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フランシス編
2(フランシス編最終話)
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「この愚か者めがっ!」
お父様の怒鳴り声が玉座の間に響き渡った。ここまで怒鳴られたのは初めてだった。俺は恐怖で身が固くなっていくのを感じた。
「お前が、聖女と婚約したと言うから、シャロン公爵令嬢との婚約解消を認めたんだぞっ! もう、公爵家にもその旨を伝えた文を送ってあるんだ!」
「すみません、お父様。ですが、アメリアは本当は私のことを愛しているはずなんです」
「だまれっ! 公の場で婚約を断られておいてよくもそんなことが言えるな。お前には失望した」
深い緑の瞳が冷たく俺を見下ろす。俺は、幼い頃からこの目が怖くてたまらなかった。
「しかし、陛下。悪いのはフランシスではなく、この子をたぶらかした聖女ではありませんか」
お父様の横で控えていたお母様が、初めて口を開いた。俺と目が合い、静かに頷く。お母様の様子を見て、俺も少し身体がほぐれてゆく。
「まったく、お前は長男だというのに昔から何をやっても平凡だな。庶民の女すら落とせないとは」
しかし、お父様はさらりとお母様を無視した。お母様は傷ついたように、眉を寄せ、俯いた。握りしめた手は軽く震えている。
「お父様っ。すみません、どうかお許しを。カトリーヌなら私が説得します。だからっ」
「もうよいっ! おい、こいつを部屋に連れて行け。しばらくの間、幽閉していろ。この恥さらしが。私の跡はジョルジュに継がせる」
「陛下っ!」
「お父様っ!!」
お父様の従者が俺の両腕を押さえて、羽交締めにする。俺は必死に振り払おうとするが、屈強な従者たちには敵わなかった。
お母様は、絶句した様子でその場に崩れ落ち、顔を手で覆った。
「お父様っ! お願いです! 話を聞いてくださいっ」
自分でも情けない姿だと思いながらも、俺はお父様に乞うた。
こっちを見てくれ。
だけど、お父様は俺を一瞥することもなかった。終わった。お父様は完全に俺に期待しなくなった。
俺はもう抵抗する気力もなく、部屋に連れていかれた。
地べたにうずくまって、ただ息を殺して泣いた。喉の奥に針が刺さったような痛みが走った。
いつだって、褒められるのは弟のジョルジュだった。ジョルジュは、頭が良く、8歳という若さで国政のことでお父様に助言し、誉をもらっていた。
だけど、ジョルジュは側室の子供だった。正室の子供である俺とは格が違うのだ。どれだけ勉強ができても、皇帝になるのは俺だ。ジョルジュは軍師として俺を支えればいいのだ。
だけど、お父様はジョルジュを可愛がった。側室であるジョルジュの母親をお父様は愛していたのだ。
ジョルジュが可愛がられれば可愛がられるほど、お母様は俺に強く当たった。お母様は、お父様にどれだけ冷たく扱われても、俺が皇帝になるその日だけを希望に耐えていたのだ。その分、俺への教育には熱を入れた。俺は、お母様が救われるための道具だった。それがわかっていても、俺はお母様を失望させないために、勉学に勤しんだ。
お母様の希望も今日で崩れ落ち、俺の存在意義なんてなくなっただろう。
いつもジョルジュと比べられ、婚約者であるカトリーヌとすら比べられるようになった。何をやっても平凡な俺のことは、誰も見てくれなかった。
俺を見てくれ。誰かと比べた俺ではなく、ただの俺を。
「私は、あなたがとても優しい心を持っていることを知っています。私はあなたの婚約者として隣に立てることがとても誇らしいのです。だから、自信を持って。フランシス」
鈴のように可愛らしく、芯の通った美しい声が頭の中で響いた。
そうだ、彼女だけは俺を見てくれたじゃないか。
「カトリーヌ……」
絞り出したその声は、ずいぶんと虚しいものだった。
夢から覚めた気がした。俺は彼女に酷いことをした。取り返しがつかないほどに。
彼女は人形などではなかった。俺のつまらない嫉妬心のせいで心を閉ざしてしまっただけだった。
お父様のお母様に対する態度を見て、俺は将来妻になる女性のことは必ず大切にしようと思っていた。
だけど、同じことをしてしまった。
俺はやっと自分の過ちに気づき、ただカトリーヌに謝罪した。頭を地面に擦り付け、目から溢れた涙は頬を伝い、絨毯にシミを作った。
「すまない、カトリーヌ。どうか俺の元に戻ってきてくれ」
いつのまにか俺は泣き疲れて眠っていた。
まだ俺とカトリーヌが仲良く遊んでいた頃の夢を見た。
シャロン公爵家の庭で、ジョルジュと三人で遊んでいた時だ。
「俺が、皇帝になったらお母様のように苦しむ人を少しでも少なくしたいな。それで、この国をもっともっと良くするんだ」
「そんなのはただの理想論ですよ、兄さん。ほんとに兄さんは能天気ですね」
「そんなことないわっ! 私は素敵だと思う!」
「ほんとに? じゃあ、俺が皇帝になったら君が支えてくれる?」
