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2章
愚者の狂想曲 53 行き着いた場所
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俺は今、自身のレアスキルの魅了で操っている兵士から受け取った羊皮紙を見ている。
そして、ここがどこであるかを確認し、予想通りであったと安堵していた。
『…やっぱりここは…バスティーユ大監獄。これでマルガに連絡する事で、例の策を使う事が出来る。しかし…ルチア達が視察した時には発見出来なかったって事は…何か機械的な仕掛けがなされているのかもしれないな…』
俺は顎に手を当てながら考える。
以前ルチア達が俺の今捕まっている場所を見つけられなかった報告は聞いている。
当然ルチア達やハプスブルグ伯爵家のヴィシェルベルジェール白雀騎士団にも、高LVのサーヴェイランスが複数居る。
そのサーヴェイランス達がここを突き止められなかったって事は、魔法での仕掛けなどではなく、原始的な機械式の仕掛けであるのが濃厚。
しかも、このバスティーユ大監獄はダンジョンを研究して造られた、魔法のかかった素材で造られている。恐らく俺の霊視を持ってしても見抜けなかったであろう。
魔法で何かされたものを、更に詳しく見抜く事が出来ないのは、ラフィアスの回廊で実証済みだからだ。
『…となると…この地図に書かれているこの先が…俺が捕まえられているこの区画からの出口かな?』
俺の見ている羊皮紙には、操っている兵士が書き留めた、この区画の地図が書かれている。
地図の端に書かれているその出口の扉らしき物は、厳重に警備されているらしい。
『兎に角、目的を果たそう。幸い俺の居るこの牢屋から、ナディア達とユーダが囚われている所は近い。素早く助け出して、皆でここから抜けだそう。とりあえず…ここから出るか』
俺は操っている兵士に指令を出す。俺の瞳が一瞬妖しく真紅に光る。
すると操られている兵士は俺の囚えられている牢屋に再度近づく。
そして、腰につけているカギで牢を開けると、俺の傍まで近づく。それを関わりたく無い様な瞳で見つめている他の攫われた者達。
「イテテ!」
「暴れるな!暴れると容赦しないぞ!」
乱暴に扱われる痛みに声を出した俺に、そう言って兵士は俺を後ろ手にして枷をつける。
そして、枷の先に鎖をつけると、俺を引っ張って牢屋から出す。
それを見ていた他の兵士が声を掛けてきた。
「おい、そいつをどうするんだ?」
「…先程命令を受けた。この牢の者を1人連れて来いと言われている」
そう言われた兵士は、軽く顎に手を当てる。
「確か今日の供給は終わったはずだぞ?それにこの牢屋からの供給は2日後のはずだ」
そう言って首を傾げている、声を掛けてきた兵士。
供給?なんの事だろう…
解らないが…ここは話を合わせないと不味いな。
俺は操っている兵士に指示を出す。
「確かに今日の供給は終わっているが、追加でとの事らしい」
操っている兵士のその言葉を聞いた兵士は、なるほどと言う顔をする。
「確かに最近はハプスブルブ伯爵家のやつらの邪魔で、供給量が減って居たからな。それの穴埋めか…」
そう言って納得の表情をしている兵士。
「…ではこいつを連れて行く」
「解った」
そう返事をした兵士は、奥にある扉のカギを開けてくれた。その扉から俺を連れて行く操っている兵士。そのすれ違いざま、俺は一瞬他の兵士と目が合った。
その兵士は俺を見て、一切の感情の篭っていない冷徹な視線を向ける。
その視線に薄ら寒いものを感じながら、鉄製の扉の外に出る。
「とりあえずは無事に牢から出れた。まずは…ここから近いユーダさんが囚われている部屋に向かうか」
俺は操っている兵士に指示を出す。
俺を鎖で引っ張る兵士は、ユーダが囚われている部屋に向かって歩き出す。
途中で幾人もの別の兵士とすれ違うが、鎖で繋がれて引かれている俺を見ても、特段に気にしている様子は無かった。
そして、俺を引きながら歩いていた兵士は、とある部屋の扉の前でその歩みを止める。
「何か用か?」
その部屋を警護している2人の兵士の1人が声を掛けてきた。
「…この部屋に居る女を別の場所に移動するらしい。その為に引き取りに来た」
操っている兵士の言葉を聞いた2人の兵士は顔を見合わせる。
「…そんな話は聞いていないぞ?何かの間違いじゃないのか?」
そう言って少しキツイ目で見ている2人の兵士。
不味いな…
一般で攫ってきた俺とは違い、ユーダさんは俺やルチアに対する人質と言う足枷。
冒険者崩れの俺とは扱いや対処が違って当然か…
さてどうしたものか…
そんな感じで思案していると、無表情の操られている兵士に、瞳を更にきつくする2人の兵士。
「…それにその横の男は何だ?移動の命令は誰から受けたものだ?」
詰め寄る2人の兵士。
ここで引き下がったりでもしたら、余計に怪しまれる。
挙句の果てに、俺が操っているのもバレる可能性もある。
此処は一気に強気で行くべきだ。
「横の男は追加で供給する為に連れて行く。それと…この命令は我らが主である、メネンデス伯爵様直々のご命令である。何か問題でもあるのか?」
きつい口調で言った操られている兵士の言葉を聞いた2人の兵士は、ピクッと眉を動かす。
「…確認を取る。しばし…ここでまっていろ」
そう言って1人の兵士がその場を離れようとする。
不味い!
ここで確認を取られれば全てが終わる。
まだこの区画から出れもしない状態で、戦闘になるのは非常に不味い!
俺は操っている兵士に指示を出し、動こうとした兵士の腕を取らせる。
その行動に、懐疑的な瞳を向ける兵士。
「何故止めるのだ?」
「お前の為に止めた。我らが主は至急と言われた。至急と言われて命令を聞き返すなど、そんな時間の無駄を我らが主が許すはずはあるまい?そういう事だ。…お前だって、余計な罰は受けたくは無いだろう?」
その言葉を聞いた兵士はフムと頷き暫し考え、何かを思い出したかの様な表情を浮かべる。
「…お前の言いたい事は解った。では、その証を示せ」
そう言って俺の操っている兵士の前に来る兵士。
証?なんの事だ?
こいつらにはこんな時の為に何かを証としているのか?
