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体にいい食事と悪い食事(後)
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「そんなにすげー食品が埋もれてたなんて。店では全く宣伝されてないから、知らんかった」
「桔梗もおかしを食べるくらいならナッツを買いなさい」
「そういや、ナッツってどこで売ってる?」
人間興味がないものは目に入らない。ナッツはコンビニ、スーパー、通販どこでも買える。殻付き、ロースト、薫製、塩味、キャラメル、きな粉など種類も豊富にある。
「どこでも買えるから、探してみなさい。本当に興味がないのね」
逆に華薔薇の場合、意識しないとおかしが目に入らない。体にいい食品ばかり目にして、体に悪い食品は意識に昇らない。
「体にいい食品のふたつめは桔梗も興味があるものよ。一般的に甘くて、茶色いものよ」
「甘くて、茶色? ……あっ、小豆」
「残念。ではもうひとつヒント、溶ける」
「あっ、もしかしてチョコか!」
正解だ。
ただし体にいいのはカカオの含有量が最低でも70%以上のダークチョコレートに限る。できればカカオ含有量は80%を越えているのが望ましい。
「一般的に売られているものは糖質や脂質が多いからおすすめはしないけど、ダークチョコレートに含まれているカカオは健康にいいのよ。カカオは抗酸化作用や便秘の改善、紫外線対策にも期待できて美肌にもしてくれる万能な食べ物よ」
「いやー、ダークチョコレートがいいのは重々理解した。でもさ、ダークチョコレートって、苦いよ」
「…………そうね」
あまりに当たり前のことを言われるものだから一瞬反応が遅れた華薔薇だった。
個人の嗜好は簡単には変わらない。苦いのが食べれないのなら仕方ない。華薔薇は普通にダークチョコレートを食べれるので、苦くて食べれない発想に至らなかった。
「カカオが80%から90%なら、食べれる苦さよ。あんまり好き嫌いせずに、気が向いたら食べなさい」
体にいいからと言って、無理して食べてストレスになるくらいなら、食べない方がいい。また、苦いから砂糖を加えて甘くするのも本末転倒なので意味がない。
華薔薇も食べたくないものを無理矢理食べさせるような鬼畜ではない。ダークチョコレートでなくとも体にいい食品はある。ダークチョコレートで補えない分は他の食品で補えばいい。
「心苦しいけど、ダークチョコレートは私だけで食べるわ」
おもむろにバッグから包装されたチョコレートを取り出すしては、包装を解いてこれ見よがしに口に含む。
「うーん、とっても美味しいわ。手前味噌だけど、私の腕は一流ね」
「そのチョコって華薔薇の手作りなのか? だったら俺も食べたい」
いいわよ、と言って華薔薇は包装されたチョコレートを投げる。キャッチした桔梗はすぐに包装を解いて口に入れる。
「なんて滑らかな舌触りなんだ。口に入れた瞬間に溶け……にっがぁ、無理無理無理無」
味を確認せずに食べた桔梗が悪い。そもそも華薔薇はダークチョコレートと明言していた。女子の手作りおかしというワードに引っかかった桔梗の自業自得だ。
「に、苦かった。死ぬほど苦かった」
さしもの桔梗も吐き出すような不作法はせず、無理矢理ダークチョコレートを飲み込んだ。
「お粗末様。ちゃんとテンパリングをしたから、口溶けも見た目もよかったでしょ」
「ああ、苦味以外は最高だったよ」
テンパリングはチョコレートの基本。温度管理のことで、これさえできていればある程度は形になる。逆にテンパリングが不十分だと、仕上がりはいまいちになる。
カカオがたっぷり含まれているから味は仕方ないにしても、手作りチョコレートを誉められて悪い気のしない華薔薇だった。
「体にいい食べ物は苦いもの以外にもあるのよ」
「待ってました。ダークチョコレートは俺には合わん。スイーツをプリーズ」
