婚約破棄が私を笑顔にした

夜月翠雨

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カトリーヌ編

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 フランシスの偉そうな声と共に、見物人たちを掻き分けてこちらに歩いてくる少女が一人。
 
 学園の制服である紺のスカートをふわりと揺らし、こちらを見て微笑んだ。
 愛くるしい大きな瞳は誰をも惹きつける魅力がある。ふわふわとした桃色の髪も彼女の可愛らしさを引き立てている。
 
 彼女を見た途端、フランシスの表情がぱっと明るくなり、安堵したように息を吐いた。

「彼女に暴言吐かれただろう」
  
 フランシスが諭すように、アメリアの肩に手を置いた後、憎々しい表情で私を指差す。 
 その人差し指、折って差し上げようか。

「まぁ、暴言を吐かれたか、と聞かれたら吐かれましたねぇ」

 アメリアはキョトンとした表情で呑気に答えた。笑顔は絶やさない。

 周りの生徒たちは彼女の言葉を聞いてざわざわし始める。そのどれもが私に対する悪口のようだった。

「あんなに人の良いアメリア様に暴言を吐くだなんてなんて悪女なの」
「婚約破棄されて当然だ」
「早く退学すればいいんだ、鉄仮面女め」

 普段、公爵家である私には言えないような言葉が飛んできた。今なら、何を言ってもいいという雰囲気がそこにはあった。

 それらの中には、平民の出であったアメリアを馬鹿にしていた生徒たちも混じっていた。こいつらもいまさら何を言っているのか。アメリアを差別していたのは私ではなく、お前たちのほうでしょう。

 それにどうやらアメリアのことを友人だと思っていたのは私だけだったようだ。私は彼女のことが好きだったし、嫌がらせなんてしたこともなかった。彼女が私に向けた笑顔は全部嘘だったのだろうか。

「そういうことだ。だから君には大人しく婚約破棄を飲んでもらう」
「はぁ……」

 まるで私が婚約破棄を受け入れていないような物言いに少し腹が立つ。先程、私は婚約破棄を了承したはずですが……?
 きっと彼は私が婚約破棄を受け入れるなんて発想は皆無だったのだろう。どこまでも自意識過剰な人だ。

「そしてアメリア。僕は新たに君に婚約を申し込みたい。僕と婚約してくれるかい?」

 私に向けていた醜い顔とは対照的に、フランシスは爽やかな笑顔をアメリアに向ける。手にはいつのまにか取り巻きから受け取ったダイヤモンドの指輪が光っていた。
 アメリアは驚いたようにポカンと指輪を見つめた。
 周りの生徒たちは黄色い声を上げる。まったく貴族として恥ずかしい。
 
 なんなんの、この茶番は。ほんとうにくだらない。婚約を申し込む前に髪についた虫をなんとかしたらどうなの。 
 しかも、まだ完全に婚約解除されていないのに別の女性に求婚するなんて。

 私は気分が悪くなり、その場から立ち去ろうとした。誰も、もう私のことは興味を失ったようで引き留める者もいなかった。

 しかし、背後から聞こえてきたアメリアの返事は私が予想だにしなかったことだった。

「婚約はお断りします」

 朗らかな声でアメリアはきっぱりとそう言ったのだ。
 急いで振り返ると、それはアメリアがフランシスの手から指輪を掴み取り、笑顔で地面に叩きつける瞬間であった。
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