超雑談部 ~知識の幅が人生を成功に導く~

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あれもこれとしたいは害悪なので一点集中をオススメします(前)

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「今回のお悩みはペンネーム紫陽花さんからです。『私にはたくさんの趣味があります。あれもこれもしたいけど、時間が全然足りません。もしよろしければ時間の使い方を教えて下さい』とのこと。多趣味な人からの丁寧な相談です」
 ある日の放課後の雑談部。
 性懲りもなく桔梗は雑談部に悩み相談を持ち込む。
「今回は悩み相談の体裁を保っているわね。相談者はかなり礼儀正しいわ。ちゃんと分を弁えているのは好感が持てる」
 普段なら桔梗が持ち込んだ悩み相談を一刀両断するが、筋を通した内容に華薔薇も相談に乗り気になっている。あくまで行うのは雑談だ。
「ただ残念なことに時間を有効活用しても根本的な解決にはならないでしょうね」
「というと?」
「一番手っ取り早いのは、やめること」
 多趣味を否定するつもりはないが、時間が足らないのなら優先順位を決めて、順位の低いことをやらない。時間を割くのなら、一番楽しくて面白くて幸せになれるものに心血を注ぐべきだ。
 一日24時間という絶対的な法則は変えられない。
 桔梗も華薔薇も紫陽花も一日を25時間にすることはできない。
「でも、今回の悩み相談からの趣旨とは外れてるから、やめるという選択肢は外しましょう」
 紫陽花の相談は何かを切り捨てることではない。全てを上手くこなす方法が知りたいのだ。
「やめるのが無理なら、別にメインディッシュを用意してるのか?」
「用意なんてしてないわよ。今から雑談しながら詰めていくのよ」
 華薔薇も所詮は高校生。知識は有限だし、専門家に比べたら薄っぺらい。悩み相談の的確な回答をすぐに用意はできない。雑談しながら必要そうな内容を状況に応じてピックアップしていく。
 大元は決まっていても細かい内容は決まっていないので、横道にもそれてしまう。雑談部の活動は雑談なので、悩み相談の解決に重きを置いていない。
 究極的に華薔薇は見ず知らずの誰かの悩みが解決しようが未解決のままでも気にしない。興味もなければ関係もない。
 華薔薇が桔梗が持ち込む悩み相談を答えてるように見えるのは勘違い。雑談のネタとして有効活用しているに過ぎない。
 あくまで華薔薇がしているのは雑談だ。桔梗がどのような解釈をするかは本人の自由だ。
「さて、あれもこれもしたいということだから集中できてないのでしょうね。作業中に気が散っているから満足できていない。もっと時間があればと願ってしまう」
「集中と満足にどんな関係があるんだよ。趣味をやってやりゃ幸せだろ」
「残念なことに集中できてないと、満足度は下がるのよ。桔梗もゲームをしてるときに電話なりSNSの通知がきたら嫌でしょ」
 集中している際に余計なことに気をとられると、集中力が途切れてしまう。一度途切れた集中力は簡単には戻らない。
「言いたいことはわかる。いい所で電話が鳴ってクエストクリアできなかったときは、かなり凹んだ。今思い出してもムカつくな」
「そう、その気が散る要因は外部からだけじゃない。自分の心からも沸き上がるのよ」
 紫陽花は多趣味らしい。それならひとつの作業をしているときに、別の趣味が気になることもある。すると目の前の作業に集中できなくなる。集中ができないと効率は落ちる。作業時間が延びるか、途中で諦めるとになる。これが時間が足りない正体だ。
「典型的なマルチタスク。これが紫陽花が陥っている愚かさの正体」
「えっ? マルチタスクって複数のことを同時に捌く超絶能力じゃないのか?」
「人類には申し訳ないけどマルチタスクが得意な人はほとんど存在しない。ユタ大学の研究だと全人口の2%だそうよ。だからマルチタスクが得意という人に会ったら十中八九嘘ね」
 人間の脳はたくさんのことを同時にできないため、あれをしながらこれもやるというのはできない。あれもこれもしたいけど時間が足りない紫陽花に少なくともマルチタスクの才能はない。
「だから、最適解はひとつのことにとことん集中する、これ意外にない」
「ひとつに、集中?」