どうする…証とは一体…
ここは…ひとつ…
「…証を見たいなら、まずお前達の証を示せ」
操っている男の言葉を聞いた2人の兵士は、顔を見合わせながら困惑する。
「何故俺達がお前に証を見せなければならない?」
「それはお前達が本物の我らが主の兵か見定める為だ。俺はここに主直々の命令で来ている。それを阻もうとしたり、余計に時間を掛け、我らが主に余計な手間を取らせようとしている。少し疑ってみても不思議じゃないだろう?」
その言葉を聞いた2人の兵士達は顔を見合わせ呆れた顔をする。
「…解った。お前の言う事も一理あるな」
そう言いながら苦笑いしている兵士は、懐から何かを取り出した。
それは1つの腕輪だった。
『あれは確か…人攫い達がつけていたマジックアイテムの…自滅の腕輪か?これが証なのか?』
俺はそう心の中で呟き、操っている兵士に自分の身体を調べさせると、懐に同じ様に自滅の腕輪が入っていた。
そして、自滅の腕輪を取りださせ、2人の目の前によく見える様に提示させる。
「…これで文句はあるまい?」
「確かに。…疑って悪かった。女を連れて行け」
そう言って一気に表情を緩める2人の兵士達。
そうか、この自滅の腕輪は、単にこいつらの証拠を隠滅する為に持たせているだけじゃなく、こういう時の為の証にもなっているのか…
確かに、こんな自分の身を燃やし尽くす様なマジックアイテムを持たされて、尚忠誠を誓うのなら証の代わりにもなるだろう。
2人の兵士の了承を得た俺達は、カギを開けて貰い部屋の中に入ろうとした時に声が掛かる。
「それと解っていると思うが、この特別区画から出る時は、きちんと証を装備しろよ?この特別区画は我ら0番隊しか居ないから、便宜上証の装備はしない事になってるが、特別区画以外は証の装備は絶対。忘れれば処断されてしまうからな」
「解っている。心配させて悪いな」
そう言うと、ああと言ってフフと笑う2人の兵士。そんな会話をして部屋の中に入る。
そして扉を閉め部屋の中を見渡すと、割りと小奇麗なその部屋のベッドに腰を掛けて、部屋に入ってきた俺達を見て少し震えている女性の姿が目に入ってきた。
「ユーダさん!無事だったんですね!」
その聞き覚えのある声を聞いたユーダは困惑の表情を浮かべる。
「あ!こんな見た目になってますが俺ですよ、葵です!」
「ええ!葵さん!?」
そう言って驚きの声を出すユーダ。
「余り大きな声を出さないで下さいユーダさん」
そう言いながら、顔を覆っていた眼帯を外す。
そして俺の顔をマジマジと見つめたユーダは更に困惑の表情をする。
「た…確かに葵さんですね。でも…その髪の色と…眉の色は…?それに何故ここに葵さんが居るのですか?」
「勿論ユーダさんを助けだす為ですよ」
そう言って微笑む俺を見て、躊躇いの表情を浮かべ、瞳を揺らしているユーダ。
「兎に角、ここを無事に出たら全て話します。暫くの間は、俺の言う通りにして下さいね」
俺の言葉に頷くユーダに俺と同じ様に枷をつけ、鎖を繋ぐ操られている兵士。
俺達はその部屋から出て、警護の2人の兵士に挨拶をしてその部屋を離れる。
「…所で葵さん、これから何処に向かうのですか?」
「うん、この先の牢屋に、コティー達が捕まっているらしいんだ。だから救い出す」
その言葉を聞いたユーダは心配そうな表情をする。
「それは解りましたけど…ここはあの難攻不落と言われるヴァレンティーノ宮殿並みの防御を備えたバスティーユ大監獄ですよ?簡単に逃げ出すなんて…」
そう言って語尾を弱めるユーダ。
「それは大丈夫ですよユーダさん。つい先程、救援をしてくれる様に、マルガに情報を伝えましたから。3刻(3時間)程で、ここに救援に来てくれる段取りになっていますので」
「…それは…どういう事ですか?」
特に何も持っていなさそうな俺を見て、困惑しているユーダ。
「それも無事に助かった時に話します。今はコティー達を救い出して、この区画から出ましょう」
俺の言葉に頷くユーダ。
俺とユーダは、操られている男に鎖で引かれながら暫く歩いて行くと、1つの牢屋の前にたどり着く。
そこは俺が囚えられていた牢屋と同じ様な感じであった。
その牢屋の警護の兵士には、証とされている自滅の腕輪を見せ、コティー達の移動を伝えてある。
俺はその牢屋に囚われている復数の人からコティー達を探すが、見つけられなかった。
「…ここに入れられていたはずの子供3人はどうした?」
操られている兵士の言葉を聞いた警護の兵士は、申し訳無さそうな表情を浮かべる。
「…すまない。俺達はつい先程交代した所なんだ。だからその子供3人の事は解らない。…だが、この牢に入っていて、ここに居ないのであれば、供給準備室に連れて行かれたのだと思うぞ?どこの供給準備室かは解らないがな」
そう言って頭をかく警護の兵士。
供給準備室?なんだそれ?
俺は操っている兵士に、ユーダとコティー達の居場所と、脱出ルートのみを調べさせた。
それ以外の事は時間が掛かるので調べさせていない。
今からそれを調べ、どの部屋に連れて行かれたかを調べるのにも時間がかかる。
それにもう既にマルガに此方の情報を伝えてある。
あと3刻弱(3時間弱)でこのバスティーユ大監獄に到着するだろう。
調べている間にマルガやルチア達が救援に来てくれる。
守ら無ければいけないユーダと一緒に探すより、救援を待った方が早いかもしれない…
「…解った。解る奴に話を聞く事にする」
「ああ、そうしてくれ」
俺達はその場を離れ歩き出す。
「葵さん…どこに向かっているのですか?」
ユーダが不安そうな表情で俺に小さな声で語りかける。
「先程の牢屋にコティー達が捕まっていると思ってたのですけど、どうやら別の所に移された後の様で…。だから、コティー達はマルガやルチア達が救援に来てから救い出そうと思ってます。その方が危険は少なそうですからね。俺達はこの区画から出て、救援に来たマルガやルチア達が発見出来る様に、合図を送る準備をしましょう」
俺の言葉に頷くユーダ。
暫く鎖で引かれながら操っている兵士の後をついていくと、一際大きい扉の前にたどり着く。
「何だ?交代の時間か?」
警護していた兵士に、俺とユーダの移動の話をする。
当然、こいつらの信用の証である自滅の腕輪も見せる。
そして事情を聞いた警護の兵士はその扉の片隅に行くと、何かのレバーの様な物に手をかける。
すると扉はゴゴゴと音をさせて、左に開いていく。
「さあ通れ」
そう言った護衛の兵士に礼を言わせ扉の外に出ると、再度ゴゴゴと音をさせ閉まっていく扉。
外に出てその扉を見ると、こちら側からは只の行き止まりの壁にしか見えなかった。
『…全く隙間もない。凄く精密に造られている。しかも予想通り機械式の仕掛け…。これじゃ、事前に情報が漏れていたルチア達の視察団が見つけられないのも頷ける』
そんな事を思いながら、あの区画から出られた事に安堵する俺。
『とりあえずコティー達を見つけられなかったのはかなりの痛手だけど…もうすぐマルガ達がここに来る。俺達は今出来る最善の方法を選択しよう。無事で居てくれよ…コティー、トビ、ヤン…』
そう心の中で呟きながら、暫く身を隠せる場所まで移動する事にした。
そこは倉庫の様な場所であり、人が余り近寄らなさそうな部屋であった。俺達はそこに身を隠す。
そして、操っている男に指示を出し、マルガが俺達の事を見つけやすい場所を探させる。