「ブルーベリーよ。他のベリーもおすすめだけど、一番のおすすめはブルーベリーね」
ベリー類にはポリフェノールの一種アントシアニンが豊富に含まれている。アントシアニンには老化を促進するAGEという物質を抑制してくれるので、アンチエイジングに期待ができる。
アントシアニンには運動のパフォーマンスを上げる効果もある。国際オリンピック委員会は運動のパフォーマンスが上がるサプリとして、カフェインや重曹を選んでいる。そのカフェインや重曹に匹敵するポテンシャルを秘めているのがアントシアニンだ。
また、ベリー類は総じて低カロリーで食物繊維が豊富である。食物繊維が多いと腸内細菌が増えて、腸内環境が整う。腸内環境は体を健康にしてくれる他、メンタルの改善にも役立つとされる。
「ブルーベリーなら食えるぞ。油断してると紫色が手とか口に移ったりするな」
「それは食べ過ぎよ。まあベリー類は酸化ダメージを減らしてくれたり、心臓や血管の病気のリスクを減らしたり、かなり優秀な食品よ」
ブルーベリーは一日100グラム程度は食べても問題ないので、甘味には持ってこいの食材である。ナッツやダークチョコレートに比べて食べれる量が多いので、小腹が空いたときも安心だ。
糖質はブルーベリー100グラムの内、10グラム程度しかない。糖質が少ない優良食品だ。
「確か家に冷凍のブルーベリーがあった気がする。明日持ってこよ」
「いいんじゃないかしら。ブルーベリーは生でも冷凍でも栄養素に変化はないしね」
野菜や果物は解凍と冷凍を繰り返したら栄養素が大幅に減ってしまう。冷凍が一回きりなら栄養素が大きく減ることはない。注意すべきはβカロテンで冷凍すると大きく減ってしまう。逆にビタミンEは冷凍保存で増える。
「冷凍したブルーベリーを持ってきたら、腹が減ってきたときにいい感じに自然解凍されてそうだ。まじでいいこと聞いた」
生でも冷凍でもジャムでもスムージーでもデザートでもパウダーでもブルーベリーの食べ方はたくさんある。工夫次第では毎日飽きずに食べれる。
「そういやさ、ブルーベリーは視力回復に効くんだよな?」
「残念ながらブルーベリーが特別目にいいというエビデンスはない。もともとは第二次世界対戦頃のイギリス人パイロットの目がいい人がブルーベリージャムを食べていたことから広まったようね。だからブルーベリーで視力回復は眉唾ね。仮に視力回復が期待できるとするなら、ルテインやゼアキサンチンかな」
どこまで効果が期待できるか定かではない、とダメ押しする華薔薇だ。
現代の技術なら安全に視力回復手術を受けれるので、わざわざ食品で視力回復を図る意味はない。レーシックや眼内レンズなどだ。
「そっかー、視力回復できたら一石二鳥だったのにな。あれだな二匹の兎を追いかけるとどっちも可愛いだな」
「何よその言葉は。二兎を追うものは一兎をも得ずでしょうが。諺くらいちゃんと脳に刻みなさい」
はーい、と桔梗は軽い調子で返事をする。
「あれ、ナッツ、ダークチョコレート、ブルーベリー、ああ、なんてことだ、どれもおやつやん。主食はどこ? 俺たちは何を食べていけばいいんだ。華薔薇は俺たちに餓死しろ、と仰るのか」
大袈裟な身振り手振りで桔梗は嘆く。
「いくらでも健康にいい食品はあるわよ。でもその前にもう少し、体に悪い食品を教えましょう。さっきは糖質が体に悪いと雑談したわね」
「血糖値がぶわーってなるからダメなんだろ。他にもダメな食品があるのかよ。本格的に食える食品が減ってくな」
「そうね、糖質に負けず劣らず体に悪いのは、加工食品よ」
お手軽に食べられる加工食品には精製された油や精製された糖が含まれている。簡単に美味しさを演出できて、カロリーが高くて栄養が少ない食品でもある。
「そんな加工食品が封じられたら、俺たちは何を食べればいいんだ。未加工品なんて、生野菜、生肉、生魚、生卵、果物…………ふむ、意外に食べれるな」
