7 / 17
カトリーヌ編
6
しおりを挟む
フランシスが肩に置いてきた手を、私は勢いよく振り払った。
「放してください。望み通り婚約破棄は受け入れます。お父様には私の方から報告させていただきます」
「いや、やっぱりそれは困る! どうか考え直してくれっ! 今まで君は俺に尽くしてきてくれたじゃないか」
「尽くしてきた私を捨てたのはあなたでしょう。私はあなたに失望しました。それはここにいる全員も同じでは?」
私は教室内をぐるりと見渡す。生徒たちは恥ずかしげもなく私に縋り付くフランシスに痛々しい視線を向けていた。
生徒会の副会長であり、フランシスの手下でもあるラウルすら視線を逸らしている。
すると、横にいるアメリアは身を震わせはじめ、くつくつと笑い声を漏らした。
「なにがおかしいっ!」
「いやだって、めっちゃ滑稽じゃないすか。あー、おもしろ。みんなあんたみたいなのが未来の皇帝だなんて考えたくないですよ」
「皇太子に向かってなんて物言いだ!」
「あなたに敬意なんて払う意味ありますー? だって髪の毛に虫ついてるんですよー?」
「はぁ?」
フランシスは慌てて髪の毛を触るが、しっかりと絡みついた虫はなかなか取れない。
「ふっ……」
耐えがたく私は笑い声を漏らしてしまった。アメリアはそれを聞いて嬉しそうに目を輝かせた。
周りの生徒たちも、目が飛び出るのではないかというほど目を見開いていた。
(そんなに私が笑うのはおかしなことなの?)
私は恥ずかしくて、顔が熱くなった。
フランシスも信じられないというふうに頭を掻きむしった。
その時に、虫もポロリと地面に転がった。
ああ、取れてよかった。それはやはりハエの類だった。
「お前、今笑っただろう! 俺がどんなプレゼントを贈っても笑わなかったのにかっ!」
横でアメリアは、くすくすと愛らしく笑った。その無邪気さが少しだけ怖かった。
「フランシス様はお笑いの才能がお有りなんですね~。前言撤回します。尊敬できるところありました~」
「はっ、これだから平民は……。まったく下品で仕方がない。皇太子である俺にそんな失言をするとは」
先ほど求婚した女性に対する物言いではない。
やれやれというふうにフランシスが前髪をくしゃっとした瞬間、素早くアメリアは彼の脛をヒールの踵で蹴り飛ばした。
「痛っ!」
「もうっ、いい加減退いてくださーい」
「こんなことして許されると思うなよ!」
「はぁ、もう仕方ないですねぇ~」
顔をゆでだこのようにして怒るフランシスを見て、アメリアは困ったように眉を寄せた。
そして脛を抱えて痛がるフランシスに近づいていく。彼女が右手を彼の脛の辺りにかざすと、温かな光が彼の脛を包んだ。
聖女の奇跡だ。
「はいっ! これで痛くないでしょう! 治したんでプラマイゼロってことで許してくださ~い」
唖然とするフランシスを押し退け、私たちは教室を後にした。
廊下に出ると、中の様子を見ていたであろう隣国の王子であるゲルハルト殿下が何か言いたげな表情で私を見た。
殿下は、いつも何かと私を気にかけてくださっていた。
アメリアはその視線に気づくと、するりと私から手を離し、殿下の元へ近づいていった。
そして、アメリアは笑顔で殿下に何か耳打ちする。途端、殿下の顔色が変わり、優しい殿下からは想像もできないようなものすごい形相でアメリアを睨んだ。
私は何事かと思って声をかけようと彼を見たが、殿下はバツが悪そうに目を逸らし、その場から去ってしまった。
「何を話していたの?」
「そんなこと気にしなくてもいいんです」
アメリアはもう一度私の手をしっかりと握り、走り出した。
私は殿下の様子が少し気にはなったが、そのまま彼女についていくことにした。
「行きましょう」
私の心臓がバクバクしはじめる。いつもどんな時も冷静を装っていた。だけど、今日は無理だった。
今起こった出来事が面白くて仕方がなかった。羽根が生えたかのように足取りも軽るいし、周りの目も気にならなかった。
これもすべて今私の手を引いて走っている彼女のおかげだ。
背後からはフランシスの「覚えてろよーっ」みたいな絶叫が私の体を貫通していった。
「さっきの蹴り最高だったわ」
「でしょ」
アメリアは後ろを振り返って、口を大きく開けて笑った。
私もつられて笑う。
私は多分今、最高の笑顔だ。
「放してください。望み通り婚約破棄は受け入れます。お父様には私の方から報告させていただきます」
「いや、やっぱりそれは困る! どうか考え直してくれっ! 今まで君は俺に尽くしてきてくれたじゃないか」
「尽くしてきた私を捨てたのはあなたでしょう。私はあなたに失望しました。それはここにいる全員も同じでは?」
私は教室内をぐるりと見渡す。生徒たちは恥ずかしげもなく私に縋り付くフランシスに痛々しい視線を向けていた。
生徒会の副会長であり、フランシスの手下でもあるラウルすら視線を逸らしている。
すると、横にいるアメリアは身を震わせはじめ、くつくつと笑い声を漏らした。
「なにがおかしいっ!」
「いやだって、めっちゃ滑稽じゃないすか。あー、おもしろ。みんなあんたみたいなのが未来の皇帝だなんて考えたくないですよ」
「皇太子に向かってなんて物言いだ!」
「あなたに敬意なんて払う意味ありますー? だって髪の毛に虫ついてるんですよー?」
「はぁ?」
フランシスは慌てて髪の毛を触るが、しっかりと絡みついた虫はなかなか取れない。
「ふっ……」
耐えがたく私は笑い声を漏らしてしまった。アメリアはそれを聞いて嬉しそうに目を輝かせた。
周りの生徒たちも、目が飛び出るのではないかというほど目を見開いていた。
(そんなに私が笑うのはおかしなことなの?)
