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カトリーヌ編
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フランシスの様子をじっくり観察していると私はあることに気づいてしまった。
(彼の金色の癖っ毛に虫が絡まっているわ!)
いよいよ笑いが堪えられそうになく、咄嗟に手で口を覆った。あまりにも滑稽ね。
それにしてもあの虫は生きているのかしら。蠅のようだけれど。
取り巻きの誰かも早く気づいて言って差し上げればいいのに。だって公爵家の跡取りともあろう人物が婚約破棄という真剣な場面で虫を頭に添えているのだ。これは恥ずかしい。
フランシスは私が笑いを堪えている態度を見て、私が焦っていると思ったらしく、満足げに頷いてみせた。
「悪事が何かは君がよく知っているだろう。実際に僕も君がアメリアに暴言を吐いているところを見たし、他にもさまざまな嫌がらせをしたそうではないか」
正直、フランシスの言葉はあまり耳に入ってこなかった。なぜなら私は、彼の髪の毛の虫に釘付けだったから。
あぁ、でもたしかに私はアメリアに暴言を吐いたかもしれない。たしかにあれは淑女としては良くない発言だった。
しかし、私に悪意はなくそれはただの軽口だった。私とアメリアの仲だからこそ言える冗談だったのだ。けれど、彼女はそうは思っていなかったのね。
そう思うと初めて私の心がずきりと痛んだ。
「婚約破棄は構いませんよ、私はね。私の両親を説得してくださればそれで結構です」
私は表情を変えずに淡々と述べる。
フランシスはそれが気に入らなかったらしい。
「はぁ? 説得も何も君が悪事を働いたんだから婚約破棄を受け入れるしかないだろう」
「フランシス様のご両親はこのことをご存知で?」
「もちろんだろう! むしろ喜んでいたさ!」
あぁ、なるほど。彼がアメリアと婚約しようとしている理由がやっとわかった。
アルス帝国は、皇帝が収める国が教皇が収めていた国を併合してできた国であった。しかし、未だに教皇派の権力は根強く残り、二つの権力は対立していた。皇帝側も元々神を重んじる国であったから、教皇をぞんざいに扱うことが出来なかった。
だから、教皇側である聖女のアメリアと皇帝側であるフランシスを結婚させることで、軋轢がないことを示し、国を統一しようという魂胆だろう。だから、皇帝はこの無茶な婚約破棄を承諾したのだ。
もちろん、ただ二人が愛し合っているだけという可能性もなくはないけど。
しかし、このように私に泥を着せる必要はあったのだろうか。
「悪事の証拠はないのですよね?」
私が睨むと彼は少し怯むような態度を見せた。
彼がここまで滑稽な人間だとは思ってなかった。元々、思うところがなくもなかったのだが、ここまでとは。
こんな人間の妻はこちらから願い下げだ。
「い、いいや、証言ならある! アメリアっ! こちらに出てこい!」
(彼の金色の癖っ毛に虫が絡まっているわ!)
いよいよ笑いが堪えられそうになく、咄嗟に手で口を覆った。あまりにも滑稽ね。
それにしてもあの虫は生きているのかしら。蠅のようだけれど。
取り巻きの誰かも早く気づいて言って差し上げればいいのに。だって公爵家の跡取りともあろう人物が婚約破棄という真剣な場面で虫を頭に添えているのだ。これは恥ずかしい。
フランシスは私が笑いを堪えている態度を見て、私が焦っていると思ったらしく、満足げに頷いてみせた。
「悪事が何かは君がよく知っているだろう。実際に僕も君がアメリアに暴言を吐いているところを見たし、他にもさまざまな嫌がらせをしたそうではないか」
正直、フランシスの言葉はあまり耳に入ってこなかった。なぜなら私は、彼の髪の毛の虫に釘付けだったから。
あぁ、でもたしかに私はアメリアに暴言を吐いたかもしれない。たしかにあれは淑女としては良くない発言だった。
しかし、私に悪意はなくそれはただの軽口だった。私とアメリアの仲だからこそ言える冗談だったのだ。けれど、彼女はそうは思っていなかったのね。
そう思うと初めて私の心がずきりと痛んだ。
「婚約破棄は構いませんよ、私はね。私の両親を説得してくださればそれで結構です」
私は表情を変えずに淡々と述べる。
フランシスはそれが気に入らなかったらしい。
「はぁ? 説得も何も君が悪事を働いたんだから婚約破棄を受け入れるしかないだろう」
「フランシス様のご両親はこのことをご存知で?」
「もちろんだろう! むしろ喜んでいたさ!」
あぁ、なるほど。彼がアメリアと婚約しようとしている理由がやっとわかった。
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だから、教皇側である聖女のアメリアと皇帝側であるフランシスを結婚させることで、軋轢がないことを示し、国を統一しようという魂胆だろう。だから、皇帝はこの無茶な婚約破棄を承諾したのだ。
もちろん、ただ二人が愛し合っているだけという可能性もなくはないけど。
しかし、このように私に泥を着せる必要はあったのだろうか。
「悪事の証拠はないのですよね?」
私が睨むと彼は少し怯むような態度を見せた。
彼がここまで滑稽な人間だとは思ってなかった。元々、思うところがなくもなかったのだが、ここまでとは。
こんな人間の妻はこちらから願い下げだ。
「い、いいや、証言ならある! アメリアっ! こちらに出てこい!」
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