「マルチタスクという同時作業は人間には不可能なのよ。実際に脳内では高速で注意を切り替えているだけ。ひとつひとつの切り替え時間は刹那に等しいから、マルチタスクができていると錯覚している」
 注意の矛先を変えることをタスクスイッチングという。切り替える度に集中力は散ってしまうので、タスクスイッチングを繰り返せば繰り返すほどに集中力は落ちていく。そうなれば能率が落ちるのも仕方ない。
 だからこそひとつにとことん集中する必要がある。タスクスイッチングを減らせば、集中力が散ることもない。
「華薔薇が言うならマルチタスクがないんだろう。それと紫陽花の相談とどう関係が?」
「人間は目の前のものから注意をそらすことができない。紫陽花の部屋がどうなっているか知らないけど、趣味毎に部屋が別れているなんてお金持ちではないでしょう。つまり部屋にたくさんの趣味のものが並べられている」
 日輪高校はお金持ちが令息令嬢が通う学校とは違って、極々庶民が通う学校だ。紫陽花が特別お金持ちの家庭の可能性は低い。なら自宅の部屋は自室くらいしかない。
「人間はね、何かに集中していても、目の前に他のものがあると注意がそれるのよ。この注意がそれるのもマルチタスクの原因、脳内でタスクスイッチングが起こっている」
 何もない部屋とごちゃごちゃした部屋では、圧倒的に前者の方が集中しやすい。物があるというだけで人間の集中力は分散されてしまう。
「桔梗だってゲームをしているときに、目の前を裸の美女が横切ってもゲームに集中できる自信はないでしょ」
「そりょもう、ガン見だよ。ゲームと美女の裸体なら、美女に決まってらぁ。考えるまでもない。美女を見逃したら一生の損失だけどよ、ゲームの損失は十分取り返せる。舐めんなよ」
 自信満々な返事に華薔薇は別の問いかけににすべきだと反省する。わかりやすいのことは大事だが、鬱陶しいのを回避することはもっと大事だ。
「桔梗が変態なのはともかく、自分の好きなものや大事なものが目の前にあったら欲が出てきて当然」
 勉強しようと机に向かっても、机の上にスマホがあれば人は容易く流される。いつの間にか時間が過ぎ、勉強は一切進まない。学生のよくある失敗だ。
「さらりと俺を変態にするのやめてくんない。俺だって傷つくから」
「桔梗が変態な言動をしなければいいのよ。私は事実を元に断定しているの」
 桔梗は変態の誤解を解きたいが、桔梗が自滅して話題を提供している場面もある。元は華薔薇の誘導とはいえ、桔梗の迂闊な言動も改める必要がある。話題を提供し続ける限り、華薔薇のいじりはなくならない。
「セクハラ桔梗は横に置いて」
「セクハラちゃうねん。俺はただ、華薔薇に乗っかただけだ。無実を主張する」
 桔梗の意見は当然棄却される。
「紫陽花がまず始めにすることは整理。少なくとも趣味に没頭している間に他の趣味の道具なり作品なりを見えなくすること。これでタスクスイッチングが防げる」
「おお、華薔薇がまともに悩み相談に答えてる」
 華薔薇は悩み相談をなんだかんだで雑談はするが、悩み相談を主軸に置くことはなかった。初めて悩み相談に真面目に取り組む姿を見て桔梗は感動した。
「はぁ、これもただの雑談よ。悩み相談なんて一回も受けたことないわよ」
「照れ隠し?」
「違うわ。紫陽花が丁寧だったから、いつもとは違う雑談アプローチをしているだけ」
 華薔薇に悩みを解決する心算はない。紫陽花の第一印象がよかったから、雑談にも表れている。好きな人は丁寧に、嫌いな人は粗雑に対応するのは特段おかしくない。雑談部は一律の接客を求められるサービス業とは違う。
 所詮は部活動。好きな時間に雑談し、好きな相手と雑談し、好きな話し方で雑談する。
 華薔薇が丁寧に雑談するのも華薔薇の自由だ。
「相手によって態度を変えるのは普通でしょ」
 目上の人には丁寧に話し、同級生や後輩にはため口を使う。当たり前に使い分けていることを華薔薇もやっている。使い分けは誰のものでもない、誰が使おうと咎められはしない。
「うーん、言いたいことはわかる。でも納得できん」
「それこそ知らないわ。桔梗が納得するかしないかは私には路傍の石と同じ」
 桔梗の思想が華薔薇に影響を与えることはない。
「さて、話を戻して。目の前の環境を整えたら次にすべきは周囲の環境も整理しないといけない」
「……はぁ、何事もなく話が戻った。……はいはい、周囲の環境ね。ん? 周囲の環境ってどれくらいだ。仮に自分の部屋に居るとして、隣の部屋か家全部か、どこまでが周囲の環境なんだ」
