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2章
愚者の狂想曲 47 掴んだ尻尾
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肌寒く感じる秋の朝、俺達が朝食を食堂で食べていると、上階から降りてきた2人を見つけたエマが、テテテと小走りに近寄って行く。
「マリアネラさん、トカゲさんおはよ~!」
元気一杯のエマは、ぴょんと子煩悩リザードに抱きつき、その首にブランブランと嬉しそうにぶら下がった。
「これエマ!またそんなにぶら下がって!ゴグレグさんに迷惑でしょう!?」
アタフタとゴグレグにぶら下がっているエマを下ろそうとするレリアに、片手を出すゴグレグ。
「…構わぬ。問題ない!」
キラリと瞳を光らせドヤ顔のゴグレグに、苦笑いをしながら頭を下げるレリア。
それを微笑ましく見ているマルガもマルコも嬉しそうに笑っている。
「マリアネラさんおはよう。もうすっかり良くなったみたいですね」
「ああ!葵達のおかげだね。4日間治療を受けながら、美味しい物も食べれたからね。感謝してるよ」
笑顔で言うマリアネラに朝食を出すステラ。それに礼を言い食べ始めるマリアネラ。
ゴグレグもエマを膝の上にチョコンと座らせると、同じ様にミーアから朝食を貰い食べ始める。
俺はいつものその楽しそうな光景に癒されていると、シノンが食後の紅茶を持って来てくれた。
「ありがとうねシノン」
「はい葵様~」
ニコニコとしているシノンの頭を撫でていると、優しく微笑んでいたリーゼロッテが口を開く。
「これからは、マリアネラさんとゴグレグさんも、依頼を受けている間この宿舎に住む事で宜しいのですよね葵さん?」
「うん、部屋は余ってるから、それぞれ使って貰うつもり。この宿舎は安全だからね。依頼を続けるマリアネラさん達の安全を考えれば、そうするのが1番だと思うから」
俺のその言葉を聞いたマリアネラは、申し訳なさそうな顔を俺に向けると
「…すまないね葵、気を使わせちゃって」
「気にしないでくださいマリアネラさん。皆もそうして欲しいと思っていると思ったので」
俺の言葉を聞いた皆が、笑顔でマリアネラ達に頷く。
マリアネラは気恥ずかしそうに少し顔を赤らめると、ありがとうと皆に礼を言う。
「所でマリアネラさん達は、今日から依頼を再開されるのですよね?」
「ああ、そうだよマルガ。私もゴグレグも十分に戦えるまでに回復したからね。とりあえずは…ジェラードの所に顔を出すついでに、情報収集でもするつもりだよ」
「それなら、そこまで一緒に行きましょうか。俺も少し用事があるので」
俺の用事と言う言葉を聞いたマルガは、食後の紅茶を一気に飲み干す。
「では私も準備しますねご主人様!」
そう言って席から立ち上がろうとしたマルガの肩に手を置く。
「いいんだよマルガ。本当にちょっとした用事だから。宿舎でゆっくりしてて」
「今日も1人で出かけられるのですかご主人様?」
残念そうに言うマルガの頭を優しく撫でると、金色の毛並みの良い尻尾をフワフワさせている。
「またすぐに帰ってくるよ。じゃ…行きましょうかマリアネラさんゴグレグさん」
俺とマリアネラ達は席から立ち上がり、宿舎の外に出る。そして、宿舎の外で警護の魔法師団4人に挨拶をして、護衛を頼む。
グリモワール学院から出て、王都の華やかで豪華な町並みを眺めながら歩いていると、マリアネラが口を開く。
「しかし珍しいね。葵がマルガやリーゼロッテの供を断るなんて。いつも何処に行くのにも一緒なのに」
少し不思議そうに言うマリアネラ。その横でゴグレグが軽く頷いていた。
「…本当は一緒に連れていきたいのですけど…」
「…何かあったのかい?」
俺の口篭るのを見て、マリアネラが俺に聞き返す。
「ええ実は…」
俺はマリアネラ達に説明を始める。
ナディアに仕事の終了を伝えてから既に3日が経っている。
あの日ナディアと話をして、翌日にもう一度来て欲しいと言われたので、俺は約束通りにあの食堂屋の裏路地に顔を出したのだが、ナディアが現れる事は無かった。
結構な時間待って来なかったので、俺は何か他の用事で来れなかったと思って、その日は帰る事にした。
そして次の日も同じ様にあの食堂屋の裏路地に顔を出したのだが、ナディアが現れる事は無かった。
俺は少し疑問に感じ、食堂屋の店員にナディア達の事を聞いてみたら、ここ2日程は来ていない様だと言われたのだ。
この食堂屋はナディア達にとっては重要な食料の確保先。きっと今迄毎日この食堂屋の裏路地に来ていたに違いない。それなのにここ2日程来ていない…
俺は少し心配になって、郊外町でナディア達を探しながら、住民にナディア達の事を聞いてみたのだが、情報は得られなかった。