調理の手間はかかるが健康的な食品はいくらでもある。加工食品を食べなくても充実した食生活は送れる。
穀類も糖質過多なので、穀類も減らした食事を続けるのが体にいい食事となる。
「特に食べてほしいのが海藻やキノコ類ね。ビタミンやミネラルが豊富で糖質が少ないダイエットにも最適な食品よ。また食物繊維も多いから腸内環境の改善や免疫力アップも期待できる」
海藻もキノコも手軽に食事に加えられるので取り組みやすい。
「ふむふむ、海藻はハゲにもいいんだろ。将来のフサフサ対策にもなるな」
「海藻はハゲとは関係ないわよ」
「えっ!?」
ワカメが髪の毛を連想したようだが、ワカメをいくら食べても毛が生えるというエビデンスはない。
「毛が薄い人はビタミンDが足りないことが多いそうよ。ビタミンDは体のいろんな健康に必要だから、健康な毛にもビタミンDは必須よ」
「あぶねー、知らなかったら将来ハゲてたな。俺のじーさんハゲだからな、今から気を付けないと」
髪の毛の束を摘まんで桔梗はフサフサな未来を想像する。
「毛をフサフサさせるには、もうひとつ重要な要素があるわよ」
「まじか!? 神様仏様華薔薇様、俺のハゲはここにかかっている。誰だか知らないけど、俺を雑談部に導いてくれた女神様に感謝しないと、ああ女神様ありがとう」
天に向かって祈っている桔梗を無視して華薔薇は雑談を続ける。
「ビタミンAの取りすぎは抜け毛を加速させるのよ」
レバー、ニンジン、サツマイモ、ウナギ、ナチュラルチーズなどはビタミンAが多いので、抜け毛が気になるようなら、食べるのを控えた方がいい。
「んっ? なんて。聞いてなかったから、もう一回言ってくれ」
「嫌よ。聞き逃した桔梗が悪いんでしょ。どうして私が同じ雑談を繰り返さないといけないのよ」
残念ながら桔梗の女神様は雑談部へは導いてくれたが、雑談のやり方までは導いてくれなかったようだ。
「嘘だあああ、俺はハゲたくないぃぃぃ!」
雑談部で雑談に集中しない桔梗が悪い、華薔薇は優しくないのだから。
華薔薇の前で油断や気をそらすのは悪手中の悪手。いじって下さいとみすみす弱点をさらす行為。誰も桔梗を弁護できない。
「将来ハゲることが確約されたくらいで叫ばないでよ。ハゲでもかっこいい人はいるんだから」
絶対に髪の毛がないといけないルールはない。髪の毛の有無が優秀と無能を分ける指標にならない。
髪の毛は個性のひとつ。活かすも殺すもその人次第だ。
「まあ、ハゲた桔梗がかっこいいとは思えないけど」
「うおおお、ハゲたくねぇぇぇ。あだ名がタコは勘弁してくれぃ」
「あっははは。桔梗のリアクションは最高ね。つるつるピカピカの桔梗、悪くないわ」
華薔薇は脳内で桔梗の髪の毛を全て散らす。ビジュアルとしてとても面白いので、笑いの方向なら十分に活かせる。容姿だけで笑いを取るのは茨の道なのは確かだが。
「桔梗に新しい道が開けた祝福にもうひとつ体にいい食品を紹介しましょう。それはシナモンよ。スパイスとしてカレーの隠し味にしたり、シンプルにスイーツにしたり、コーヒーや紅茶の味付けにも使える万能調味料ね」
シナモンにはプロアントシアニジンという成分が含まれており、血糖値降下作用が確認されている。他に抗酸化作用や殺菌作用、血行促進作用もある。味意外にも優れた食品なのは間違いない。
「シナモンなんて知らんもん」
「…………………………………………………………………………………………………………ふぅー」
「無反応だけはやめてくれ。俺が悪かったから、せめてスベったことをいじってくれよ。そっちの方がまだマシだよ」
華薔薇だって正しい反応がわからないこともある。ああでもない、こうでもない、と思考を続けたが上手く考えが纏まらず、結果として無反応になった。
最終的には桔梗の失敗が与える影響は微々たるものなので、どのような結果でも問題ない。最後に行き着いた先が嘆息だった。
