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ルカ編
1(最終話)
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僕は、幼い頃から不自由な暮らしをしてきた。リヒテンシュタイン公爵家の侍女であった母さんは、公爵の子を身籠り、僕が生まれた。母さんは、醜い権力争いから逃れるため、僕を連れて逃げた。僕が女だったら、母さんは逃げなくて済んだんだ。
公爵家から逃げるためにも、母さんは僕に変装するように言った。
友達の、ベイリーが教会に連れていかれてからは、僕の毎日は寂しいものになった。
そんな時に、町で出会ったのがカティという少女だった。
僕と同じ7歳くらいで、透き通った白い肌に美しい銀の髪。そして、澄んだ海のような瞳をもつ少女だった。彼女は、上等なワンピースに身を包み、平民ではないことが見て取れた。人目を常に気にしているところからも貴族の令嬢がお忍びで町にやってきたという風だった。
「私、今悪い奴らに追われてるの! 匿ってくれない?」
町で買い物をしていた僕に、彼女は突然声をかけてきた。僕は、その言葉を信じて彼女を家に招いた。
幸い、母さんは仕事に出掛けていた。
「みんなこんなところで暮らしてるのね」
カティは、じっくりと僕の家を見回した。
「これはなに?」
「ニシンの干物だよ」
「はじめて見た」
物珍しそうに干物をみつめる彼女を見て、貴族はいつも贅沢なものを食べてるだろうなと思った。
「君って貴族でしょ」
「え! どうしてわかったの! はっ、違う違う! 貴族じゃないよ!」
「いやもう遅いよ。服装見たらわかるし」
「なんだ、最初からわかってたの?」
カティは膨れっ面で、椅子に座った。
「私は今、庶民の暮らしを勉強しているの。だから、直に見るのが一番だと思って」
「見てどうでした?」
「ちょっと、急に敬語使うのやめてよ」
カティは少し間を置いた後、視線を落とした。長いまつ毛だ。
「実際に見てみて、この領地はまだまだだなって思った。貧しい思いをしてる人もいっぱいいそうだし」
そこでカティはちらりと僕を見る。僕はツギハギだらけの服が恥ずかしくなった。
「でもね、私の婚約者が皇帝になったらきっと素敵な国になるはずよ」
カティは目をキラキラとさせる。
なぜか婚約者がいるという話を聞いて、胸がざわついた。貴族なんだし、当たり前なのに。
「だからね、庶民の暮らしを教えてほしいの。私、カティ。あなたは?」
「ボクはルカ」
「ボク? 女の子なのにボクなのね」
カティは、珍しいものでも見るような顔をした。
僕は、女の子じゃないと言おうとした瞬間、
「私、女の子の友達はあなたがはじめて! だからとっても嬉しい!」
と、あんまり嬉しそうに笑うもんだから、男だということが言いづらくなってしまった。
それから、カティはお忍びで僕の家に遊びに来るようになった。彼女の笑顔は眩しくて、窮屈だった僕の世界に、光をもたらしてくれた。
こんな生活なら、楽しいかもしれない。
そう思っていた矢先、リヒテンシュタイン公爵の従者が僕を迎えにきた。
「もう跡取りは貴方様だけなのです」
年配の山高帽を被った従者は、僕に深々と頭を下げた。リヒテンシュタインの息子たちは、馬車の移動中、投石事故に遭って亡くなったらしい。
母さんも、屋敷に迎え入れてくれるということだった。僕は、カティに会いたかったので嫌だと言ったが、母さんがそれを許さなかった。リヒテンシュタインの屋敷へ行く途中、馬車の中で母さんは微かに笑みを湛えていた。
危篤状態であった公爵を看取り、僕はリヒテンシュタイン公爵を継いだ。その時に、神を重んじるリヒテンシュタインでは、ルカという名前は合わないということで聖なる意味を持つ「クリスト」という名前をもらった。