王都の門番にもナディア達の事は、お金を払って伝言を頼んでいるので、お金が無くても後払いで王都の中に入れる様に手配をしている。
グリモワール学院の門番にも伝えてあるので、通過税の払えないであろうナディア達でも、何か有ればお金を払わずに俺の所まで来れるはずなのだ。
しかし…まだナディア達に会えていない。
俺は今日もナディア達を探してみるつもりで、1人で出かける事にしたのだ。
俺の話を聞いたマリアネラは、少し神妙な顔つきをすると
「…そうかい、それは心配だね。あの子達は今迄あの無法の郊外町で生き抜いてきた来た子達だ。何処が危険であるとか、そういったものは本能的に避けるだろうから、大丈夫だとは思うけど…」
「俺もそう思っているんですけどね。その内ヒョッコリ顔を表すんじゃないかって」
俺の苦笑いの顔を見て、フフと笑うマリアネラ。
「でも、それなら一緒にマルガ達も連れてきても良かったんじゃないのかい?」
「…ええ何も無ければそうしたい所なのですが…もし、ナディア達に何かあったとしたら…」
俺のその言葉を聞いたゴグレグは静かに目を閉じる。
「…悲しい思いはさせたくない…そういう訳か」
「ゴグレグさんの言う通りです。真実を全て話す事が、良いとは思えません。知らなくても良い事も有ると、僕は思うんですよ」
俺の顔を見たマリアネラは優しい微笑みを俺に向ける。
「…そうかい。マルガ達の悲しい顔を見たくは無い訳か…まあ…それでも良いのかもしれないね」
優しくそういったマリアネラは、ポンポンと俺の肩を叩く。
そのマリアネラの優しい表情に、俺の心のつっかえていた物が少し和らぐ様に感じた。
「私達もナディア達の事を探してみるよ。それに、ジェラードなら何か情報を知っているかもしれないしさ。とりあえず教会に向かおう葵」
「…そうですねマリアネラさん」
俺はマリアネラの言葉に頷き、ジェラードの教会に向けて再び歩き出す。
そして、郊外町の入り口に来た所で、1人の人物が声を掛けてきた。
「マリアネラじゃないですか。こんな所で何をしているのですか?」
その声に振り向くと、司祭服に身を包んだ男が優しい微笑みを浮かべていた。
「ジェラード!丁度今から教会に行く所だったんだよ」
「そうなのですか。…所で、ヨーランさんの姿が見えない様ですが…」
マリアネラを見ながら、少し辺りを見回すジェラード。
「…実はさ」
そう小声で言って、ここ数日あった事を説明するマリアネラ。それを聞いたジェラードの表情が曇る。
「…ですから言ったでしょうマリアネラ。冒険者などしているといつか危険な事になると。…当然、その様な事になったのですから、もう依頼を辞め、冒険者も引退して、私の手伝いをしてくれるのでしょうね?」
真剣な表情のジェラードの顔を見て、一瞬瞳を揺らすマリアネラ。
しかし、ギュッと拳に力を入れると、しっかりとジェラードを見返し
「…依頼は辞めない。ヨーランを殺った奴らの尻尾を掴むまではね」
「貴女はまだそんな事を言って!」
マリアネラの言葉を聞いたジェラードは、きつくマリアネラに言葉を投げかける。
マリアネラとジェラードは暫く言い合いをしていたが、かたくなに意志を変えないマリアネラに深く溜め息を吐くジェラード。
「…兎に角往来でこれ以上話しても仕方ありませんね。教会でじっくりと話をしましょう」
呆れ顔をしながら歩き出すジェラード。その後ろを黙って歩き出すマリアネラ。
俺とゴグレグは顔を見合わせて気まずそうにすると、同じ様に2人の後をついて歩き出す。
無言で歩くマリアネラとジェラードの後をついていくと、教会の入り口の前に数人の男が集まっていた。
俺達はそれを不思議に思い、その傍まで近寄ってみると、1人の子供が教会の入り口で倒れていた。
その子供は泥水を被ったかの様に体中汚れており、どこかにぶつけたのか身体の至る所に打ち傷や擦り傷があった。
そして髪の毛はどす黒くくすんでいた。恐らく頭かどこかを怪我でもしたのであろう、大量の血を流し、それが固まって汚れと一緒になったと推測出来た。俺はその子供の傍に行き膝を折る。
「…葵その子どもと知り合いなのかい?」
俺を見ていたマリアネラが声をかける。その声に反応したのか、倒れていた子供が震えながら俺に振り返る。
「…空…空な…の?」
血で汚れた顔をこちらに向け、微かに声を出す子供。
俺はその聞き覚えのある声に、思わず俺はその子供を抱きかかえる。
「ナ…ナディア!?」
俺の戸惑う声を聞いた子供は、精気を取り戻したかの様に俺にしがみついた。
「空!…空!!」
俺の名前を必死に叫び、大粒の涙を流すナディア。
その涙で、固まっていた血が溶け出し、まるで血の涙を流している様に見えた。
「い…一体どうしたのナディア!?」