「あの兵士さんは…葵さんのお仲間なのでしょうか?」
恐らくずっと気にしていたのであろうユーダは、不思議そうに歩いて行く兵士の後ろ姿を見つめていた。
「あの兵士は俺の術で操っているのですよ。だから仲間ではありませんね」
「ええ!?葵さんはそんな事も出来たのですか!?」
「ユーダさん余り大きな声は…」
「す…すいませんつい…」
そう言って気まずそうにしているユーダ。
「でも無事で良かったですよユーダさん。何か変な事はされませんでしたか?」
「わ…私は大丈夫です。犯されたりもされませんでした。あの部屋でずっと監禁されていただけでしたので…」
その言葉を聞いて、胸を撫で下ろす俺を見て、何か戸惑いを見せるユーダ。
「どうしたのですか?」
「…いえ、私なんかの為に…わざわざこんな危険な場所まで助けに来てくれるとは、思っても見なかったものなので…」
そう言って視線を下げるユーダ。俺はそんなユーダの傍に近寄り、そっと方に手を添える。
「…当然じゃないですか、ユーダさんは俺達の大切な仲間なのですから。助けるのは当然ですよ?」
俺のその言葉を聞いたユーダは、みるみる瞳を潤ませると、俺の胸にギュッとしがみ付く。
そして、少し震えながら嗚咽している。
「…すいません葵さん…すいません…」
「…謝る必要は無いですよユーダさん」
「…すいません…そして…ありがとう…」
そう震える声で言った、俺の胸で泣いているユーダの肩をそっと抱きしめながら、俺はマルガ達の到着を待つのであった。
あの区画から抜けだしてそろそろ3刻(3時間)が経とうとしていた。
マルガ達が救援に到着するのも時間の問題だ。
俺はこのバスティーユ大監獄を調べさせた兵士から、見つめてもらいやすいであろう場所を書きとめてきた羊皮紙を受け取り、それを見ていた。
「ユーダさんそろそろ移動を開始しましょう」
俺の言葉に頷くユーダ。
俺とユーダは既に枷はしていない。もうすぐマルガ達が救援に来るのだ。
不足の事態に対応出来る様に、手首に布を掛け枷を見えないようにし、鎖を只手に持っているだけだ。
傍から見たら、兵士に鎖に繋がれ連行されている囚人にしか見えないであろう。
その様な感じで、操っている兵士が調べてきた、目的の場所に向かって歩いていると、少し高圧的な声が掛かる。
「おい!そこのお前!その女を何処に連れて行くつもりだ!」
その声に振り向くと、少し豪華な鎧に身を包んだ兵士が俺達をキツイ目で見ていた。
「…この者達は別の場所に移動させる様に、指示を受けています」
操られている男のその言葉を聞いた少し豪華な鎧に身を包んだ兵士は、更に表情をキツクする。
「…誰からの指示でだ?」
「我らが主である…メネンデス伯爵様からの直々の指示です」
そう言って、証である自滅の腕輪を見せる。
「…それはおかしいな。俺はその主様と4刻(4時間)位前まで一緒に居たのだがな?俺はその様な指示をお前に出している伯爵様を見ては居ない。…何故だ?」
そう言って、威圧的に語りかける少し豪華な鎧に身を包んだ兵士。
「それに、何故お前はその腕輪を身につけていない?あの場所から出る時は必ず装備しなければいけないのを忘れたか?」
そう言って、少し身構える少し豪華な鎧に身を包んだ兵士。
自滅の腕輪を装備何か出来るはずはない。
この腕輪は、自意識を奪われるだけで、その効果を発揮するのだ。
魅了をかけたまま装備などさせようものなら、即効でその効果を発動させるだろう。
以前みたいに、装備済みの相手に俺が触れるのなら兎も角、装備し直す状態になるのにそんな事は出来るはずはない。
「…では装備しましょう」
そう言って腰につけていた剣を地面に落とす、操られている兵士。
それを見て、困惑する少し豪華な鎧に身を包んだ兵士。
操られている兵士は両手を前に出し、自滅の腕輪を握りしめながら、敵対の意志は無い様に少し豪華な鎧に身を包んだ兵士に近づく。
「これが…答えです」
そう言い放った操られている兵士は、自滅の腕輪を腕に素早くつけると、少し豪華な鎧に身を包んだ兵士に抱きついた。
その次の瞬間、自滅の腕輪が光り出しその効果を発揮する。
「ぎゃあああああ!!!」
断末魔の叫び声を上げながら、一瞬で灰になる少し豪華な鎧に身を包んだ兵士。
「た…隊長!」
そう言って狼狽えている他の兵士をよそに、俺はユーダの手を握り走り出す。
「ユーダさん逃げるよ!」
「は…はい!」
困惑しながら返事をしたユーダは、俺に手を引かれながら走り出す。
それに気がついた兵士が、剣を引き抜き襲ってきた。
『ガオンガオン』
乾いた破裂音がバスティーユ大監獄に響き渡る。
俺は銃剣2丁拳銃のグリムリッパーを召喚し、兵士の頭と心臓を魔法弾で撃ち抜いた。
「き…貴様!」
そう叫んだ残りの兵士が、何か笛の様な物を咥え、吹き鳴らす。
「賊だ!賊が入り込んだ!捕まえろ!」
その笛の音と兵士の叫び声を聞いたバスティーユ大監獄の兵士が集まりだす。
「クソ!」
俺はそう吐き捨てながら、ユーダを抱える。
「ユーダさん少し我慢して下さいね!!!」
俺はレアスキルの闘気術を全開にさせる。
身体強化をした俺は、ユーダを抱えながら目的の場所まで、只ひたすら逃げる。
背中越しに物凄い殺気を感じる。
それと同時に俺の体に激し痛みが突き抜ける。
それは高LVのハンターが放った高速の矢が俺の方を貫いたからだ。
目的の場所までもう少し!
此処で立ち止まれば、沢山の兵士達に一瞬でなぶり殺しにされる!
俺は大量の血を流し、体の至る所に弓矢を受けて血まみれになりながら、何とか目的の場所までたどり着く。
そしてユーダを降ろし、後ろを振り返ってみれば、20人くらいの兵士が俺の後を追ってきて居た。
その間にも、次々と他の兵士達も異変に気がついて集まりだして居る様子であった。
「観念するんだな…この賊が!バスティーユ大監獄に忍び込んだらどうなるかを…その体に刻んでやろう!」
バスティーユ大監獄の外周を覆う城塞の上で、俺は再度グリムリッパーを召喚する。
そして、闘気術を全開にして、天空に向かって奥義である迦楼羅咆哮を撃ち放つ。
虹色に光り輝く渦を巻く光線は、天高くまでその光を知らしめる。
「天空に撃ち放って…どうするつもりだ?」
そう言って嘲笑う兵士達。
『頼む!今ので俺を見つけてくれ!マルガ…皆…頼む!!』
俺はそう心の中で嘆願しながら、グリムリッパーを構える。
相手は兵士20人以上。しかも、霊視などしなくても解る様な上級者の集団。
俺なんかが相手に出来るはずは無い。俺はその絶望に体の全てを支配される瞬間であった。
俺に斬りかかろうとした3人の上級者の兵士達が、純銀に光り輝く光に一瞬で切り伏せられる。
身体を3つに斬られた3人の兵士達は、グチャっと地面に崩れ去る。
その純銀に光り輝く騎士は、俺に振り返り優しい微笑みを投げかける。
「間に合いましたね葵殿。ご無事でなによりです!」
「マティアスさん!!!!」
俺は思わず歓喜の声を上げる。
マティアスは軽く頷くと、その右手に持たれた剣を兵士達に向ける。
「私はアブソリュート白鳳親衛隊副団長マティアス・オイゲン・ウルメルスバッハ・バルテルミー!この名前が解らぬのなら、かかってくるが良い!クーフーリンの称号にかけて…お前達を殲滅する!」
そのマティアスの宣誓を聞いた兵士達は、みるみると戦意を消失して行く。