私は恥ずかしくて、顔が熱くなった。
フランシスも信じられないというふうに頭を掻きむしった。
その時に、虫もポロリと地面に転がった。
ああ、取れてよかった。それはやはりハエの類だった。
「お前、今笑っただろう! 俺がどんなプレゼントを贈っても笑わなかったのにかっ!」
横でアメリアは、くすくすと愛らしく笑った。その無邪気さが少しだけ怖かった。
「フランシス様はお笑いの才能がお有りなんですね~。前言撤回します。尊敬できるところありました~」
「はっ、これだから平民は……。まったく下品で仕方がない。皇太子である俺にそんな失言をするとは」
先ほど求婚した女性に対する物言いではない。
やれやれというふうにフランシスが前髪をくしゃっとした瞬間、素早くアメリアは彼の脛をヒールの踵で蹴り飛ばした。
「痛っ!」
「もうっ、いい加減退いてくださーい」
「こんなことして許されると思うなよ!」
「はぁ、もう仕方ないですねぇ~」
顔をゆでだこのようにして怒るフランシスを見て、アメリアは困ったように眉を寄せた。
そして脛を抱えて痛がるフランシスに近づいていく。彼女が右手を彼の脛の辺りにかざすと、温かな光が彼の脛を包んだ。
聖女の奇跡だ。
「はいっ! これで痛くないでしょう! 治したんでプラマイゼロってことで許してくださ~い」
唖然とするフランシスを押し退け、私たちは教室を後にした。
廊下に出ると、中の様子を見ていたであろう隣国の王子であるゲルハルト殿下が何か言いたげな表情で私を見た。
殿下は、いつも何かと私を気にかけてくださっていた。
アメリアはその視線に気づくと、するりと私から手を離し、殿下の元へ近づいていった。
そして、アメリアは笑顔で殿下に何か耳打ちする。途端、殿下の顔色が変わり、優しい殿下からは想像もできないようなものすごい形相でアメリアを睨んだ。
私は何事かと思って声をかけようと彼を見たが、殿下はバツが悪そうに目を逸らし、その場から去ってしまった。
「何を話していたの?」
「そんなこと気にしなくてもいいんです」
アメリアはもう一度私の手をしっかりと握り、走り出した。
私は殿下の様子が少し気にはなったが、そのまま彼女についていくことにした。
「行きましょう」
私の心臓がバクバクしはじめる。いつもどんな時も冷静を装っていた。だけど、今日は無理だった。
今起こった出来事が面白くて仕方がなかった。羽根が生えたかのように足取りも軽るいし、周りの目も気にならなかった。
これもすべて今私の手を引いて走っている彼女のおかげだ。
背後からはフランシスの「覚えてろよーっ」みたいな絶叫が私の体を貫通していった。
「さっきの蹴り最高だったわ」
「でしょ」
アメリアは後ろを振り返って、口を大きく開けて笑った。
私もつられて笑う。
私は多分今、最高の笑顔だ。
65
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
帰還した聖女と王子の婚約破棄騒動
しがついつか
恋愛
聖女は激怒した。
国中の瘴気を中和する偉業を成し遂げた聖女を労うパーティで、王子が婚約破棄をしたからだ。
「あなた、婚約者がいたの?」
「あ、あぁ。だが、婚約は破棄するし…」
「最っ低!」
【完結】たぶん私本物の聖女じゃないと思うので王子もこの座もお任せしますね聖女様!
貝瀬汀
恋愛
ここ最近。教会に毎日のようにやってくる公爵令嬢に、いちゃもんをつけられて参っている聖女、フレイ・シャハレル。ついに彼女の我慢は限界に達し、それならばと一計を案じる……。ショートショート。※題名を少し変更いたしました。
私は王子の婚約者にはなりたくありません。
黒蜜きな粉
恋愛
公爵令嬢との婚約を破棄し、異世界からやってきた聖女と結ばれた王子。
愛を誓い合い仲睦まじく過ごす二人。しかし、そのままハッピーエンドとはならなかった。
いつからか二人はすれ違い、愛はすっかり冷めてしまった。
そんな中、主人公のメリッサは留学先の学校の長期休暇で帰国。
父と共に招かれた夜会に顔を出すと、そこでなぜか王子に見染められてしまった。
しかも、公衆の面前で王子にキスをされ逃げられない状況になってしまう。
なんとしてもメリッサを新たな婚約者にしたい王子。
さっさと留学先に戻りたいメリッサ。
そこへ聖女があらわれて――
婚約破棄のその後に起きる物語
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
婚約者を寝取った妹にざまあしてみた
秋津冴
恋愛
一週間後に挙式を迎えるというある日。
聖女アナベルは夫になる予定の貴族令息レビルの不貞現場を目撃してしまう。
妹のエマとレビルが、一つのベットにいたところを見てしまったのだ。
アナベルはその拳を握りしめた――
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる