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アメリア編
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私が聖フランソワール学園に入学させられた理由は二つあった。
一つは、貴族として慣れるため。もう一つは、皇太子であるフランシスに近づくためだ。
教皇側も、私とフランシスが婚約することを望んでいた。皇帝側に入り込み、裏から糸を引く魂胆だろう。
私は、母さんのことで脅迫され、黙って従った。母さんに会わせてほしいと言っても、聞いてもらえなかった。ただ修道院で元気にしているとしか答えてくれない。
フランシスという男は、劣等感の塊のような人間だった。だから、懐に入り込むのは容易だった。婚約者がいるというのに、彼はすぐに私に入れ込んだ。
フランシスと仲良くすればするほど、当たり前だが令嬢たちからは、嫌な目で見られた。平民の出というだけでも馬鹿にされていたが、その目はさらに強くなった。だが、私にとって貴族からどう思われようが、どうでもよかった。
なぜ彼らに礼儀をわきまえなければいけないのだ。貴族なんてクズばかりではないか。
だけど、カトリーヌ・シャロンだけは違った。
最初は、フランシスとあまり仲良くするなと注意され、この人も他の令嬢と同じだと思った。しかし、カトリーヌは私を平民だからと馬鹿にすることはなかった。心の中でも一切。
「女のくせに生意気なんだよっ!」
学園の廊下で、怒鳴り声が響く。耳がキーンとして頭が痛い。
剣技の実習で、私が一番だったことで、今まで一番だった伯爵令息が難癖をつけてきた。令嬢たちは剣技なんてやらないが、一度だけ授業に参加したいと先生に申し出たところ、許可を得ることができた。先生は、私が出たところでなんの支障もないだろうと少し馬鹿にした様子だった。
だけど、試合で私が勝ってしまった。昔から、運動神経だけは良かったのだ。
「二度と授業に来るな! 女のお前が剣技なんてできても意味ないんだよ!」
名も知らない令息は、理不尽に怒鳴り散らす。私の中でイライラが溜まり、一発殴ってやろうかと思っていたその時だった。
「謝りなさい!」
凛として芯の通った声が廊下に響き渡った。
令息の前には、堂々とした様子でカトリーヌ・シャロンが立っていた。
「なぜ謝らねばならないんです? 女の立場をわかっていないこいつが悪いでしょう」
(はぁ。こいつクソね。何が女の立場よ)
普段、品の良いカトリーヌからは想像もできないような心の声に私は驚いた。
「いいえ、貴方は彼女を侮辱しました。いいから、謝りなさいっ!」
有無を言わせない声音に、令息の身が固くなる。
「悪かった……」
しぶしぶ令息は謝ったが、申し訳ないなんて一切思っていない声だ。だけど、私はもう令息のことなんてどうでもよかった。早く失せてほしい。
カトリーヌ・シャロンと話してみたい。
「大丈夫だった? キースさん」
「はい、ありがとうございます」
(私は、剣技がしたくてもそれを意思表示できないけど、キースさんはできるのね。すごいわ)
無表情のその裏ではこんなことを思っているのだ。貴族なのに、偉そうではないし、他人を正しく評価している。
「あの、私と友達になってくれませんか」
気づけばそんなことを口走っていた。カトリーヌは、大きな目をさらに大きくした。
(私も仲良く……したい! だって、剣技に興味がある女性なんてなかなかいないんだもの! けど、フランシスと仲良くしている女性と仲良くするのも体裁が悪いかしら……)
表情は変わらないのに、心の中の声色はコロコロ変わる。それが私にはおかしくてたまらなかった。
「あの、こっそり仲良くするというのはどうでしょう」
「あ、ええ! それなら」
カトリーヌは、微笑んだ。
(はっ! もしかして、キースさんは私が平民だから仲良くするのを躊躇ったと思ってないかしら。だとしたら申し訳ないわね)
彼女の心の声を聞いていると、自分の心が穏やかになっていくのを感じた。こんな気持ちは、久しぶりだった。
一つは、貴族として慣れるため。もう一つは、皇太子であるフランシスに近づくためだ。
教皇側も、私とフランシスが婚約することを望んでいた。皇帝側に入り込み、裏から糸を引く魂胆だろう。
私は、母さんのことで脅迫され、黙って従った。母さんに会わせてほしいと言っても、聞いてもらえなかった。ただ修道院で元気にしているとしか答えてくれない。
フランシスという男は、劣等感の塊のような人間だった。だから、懐に入り込むのは容易だった。婚約者がいるというのに、彼はすぐに私に入れ込んだ。
フランシスと仲良くすればするほど、当たり前だが令嬢たちからは、嫌な目で見られた。平民の出というだけでも馬鹿にされていたが、その目はさらに強くなった。だが、私にとって貴族からどう思われようが、どうでもよかった。
なぜ彼らに礼儀をわきまえなければいけないのだ。貴族なんてクズばかりではないか。
だけど、カトリーヌ・シャロンだけは違った。
最初は、フランシスとあまり仲良くするなと注意され、この人も他の令嬢と同じだと思った。しかし、カトリーヌは私を平民だからと馬鹿にすることはなかった。心の中でも一切。
「女のくせに生意気なんだよっ!」
学園の廊下で、怒鳴り声が響く。耳がキーンとして頭が痛い。
剣技の実習で、私が一番だったことで、今まで一番だった伯爵令息が難癖をつけてきた。令嬢たちは剣技なんてやらないが、一度だけ授業に参加したいと先生に申し出たところ、許可を得ることができた。先生は、私が出たところでなんの支障もないだろうと少し馬鹿にした様子だった。
だけど、試合で私が勝ってしまった。昔から、運動神経だけは良かったのだ。
「二度と授業に来るな! 女のお前が剣技なんてできても意味ないんだよ!」
名も知らない令息は、理不尽に怒鳴り散らす。私の中でイライラが溜まり、一発殴ってやろうかと思っていたその時だった。
「謝りなさい!」
凛として芯の通った声が廊下に響き渡った。
令息の前には、堂々とした様子でカトリーヌ・シャロンが立っていた。
「なぜ謝らねばならないんです? 女の立場をわかっていないこいつが悪いでしょう」
(はぁ。こいつクソね。何が女の立場よ)
普段、品の良いカトリーヌからは想像もできないような心の声に私は驚いた。
「いいえ、貴方は彼女を侮辱しました。いいから、謝りなさいっ!」
有無を言わせない声音に、令息の身が固くなる。
「悪かった……」
しぶしぶ令息は謝ったが、申し訳ないなんて一切思っていない声だ。だけど、私はもう令息のことなんてどうでもよかった。早く失せてほしい。
カトリーヌ・シャロンと話してみたい。
「大丈夫だった? キースさん」
「はい、ありがとうございます」
(私は、剣技がしたくてもそれを意思表示できないけど、キースさんはできるのね。すごいわ)
無表情のその裏ではこんなことを思っているのだ。貴族なのに、偉そうではないし、他人を正しく評価している。
「あの、私と友達になってくれませんか」
気づけばそんなことを口走っていた。カトリーヌは、大きな目をさらに大きくした。
(私も仲良く……したい! だって、剣技に興味がある女性なんてなかなかいないんだもの! けど、フランシスと仲良くしている女性と仲良くするのも体裁が悪いかしら……)
表情は変わらないのに、心の中の声色はコロコロ変わる。それが私にはおかしくてたまらなかった。
「あの、こっそり仲良くするというのはどうでしょう」
「あ、ええ! それなら」
カトリーヌは、微笑んだ。
(はっ! もしかして、キースさんは私が平民だから仲良くするのを躊躇ったと思ってないかしら。だとしたら申し訳ないわね)
彼女の心の声を聞いていると、自分の心が穏やかになっていくのを感じた。こんな気持ちは、久しぶりだった。
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