それと同時に城塞の外から、沢山の蹄の音が聞こえる。
それは、俺達を助けるために駆けつけた、合同演習をしているはずのヴィシェルベルジェール白雀騎士団とエンディミオン光暁魔導師団であった。
俺とユーダはこうして危機を救われたのであった。
「こっちだ!この壁に仕掛けがある!この奥に…特別区画と呼ばれる所がある!」
俺は助けてくれたルチアとマルガ達と合流し、例の隠し扉の前に来ていた。
その隠し扉を開け、そして中に入る。
「こんな仕掛けがねえ…道理で見つからなかった訳ね!」
そう言って先頭を突き進み、敵を切り伏せるマティアスを見ながら呆れるルチア。
「所でご主人様、コティーちゃん達は…」
心配そうに俺に言うマルガ。その隣には同じ様に心配そうなナディアの姿があった。
「コティー達はどうやら供給準備室って所に連れて行かれたみたいだ。皆で手分けをして探そう!」
俺の言葉に頷く一同。
ヴィシェルベルジェール白雀騎士団とエンディミオン光暁魔導師団を率いてくれたルチアの登場により、バスティーユ大監獄の兵士達は全面降伏をした。
このバスティーユ大監獄の守備をしていたモリエンテス騎士団も、六貴族お抱え騎士団と同等の実力を有するが、規模では当然六貴族のお抱え騎士団には及ばない。
しかも相手は正義の象徴であり同じ六貴族であるハプスブルグ伯爵家のヴィシェルベルジェール白雀騎士団と世界にその名を馳せる、メーティスが率いるエンディミオン光暁魔導師団だ。
この2団相手では、流石のモリエンテス騎士団も分が悪すぎる。
それにそれを指揮しているのは王女であるルチアなのだ。剣を向けるわけも行かないのであろう。
「それにしても…モリエンテス騎士団も困惑している者が多いのが意外だったわね」
「恐らくだけど…全ての団員が、この件に手を染めていた訳じゃないんだと思うよ。一部の者達が実行していたのかもしれないね」
俺の言葉に、なるほどと頷くルチア。
俺達はコティー達が囚われているであろう供給準備室なる部屋を探す。
この区画はいつ造られたものなのか解らないが、かなりの広さを有していた。
俺達は先頭を行くマティアスが敵を切り伏せた後に、部屋を次々と調べていく。
そして数部屋目で、それらしい部屋を見つける。
その部屋の扉は、他の扉より分厚い鉄の扉で、真っ黒に塗装されていた。
俺はマティアスに視線を送ると、それに応える様に頷くマティアス。
「皆はマティアスさんが敵を倒した後に入ってきて。俺はマティアスさんの後方から付いていくから」
俺の言葉に頷く一同。
俺はマティアスが扉を勢い良く蹴破り突入した後に、グリムリッパーを構えながらその部屋に入っていく。
その部屋はとても薄暗い部屋だった。そして、異常なまでの湿気が部屋全体を包んでいた。
その部屋の奥には広い通路が有り、何処かに繋がっている様であった。
先に切り込んだマティアスは敵が居なかったのか、俺に振り返り大丈夫と小さな声で語りかける。
俺はその通路に視線を送ると、その通路の中に入っていくマティアス。
俺はマティアスの後に続いて、その通路を進む。
そして、視界が開けその部屋を見渡した瞬間…俺は無意識にグリムリッパーの召喚を解除して、両手を口に当てていた。
「うげええええ…」
俺は足に力が入らなくなり、思わず四つん這いになって胃の中にあるものを吐き出していた。
それは俺がきっとまだ…まともな人間である事の証明だったのであろう。
…そう…そこは一言…この世のものではなかった…
数百に及ぶ人間が、体中の皮を剥がされ牛肉の様に大きな釣り針の様な物に逆さに吊るされていた。
その吊るされた血だらけの皮を剥がされた人間達は、大きなギロチンの様な器具で、次々と首を刎ねられていく。
首を刎ねられた死体は大量の血を吹き出し、その血は床に掘られた溝により、一箇所に集められていた。
首が無くなって、血抜きをされた体は、次の器具で四肢を斬られていく。
両手足はそれぞれに集められ、一塊にされていた。無数の手足は別の器具ですり潰されていく。
両手足の無くなった体は、覆面をした男達によって、大きな解体包丁で腸や内蔵を取り分けられていた。
内蔵は大きな鍋で茹でられ、腸は捨てられている。
綺麗に内蔵を抜かれた体は、大きな石臼の様な器具で綺麗にすり潰されていた。
そのすり潰された人肉は、男達によって団子状にされ、大きな鍋に次々と放り込まれていく。
その傍らで、数名の男達が、頭蓋をハンマーで砕き、脳みそを取り出し木樽の中に放り込んでいた。
人体をくまなく解体し、何か調理をする様なその光景…
咽返る血の匂いが部屋中を包み込んでいた。
そう…そこは…人体を解体し、加工する為の部屋だったのだ。
「うおおおおおおおおおああああああああ!!!!!!!!」
マティアスが奇声に近い叫び声を発しながら、人体を解体している男達に斬りかかる。
一瞬で切り刻まれる作業をしていた覆面の男達は、超高速の剣技で斬られた事すら自覚できずに絶命して行く。
そして最後の覆面の男を斬り殺そうとした所で、俺はやっと少し頭が回転しだす。
「マティアスさん!そいつを殺したらダメだ!こいつには此処で何が行われていたかを聞き出さないといけない!」
何とかマティアスにしがみつけた俺を見て、グウウと唸り声を上げる、猛った猛獣の様なマティアス。
そのやり取りを見ていた覆面の男は、懐から何かを取り出した。
それを腕につけ、そして右手に持つ解体包丁で自らの首を斬ろうとしていた。
「…このまま死なせない。お前には…聞きたい事があるからな!」
俺はそう言い放ち、男に魅了をかけて自意識を奪う。
その瞬間自滅の腕輪が光り始めるが、俺が触れた事により効果が無効化された。装備をしなおさない限りは、たとえ魅了が掛けられていたとしても、効果は発動しないであろう。
俺が男の意識を奪えた事に安堵していると、後ろから数名の足音が聞こえる。
「ご主人様…どうかされたのですか?」
結構な時間俺が戻ってこないので、マルガがこの部屋の傍まで来ていたのだ。
「来るな!!!!来ちゃダメだマルガ!」
部屋の中央でそう叫ぶ俺。
マルガは部屋の中を見ては居ないが、きっと血の匂いを嗅いで何かを感じているのか、この部屋には入ろうとしなかった。
「マルガ命令だ!皆をこの部屋に入れるな!絶対だ!」
「は…ハイ!ご主人様!」
俺の甲高い声を聞いたマルガがそう返事をした瞬間だった。
小さな影が部屋の中に入ってきた。
そして、この部屋の惨状を見て、何かに取り憑かれたかの様に、固まっていた。
「な…なん…な…の…この…部屋…」
そう小さく声を発するナディアは、全てを見回し俺と同じ様に口から胃のものを吐き出していた。
俺はナディアに駆け寄ると、俺に縋り付く様に震えながらしがみ付くナディア。
「こ…この…部屋…おかしい…おかしすぎる!」
そう叫んだナディアを落ち着かせる様に抱きしめていた俺だったが、ナディアは俺よりも早くに自我を取り戻した。
「ま…まさか…この…部屋に…コティー達が?」
そう呟いたナディアは、勢い良く俺の腕の中から飛び出すと、血の匂いが立ち込める部屋を何かを探す様に走りだした。
そして、部屋の片隅で何かを見つけたナディアは、糸の切れた人形の様にその場にうずくまった。
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ナディアの切り裂くような悲鳴が聞こえる。