「全てよ。集中を妨げる全てが、周囲の環境よ」
「もいぃぃぃっ!?」
 壮大なスケールにすっとんきょうな声が出てしまった桔梗。普段からちゃらんぽらんなのに、声まで忌まわしいと美点がひとつもない。
「隣の部屋の話し声、家の前を通る車の騒音、ビルの向こうで打ち上がる花火、体温を上げ下げする太陽、通知を知らせるスマホ。これら全てが集中を妨げる」
「いやいや太陽とかどうやって対処すんの?」
「文明の利器に頼りなさい。騒音は耳栓やノイズキャンセリングのイヤホンで、気温はエアコンで、スマホの通知はオフにする。これだけで集中力の天敵を殺せる」
 実際には別の邪魔物がいる。対策をどんどん増やしていけば、いずれは完璧に集中できる空間が創成される。
「邪魔物がいなくなった部屋ならいくらでも集中できる。時間を忘れて趣味に没頭するでしょう」
 気を散らさないことが集中において一番大事だ。
「いいこと、三つの作業を同時にこなして2時間かかるなら、ひとつひとつきっちり区切って作業したら1時間もかからずに終えることも可能よ」
「またまたぁ、時間が半分なんて盛りすぎだよ。そんなに早く終わるなら誰も残業する必要なくなるぞ」
 世の中のサラリーマンには残業してなんぼという考えの持ち主が一定数いる。華薔薇にはただの無能自慢にしか聞こえない。
 作業はサクッと終わらせて、余った時間で別の作業をしたり、余暇を楽しむべきだ。わざわざ作業時間を引き伸ばす意味はない。
「疑っているようだけど、実際終わるのよ。マルチタスクはそれくらい生産性を落とす行為なの。全人類の一日の時間は24時間だけど、シングルタスクの人はマルチタスクの人に比べて2時間3時間以上の余裕がある。人によってはそれ以上にもなりえる」
 人の何倍もの作業を平然とこなす人がいる。それは単純に慣れの部分もあるが、大部分は脇目も振らず作業に没頭している結果だ。その人には一日が25時間にも26時間にも感じるだろう。
「そんなに変わるとはやっぱり思えない」
 桔梗の疑いの眼差しはまだ晴れない。同じ人間である以上、そこまで大差がつくとは思えない。
「私が口で言っても理解できないなら、自分で試すしかないわよ。少なくとも私は桔梗より、一日を充足して過ごしている。時間が足りなくなる感覚は久しく感じていない」
 華薔薇は桔梗より、勉強しているし、運動しているし、雑談部のネタも考えている。趣味の時間も確保していれば、ボーッとする時間もある。毎日充実した生活をしている。
「言えることはひとつだけ、ひとつのことに集中しなさい」
 人生変わるわよ、と華薔薇は確信を持って続ける。
「そこまで言われちゃしょうがない。俺だってひとつのことにとことん集中してやる。で、何したらいいの?」
 意気込みは立派でも、具体策が浮かんでいないのが桔梗らしい。わからないことをわからないままにせず、素直に聞けるのは素晴らしい。
「それなら、マルチタスクをしていないかのチェックをしないとね。自分がどの程度マルチタスクをしているか基準がないと何を改善すべきかもわからないしね」
「いつでもかかってこい。準備オッケーだ」
 ファイティングポーズでの構えで準備万端を意思表示する。気を張りすぎてプツンと切れなければいいのだが。
「紹介されたばかりの人の名前が思い出せないことはない?」
「それはない。名前はちゃんと覚える」
「それは重畳」
 きちんと向き合っていれば相手の名前を忘れることはない。他のことに気が向いていたら、ついさっき紹介された人の名前も忘れる。
「グループで会話中にスマホでメッセージを返したりしない?」
「うっ! 時々します」
「ダメね。後に何の話をしてたの、と聞き返すのでしょ。話はちゃんと聞かないとダメよ」
 話を聞かない相手に好感は持てない。同じ話を繰り返すのは二度手間になる。時間も好感度も失ってしまう。
「ながらスマホをしたり?」
「やっちゃいます」
「即刻断つべきね」
 ながらスマホは典型的なマルチタスクだ。歩きながらのスマホは単純に危険である。
「勉強しようと思っていたのに、つい他のことをしていたり?」
「ぐぬぬ、教科書がテレビ画面に、シャーペンがコントローラーにいつの間にか変わっています」
「はぁ、呆れてものも言えないわ」
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