「当たり前じゃない! ずっとあなたを支え続けるわ!」
「ありがとう、カトリーヌ」
お父様の怒鳴り声が玉座の間に響き渡った。ここまで怒鳴られたのは初めてだった。俺は恐怖で身が固くなっていくのを感じた。
「お前が、聖女と婚約したと言うから、シャロン公爵令嬢との婚約解消を認めたんだぞっ! もう、公爵家にもその旨を伝えた文を送ってあるんだ!」
「すみません、お父様。ですが、アメリアは本当は私のことを愛しているはずなんです」
「だまれっ! 公の場で婚約を断られておいてよくもそんなことが言えるな。お前には失望した」
深い緑の瞳が冷たく俺を見下ろす。俺は、幼い頃からこの目が怖くてたまらなかった。
「しかし、陛下。悪いのはフランシスではなく、この子をたぶらかした聖女ではありませんか」
お父様の横で控えていたお母様が、初めて口を開いた。俺と目が合い、静かに頷く。お母様の様子を見て、俺も少し身体がほぐれてゆく。
「まったく、お前は長男だというのに昔から何をやっても平凡だな。庶民の女すら落とせないとは」
しかし、お父様はさらりとお母様を無視した。お母様は傷ついたように、眉を寄せ、俯いた。握りしめた手は軽く震えている。
「お父様っ。すみません、どうかお許しを。カトリーヌなら私が説得します。だからっ」
「もうよいっ! おい、こいつを部屋に連れて行け。しばらくの間、幽閉していろ。この恥さらしが。私の跡はジョルジュに継がせる」
「陛下っ!」
「お父様っ!!」
お父様の従者が俺の両腕を押さえて、羽交締めにする。俺は必死に振り払おうとするが、屈強な従者たちには敵わなかった。
お母様は、絶句した様子でその場に崩れ落ち、顔を手で覆った。
「お父様っ! お願いです! 話を聞いてくださいっ」
自分でも情けない姿だと思いながらも、俺はお父様に乞うた。
こっちを見てくれ。
だけど、お父様は俺を一瞥することもなかった。終わった。お父様は完全に俺に期待しなくなった。
俺はもう抵抗する気力もなく、部屋に連れていかれた。
地べたにうずくまって、ただ息を殺して泣いた。喉の奥に針が刺さったような痛みが走った。
いつだって、褒められるのは弟のジョルジュだった。ジョルジュは、頭が良く、8歳という若さで国政のことでお父様に助言し、誉をもらっていた。
だけど、ジョルジュは側室の子供だった。正室の子供である俺とは格が違うのだ。どれだけ勉強ができても、皇帝になるのは俺だ。ジョルジュは軍師として俺を支えればいいのだ。
だけど、お父様はジョルジュを可愛がった。側室であるジョルジュの母親をお父様は愛していたのだ。
ジョルジュが可愛がられれば可愛がられるほど、お母様は俺に強く当たった。お母様は、お父様にどれだけ冷たく扱われても、俺が皇帝になるその日だけを希望に耐えていたのだ。その分、俺への教育には熱を入れた。俺は、お母様が救われるための道具だった。それがわかっていても、俺はお母様を失望させないために、勉学に勤しんだ。
お母様の希望も今日で崩れ落ち、俺の存在意義なんてなくなっただろう。
いつもジョルジュと比べられ、婚約者であるカトリーヌとすら比べられるようになった。何をやっても平凡な俺のことは、誰も見てくれなかった。
俺を見てくれ。誰かと比べた俺ではなく、ただの俺を。
「私は、あなたがとても優しい心を持っていることを知っています。私はあなたの婚約者として隣に立てることがとても誇らしいのです。だから、自信を持って。フランシス」
鈴のように可愛らしく、芯の通った美しい声が頭の中で響いた。
そうだ、彼女だけは俺を見てくれたじゃないか。
「カトリーヌ……」
絞り出したその声は、ずいぶんと虚しいものだった。
夢から覚めた気がした。俺は彼女に酷いことをした。取り返しがつかないほどに。
彼女は人形などではなかった。俺のつまらない嫉妬心のせいで心を閉ざしてしまっただけだった。
お父様のお母様に対する態度を見て、俺は将来妻になる女性のことは必ず大切にしようと思っていた。
だけど、同じことをしてしまった。
俺はやっと自分の過ちに気づき、ただカトリーヌに謝罪した。頭を地面に擦り付け、目から溢れた涙は頬を伝い、絨毯にシミを作った。
「すまない、カトリーヌ。どうか俺の元に戻ってきてくれ」
いつのまにか俺は泣き疲れて眠っていた。
まだ俺とカトリーヌが仲良く遊んでいた頃の夢を見た。
シャロン公爵家の庭で、ジョルジュと三人で遊んでいた時だ。
「俺が、皇帝になったらお母様のように苦しむ人を少しでも少なくしたいな。それで、この国をもっともっと良くするんだ」
「そんなのはただの理想論ですよ、兄さん。ほんとに兄さんは能天気ですね」
「そんなことないわっ! 私は素敵だと思う!」
「ほんとに? じゃあ、俺が皇帝になったら君が支えてくれる?」
「当たり前じゃない! ずっとあなたを支え続けるわ!」
「ありがとう、カトリーヌ」
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