俺はマルガに再度この部屋に他の者を入れないように叫ぶと、ナディアの傍まで駆け寄る。
血なまぐさい床に蹲るナディアは、血が付いている3個の木彫りのネックレスを握りしめていた。
それはナディアもつけている者と同じものだった。
「これは…ジェラードさんが私達にってくれた…木彫りのアストライア像…何故…此処にこれがあるの?…何故血で染まってるの?…ねえ…空…」
瞳から大粒の涙を流しながら、力なくそう言ったナディアは、虚ろな瞳をしていた。
「ねえ空!何故此れがここにあるの!!??…こんなトコロが…私達の…行き着く場所だったの!?此処が私達の世界の終わりなの!!??ねえ!!空!そうなの!!!!???どうなの!!??」
発狂しているナディアは、そう叫びながら俺にしがみつき嗚咽していた。
ナディアの瞳はみるみる虚ろになっていく。
まるで…ナディアを何処かに連れ去ろうとしているかの様に…
そしてナディアの瞳が、何かの色に染まる前に、俺の黒い瞳が真紅に妖しく光る。
それと同時に意識を失うナディア。
「ナディア殿に魅了をかけたのですな葵殿?」
それが出来たのは、マティアスが最後の覆面の男から自滅の腕輪を外し、男を気絶させたからだ。
「…此れ以上ナディアをここにいさせるわけには行かない…マティアスさん…後の事…頼んでも良いですか?」
「…承知した」
そう言って静かに頷くマティアス。
俺は軽く礼を言うと、ナディアを抱え上げ、その狂った世界から静かに立ち去るのであった。
そして、ここがどこであるかを確認し、予想通りであったと安堵していた。
『…やっぱりここは…バスティーユ大監獄。これでマルガに連絡する事で、例の策を使う事が出来る。しかし…ルチア達が視察した時には発見出来なかったって事は…何か機械的な仕掛けがなされているのかもしれないな…』
俺は顎に手を当てながら考える。
以前ルチア達が俺の今捕まっている場所を見つけられなかった報告は聞いている。
当然ルチア達やハプスブルグ伯爵家のヴィシェルベルジェール白雀騎士団にも、高LVのサーヴェイランスが複数居る。
そのサーヴェイランス達がここを突き止められなかったって事は、魔法での仕掛けなどではなく、原始的な機械式の仕掛けであるのが濃厚。
しかも、このバスティーユ大監獄はダンジョンを研究して造られた、魔法のかかった素材で造られている。恐らく俺の霊視を持ってしても見抜けなかったであろう。
魔法で何かされたものを、更に詳しく見抜く事が出来ないのは、ラフィアスの回廊で実証済みだからだ。
『…となると…この地図に書かれているこの先が…俺が捕まえられているこの区画からの出口かな?』
俺の見ている羊皮紙には、操っている兵士が書き留めた、この区画の地図が書かれている。
地図の端に書かれているその出口の扉らしき物は、厳重に警備されているらしい。
『兎に角、目的を果たそう。幸い俺の居るこの牢屋から、ナディア達とユーダが囚われている所は近い。素早く助け出して、皆でここから抜けだそう。とりあえず…ここから出るか』
俺は操っている兵士に指令を出す。俺の瞳が一瞬妖しく真紅に光る。
すると操られている兵士は俺の囚えられている牢屋に再度近づく。
そして、腰につけているカギで牢を開けると、俺の傍まで近づく。それを関わりたく無い様な瞳で見つめている他の攫われた者達。
「イテテ!」
「暴れるな!暴れると容赦しないぞ!」
乱暴に扱われる痛みに声を出した俺に、そう言って兵士は俺を後ろ手にして枷をつける。
そして、枷の先に鎖をつけると、俺を引っ張って牢屋から出す。
それを見ていた他の兵士が声を掛けてきた。
「おい、そいつをどうするんだ?」
「…先程命令を受けた。この牢の者を1人連れて来いと言われている」
そう言われた兵士は、軽く顎に手を当てる。
「確か今日の供給は終わったはずだぞ?それにこの牢屋からの供給は2日後のはずだ」
そう言って首を傾げている、声を掛けてきた兵士。
供給?なんの事だろう…
解らないが…ここは話を合わせないと不味いな。
俺は操っている兵士に指示を出す。
「確かに今日の供給は終わっているが、追加でとの事らしい」
操っている兵士のその言葉を聞いた兵士は、なるほどと言う顔をする。
「確かに最近はハプスブルブ伯爵家のやつらの邪魔で、供給量が減って居たからな。それの穴埋めか…」
そう言って納得の表情をしている兵士。
「…ではこいつを連れて行く」
「解った」
そう返事をした兵士は、奥にある扉のカギを開けてくれた。その扉から俺を連れて行く操っている兵士。そのすれ違いざま、俺は一瞬他の兵士と目が合った。
その兵士は俺を見て、一切の感情の篭っていない冷徹な視線を向ける。
その視線に薄ら寒いものを感じながら、鉄製の扉の外に出る。
「とりあえずは無事に牢から出れた。まずは…ここから近いユーダさんが囚われている部屋に向かうか」
俺は操っている兵士に指示を出す。
俺を鎖で引っ張る兵士は、ユーダが囚われている部屋に向かって歩き出す。
途中で幾人もの別の兵士とすれ違うが、鎖で繋がれて引かれている俺を見ても、特段に気にしている様子は無かった。
そして、俺を引きながら歩いていた兵士は、とある部屋の扉の前でその歩みを止める。
「何か用か?」
その部屋を警護している2人の兵士の1人が声を掛けてきた。
「…この部屋に居る女を別の場所に移動するらしい。その為に引き取りに来た」
操っている兵士の言葉を聞いた2人の兵士は顔を見合わせる。
「…そんな話は聞いていないぞ?何かの間違いじゃないのか?」
そう言って少しキツイ目で見ている2人の兵士。
不味いな…
一般で攫ってきた俺とは違い、ユーダさんは俺やルチアに対する人質と言う足枷。
冒険者崩れの俺とは扱いや対処が違って当然か…
さてどうしたものか…
そんな感じで思案していると、無表情の操られている兵士に、瞳を更にきつくする2人の兵士。
「…それにその横の男は何だ?移動の命令は誰から受けたものだ?」
詰め寄る2人の兵士。
ここで引き下がったりでもしたら、余計に怪しまれる。
挙句の果てに、俺が操っているのもバレる可能性もある。
此処は一気に強気で行くべきだ。
「横の男は追加で供給する為に連れて行く。それと…この命令は我らが主である、メネンデス伯爵様直々のご命令である。何か問題でもあるのか?」
きつい口調で言った操られている兵士の言葉を聞いた2人の兵士は、ピクッと眉を動かす。
「…確認を取る。しばし…ここでまっていろ」
そう言って1人の兵士がその場を離れようとする。
不味い!
ここで確認を取られれば全てが終わる。
まだこの区画から出れもしない状態で、戦闘になるのは非常に不味い!
俺は操っている兵士に指示を出し、動こうとした兵士の腕を取らせる。
その行動に、懐疑的な瞳を向ける兵士。
「何故止めるのだ?」
「お前の為に止めた。我らが主は至急と言われた。至急と言われて命令を聞き返すなど、そんな時間の無駄を我らが主が許すはずはあるまい?そういう事だ。…お前だって、余計な罰は受けたくは無いだろう?」
その言葉を聞いた兵士はフムと頷き暫し考え、何かを思い出したかの様な表情を浮かべる。
「…お前の言いたい事は解った。では、その証を示せ」
そう言って俺の操っている兵士の前に来る兵士。
証?なんの事だ?
こいつらにはこんな時の為に何かを証としているのか?