俺の胸にしがみついて泣きじゃくるナディアに戸惑う俺。そんな俺に声をかけるマリアネラ。
「兎に角教会の中に入ろう」
「あ…うん。でも…ナディアは怪我をしているみたいだから、医者に連れて行った方が…」
俺がそう言いかけた所で、後ろで見ていた魔法師団の1人が俺に近づく。
「私は上級の治癒魔法が使えます。教会の中で治療しましょう」
その魔法師団の男の言葉に頷く俺。
俺は泣きじゃくるナディアを抱きかかえ、教会の中に入って行くのであった。
「さあこれで治療は完了です」
そう言って治癒魔法の発動をやめる魔法師団の男。
「ありがとうございます」
「いえ、お気になさなないでください葵殿。貴方達の助けになる様に、メーティス様から仰せつかっていますので」
そう言って微笑む魔法師団の男。
「しかし、身体の傷の方は傷跡も残らない様に完治しましたが、額の傷はかなり深かった上に、暫くそのまま放置された様で…傷跡は消えませんでしたけどね」
その言葉にナディアの額を見ると、可愛い額に☓印の様な傷がついていた。
俺はその傷を擦りながら、治療を受けて少し落ち着いたナディアに何があったのかを聞いてみた。
「ナディア…一体何があったの?」
「…コティ達が…コティー達が…攫われた」
「コティー達が!?」
変な声を出した俺。その言葉を聞いたマリアネラは少し目を細める。
「それは…例の人攫い達に攫われたって事かいナディア?」
マリアネラの言葉を聞いたナディアは、フルフルとちっちゃな頭を横に振る。
「…解らない。でも…攫っていったのは…鋼鉄馬車に乗った…国軍だった」
「「鋼鉄馬車に乗った国軍が!?」」
俺とマリアネラは困惑しながら同時に声をだす。
「…詳しく話してくれるかいナディア?」
俺の言葉に頷くナディアは、攫われた時の状況を説明する。
ナディアの説明に困惑している俺。それを聞いたマリアネラは、ギラッと瞳を輝かせる。
「確かに…その鋼鉄馬車から飛び出してきた女性は、人攫い達って言ったんだね?」
マリアネラの言葉にコクッと頷くナディア。
「でも何故…国軍が?」
「それは解らないね。でも…コティー達を攫っていったのは事実。…何か有るんだろうさ」
腕組みをしながら何かを考えているマリアネラ。
「それと…ナディア達はどうしてそんな山中まで行ったんだい?この町から徒歩で結構歩く場所だろう?」
俺の質問を聞いたナディアは、腰につけていた汚れた麻袋から何かを取り出し、俺に見せる。
ナディアのちっちゃな手の平の上には、汚れている小さな石がのせられていた。
「これは…汚れているけど…朝霧の石かな?これを採りに…その山中まで行ったの?」
俺の言葉にコクッと頷くナディア。
「…この朝霧の石を…空に…あげたかったの。だから皆で…」
「…この朝霧の石を俺に!?」
少し戸惑う俺に話を続けるナディア。
「私は空に…お礼がしたかった。だから…皆に力を貸して貰った。私達はお金が無いから…」
そう言って言葉尻をすぼめるナディア。
朝霧の石は数の少ないリコリスの花から採れる宝石だ。
見た目も綺麗で、旅人の安全を願う宝石と言う事でその名を知られている。
しかし、朝方の霧の漂う中でしか採れ無いので、大人が探しても滅多に見つかるものでは無い。
なのでそこそこの金額で売られている宝石なのである。
俺からの仕事の依頼が無くなって、またお金の無い、食うに困る生活に戻ると言うのに、高く売れる貴重な朝霧の石を…俺の為に…
俺は静かにナディアの手の平の上に乗せられている朝霧の石を手に取る。
朝霧の石はひどく汚れていたが、汚れの隙間から、美しい青白い光を放っていた。
その青白い光は俺の目に、とても美しく見えた。
「…ありがとねナディア。凄く嬉しいよ」
どんな顔をしてナディアに語りかけたかは解らないが、俺のその表情を見たナディアは、溜まっていた何かを吐き出すかの様に涙を流し始める。
「…空…お願い…」
「…うん?」
「…お願い…コティー達を…コティー達を…助けて!!」
大粒の涙を流しながら、身体の芯から絞り出したかの様な微かな声をだすナディア。
誰かにしがみ付くなんて事をした事が無いであろうナディア瞳は、涙に染まり激しく揺れていた。
そのナディアの瞳を見た俺は、身体が熱くなる感じを覚える。
「…マリアネラさん、今からハプスブルグ伯爵家の別邸に行きます」
「今から…ハプスブルグ家の別邸に?…別邸に行って…どうするんだい葵?」
腕組みをしながら流し目で俺を見るマリアネラ。
「…攫われたコティー達を奪い返します。その為に、協力を仰ごうと思います」
俺の言葉を聞いたナディアは、なんとも言えない表情を浮かべ、大粒の涙をポロポロと流す。
俺はナディアの涙を指で拭い、血で固まったバリバリの髪に優しく手を置く。
「…大丈夫。俺が何とかするから、ナディアは心配しないで」
「…空!!」
ナディアはそう叫ぶと俺のお腹辺りにしがみつきながら泣きじゃくっている。
「大丈夫、大丈夫だから…ね?」
俺にしがみ付くナディアの頭を優しく撫でながら言うと、ウンウンと何度も頷きながら泣いているナディア。
そんな俺とナディアを見ていたマリアネラは、フフと可笑しそうに笑う。
「…本当に物好きだね葵は」
「…それはお互い様じゃないですかマリアネラさん?」
「…そうかもね」
俺の言葉に楽しそうに笑うマリアネラ。
「そう言う事だから、今日はゆっくりと出来ない。…また来るよジェラード」
静かに俺達を見つめていたジェラードは、深く溜め息を吐く。
「…解りました。ですが、私は貴女が冒険者として依頼を続ける事を、了承した訳ではありませんからね。また…話をしましょう」
そう言って入り口の扉に向かうジェラード。
「どこかに出かけるのジェラード?帰ってきたばかりなのに…」
「…少し用を思いだしましてね。マリアネラまた明日来てください」
「解ったよ。気をつけるんだよジェラード」
マリアネラの言葉に少し表情を緩めるジェラードは、軽く頭を下げて教会を出ていった。
「じゃ、とりあえず…ナディアを宿舎に預けて…そこからハプスブルグ伯爵家の別邸ですね」
俺の言葉に頷くマリアネラとゴグレグ。
「…私も…行く」
涙で瞳を濡らして真っ赤にしているナディアが俺に語りかける。
「でも…ナディアは怪我をして、ゆっくりと静養しなくちゃダメ。結構な怪我だったんだから」
「…嫌。…私も…行く!」
ナディアはまだ体中が痛いにもかかわらず、必死に俺の手を握り離そうとしなかった。
「…解ったよナディア。でも、話をしたら、ゆっくりと静養する。…約束出来るね?」
俺の言葉に嬉しそうな表情を浮かべるナディアはコクコクと頷く。
そんな俺とナディアを見て、クスッと微笑むマリアネラ。
「じゃ、とりあえず、ハプスブルグ伯爵家の別邸に向かおうか」
「そうですねマリアネラさん」
マリアネラの言葉に頷く俺達は、ハプスブルグ伯爵家の別邸に向かうのであった。
「これは葵殿。今日はどうされましたか?」
ハプスブルグ伯爵家の別邸の門番が優しく俺に語りかけてきた。
「えっと今日は…アリスティド様か、マクシミリアン様に面会をしたいのですが。何も約束をしていませんが…面会する事は可能でしょうか?」
俺の申し訳なさそうに言う表情を見た門番は、フフと笑うと、
「…聞いて参りますので、暫く此処でお待ちください」
そう言って中に入っていく門番。暫く待っていると、表情の明るい門番が帰ってきた。
「アリスティド様が面会を許可されました。ご案内しますのでついて来てください」
俺達は門番に礼を言い、後について別邸の中に入っていく。
護衛の魔法師団には客室で話が終わるまで待って貰い、俺達は執務室に案内される。
「アリスティド様、葵殿をお連れしました」
「うむ、入って貰ってくれ」
その言葉に、どうぞと手を差し伸べる門番に礼を言い、扉を開けて部屋の中に入ると、誰かが俺の腕に抱きついてきた。
ふと、抱きついてきた人物に瞳を向けると、柔らかい肌(おもに胸の感触)を俺に味あわせ、甘い香水の香を漂わせる美女が微笑む。
「メ…メーティスさん!?ど…どうしてここに?」
「つれない事言わないの葵ちゃん。それに私だけじゃないわよ?」
そう言って視線を移すメーティス。
俺もその方に視線を移すと、少し呆れ顔のルチアと、苦笑いをしているマティアスとマクシミリアンの顔が見えた。
「今日はどうしたのかね葵殿。急に私の館を訪れるなんて。何か急用でもあったのかな?」
少し戸惑っている俺を、楽しそうに見ていたアリスティドが語りかける。
「…ええ実は、皆さんにお話があってここに来ました」
「…話?依頼を放棄した貴方が…何の話なの?それに…」
そういったルチアは俺の手をしっかりと握っている、薄汚れたナディアを見て戸惑っている様であった。
「実は…コティー達が攫われたんだ」
「ええ!?コティー達が!?例の人攫いに攫われたの?」
戸惑うルチアを見て、キツイ表情を浮かべるナディアは
「…コティー達は…国軍に攫われた」
そう静かに語るナディア。
それを聞いた一同の表情が変わる。
「一体どういう事なのか…説明してくれたまえ葵殿」
マクシミリアンの言葉に、俺はナディアから聞いた事を全て説明する。
ナディアは俺が説明している間、俺の手をギュッと握りしめ、ルチア達を睨みつけていた。
俺の説明を聞いたルチアは、顎に手を当てながら
「…そう…そう言う事だった訳ね」
「そう言う事とは?」
「攫われた人が見つからなかった訳よ葵」
そう言って、腕を組むルチア。
「どういう事?」
