カンパニュラ

夜月翠雨

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イソトマ

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 イソトマにはカガチという息子がいた。彼にとっては息子がすべてであった。しかし、カガチは十七年という短い人生だった。事故に遭ったのだ。そのときからイソトマの心は壊れていった。

 彼はロボットやAI知能の研究者だった。人型アンドロイドを初めに開発したのも彼だ。そこで彼は考えた。息子そっくりのアンドロイドを作ればいいのだと。
 しかし、彼の心は埋まらなかった。アンドロイドに話しかけても、プログラム通りの言葉しか返ってこないし、表情も変わらない。イソトマは虚しくなるだけだった。だから彼は心のあるアンドロイドを作ろうとしたのだ。

 しかしそれも難しく、十年という月日が過ぎ、やっと成功にたどり着けそうな時が来た。

「アングレカム。これで感情が芽生えたら君は晴れてカガチだ」

 最も成功に近づいたアンドロイド、アングレカム。彼にはあと感情が芽生えるきっかけが必要だった。
 そこでイソトマは、万が一アンドロイドが成功しなかった時のために開発している、記憶を消す薬を見て、あることを思いついた。

 この薬はまだ開発途中なのが問題だが、長い間、共に生活した人に忘れられた衝撃で、感情が芽生えるのではないだろうか。
 記憶がなくなってもいいという人を探すのは大変だったが、なんとかイソトマは見つけることができた。やってきた少女はぼさぼさの短いブロンドの髪で、この世の不幸をすべて背負っているという表情をしていた。

名は、シオンといった。

▼▼▼

「彼女が君を忘れたからってそんなに肩を落とすなよ。表情筋を人間らしく作るのにも成功したんだ。君は今日からカガチになれるんだぞ」

「俺は、カガチじゃない。アングレカムだ」

 怒りをあらわにした声でアングレカムが言った。イソトマはそんな彼をとても愛おしそうに見つめる。アングレカムも見つめ返す。アングレカムに表情があれば、イソトマを睨んでいたことだろう。

「俺は、お前を許さない。シオンを……」

 ばちっという音がしてアングレカムがその場に倒れ込む。イソトマが機能停止のボタンを押したのだ。

「ごめんね。君にはこれから表情の機能をとりつけたり、今までの記録を見て本当に感情が芽生えたのか確認したりしなくてはならないんだ」

 イソトマはアングレカムをベッドに運び、何やら複数の線をアングレカムの頭に挿していく。そして、パソコンをいじり、アングレカムの記録を見始めた。

▼▼▼

✕✕✕一年 十一月 三日
 今日からシオンという人と共に暮らすことになった。これもすべて父さんのためだ。俺はカガチにならなければならない。

「なあ。あんた私の世話係なんだろ。腹減った。なんか作ってくれよ」

 シオンはあぐらをかいて食卓の椅子にすわっている。

「なにか、リクエストはあるか」

「んー。じゃ、シチューで」

「了解した」

 俺はシチューを作り始めた。父さんが用意した家には生活に必要なもの全てが揃っていた。もちろんシチューの材料もある。まずは鶏肉と玉ねぎとにんじんを切って炒める。火が通ったら、バターと薄力粉を入れて炒める。そこに水を入れて煮たせたら、牛乳を入れる。あとは塩コショウで味を調えてとろみが出るまで煮たら完成だ。

 完璧なシチューができた。

「食べてくれ」

 シオンは何も言わず食べ始めた。あまりきれいな食べ方ではない。

「なんか想像してたやつと違う」

 そう言いつつ、シオンはシチュー食べ続けている。

「まずかっただろうか」

「いや、美味しいけどなんか違うんだよ。母さんが作ってくれたのとは違う」

「母さん?」

「そう。唯一母さんが私に作ってくれた料理だ。ほとんど覚えてないけど。なあ、あんた。母さんが作った味を再現してくんない? どうせ私が薬の効果で長時間眠ってる時ひまだろ?」