華薔薇には他意も、悪意も、善意も、恣意もなかった。単に考えすぎだった、しかも無駄に。
「無駄なことを考えすぎた新しい発見と一見すると思考停止にしか見えない反応は反省ね。日々これ精進なり」
「なんで一人で反省して、一人で解決してんだよ。俺のスベったモヤモヤはどうしてくれんだよ」
「私には関係から、自分で解決しなさい」
華薔薇に桔梗を助ける気はない。あるのは雑談を面白おかしくする気だけ。面白おかしく喋れるならボケを拾う。無価値と判断したなら容赦なく切り捨てる。華薔薇の雑談に対するスタンスは今も昔も変わらない。今まではメーターが振りきれた時の対応に不備があったものの、先のやり取りでその不備も修正された。
「さて、シナモンは十分に砂糖の代用も可能よ。砂糖を減らす第一歩にシナモンを代用するなんて使い方もできる。食事の途中から使って味変するのも、食事の楽しみが増えていいわ」
「ぐすん、シナモンが健康にも食事のスパイスにもいろんな意味で偉大なんは理解した。理解したけど、俺のモヤモヤは納まってないからな!」
「だから私は知らないって。そのモヤモヤは自力で解決しなさい。私に桔梗を助ける義理はない」
話にならない、と桔梗は諦めた。なんだかんだ寝てしまえばモヤモヤも忘れてしまう。華薔薇と付き合っていれば理不尽は日常茶飯事。繊細でも鈍感でも理不尽を受け入れるか、受け流すか、慣れなければならない。
桔梗は理不尽に慣れたため、寝ることで理不尽をリセットできるようになった。とても不本意な慣れだが、諦めるのも時として有効である。
「わかりました、わかりました。俺は俺でなんとかしぃまぁすぅ」
「それがいいわ。いつまでも誰かに頼ってばかりだと成長しないもの」
桔梗の粘着質な物言いは華薔薇には微塵もダメージを与えない。むしろどのような工夫をしてくるか楽しむ余裕がある。
既にいろんなものを創意工夫で手に入れてきた華薔薇と、これから手に入れようともがいている桔梗では立つステージか違う。桔梗が華薔薇に一矢報いるのは当分先になりそうだ。
「そうそう忘れてた、つい軽視しがちなことがあったわ」
「なんでい、俺たちは何を軽くしてんだい」
何か嫌ことでもあったのか桔梗の口調がおかしくなっている。
「水」
「水だぁ。水なんて毎日飲んでるっちゅうねん」
「体内の水分不足は深刻な事態を引き起こしかねない。血中の糖の濃度が上がったり、集中力の低下が起こるのよ。暑い日や運動中は気にかけても、普段から気にかけてる人は少ない。こういった人たちは水分不足の可能性は高い」
水をたくさん飲むと健康になるだとか、美肌になるということはない。ただし水分が不足していると脳機能の低下や肌質の悪化が起こる。水分不足の人が積極的に水分がを摂ることでマイナスを打ち消すことはできる。
「水なら苦もなく手に入るし、デメリットもない。お手軽に始められて、体も労れる。最高の健康ね」
「水道水でも問題ないのか?」
「ええ、大丈夫よ。水道水でもミネラルウォーターでも、軟水も硬水も関係ない。最低でも一日1.5リットル、できれば2リットルは飲みなさい」
水の種類は関係ない。体質と味に問題がなければ自由に選んでいい。水のまま飲むのが好ましいが、どうしても飲めないようなら味噌汁やスープで飲んでもいい。
最悪なのは水分が不足すること。
「それなら、今からでもできるな。水がそんなに大事だと知らなかった。脱水症状くらいは聞いたことあったけど。まさか『おかしを食べて何が悪いの』から、ここまで話が膨らむとは。メロン……メロン、うへへ」
メロンとの会話を思い出しているのか、それともメロンにアドバイスをする姿を妄想しているのか、とにかく邪な想像にトリップしている桔梗だった。
「気持ち悪いから、今日はこのまま放置しましょう」
妄想の世界に飛び込んだ危機管理を尻目に華薔薇は雑談部を後にするのだった。
本日の雑談部の活動は終えている。桔梗を部室に残したとて問題はない。