「王都の傍には…バスティーユ大監獄があるわ。バスティーユ大監獄は王都から馬車で2日程。罪人は全て中の見えない鋼鉄馬車で運ばれる。それに攫った人を乗せているのであれば、誰も解らないわ。しかも最近は、元グランシャリオ領で起こっている、ラコニア南部三国連合の正規軍と反乱軍ドレッティーズノートとの戦で、敗戦兵やらがこの国に流れ込んできて、その一部が罪人として数多く捕まっているから、沢山の罪人を運ぶ鋼鉄馬車が行き来してても、誰も不思議に思わない。それを利用していたのよ」
何かの確信を得たかの様なルチアの言葉に頷くアリスティド。
「それにバスティーユ大監獄や、各地の大都市の傍にある監獄や収容所は、全てジギスヴァルト宰相が統括しているわ。その中で…何かを…しているのかもしれないわね」
ルチアの言葉に頷くマクシミリアン。
「とりあえず、至急手配をして、バスティーユ大監獄を視察する事にしましょう。情報を一切漏らさずに、突然の視察と言う様に段取りを取ります。多少の非難はあるかと思いますが、ルチア王女の協力が有れば…」
「大丈夫よマクシン。私ならね」
ルチアの言葉にフフと笑うマクシミリアン。
「ひょっとして、急に全てが解決しちゃうかもしれない?」
俺の言葉に、ニヤッと笑うルチアは、
「それはまだ解らないけど、もしバスティーユ大監獄で何かをしているのなら、急な視察で隠し通せるかどうか…ね」
そう言って不敵に笑うルチア。そして、ナディアの傍に来て膝を折るルチア。
「…必ずコティー達を見つけて見せるから…」
ルチアの真剣な目を見つめるナディアは、俺の手をギュッと握りながら静かに頷く。
「とりあえず、段取りの話の前に、そのお嬢さんを湯浴み場に連れて行って上げてください。洋服の替えもこちらで用意します」
アリスティドの言葉に、メイド2人がナディアの傍に来る。
ナディアは俺に戸惑いの表情を浮かべながら、俺の『大丈夫だから行っておいで』という言葉に頷き、メイドに連れられて、湯浴み場に向かう。
「じゃ、段取りの話をしましょうか」
ルチアの言葉に頷く一同。俺達は、この一件がナディア達の件で簡単に解決するのだとばかり、この時は思っていた。
此処は、豪華な屋敷の一室。
そこに真っ赤な髪をした美青年に、久しぶりの微笑みを投げかける金髪の美青年。
「おかえりヒュアキントス」
「ただいまアポローン」
そう言ってアポローンを抱きしめるヒュアキントス。
そのヒュアキントスの抱擁に微笑むアポローン。
「ヒュアキントス、帰ってきてそうそう申し訳ないのだけど、君に至急報告したい事があってね」
そう言って話しだすアポローンの話を聞いたヒュアキントスは、盛大な溜め息を吐く。
「…全く、奴らの兵は何をしているんだ?…呆れて物が言えないね」
その言葉にフフと笑うアポローン。
「…で、どうする?」
「…計画を次の段階に移すよ。皆を集めてくれるかいアポローン?」
ヒュアキントスの言葉に頷くアポローンは、部屋を出ていく。
「…全く、使えぬ奴らばかりだ。まあ…それも予想の範囲内だけど」
そう言って窓の外を眺めるヒュアキントス。
「どう動こうが…全ては…フフフ」
そう言って華やかな王都を眺めるヒュアキントスは、口元に笑いを湛えるのであった。
「マリアネラさん、トカゲさんおはよ~!」
元気一杯のエマは、ぴょんと子煩悩リザードに抱きつき、その首にブランブランと嬉しそうにぶら下がった。
「これエマ!またそんなにぶら下がって!ゴグレグさんに迷惑でしょう!?」
アタフタとゴグレグにぶら下がっているエマを下ろそうとするレリアに、片手を出すゴグレグ。
「…構わぬ。問題ない!」
キラリと瞳を光らせドヤ顔のゴグレグに、苦笑いをしながら頭を下げるレリア。
それを微笑ましく見ているマルガもマルコも嬉しそうに笑っている。
「マリアネラさんおはよう。もうすっかり良くなったみたいですね」
「ああ!葵達のおかげだね。4日間治療を受けながら、美味しい物も食べれたからね。感謝してるよ」
笑顔で言うマリアネラに朝食を出すステラ。それに礼を言い食べ始めるマリアネラ。
ゴグレグもエマを膝の上にチョコンと座らせると、同じ様にミーアから朝食を貰い食べ始める。
俺はいつものその楽しそうな光景に癒されていると、シノンが食後の紅茶を持って来てくれた。
「ありがとうねシノン」
「はい葵様~」
ニコニコとしているシノンの頭を撫でていると、優しく微笑んでいたリーゼロッテが口を開く。
「これからは、マリアネラさんとゴグレグさんも、依頼を受けている間この宿舎に住む事で宜しいのですよね葵さん?」
「うん、部屋は余ってるから、それぞれ使って貰うつもり。この宿舎は安全だからね。依頼を続けるマリアネラさん達の安全を考えれば、そうするのが1番だと思うから」
俺のその言葉を聞いたマリアネラは、申し訳なさそうな顔を俺に向けると