 シオンが身を乗り出していった。俺は特に断る理由もないのでそれに承諾した。

✕✕✕一年 十二月 五日

 薬の効果で約一か月眠っていたシオンが目を覚ました。

「これもなんか違うんだって。こんな味は整ってないし、もっとこう、さっぱりした味だった。あと野菜はもうちょっとぶつ切りにしてよ」

「す、すまない」 

 俺なりに一か月考えてみたレシピだがどうやら違ったらしい。

「あんた本当に感情あるの? 全然無表情じゃん」

「表情を表現するのはまだ難しくて、機能に搭載されていない。どうしてもぎこちなくなるらしい」 

「へー。てゆうかあんた名前なんだっけ? カガチだっけ?」

 シオンはやっと俺に興味を持ったのか、やたらと質問してくる。

「まだカガチじゃない。アングレカムだ」

「アングレカムか。いいね、そっちのがあんたっぽいよ」

 シオンが、ふっと笑った。何だか胸のあたりがほわほわする。何だろう、この感じは。

✕✕✕二年 八月 三日

 今日はシチューのレシピを考えていた。次で挑むのは五回目だ。早く再現できるようになりたい。彼女の記憶が無くなる前に。

 今回はかぼちゃのシチューを作ってみた。彼女はどんな反応をするだろうか。

✕✕✕二年 九月 十日

 いつものように彼女にシチューを振る舞うが今日は様子がおかしい。

「どうしたんだ」 

 俺が聞くと彼女は困ったように笑った。

「いやなんか、楽しいなーと思って。今まで私の人生あんなにカスだったのに、なんで急に楽しくなるんだろう」

 楽しいのになぜ彼女がこんなにも泣きそうな顔しているのか俺にはわからなかった。ただ、彼女のこんな顔はもう見たくないと思った。

「なあ。次私が目覚めたらさ、もっとめでたい感じで喜んでよ」

 なぜめでたい感じにしてほしいのかはわからないが、俺は黙ってうなずいた。彼女を喜ばせるためならば、なんでもしよう。

✕✕✕二年 十二月 二十日

 九月に目が覚めてから、珍しく彼女は長い眠りについていなかった。なんだか、毎朝彼女を起こしに行くのが怖い。次は起きなかったらどうしようと考えるだけで胸に穴が開きそうだ。

✕✕✕二年 十二月 二十五日

 ついに彼女はまた深い眠りについてしまった。いくら揺らしても起きない。
 俺はシチューを作ることにした。今度は牛乳の代わりヨーグルトを使ってみた。さっぱりとしていて、シオンが言っていた味に近い気がする。今回は自信作だ。

✕✕✕三年 三月 十一日

 シオンはなかなか目を覚まさない。起きたときにめでたい感じを出すために、ポケットには常にクラッカーを入れている。早くシオンの反応が知りたい。彼女は喜ぶだろうか。考えるだけでも胸が躍り出すのだ。

✕✕✕三年 八月 六日

 こんなにも長期間シオンが起きないのは今までに初めてだ。何だか胸がもやもやして気持ち悪い。

 今日もいつものように彼女が眠る部屋に入った。すると彼女の目はなんと開いていたのだ。俺は急いでポケットからクラッカーを取り出した。

 パァン!

 その瞬間、カラフルなリボンやチリ紙が飛び散る。
 さあ、彼女はどんな顔をするだろうか。期待と緊張で胸がバクバクする。

▼▼▼

 そこで記録は終わっていた。今まで毎日とっていた記録が突然途絶えた。これは、アングレカムがプログラムに抗って、意図的に書かなかったのだろう。
 
 イソトマの胸は歓喜に震えていた。

(やっとだ! やっとカガチを生き返らせることができる!)

 イソトマは横たわるアングレカムの前で飛び跳ねた。しかし、すぐに真顔に戻るとアングレカムの手を握った。起動していないアングレカムの手はとても冷たく、イソトマに死んだ息子を連想させた。そして何を思ったか、突然つぶやいた。

「ごねんね。アングレカム・・・・・・

 すぐにまた笑顔を張り付けたイソトマはアングレカムを起動させた。アングレカムの手に体温が戻ってくる。

 イソトマは自身が造り出したアンドロイドを、とてもとても愛おしそうに見つめた。

「おはよう。カガチ・・・

 その笑顔が本物なのか、はたまた偽りなのか、それは誰にも、イソトマ自身でさえもわからない。
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