どうする…証とは一体…
ここは…ひとつ…
「…証を見たいなら、まずお前達の証を示せ」
操っている男の言葉を聞いた2人の兵士は、顔を見合わせながら困惑する。
「何故俺達がお前に証を見せなければならない?」
「それはお前達が本物の我らが主の兵か見定める為だ。俺はここに主直々の命令で来ている。それを阻もうとしたり、余計に時間を掛け、我らが主に余計な手間を取らせようとしている。少し疑ってみても不思議じゃないだろう?」
その言葉を聞いた2人の兵士達は顔を見合わせ呆れた顔をする。
「…解った。お前の言う事も一理あるな」
そう言いながら苦笑いしている兵士は、懐から何かを取り出した。
それは1つの腕輪だった。
『あれは確か…人攫い達がつけていたマジックアイテムの…自滅の腕輪か?これが証なのか?』
俺はそう心の中で呟き、操っている兵士に自分の身体を調べさせると、懐に同じ様に自滅の腕輪が入っていた。
そして、自滅の腕輪を取りださせ、2人の目の前によく見える様に提示させる。
「…これで文句はあるまい?」
「確かに。…疑って悪かった。女を連れて行け」
そう言って一気に表情を緩める2人の兵士達。
そうか、この自滅の腕輪は、単にこいつらの証拠を隠滅する為に持たせているだけじゃなく、こういう時の為の証にもなっているのか…
確かに、こんな自分の身を燃やし尽くす様なマジックアイテムを持たされて、尚忠誠を誓うのなら証の代わりにもなるだろう。
2人の兵士の了承を得た俺達は、カギを開けて貰い部屋の中に入ろうとした時に声が掛かる。
「それと解っていると思うが、この特別区画から出る時は、きちんと証を装備しろよ?この特別区画は我ら0番隊しか居ないから、便宜上証の装備はしない事になってるが、特別区画以外は証の装備は絶対。忘れれば処断されてしまうからな」
「解っている。心配させて悪いな」
そう言うと、ああと言ってフフと笑う2人の兵士。そんな会話をして部屋の中に入る。
そして扉を閉め部屋の中を見渡すと、割りと小奇麗なその部屋のベッドに腰を掛けて、部屋に入ってきた俺達を見て少し震えている女性の姿が目に入ってきた。
「ユーダさん!無事だったんですね!」
その聞き覚えのある声を聞いたユーダは困惑の表情を浮かべる。
「あ!こんな見た目になってますが俺ですよ、葵です!」
「ええ!葵さん!?」
そう言って驚きの声を出すユーダ。
「余り大きな声を出さないで下さいユーダさん」
そう言いながら、顔を覆っていた眼帯を外す。
そして俺の顔をマジマジと見つめたユーダは更に困惑の表情をする。
「た…確かに葵さんですね。でも…その髪の色と…眉の色は…?それに何故ここに葵さんが居るのですか?」
「勿論ユーダさんを助けだす為ですよ」
そう言って微笑む俺を見て、躊躇いの表情を浮かべ、瞳を揺らしているユーダ。
「兎に角、ここを無事に出たら全て話します。暫くの間は、俺の言う通りにして下さいね」
俺の言葉に頷くユーダに俺と同じ様に枷をつけ、鎖を繋ぐ操られている兵士。
俺達はその部屋から出て、警護の2人の兵士に挨拶をしてその部屋を離れる。
「…所で葵さん、これから何処に向かうのですか?」
「うん、この先の牢屋に、コティー達が捕まっているらしいんだ。だから救い出す」
その言葉を聞いたユーダは心配そうな表情をする。
「それは解りましたけど…ここはあの難攻不落と言われるヴァレンティーノ宮殿並みの防御を備えたバスティーユ大監獄ですよ?簡単に逃げ出すなんて…」
そう言って語尾を弱めるユーダ。
「それは大丈夫ですよユーダさん。つい先程、救援をしてくれる様に、マルガに情報を伝えましたから。3刻(3時間)程で、ここに救援に来てくれる段取りになっていますので」
「…それは…どういう事ですか?」
特に何も持っていなさそうな俺を見て、困惑しているユーダ。
「それも無事に助かった時に話します。今はコティー達を救い出して、この区画から出ましょう」
俺の言葉に頷くユーダ。
俺とユーダは、操られている男に鎖で引かれながら暫く歩いて行くと、1つの牢屋の前にたどり着く。
そこは俺が囚えられていた牢屋と同じ様な感じであった。
その牢屋の警護の兵士には、証とされている自滅の腕輪を見せ、コティー達の移動を伝えてある。
俺はその牢屋に囚われている復数の人からコティー達を探すが、見つけられなかった。
「…ここに入れられていたはずの子供3人はどうした?」
操られている兵士の言葉を聞いた警護の兵士は、申し訳無さそうな表情を浮かべる。
「…すまない。俺達はつい先程交代した所なんだ。だからその子供3人の事は解らない。…だが、この牢に入っていて、ここに居ないのであれば、供給準備室に連れて行かれたのだと思うぞ?どこの供給準備室かは解らないがな」
そう言って頭をかく警護の兵士。
供給準備室?なんだそれ?
俺は操っている兵士に、ユーダとコティー達の居場所と、脱出ルートのみを調べさせた。
それ以外の事は時間が掛かるので調べさせていない。
今からそれを調べ、どの部屋に連れて行かれたかを調べるのにも時間がかかる。
それにもう既にマルガに此方の情報を伝えてある。
あと3刻弱(3時間弱)でこのバスティーユ大監獄に到着するだろう。
調べている間にマルガやルチア達が救援に来てくれる。
守ら無ければいけないユーダと一緒に探すより、救援を待った方が早いかもしれない…
「…解った。解る奴に話を聞く事にする」
「ああ、そうしてくれ」
俺達はその場を離れ歩き出す。
「葵さん…どこに向かっているのですか?」
ユーダが不安そうな表情で俺に小さな声で語りかける。
「先程の牢屋にコティー達が捕まっていると思ってたのですけど、どうやら別の所に移された後の様で…。だから、コティー達はマルガやルチア達が救援に来てから救い出そうと思ってます。その方が危険は少なそうですからね。俺達はこの区画から出て、救援に来たマルガやルチア達が発見出来る様に、合図を送る準備をしましょう」
俺の言葉に頷くユーダ。
暫く鎖で引かれながら操っている兵士の後をついていくと、一際大きい扉の前にたどり着く。
「何だ?交代の時間か?」
警護していた兵士に、俺とユーダの移動の話をする。
当然、こいつらの信用の証である自滅の腕輪も見せる。
そして事情を聞いた警護の兵士はその扉の片隅に行くと、何かのレバーの様な物に手をかける。
すると扉はゴゴゴと音をさせて、左に開いていく。
「さあ通れ」
そう言った護衛の兵士に礼を言わせ扉の外に出ると、再度ゴゴゴと音をさせ閉まっていく扉。
外に出てその扉を見ると、こちら側からは只の行き止まりの壁にしか見えなかった。
『…全く隙間もない。凄く精密に造られている。しかも予想通り機械式の仕掛け…。これじゃ、事前に情報が漏れていたルチア達の視察団が見つけられないのも頷ける』
そんな事を思いながら、あの区画から出られた事に安堵する俺。
『とりあえずコティー達を見つけられなかったのはかなりの痛手だけど…もうすぐマルガ達がここに来る。俺達は今出来る最善の方法を選択しよう。無事で居てくれよ…コティー、トビ、ヤン…』
そう心の中で呟きながら、暫く身を隠せる場所まで移動する事にした。
そこは倉庫の様な場所であり、人が余り近寄らなさそうな部屋であった。俺達はそこに身を隠す。
そして、操っている男に指示を出し、マルガが俺達の事を見つけやすい場所を探させる。
「あの兵士さんは…葵さんのお仲間なのでしょうか?」
恐らくずっと気にしていたのであろうユーダは、不思議そうに歩いて行く兵士の後ろ姿を見つめていた。
「あの兵士は俺の術で操っているのですよ。だから仲間ではありませんね」
「ええ!?葵さんはそんな事も出来たのですか!?」
「ユーダさん余り大きな声は…」
「す…すいませんつい…」
そう言って気まずそうにしているユーダ。
「でも無事で良かったですよユーダさん。何か変な事はされませんでしたか?」
「わ…私は大丈夫です。犯されたりもされませんでした。あの部屋でずっと監禁されていただけでしたので…」
その言葉を聞いて、胸を撫で下ろす俺を見て、何か戸惑いを見せるユーダ。