「…すまないね葵、気を使わせちゃって」
「気にしないでくださいマリアネラさん。皆もそうして欲しいと思っていると思ったので」
俺の言葉を聞いた皆が、笑顔でマリアネラ達に頷く。
マリアネラは気恥ずかしそうに少し顔を赤らめると、ありがとうと皆に礼を言う。
「所でマリアネラさん達は、今日から依頼を再開されるのですよね?」
「ああ、そうだよマルガ。私もゴグレグも十分に戦えるまでに回復したからね。とりあえずは…ジェラードの所に顔を出すついでに、情報収集でもするつもりだよ」
「それなら、そこまで一緒に行きましょうか。俺も少し用事があるので」
俺の用事と言う言葉を聞いたマルガは、食後の紅茶を一気に飲み干す。
「では私も準備しますねご主人様!」
そう言って席から立ち上がろうとしたマルガの肩に手を置く。
「いいんだよマルガ。本当にちょっとした用事だから。宿舎でゆっくりしてて」
「今日も1人で出かけられるのですかご主人様?」
残念そうに言うマルガの頭を優しく撫でると、金色の毛並みの良い尻尾をフワフワさせている。
「またすぐに帰ってくるよ。じゃ…行きましょうかマリアネラさんゴグレグさん」
俺とマリアネラ達は席から立ち上がり、宿舎の外に出る。そして、宿舎の外で警護の魔法師団4人に挨拶をして、護衛を頼む。
グリモワール学院から出て、王都の華やかで豪華な町並みを眺めながら歩いていると、マリアネラが口を開く。
「しかし珍しいね。葵がマルガやリーゼロッテの供を断るなんて。いつも何処に行くのにも一緒なのに」
少し不思議そうに言うマリアネラ。その横でゴグレグが軽く頷いていた。
「…本当は一緒に連れていきたいのですけど…」
「…何かあったのかい?」
俺の口篭るのを見て、マリアネラが俺に聞き返す。
「ええ実は…」
俺はマリアネラ達に説明を始める。
ナディアに仕事の終了を伝えてから既に3日が経っている。
あの日ナディアと話をして、翌日にもう一度来て欲しいと言われたので、俺は約束通りにあの食堂屋の裏路地に顔を出したのだが、ナディアが現れる事は無かった。
結構な時間待って来なかったので、俺は何か他の用事で来れなかったと思って、その日は帰る事にした。
そして次の日も同じ様にあの食堂屋の裏路地に顔を出したのだが、ナディアが現れる事は無かった。
俺は少し疑問に感じ、食堂屋の店員にナディア達の事を聞いてみたら、ここ2日程は来ていない様だと言われたのだ。
この食堂屋はナディア達にとっては重要な食料の確保先。きっと今迄毎日この食堂屋の裏路地に来ていたに違いない。それなのにここ2日程来ていない…
俺は少し心配になって、郊外町でナディア達を探しながら、住民にナディア達の事を聞いてみたのだが、情報は得られなかった。
王都の門番にもナディア達の事は、お金を払って伝言を頼んでいるので、お金が無くても後払いで王都の中に入れる様に手配をしている。
グリモワール学院の門番にも伝えてあるので、通過税の払えないであろうナディア達でも、何か有ればお金を払わずに俺の所まで来れるはずなのだ。
しかし…まだナディア達に会えていない。
俺は今日もナディア達を探してみるつもりで、1人で出かける事にしたのだ。
俺の話を聞いたマリアネラは、少し神妙な顔つきをすると
「…そうかい、それは心配だね。あの子達は今迄あの無法の郊外町で生き抜いてきた来た子達だ。何処が危険であるとか、そういったものは本能的に避けるだろうから、大丈夫だとは思うけど…」
「俺もそう思っているんですけどね。その内ヒョッコリ顔を表すんじゃないかって」
俺の苦笑いの顔を見て、フフと笑うマリアネラ。
「でも、それなら一緒にマルガ達も連れてきても良かったんじゃないのかい?」
「…ええ何も無ければそうしたい所なのですが…もし、ナディア達に何かあったとしたら…」
俺のその言葉を聞いたゴグレグは静かに目を閉じる。
「…悲しい思いはさせたくない…そういう訳か」
「ゴグレグさんの言う通りです。真実を全て話す事が、良いとは思えません。知らなくても良い事も有ると、僕は思うんですよ」
俺の顔を見たマリアネラは優しい微笑みを俺に向ける。
「…そうかい。マルガ達の悲しい顔を見たくは無い訳か…まあ…それでも良いのかもしれないね」
優しくそういったマリアネラは、ポンポンと俺の肩を叩く。
そのマリアネラの優しい表情に、俺の心のつっかえていた物が少し和らぐ様に感じた。
「私達もナディア達の事を探してみるよ。それに、ジェラードなら何か情報を知っているかもしれないしさ。とりあえず教会に向かおう葵」
「…そうですねマリアネラさん」
俺はマリアネラの言葉に頷き、ジェラードの教会に向けて再び歩き出す。
そして、郊外町の入り口に来た所で、1人の人物が声を掛けてきた。