残された桔梗が妄想から帰ってきて、部室に一人残されて慌てふためくのは、もう少し先の話。
「桔梗もおかしを食べるくらいならナッツを買いなさい」
「そういや、ナッツってどこで売ってる?」
人間興味がないものは目に入らない。ナッツはコンビニ、スーパー、通販どこでも買える。殻付き、ロースト、薫製、塩味、キャラメル、きな粉など種類も豊富にある。
「どこでも買えるから、探してみなさい。本当に興味がないのね」
逆に華薔薇の場合、意識しないとおかしが目に入らない。体にいい食品ばかり目にして、体に悪い食品は意識に昇らない。
「体にいい食品のふたつめは桔梗も興味があるものよ。一般的に甘くて、茶色いものよ」
「甘くて、茶色? ……あっ、小豆」
「残念。ではもうひとつヒント、溶ける」
「あっ、もしかしてチョコか!」
正解だ。
ただし体にいいのはカカオの含有量が最低でも70%以上のダークチョコレートに限る。できればカカオ含有量は80%を越えているのが望ましい。
「一般的に売られているものは糖質や脂質が多いからおすすめはしないけど、ダークチョコレートに含まれているカカオは健康にいいのよ。カカオは抗酸化作用や便秘の改善、紫外線対策にも期待できて美肌にもしてくれる万能な食べ物よ」
「いやー、ダークチョコレートがいいのは重々理解した。でもさ、ダークチョコレートって、苦いよ」
「…………そうね」
あまりに当たり前のことを言われるものだから一瞬反応が遅れた華薔薇だった。
個人の嗜好は簡単には変わらない。苦いのが食べれないのなら仕方ない。華薔薇は普通にダークチョコレートを食べれるので、苦くて食べれない発想に至らなかった。
「カカオが80%から90%なら、食べれる苦さよ。あんまり好き嫌いせずに、気が向いたら食べなさい」
体にいいからと言って、無理して食べてストレスになるくらいなら、食べない方がいい。また、苦いから砂糖を加えて甘くするのも本末転倒なので意味がない。
華薔薇も食べたくないものを無理矢理食べさせるような鬼畜ではない。ダークチョコレートでなくとも体にいい食品はある。ダークチョコレートで補えない分は他の食品で補えばいい。
「心苦しいけど、ダークチョコレートは私だけで食べるわ」
おもむろにバッグから包装されたチョコレートを取り出すしては、包装を解いてこれ見よがしに口に含む。
「うーん、とっても美味しいわ。手前味噌だけど、私の腕は一流ね」
「そのチョコって華薔薇の手作りなのか? だったら俺も食べたい」
いいわよ、と言って華薔薇は包装されたチョコレートを投げる。キャッチした桔梗はすぐに包装を解いて口に入れる。
「なんて滑らかな舌触りなんだ。口に入れた瞬間に溶け……にっがぁ、無理無理無理無」
味を確認せずに食べた桔梗が悪い。そもそも華薔薇はダークチョコレートと明言していた。女子の手作りおかしというワードに引っかかった桔梗の自業自得だ。
「に、苦かった。死ぬほど苦かった」
さしもの桔梗も吐き出すような不作法はせず、無理矢理ダークチョコレートを飲み込んだ。
「お粗末様。ちゃんとテンパリングをしたから、口溶けも見た目もよかったでしょ」
「ああ、苦味以外は最高だったよ」
テンパリングはチョコレートの基本。温度管理のことで、これさえできていればある程度は形になる。逆にテンパリングが不十分だと、仕上がりはいまいちになる。
カカオがたっぷり含まれているから味は仕方ないにしても、手作りチョコレートを誉められて悪い気のしない華薔薇だった。
「体にいい食べ物は苦いもの以外にもあるのよ」
「待ってました。ダークチョコレートは俺には合わん。スイーツをプリーズ」
「ブルーベリーよ。他のベリーもおすすめだけど、一番のおすすめはブルーベリーね」
ベリー類にはポリフェノールの一種アントシアニンが豊富に含まれている。アントシアニンには老化を促進するAGEという物質を抑制してくれるので、アンチエイジングに期待ができる。