「どうしたのですか?」
「…いえ、私なんかの為に…わざわざこんな危険な場所まで助けに来てくれるとは、思っても見なかったものなので…」
そう言って視線を下げるユーダ。俺はそんなユーダの傍に近寄り、そっと方に手を添える。
「…当然じゃないですか、ユーダさんは俺達の大切な仲間なのですから。助けるのは当然ですよ?」
俺のその言葉を聞いたユーダは、みるみる瞳を潤ませると、俺の胸にギュッとしがみ付く。
そして、少し震えながら嗚咽している。
「…すいません葵さん…すいません…」
「…謝る必要は無いですよユーダさん」
「…すいません…そして…ありがとう…」
そう震える声で言った、俺の胸で泣いているユーダの肩をそっと抱きしめながら、俺はマルガ達の到着を待つのであった。
あの区画から抜けだしてそろそろ3刻(3時間)が経とうとしていた。
マルガ達が救援に到着するのも時間の問題だ。
俺はこのバスティーユ大監獄を調べさせた兵士から、見つめてもらいやすいであろう場所を書きとめてきた羊皮紙を受け取り、それを見ていた。
「ユーダさんそろそろ移動を開始しましょう」
俺の言葉に頷くユーダ。
俺とユーダは既に枷はしていない。もうすぐマルガ達が救援に来るのだ。
不足の事態に対応出来る様に、手首に布を掛け枷を見えないようにし、鎖を只手に持っているだけだ。
傍から見たら、兵士に鎖に繋がれ連行されている囚人にしか見えないであろう。
その様な感じで、操っている兵士が調べてきた、目的の場所に向かって歩いていると、少し高圧的な声が掛かる。
「おい!そこのお前!その女を何処に連れて行くつもりだ!」
その声に振り向くと、少し豪華な鎧に身を包んだ兵士が俺達をキツイ目で見ていた。
「…この者達は別の場所に移動させる様に、指示を受けています」
操られている男のその言葉を聞いた少し豪華な鎧に身を包んだ兵士は、更に表情をキツクする。
「…誰からの指示でだ?」
「我らが主である…メネンデス伯爵様からの直々の指示です」
そう言って、証である自滅の腕輪を見せる。
「…それはおかしいな。俺はその主様と4刻(4時間)位前まで一緒に居たのだがな?俺はその様な指示をお前に出している伯爵様を見ては居ない。…何故だ?」
そう言って、威圧的に語りかける少し豪華な鎧に身を包んだ兵士。
「それに、何故お前はその腕輪を身につけていない?あの場所から出る時は必ず装備しなければいけないのを忘れたか?」
そう言って、少し身構える少し豪華な鎧に身を包んだ兵士。
自滅の腕輪を装備何か出来るはずはない。
この腕輪は、自意識を奪われるだけで、その効果を発揮するのだ。
魅了をかけたまま装備などさせようものなら、即効でその効果を発動させるだろう。
以前みたいに、装備済みの相手に俺が触れるのなら兎も角、装備し直す状態になるのにそんな事は出来るはずはない。
「…では装備しましょう」
そう言って腰につけていた剣を地面に落とす、操られている兵士。
それを見て、困惑する少し豪華な鎧に身を包んだ兵士。
操られている兵士は両手を前に出し、自滅の腕輪を握りしめながら、敵対の意志は無い様に少し豪華な鎧に身を包んだ兵士に近づく。
「これが…答えです」
そう言い放った操られている兵士は、自滅の腕輪を腕に素早くつけると、少し豪華な鎧に身を包んだ兵士に抱きついた。
その次の瞬間、自滅の腕輪が光り出しその効果を発揮する。
「ぎゃあああああ!!!」
断末魔の叫び声を上げながら、一瞬で灰になる少し豪華な鎧に身を包んだ兵士。
「た…隊長!」
そう言って狼狽えている他の兵士をよそに、俺はユーダの手を握り走り出す。
「ユーダさん逃げるよ!」
「は…はい!」
困惑しながら返事をしたユーダは、俺に手を引かれながら走り出す。
それに気がついた兵士が、剣を引き抜き襲ってきた。
『ガオンガオン』
乾いた破裂音がバスティーユ大監獄に響き渡る。
俺は銃剣2丁拳銃のグリムリッパーを召喚し、兵士の頭と心臓を魔法弾で撃ち抜いた。
「き…貴様!」
そう叫んだ残りの兵士が、何か笛の様な物を咥え、吹き鳴らす。
「賊だ!賊が入り込んだ!捕まえろ!」
その笛の音と兵士の叫び声を聞いたバスティーユ大監獄の兵士が集まりだす。
「クソ!」
俺はそう吐き捨てながら、ユーダを抱える。
「ユーダさん少し我慢して下さいね!!!」
俺はレアスキルの闘気術を全開にさせる。
身体強化をした俺は、ユーダを抱えながら目的の場所まで、只ひたすら逃げる。
背中越しに物凄い殺気を感じる。
それと同時に俺の体に激し痛みが突き抜ける。
それは高LVのハンターが放った高速の矢が俺の方を貫いたからだ。
目的の場所までもう少し!
此処で立ち止まれば、沢山の兵士達に一瞬でなぶり殺しにされる!
俺は大量の血を流し、体の至る所に弓矢を受けて血まみれになりながら、何とか目的の場所までたどり着く。
そしてユーダを降ろし、後ろを振り返ってみれば、20人くらいの兵士が俺の後を追ってきて居た。
その間にも、次々と他の兵士達も異変に気がついて集まりだして居る様子であった。
「観念するんだな…この賊が!バスティーユ大監獄に忍び込んだらどうなるかを…その体に刻んでやろう!」
バスティーユ大監獄の外周を覆う城塞の上で、俺は再度グリムリッパーを召喚する。
そして、闘気術を全開にして、天空に向かって奥義である迦楼羅咆哮を撃ち放つ。
虹色に光り輝く渦を巻く光線は、天高くまでその光を知らしめる。
「天空に撃ち放って…どうするつもりだ?」
そう言って嘲笑う兵士達。
『頼む!今ので俺を見つけてくれ!マルガ…皆…頼む!!』
俺はそう心の中で嘆願しながら、グリムリッパーを構える。
相手は兵士20人以上。しかも、霊視などしなくても解る様な上級者の集団。
俺なんかが相手に出来るはずは無い。俺はその絶望に体の全てを支配される瞬間であった。
俺に斬りかかろうとした3人の上級者の兵士達が、純銀に光り輝く光に一瞬で切り伏せられる。
身体を3つに斬られた3人の兵士達は、グチャっと地面に崩れ去る。
その純銀に光り輝く騎士は、俺に振り返り優しい微笑みを投げかける。
「間に合いましたね葵殿。ご無事でなによりです!」
「マティアスさん!!!!」
俺は思わず歓喜の声を上げる。
マティアスは軽く頷くと、その右手に持たれた剣を兵士達に向ける。
「私はアブソリュート白鳳親衛隊副団長マティアス・オイゲン・ウルメルスバッハ・バルテルミー!この名前が解らぬのなら、かかってくるが良い!クーフーリンの称号にかけて…お前達を殲滅する!」
そのマティアスの宣誓を聞いた兵士達は、みるみると戦意を消失して行く。
それと同時に城塞の外から、沢山の蹄の音が聞こえる。
それは、俺達を助けるために駆けつけた、合同演習をしているはずのヴィシェルベルジェール白雀騎士団とエンディミオン光暁魔導師団であった。
俺とユーダはこうして危機を救われたのであった。
「こっちだ!この壁に仕掛けがある!この奥に…特別区画と呼ばれる所がある!」
俺は助けてくれたルチアとマルガ達と合流し、例の隠し扉の前に来ていた。
その隠し扉を開け、そして中に入る。
「こんな仕掛けがねえ…道理で見つからなかった訳ね!」
そう言って先頭を突き進み、敵を切り伏せるマティアスを見ながら呆れるルチア。
「所でご主人様、コティーちゃん達は…」
心配そうに俺に言うマルガ。その隣には同じ様に心配そうなナディアの姿があった。
「コティー達はどうやら供給準備室って所に連れて行かれたみたいだ。皆で手分けをして探そう!」
俺の言葉に頷く一同。
ヴィシェルベルジェール白雀騎士団とエンディミオン光暁魔導師団を率いてくれたルチアの登場により、バスティーユ大監獄の兵士達は全面降伏をした。
このバスティーユ大監獄の守備をしていたモリエンテス騎士団も、六貴族お抱え騎士団と同等の実力を有するが、規模では当然六貴族のお抱え騎士団には及ばない。
しかも相手は正義の象徴であり同じ六貴族であるハプスブルグ伯爵家のヴィシェルベルジェール白雀騎士団と世界にその名を馳せる、メーティスが率いるエンディミオン光暁魔導師団だ。