「マリアネラじゃないですか。こんな所で何をしているのですか?」
その声に振り向くと、司祭服に身を包んだ男が優しい微笑みを浮かべていた。
「ジェラード!丁度今から教会に行く所だったんだよ」
「そうなのですか。…所で、ヨーランさんの姿が見えない様ですが…」
マリアネラを見ながら、少し辺りを見回すジェラード。
「…実はさ」
そう小声で言って、ここ数日あった事を説明するマリアネラ。それを聞いたジェラードの表情が曇る。
「…ですから言ったでしょうマリアネラ。冒険者などしているといつか危険な事になると。…当然、その様な事になったのですから、もう依頼を辞め、冒険者も引退して、私の手伝いをしてくれるのでしょうね?」
真剣な表情のジェラードの顔を見て、一瞬瞳を揺らすマリアネラ。
しかし、ギュッと拳に力を入れると、しっかりとジェラードを見返し
「…依頼は辞めない。ヨーランを殺った奴らの尻尾を掴むまではね」
「貴女はまだそんな事を言って!」
マリアネラの言葉を聞いたジェラードは、きつくマリアネラに言葉を投げかける。
マリアネラとジェラードは暫く言い合いをしていたが、かたくなに意志を変えないマリアネラに深く溜め息を吐くジェラード。
「…兎に角往来でこれ以上話しても仕方ありませんね。教会でじっくりと話をしましょう」
呆れ顔をしながら歩き出すジェラード。その後ろを黙って歩き出すマリアネラ。
俺とゴグレグは顔を見合わせて気まずそうにすると、同じ様に2人の後をついて歩き出す。
無言で歩くマリアネラとジェラードの後をついていくと、教会の入り口の前に数人の男が集まっていた。
俺達はそれを不思議に思い、その傍まで近寄ってみると、1人の子供が教会の入り口で倒れていた。
その子供は泥水を被ったかの様に体中汚れており、どこかにぶつけたのか身体の至る所に打ち傷や擦り傷があった。
そして髪の毛はどす黒くくすんでいた。恐らく頭かどこかを怪我でもしたのであろう、大量の血を流し、それが固まって汚れと一緒になったと推測出来た。俺はその子供の傍に行き膝を折る。
「…葵その子どもと知り合いなのかい?」
俺を見ていたマリアネラが声をかける。その声に反応したのか、倒れていた子供が震えながら俺に振り返る。
「…空…空な…の?」
血で汚れた顔をこちらに向け、微かに声を出す子供。
俺はその聞き覚えのある声に、思わず俺はその子供を抱きかかえる。
「ナ…ナディア!?」
俺の戸惑う声を聞いた子供は、精気を取り戻したかの様に俺にしがみついた。
「空!…空!!」
俺の名前を必死に叫び、大粒の涙を流すナディア。
その涙で、固まっていた血が溶け出し、まるで血の涙を流している様に見えた。
「い…一体どうしたのナディア!?」
俺の胸にしがみついて泣きじゃくるナディアに戸惑う俺。そんな俺に声をかけるマリアネラ。
「兎に角教会の中に入ろう」
「あ…うん。でも…ナディアは怪我をしているみたいだから、医者に連れて行った方が…」
俺がそう言いかけた所で、後ろで見ていた魔法師団の1人が俺に近づく。
「私は上級の治癒魔法が使えます。教会の中で治療しましょう」
その魔法師団の男の言葉に頷く俺。
俺は泣きじゃくるナディアを抱きかかえ、教会の中に入って行くのであった。
「さあこれで治療は完了です」
そう言って治癒魔法の発動をやめる魔法師団の男。
「ありがとうございます」
「いえ、お気になさなないでください葵殿。貴方達の助けになる様に、メーティス様から仰せつかっていますので」
そう言って微笑む魔法師団の男。
「しかし、身体の傷の方は傷跡も残らない様に完治しましたが、額の傷はかなり深かった上に、暫くそのまま放置された様で…傷跡は消えませんでしたけどね」
その言葉にナディアの額を見ると、可愛い額に☓印の様な傷がついていた。
俺はその傷を擦りながら、治療を受けて少し落ち着いたナディアに何があったのかを聞いてみた。
「ナディア…一体何があったの?」
「…コティ達が…コティー達が…攫われた」
「コティー達が!?」
変な声を出した俺。その言葉を聞いたマリアネラは少し目を細める。
「それは…例の人攫い達に攫われたって事かいナディア?」
マリアネラの言葉を聞いたナディアは、フルフルとちっちゃな頭を横に振る。
「…解らない。でも…攫っていったのは…鋼鉄馬車に乗った…国軍だった」
「「鋼鉄馬車に乗った国軍が!?」」
俺とマリアネラは困惑しながら同時に声をだす。
「…詳しく話してくれるかいナディア?」
俺の言葉に頷くナディアは、攫われた時の状況を説明する。
ナディアの説明に困惑している俺。それを聞いたマリアネラは、ギラッと瞳を輝かせる。
「確かに…その鋼鉄馬車から飛び出してきた女性は、人攫い達って言ったんだね?」
マリアネラの言葉にコクッと頷くナディア。