アントシアニンには運動のパフォーマンスを上げる効果もある。国際オリンピック委員会は運動のパフォーマンスが上がるサプリとして、カフェインや重曹を選んでいる。そのカフェインや重曹に匹敵するポテンシャルを秘めているのがアントシアニンだ。
また、ベリー類は総じて低カロリーで食物繊維が豊富である。食物繊維が多いと腸内細菌が増えて、腸内環境が整う。腸内環境は体を健康にしてくれる他、メンタルの改善にも役立つとされる。
「ブルーベリーなら食えるぞ。油断してると紫色が手とか口に移ったりするな」
「それは食べ過ぎよ。まあベリー類は酸化ダメージを減らしてくれたり、心臓や血管の病気のリスクを減らしたり、かなり優秀な食品よ」
ブルーベリーは一日100グラム程度は食べても問題ないので、甘味には持ってこいの食材である。ナッツやダークチョコレートに比べて食べれる量が多いので、小腹が空いたときも安心だ。
糖質はブルーベリー100グラムの内、10グラム程度しかない。糖質が少ない優良食品だ。
「確か家に冷凍のブルーベリーがあった気がする。明日持ってこよ」
「いいんじゃないかしら。ブルーベリーは生でも冷凍でも栄養素に変化はないしね」
野菜や果物は解凍と冷凍を繰り返したら栄養素が大幅に減ってしまう。冷凍が一回きりなら栄養素が大きく減ることはない。注意すべきはβカロテンで冷凍すると大きく減ってしまう。逆にビタミンEは冷凍保存で増える。
「冷凍したブルーベリーを持ってきたら、腹が減ってきたときにいい感じに自然解凍されてそうだ。まじでいいこと聞いた」
生でも冷凍でもジャムでもスムージーでもデザートでもパウダーでもブルーベリーの食べ方はたくさんある。工夫次第では毎日飽きずに食べれる。
「そういやさ、ブルーベリーは視力回復に効くんだよな?」
「残念ながらブルーベリーが特別目にいいというエビデンスはない。もともとは第二次世界対戦頃のイギリス人パイロットの目がいい人がブルーベリージャムを食べていたことから広まったようね。だからブルーベリーで視力回復は眉唾ね。仮に視力回復が期待できるとするなら、ルテインやゼアキサンチンかな」
どこまで効果が期待できるか定かではない、とダメ押しする華薔薇だ。
現代の技術なら安全に視力回復手術を受けれるので、わざわざ食品で視力回復を図る意味はない。レーシックや眼内レンズなどだ。
「そっかー、視力回復できたら一石二鳥だったのにな。あれだな二匹の兎を追いかけるとどっちも可愛いだな」
「何よその言葉は。二兎を追うものは一兎をも得ずでしょうが。諺くらいちゃんと脳に刻みなさい」
はーい、と桔梗は軽い調子で返事をする。
「あれ、ナッツ、ダークチョコレート、ブルーベリー、ああ、なんてことだ、どれもおやつやん。主食はどこ? 俺たちは何を食べていけばいいんだ。華薔薇は俺たちに餓死しろ、と仰るのか」
大袈裟な身振り手振りで桔梗は嘆く。
「いくらでも健康にいい食品はあるわよ。でもその前にもう少し、体に悪い食品を教えましょう。さっきは糖質が体に悪いと雑談したわね」
「血糖値がぶわーってなるからダメなんだろ。他にもダメな食品があるのかよ。本格的に食える食品が減ってくな」
「そうね、糖質に負けず劣らず体に悪いのは、加工食品よ」
お手軽に食べられる加工食品には精製された油や精製された糖が含まれている。簡単に美味しさを演出できて、カロリーが高くて栄養が少ない食品でもある。
「そんな加工食品が封じられたら、俺たちは何を食べればいいんだ。未加工品なんて、生野菜、生肉、生魚、生卵、果物…………ふむ、意外に食べれるな」
調理の手間はかかるが健康的な食品はいくらでもある。加工食品を食べなくても充実した食生活は送れる。
穀類も糖質過多なので、穀類も減らした食事を続けるのが体にいい食事となる。
