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警談百景4

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 ユリウスのライトに照らされていたものは、一見、土に汚れた白い小さなボールに見えた。
 だが、それはひび割れ、ぽっかりと黒い眼窩を晒した人の頭蓋骨であった。
 驚きと恐怖に一瞬叫び声を上げそうになったが、戸惑ったようにこちらを見る五百蔵のおかげで声を上げずに済んだ。

「すみません。僕と五百蔵さんは第一発見者になってしまったので、捜査員が来るまで一緒にお待ちいただけますか……」

 何とか絞り出した声に、五百蔵はコクリと頷く。彼には悪いが、こんな場所で一人で待っているより二人の方が気が楽だ。

「ガーランド巡査」

 本署へ人骨のようなものを発見したと無線を入れ応援を待っていると、大きな石に座っていた五百蔵が顔を上げた。相変わらずフードの中は真っ暗で見えないが。

「どうしました?」
「さっき、入り口の石段の所で、ガーランド巡査の肩を、小さな女の子の手が掴んでいたんです」
「えっ!!?」

 思わず自分の肩を見る。何もいないのを確認し、胸を撫で下ろすが、心拍数が一気に上がってしまった。

「もしかしたら、見つけてほしかったのかもしれませんねぇ」

 五百蔵がしみじみと言った。
 そう言えば、あの少女、すみれが走って行った方向は人家などない山の方だった。だが、念の為確認しなければならない。もしも山で遭難などしたら大事件である。
 ユリウスは急いで本署へ電話を入れた。数コール目で電話交換の職員が出て、地域課長へ変わってもらった。

「もしもし!ガーランドです!あの、○○地内の案内簿の確認をお願いしたいんですが!」

 案内簿とは、地域警察官が巡回連絡時に作成するもので、災害や非常時に連絡できるように、各世帯の住人の人数や勤務先、学校、緊急連絡先などが記載されている。このように何か事件や事故が起きた時に手掛かりの端緒として照会することもある。

≪案内簿ですか……誰です?≫
「ええ、苗字は分からないんですが、10歳くらいで、【すみれ】としか……」
≪すみれ? 【アマミヤ スミレ】ですか? 今こちらもその話で大騒ぎですよ≫
「え?」
≪犬飼部長が行った朝の変死の車両の中に、もう一体の遺体が出てきたんです。頭蓋骨はありませんでしたが、人間の物だと確認されました≫

 ユリウスは茫然として、頭蓋骨があった穴を見つめた。吸い込まれそうな漆黒が呼んでいる様な気がして、思わず目を逸らしていた。
 ひぐらしの鳴き声だけが静かな境内に響いていた。

 その後、すぐに刑事課員と本部鑑識課がやってきて、静かだった境内は瞬く間に事件現場の様相を呈した。
 鑑定の結果、車内で発見された人骨の死因は不明であり、死後数年は経過している事と、八幡神社で発見された頭蓋骨は同一人物と断定された。
 練炭で自殺した人物は、アマミヤヒロミという住所不定の30歳の女性で、人骨はその娘のアマミヤスミレであるという事が、後に車内から発見された遺書で判明した。
 しかし、アマミヤスミレという人物の記録はI県内にはおろかどこの県にも無く、彼女の存在は幽霊のように透明なまま、身元不明遺体として処理されることとなった。

「気づいてあげられなくてごめんね」

 穏やかな陽光が差す昼下がり、ユリウスは線香に火を灯して、髪飾りと共に小さな墓石の前に置いた。傍らでは、一緒に見つけたご縁がありますから、と言って五百蔵がユリの花を供えていた。

「でも、よかったです。ちゃんと見つけてあげられました」

 五百蔵が黒い日傘を差しながら穏やかに言った。高位アンデッドのリッチ特有の、ほぼ死神のような見た目は夜の墓地で見たら悲鳴を上げそうになる出で立ちだ。

「五百蔵さんは、死者の声が聞こえたりするんですか?」

 ユリウスの問いに、五百蔵が笑った。

「私、こんな見た目だし、長く生きてますケド、滅多に見ないんです。そういうの。リッチだから寧ろ嫌がると思うんですよね。だから今回はちょっと意外でした」

 透明なコップに柄杓で水を丁寧に入れながら、五百蔵が言う。ユリウスはそれを見ながら、もしも自分が気づいていたら救えたのだろうかと一瞬だけ思ったが、それは傲慢な考えだと頭を振った。

「すみれちゃんは、幸せだったのかな」

 ユリウスは墓碑銘すらもない集団墓地に埋葬された少女の生前に思いを馳せる。あんな最期を遂げてしまったが、生きていた間の少しだけでも、幸せな時間があってほしいとユリウスは願った。

「少なくとも、もう苦しい事はないと信じたいですね」
「はい」

 二人は誰にも知られることのなかった少女を悼むように、静かに両手を合わせた。
 さあ、と爽やかな風が墓地を吹き抜け、どこからか澄んだ鈴の音色が聞こえた気がした。

 境島署は、今回の事案を虐待、死体遺棄事案として捜査を開始した。
 現在、日本国内で無戸籍者は1万人だと言われている。しかし、この数字ですら正確かどうかわからない。
 行政や支援のセーフティネットからすり抜けた【透明な子供達】は、今もこの国のどこかでひっそりと生きている。
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