僕は、クリスト・リヒテンシュタインになってからも、カティのことが忘れられずにいた。同じ公爵だが、シャロン家は皇帝側でリヒテンシュタインは教皇側だ。なかなか、会うことはできなかった。
でも、いつか会える日をずっと待っている。もし会えたら、カティは僕に気づくだろうか。
公爵家から逃げるためにも、母さんは僕に変装するように言った。
友達の、ベイリーが教会に連れていかれてからは、僕の毎日は寂しいものになった。
そんな時に、町で出会ったのがカティという少女だった。
僕と同じ7歳くらいで、透き通った白い肌に美しい銀の髪。そして、澄んだ海のような瞳をもつ少女だった。彼女は、上等なワンピースに身を包み、平民ではないことが見て取れた。人目を常に気にしているところからも貴族の令嬢がお忍びで町にやってきたという風だった。
「私、今悪い奴らに追われてるの! 匿ってくれない?」
町で買い物をしていた僕に、彼女は突然声をかけてきた。僕は、その言葉を信じて彼女を家に招いた。
幸い、母さんは仕事に出掛けていた。
「みんなこんなところで暮らしてるのね」
カティは、じっくりと僕の家を見回した。
「これはなに?」
「ニシンの干物だよ」
「はじめて見た」
物珍しそうに干物をみつめる彼女を見て、貴族はいつも贅沢なものを食べてるだろうなと思った。
「君って貴族でしょ」
「え! どうしてわかったの! はっ、違う違う! 貴族じゃないよ!」
「いやもう遅いよ。服装見たらわかるし」
「なんだ、最初からわかってたの?」
カティは膨れっ面で、椅子に座った。
「私は今、庶民の暮らしを勉強しているの。だから、直に見るのが一番だと思って」
「見てどうでした?」
「ちょっと、急に敬語使うのやめてよ」
カティは少し間を置いた後、視線を落とした。長いまつ毛だ。
「実際に見てみて、この領地はまだまだだなって思った。貧しい思いをしてる人もいっぱいいそうだし」
そこでカティはちらりと僕を見る。僕はツギハギだらけの服が恥ずかしくなった。
「でもね、私の婚約者が皇帝になったらきっと素敵な国になるはずよ」
カティは目をキラキラとさせる。
なぜか婚約者がいるという話を聞いて、胸がざわついた。貴族なんだし、当たり前なのに。
「だからね、庶民の暮らしを教えてほしいの。私、カティ。あなたは?」
「ボクはルカ」
「ボク? 女の子なのにボクなのね」
カティは、珍しいものでも見るような顔をした。
僕は、女の子じゃないと言おうとした瞬間、
「私、女の子の友達はあなたがはじめて! だからとっても嬉しい!」
と、あんまり嬉しそうに笑うもんだから、男だということが言いづらくなってしまった。
それから、カティはお忍びで僕の家に遊びに来るようになった。彼女の笑顔は眩しくて、窮屈だった僕の世界に、光をもたらしてくれた。
こんな生活なら、楽しいかもしれない。
そう思っていた矢先、リヒテンシュタイン公爵の従者が僕を迎えにきた。
「もう跡取りは貴方様だけなのです」
年配の山高帽を被った従者は、僕に深々と頭を下げた。リヒテンシュタインの息子たちは、馬車の移動中、投石事故に遭って亡くなったらしい。
母さんも、屋敷に迎え入れてくれるということだった。僕は、カティに会いたかったので嫌だと言ったが、母さんがそれを許さなかった。リヒテンシュタインの屋敷へ行く途中、馬車の中で母さんは微かに笑みを湛えていた。
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僕は、クリスト・リヒテンシュタインになってからも、カティのことが忘れられずにいた。同じ公爵だが、シャロン家は皇帝側でリヒテンシュタインは教皇側だ。なかなか、会うことはできなかった。
でも、いつか会える日をずっと待っている。もし会えたら、カティは僕に気づくだろうか。
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