「特に食べてほしいのが海藻やキノコ類ね。ビタミンやミネラルが豊富で糖質が少ないダイエットにも最適な食品よ。また食物繊維も多いから腸内環境の改善や免疫力アップも期待できる」
海藻もキノコも手軽に食事に加えられるので取り組みやすい。
「ふむふむ、海藻はハゲにもいいんだろ。将来のフサフサ対策にもなるな」
「海藻はハゲとは関係ないわよ」
「えっ!?」
ワカメが髪の毛を連想したようだが、ワカメをいくら食べても毛が生えるというエビデンスはない。
「毛が薄い人はビタミンDが足りないことが多いそうよ。ビタミンDは体のいろんな健康に必要だから、健康な毛にもビタミンDは必須よ」
「あぶねー、知らなかったら将来ハゲてたな。俺のじーさんハゲだからな、今から気を付けないと」
髪の毛の束を摘まんで桔梗はフサフサな未来を想像する。
「毛をフサフサさせるには、もうひとつ重要な要素があるわよ」
「まじか!? 神様仏様華薔薇様、俺のハゲはここにかかっている。誰だか知らないけど、俺を雑談部に導いてくれた女神様に感謝しないと、ああ女神様ありがとう」
天に向かって祈っている桔梗を無視して華薔薇は雑談を続ける。
「ビタミンAの取りすぎは抜け毛を加速させるのよ」
レバー、ニンジン、サツマイモ、ウナギ、ナチュラルチーズなどはビタミンAが多いので、抜け毛が気になるようなら、食べるのを控えた方がいい。
「んっ? なんて。聞いてなかったから、もう一回言ってくれ」
「嫌よ。聞き逃した桔梗が悪いんでしょ。どうして私が同じ雑談を繰り返さないといけないのよ」
残念ながら桔梗の女神様は雑談部へは導いてくれたが、雑談のやり方までは導いてくれなかったようだ。
「嘘だあああ、俺はハゲたくないぃぃぃ!」
雑談部で雑談に集中しない桔梗が悪い、華薔薇は優しくないのだから。
華薔薇の前で油断や気をそらすのは悪手中の悪手。いじって下さいとみすみす弱点をさらす行為。誰も桔梗を弁護できない。
「将来ハゲることが確約されたくらいで叫ばないでよ。ハゲでもかっこいい人はいるんだから」
絶対に髪の毛がないといけないルールはない。髪の毛の有無が優秀と無能を分ける指標にならない。
髪の毛は個性のひとつ。活かすも殺すもその人次第だ。
「まあ、ハゲた桔梗がかっこいいとは思えないけど」
「うおおお、ハゲたくねぇぇぇ。あだ名がタコは勘弁してくれぃ」
「あっははは。桔梗のリアクションは最高ね。つるつるピカピカの桔梗、悪くないわ」
華薔薇は脳内で桔梗の髪の毛を全て散らす。ビジュアルとしてとても面白いので、笑いの方向なら十分に活かせる。容姿だけで笑いを取るのは茨の道なのは確かだが。
「桔梗に新しい道が開けた祝福にもうひとつ体にいい食品を紹介しましょう。それはシナモンよ。スパイスとしてカレーの隠し味にしたり、シンプルにスイーツにしたり、コーヒーや紅茶の味付けにも使える万能調味料ね」
シナモンにはプロアントシアニジンという成分が含まれており、血糖値降下作用が確認されている。他に抗酸化作用や殺菌作用、血行促進作用もある。味意外にも優れた食品なのは間違いない。
「シナモンなんて知らんもん」
「…………………………………………………………………………………………………………ふぅー」
「無反応だけはやめてくれ。俺が悪かったから、せめてスベったことをいじってくれよ。そっちの方がまだマシだよ」
華薔薇だって正しい反応がわからないこともある。ああでもない、こうでもない、と思考を続けたが上手く考えが纏まらず、結果として無反応になった。
最終的には桔梗の失敗が与える影響は微々たるものなので、どのような結果でも問題ない。最後に行き着いた先が嘆息だった。
華薔薇には他意も、悪意も、善意も、恣意もなかった。単に考えすぎだった、しかも無駄に。
「無駄なことを考えすぎた新しい発見と一見すると思考停止にしか見えない反応は反省ね。日々これ精進なり」