この2団相手では、流石のモリエンテス騎士団も分が悪すぎる。
それにそれを指揮しているのは王女であるルチアなのだ。剣を向けるわけも行かないのであろう。
「それにしても…モリエンテス騎士団も困惑している者が多いのが意外だったわね」
「恐らくだけど…全ての団員が、この件に手を染めていた訳じゃないんだと思うよ。一部の者達が実行していたのかもしれないね」
俺の言葉に、なるほどと頷くルチア。
俺達はコティー達が囚われているであろう供給準備室なる部屋を探す。
この区画はいつ造られたものなのか解らないが、かなりの広さを有していた。
俺達は先頭を行くマティアスが敵を切り伏せた後に、部屋を次々と調べていく。
そして数部屋目で、それらしい部屋を見つける。
その部屋の扉は、他の扉より分厚い鉄の扉で、真っ黒に塗装されていた。
俺はマティアスに視線を送ると、それに応える様に頷くマティアス。
「皆はマティアスさんが敵を倒した後に入ってきて。俺はマティアスさんの後方から付いていくから」
俺の言葉に頷く一同。
俺はマティアスが扉を勢い良く蹴破り突入した後に、グリムリッパーを構えながらその部屋に入っていく。
その部屋はとても薄暗い部屋だった。そして、異常なまでの湿気が部屋全体を包んでいた。
その部屋の奥には広い通路が有り、何処かに繋がっている様であった。
先に切り込んだマティアスは敵が居なかったのか、俺に振り返り大丈夫と小さな声で語りかける。
俺はその通路に視線を送ると、その通路の中に入っていくマティアス。
俺はマティアスの後に続いて、その通路を進む。
そして、視界が開けその部屋を見渡した瞬間…俺は無意識にグリムリッパーの召喚を解除して、両手を口に当てていた。
「うげええええ…」
俺は足に力が入らなくなり、思わず四つん這いになって胃の中にあるものを吐き出していた。
それは俺がきっとまだ…まともな人間である事の証明だったのであろう。
…そう…そこは一言…この世のものではなかった…
数百に及ぶ人間が、体中の皮を剥がされ牛肉の様に大きな釣り針の様な物に逆さに吊るされていた。
その吊るされた血だらけの皮を剥がされた人間達は、大きなギロチンの様な器具で、次々と首を刎ねられていく。
首を刎ねられた死体は大量の血を吹き出し、その血は床に掘られた溝により、一箇所に集められていた。
首が無くなって、血抜きをされた体は、次の器具で四肢を斬られていく。
両手足はそれぞれに集められ、一塊にされていた。無数の手足は別の器具ですり潰されていく。
両手足の無くなった体は、覆面をした男達によって、大きな解体包丁で腸や内蔵を取り分けられていた。
内蔵は大きな鍋で茹でられ、腸は捨てられている。
綺麗に内蔵を抜かれた体は、大きな石臼の様な器具で綺麗にすり潰されていた。
そのすり潰された人肉は、男達によって団子状にされ、大きな鍋に次々と放り込まれていく。
その傍らで、数名の男達が、頭蓋をハンマーで砕き、脳みそを取り出し木樽の中に放り込んでいた。
人体をくまなく解体し、何か調理をする様なその光景…
咽返る血の匂いが部屋中を包み込んでいた。
そう…そこは…人体を解体し、加工する為の部屋だったのだ。
「うおおおおおおおおおああああああああ!!!!!!!!」
マティアスが奇声に近い叫び声を発しながら、人体を解体している男達に斬りかかる。
一瞬で切り刻まれる作業をしていた覆面の男達は、超高速の剣技で斬られた事すら自覚できずに絶命して行く。
そして最後の覆面の男を斬り殺そうとした所で、俺はやっと少し頭が回転しだす。
「マティアスさん!そいつを殺したらダメだ!こいつには此処で何が行われていたかを聞き出さないといけない!」
何とかマティアスにしがみつけた俺を見て、グウウと唸り声を上げる、猛った猛獣の様なマティアス。
そのやり取りを見ていた覆面の男は、懐から何かを取り出した。
それを腕につけ、そして右手に持つ解体包丁で自らの首を斬ろうとしていた。
「…このまま死なせない。お前には…聞きたい事があるからな!」
俺はそう言い放ち、男に魅了をかけて自意識を奪う。
その瞬間自滅の腕輪が光り始めるが、俺が触れた事により効果が無効化された。装備をしなおさない限りは、たとえ魅了が掛けられていたとしても、効果は発動しないであろう。
俺が男の意識を奪えた事に安堵していると、後ろから数名の足音が聞こえる。
「ご主人様…どうかされたのですか?」
結構な時間俺が戻ってこないので、マルガがこの部屋の傍まで来ていたのだ。
「来るな!!!!来ちゃダメだマルガ!」
部屋の中央でそう叫ぶ俺。
マルガは部屋の中を見ては居ないが、きっと血の匂いを嗅いで何かを感じているのか、この部屋には入ろうとしなかった。
「マルガ命令だ!皆をこの部屋に入れるな!絶対だ!」
「は…ハイ!ご主人様!」
俺の甲高い声を聞いたマルガがそう返事をした瞬間だった。
小さな影が部屋の中に入ってきた。
そして、この部屋の惨状を見て、何かに取り憑かれたかの様に、固まっていた。
「な…なん…な…の…この…部屋…」
そう小さく声を発するナディアは、全てを見回し俺と同じ様に口から胃のものを吐き出していた。
俺はナディアに駆け寄ると、俺に縋り付く様に震えながらしがみ付くナディア。
「こ…この…部屋…おかしい…おかしすぎる!」
そう叫んだナディアを落ち着かせる様に抱きしめていた俺だったが、ナディアは俺よりも早くに自我を取り戻した。
「ま…まさか…この…部屋に…コティー達が?」
そう呟いたナディアは、勢い良く俺の腕の中から飛び出すと、血の匂いが立ち込める部屋を何かを探す様に走りだした。
そして、部屋の片隅で何かを見つけたナディアは、糸の切れた人形の様にその場にうずくまった。
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ナディアの切り裂くような悲鳴が聞こえる。
俺はマルガに再度この部屋に他の者を入れないように叫ぶと、ナディアの傍まで駆け寄る。
血なまぐさい床に蹲るナディアは、血が付いている3個の木彫りのネックレスを握りしめていた。
それはナディアもつけている者と同じものだった。
「これは…ジェラードさんが私達にってくれた…木彫りのアストライア像…何故…此処にこれがあるの?…何故血で染まってるの?…ねえ…空…」
瞳から大粒の涙を流しながら、力なくそう言ったナディアは、虚ろな瞳をしていた。
「ねえ空!何故此れがここにあるの!!??…こんなトコロが…私達の…行き着く場所だったの!?此処が私達の世界の終わりなの!!??ねえ!!空!そうなの!!!!???どうなの!!??」
発狂しているナディアは、そう叫びながら俺にしがみつき嗚咽していた。
ナディアの瞳はみるみる虚ろになっていく。
まるで…ナディアを何処かに連れ去ろうとしているかの様に…
そしてナディアの瞳が、何かの色に染まる前に、俺の黒い瞳が真紅に妖しく光る。
それと同時に意識を失うナディア。
「ナディア殿に魅了をかけたのですな葵殿?」
それが出来たのは、マティアスが最後の覆面の男から自滅の腕輪を外し、男を気絶させたからだ。
「…此れ以上ナディアをここにいさせるわけには行かない…マティアスさん…後の事…頼んでも良いですか?」
「…承知した」
そう言って静かに頷くマティアス。
俺は軽く礼を言うと、ナディアを抱え上げ、その狂った世界から静かに立ち去るのであった。
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「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
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2023 7/4に最終話投稿後、完結作品になります。
アルファポリス ハーメルン Pixivに同時投稿しています
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