もういくぞ」

 そう言って、子供たちは去っていった。去り方までいじめっ子のガキ大将とその腰巾着という感じだ。

「大丈夫?」

 旅人があいつに問う。

「はい、ありがとうございました。あと、その本すごくおもしろかったです」

「ふふ、それはよかった」

「僕もいつかこの主人公みたいに旅に出たいなぁ」

「出ればいいじゃないか、旅に」

 するとあいつはあきらめたように笑った。

「でも旅に出るのは一人じゃ心細いし、お金もないから」

「お金かぁ。そういえば君は今どうやって生活しているの?」

「僕はまだ八歳だから仕事もできないし、母親も父親も僕が生まれてすぐに死んでしまったし、今はごみとかを漁ってなんとか食い繋いでます。二年前までは兄がいて働いてくれてたんですけど……。兄は突然いなくなったんです。今まで貯めていたお金をもって。多分旅に出たんだと思います。ずっと兄の夢だったので」

 すると旅人は突然真剣な声で言った。

「お兄さんを恨んでる? そんな無責任なことをして」

 あいつは首を大きく振った。

「いいえ、恨んでなんかないですよ。ただ相談はしてほしかったなって。それに兄はずっと働いていて好きなこともできなくて、追い詰められてたんだと思います。だからそれに気付けなかった僕も悪いですから」

 旅人は少し黙り込んだ後、言った。

「君は本当にいい子だね。そうだ、君が旅に出たら十五年後この町でもう一度会わないか? 旅の話を聞かせてよ。お金がないなら君が十歳になったら働いて貯めればいい。一人が寂しいなら相棒を見つければいい」

「相棒なんて見つかるかな」

「きっと見つかるよ。とてもおせっかいで優しい相棒とかがね」

 すると旅人は、すっと俺の方に顔を向けてきた。隠れていたのに気づいていたのか、たまたまこっちを向いただけなのかわからない。

「十五年後かぁ。旅人さんは今何歳ですか?」

 あいつが声をかけたので旅人はあいつの方に向き直った。

「二十九歳だよ」

「え、じゃあ十五年後は四十四歳ですね。で、僕は二十三歳か。あっ、十五年後の待ち合わせ場所は僕がいつも本を読んでいる大きな木の下にしませんか?」 

「いいね。今からその場所に案内してくれるかい?」

「もちろんです!」

 あいつはとても嬉しそうだ。そして二人は大きな木がある草原の方へ行った。俺も後をつけようと思ったが足を止めた。何だか旅人があいつを助けたときから胸がざわざわする。

 俺が毎日あいつの後をつけていたことは意味があったんだろうか。俺がいなくても、あいつの生活は変わらない。町の奴らにいじめられていてもきっと誰かが助けてくれるだろう。そう考えると今まで俺がやってきたことが、ばかばかしくなってきた。

 あいつがあまりご飯を見つけられないときは、見つけやすいところにわざとご飯を置いたり、町の子供たちにからかわれている時は大人の人間の声真似をしておっぱらったり、熱を出した時は貴族からこっそり薬を盗んであいつの口に放り込んでやったりしたこと全てが。
 今日はもう帰って寝よう。どうせあいつは俺がいなくても変わらないだろう。

▼▼▼

 俺が起きたときはもう昼頃だった。寝すぎて頭が痛い。これぐらいの時間ならあいつは木にもたれかけて本を読んでいるだろう。でも俺はあいつのところに行こうとは思わない。

 適当に街を歩いていると人気のないところで旅人と男が話しているのが見えた。俺は、隠れてその会話を聞いた。

「時間なので迎えに来ましたよ」

 特徴のない男の声だ。

「別に迎えに来なくてもちゃんと帰りますよ」

「いやぁ、たまにいるんですよ。俺はまだこの時代に居たいって言って騒ぐ奴が。それはそうと我が国のタイムトラベルは楽しめましたか?」

 何の話だろう。さっぱりわからない。

「ええ、やっと私も弟と向き合う決心がつきました。あっ、ちょっと失礼します」 

 旅人が突然話を止めて歩き出した。どんどんこちらに足音が近づいてくる。

「やぁ、今日はあの少年をつけてないんだね」

「気づいてたのか」

「うん、最初からね。気付かないあの子もちょっと鈍いよね」

 旅人は俺にぐっと顔を近づけてきた。相変わらず帽子やマフラーで顔はぼぼ見えないが目はとても綺麗な空色だった。優しそうなところもあいつとよく似た目だ。

「あの子をいつも守ってくれてるんだよね。できればこれからも見守っててくれないかな」

「でも、あいつは俺がいてもいなくても変わらないだろ」

 すると旅人は俺の頭をなでながら言った。

「そんなことはないよ。それに君はあの子のことを大事に思ってくれてる。君はあいつ・・・の家族も同然だよ」

 家族。この言葉は俺の胸にすとんと落ちた。そうか、俺はあいつのことを弟のように思っていたからずっと見守ってきたのか。

「あの子をどうかこれからもよろしく頼むよ」

 そして旅人は頭を下げた。その後、さっきまで喋っていた男の方へ小走りで戻っていった。俺も旅人に背をむけ、歩き出した。

「用は済みました?」

「ええ、すみません。帰りましょうか」 

「帰った後すぐに出国するんですか」

「ええ、南の方の国へ行くので。一年後大事な約束をしているんです」

「……」

 突然会話がなくなったので旅人たちの方を振り返ると二人は忽然と姿を消していた。不思議なこともあるものだ。俺は前を向くと、大きな木がある草原に向かった。今日は勇気を出してあいつに話しかけてみるのもいいかもしれない。

▼▼▼

 大きな木の近くに行くと、またあいつは町の奴らにからかわれていた。
 まったく、しょうがない奴だ。俺はあいつの前に立ち、ガキ大将と腰巾着を威嚇した。

 シャーッ。

「な、なんだこの猫! こっち来るなよ!」

 そう言いながら、ガキ大将は逃げていった。腰巾着もそれに続く。どうやら、ガキ大将は猫が苦手だったらしい。

「僕を助けてくれたの? ありがとう!」

 あいつは嬉しそうに笑った。

「もっと堂々としてればいいんのに」

「あっ、君は喋れる方の猫なの?」

 あいつはさらに嬉しそうな顔をした。あいつのことだから俺に旅の相棒になってくれとか言い出すつもりだろう。

「ねぇ君、僕の相棒にならない?」

「まぁ、俺がいなかったらまた町の奴らにいじめられたりするし、別にいいよ」

 それにこいつは俺にとって、家族も同然だから。
 夕日が出て、暖かなオレンジの光が俺たちを包んでいた。

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