「なんで一人で反省して、一人で解決してんだよ。俺のスベったモヤモヤはどうしてくれんだよ」
「私には関係から、自分で解決しなさい」
華薔薇に桔梗を助ける気はない。あるのは雑談を面白おかしくする気だけ。面白おかしく喋れるならボケを拾う。無価値と判断したなら容赦なく切り捨てる。華薔薇の雑談に対するスタンスは今も昔も変わらない。今まではメーターが振りきれた時の対応に不備があったものの、先のやり取りでその不備も修正された。
「さて、シナモンは十分に砂糖の代用も可能よ。砂糖を減らす第一歩にシナモンを代用するなんて使い方もできる。食事の途中から使って味変するのも、食事の楽しみが増えていいわ」
「ぐすん、シナモンが健康にも食事のスパイスにもいろんな意味で偉大なんは理解した。理解したけど、俺のモヤモヤは納まってないからな!」
「だから私は知らないって。そのモヤモヤは自力で解決しなさい。私に桔梗を助ける義理はない」
話にならない、と桔梗は諦めた。なんだかんだ寝てしまえばモヤモヤも忘れてしまう。華薔薇と付き合っていれば理不尽は日常茶飯事。繊細でも鈍感でも理不尽を受け入れるか、受け流すか、慣れなければならない。
桔梗は理不尽に慣れたため、寝ることで理不尽をリセットできるようになった。とても不本意な慣れだが、諦めるのも時として有効である。
「わかりました、わかりました。俺は俺でなんとかしぃまぁすぅ」
「それがいいわ。いつまでも誰かに頼ってばかりだと成長しないもの」
桔梗の粘着質な物言いは華薔薇には微塵もダメージを与えない。むしろどのような工夫をしてくるか楽しむ余裕がある。
既にいろんなものを創意工夫で手に入れてきた華薔薇と、これから手に入れようともがいている桔梗では立つステージか違う。桔梗が華薔薇に一矢報いるのは当分先になりそうだ。
「そうそう忘れてた、つい軽視しがちなことがあったわ」
「なんでい、俺たちは何を軽くしてんだい」
何か嫌ことでもあったのか桔梗の口調がおかしくなっている。
「水」
「水だぁ。水なんて毎日飲んでるっちゅうねん」
「体内の水分不足は深刻な事態を引き起こしかねない。血中の糖の濃度が上がったり、集中力の低下が起こるのよ。暑い日や運動中は気にかけても、普段から気にかけてる人は少ない。こういった人たちは水分不足の可能性は高い」
水をたくさん飲むと健康になるだとか、美肌になるということはない。ただし水分が不足していると脳機能の低下や肌質の悪化が起こる。水分不足の人が積極的に水分がを摂ることでマイナスを打ち消すことはできる。
「水なら苦もなく手に入るし、デメリットもない。お手軽に始められて、体も労れる。最高の健康ね」
「水道水でも問題ないのか?」
「ええ、大丈夫よ。水道水でもミネラルウォーターでも、軟水も硬水も関係ない。最低でも一日1.5リットル、できれば2リットルは飲みなさい」
水の種類は関係ない。体質と味に問題がなければ自由に選んでいい。水のまま飲むのが好ましいが、どうしても飲めないようなら味噌汁やスープで飲んでもいい。
最悪なのは水分が不足すること。
「それなら、今からでもできるな。水がそんなに大事だと知らなかった。脱水症状くらいは聞いたことあったけど。まさか『おかしを食べて何が悪いの』から、ここまで話が膨らむとは。メロン……メロン、うへへ」
メロンとの会話を思い出しているのか、それともメロンにアドバイスをする姿を妄想しているのか、とにかく邪な想像にトリップしている桔梗だった。
「気持ち悪いから、今日はこのまま放置しましょう」
妄想の世界に飛び込んだ危機管理を尻目に華薔薇は雑談部を後にするのだった。
本日の雑談部の活動は終えている。桔梗を部室に残したとて問題はない。
残された桔梗が妄想から帰ってきて、部室に一人残されて慌てふためくのは、もう少し先の話。
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