「でも何故…国軍が?」
「それは解らないね。でも…コティー達を攫っていったのは事実。…何か有るんだろうさ」
腕組みをしながら何かを考えているマリアネラ。
「それと…ナディア達はどうしてそんな山中まで行ったんだい?この町から徒歩で結構歩く場所だろう?」
俺の質問を聞いたナディアは、腰につけていた汚れた麻袋から何かを取り出し、俺に見せる。
ナディアのちっちゃな手の平の上には、汚れている小さな石がのせられていた。
「これは…汚れているけど…朝霧の石かな?これを採りに…その山中まで行ったの?」
俺の言葉にコクッと頷くナディア。
「…この朝霧の石を…空に…あげたかったの。だから皆で…」
「…この朝霧の石を俺に!?」
少し戸惑う俺に話を続けるナディア。
「私は空に…お礼がしたかった。だから…皆に力を貸して貰った。私達はお金が無いから…」
そう言って言葉尻をすぼめるナディア。
朝霧の石は数の少ないリコリスの花から採れる宝石だ。
見た目も綺麗で、旅人の安全を願う宝石と言う事でその名を知られている。
しかし、朝方の霧の漂う中でしか採れ無いので、大人が探しても滅多に見つかるものでは無い。
なのでそこそこの金額で売られている宝石なのである。
俺からの仕事の依頼が無くなって、またお金の無い、食うに困る生活に戻ると言うのに、高く売れる貴重な朝霧の石を…俺の為に…
俺は静かにナディアの手の平の上に乗せられている朝霧の石を手に取る。
朝霧の石はひどく汚れていたが、汚れの隙間から、美しい青白い光を放っていた。
その青白い光は俺の目に、とても美しく見えた。
「…ありがとねナディア。凄く嬉しいよ」
どんな顔をしてナディアに語りかけたかは解らないが、俺のその表情を見たナディアは、溜まっていた何かを吐き出すかの様に涙を流し始める。
「…空…お願い…」
「…うん?」
「…お願い…コティー達を…コティー達を…助けて!!」
大粒の涙を流しながら、身体の芯から絞り出したかの様な微かな声をだすナディア。
誰かにしがみ付くなんて事をした事が無いであろうナディア瞳は、涙に染まり激しく揺れていた。
そのナディアの瞳を見た俺は、身体が熱くなる感じを覚える。
「…マリアネラさん、今からハプスブルグ伯爵家の別邸に行きます」
「今から…ハプスブルグ家の別邸に?…別邸に行って…どうするんだい葵?」
腕組みをしながら流し目で俺を見るマリアネラ。
「…攫われたコティー達を奪い返します。その為に、協力を仰ごうと思います」
俺の言葉を聞いたナディアは、なんとも言えない表情を浮かべ、大粒の涙をポロポロと流す。
俺はナディアの涙を指で拭い、血で固まったバリバリの髪に優しく手を置く。
「…大丈夫。俺が何とかするから、ナディアは心配しないで」
「…空!!」
ナディアはそう叫ぶと俺のお腹辺りにしがみつきながら泣きじゃくっている。
「大丈夫、大丈夫だから…ね?」
俺にしがみ付くナディアの頭を優しく撫でながら言うと、ウンウンと何度も頷きながら泣いているナディア。
そんな俺とナディアを見ていたマリアネラは、フフと可笑しそうに笑う。
「…本当に物好きだね葵は」
「…それはお互い様じゃないですかマリアネラさん?」
「…そうかもね」
俺の言葉に楽しそうに笑うマリアネラ。
「そう言う事だから、今日はゆっくりと出来ない。…また来るよジェラード」
静かに俺達を見つめていたジェラードは、深く溜め息を吐く。
「…解りました。ですが、私は貴女が冒険者として依頼を続ける事を、了承した訳ではありませんからね。また…話をしましょう」
そう言って入り口の扉に向かうジェラード。
「どこかに出かけるのジェラード?帰ってきたばかりなのに…」
「…少し用を思いだしましてね。マリアネラまた明日来てください」
「解ったよ。気をつけるんだよジェラード」
マリアネラの言葉に少し表情を緩めるジェラードは、軽く頭を下げて教会を出ていった。
「じゃ、とりあえず…ナディアを宿舎に預けて…そこからハプスブルグ伯爵家の別邸ですね」
俺の言葉に頷くマリアネラとゴグレグ。
「…私も…行く」
涙で瞳を濡らして真っ赤にしているナディアが俺に語りかける。
「でも…ナディアは怪我をして、ゆっくりと静養しなくちゃダメ。結構な怪我だったんだから」
「…嫌。…私も…行く!」
ナディアはまだ体中が痛いにもかかわらず、必死に俺の手を握り離そうとしなかった。
「…解ったよナディア。でも、話をしたら、ゆっくりと静養する。…約束出来るね?」
俺の言葉に嬉しそうな表情を浮かべるナディアはコクコクと頷く。
そんな俺とナディアを見て、クスッと微笑むマリアネラ。
「じゃ、とりあえず、ハプスブルグ伯爵家の別邸に向かおうか」
「そうですねマリアネラさん」
マリアネラの言葉に頷く俺達は、ハプスブルグ伯爵家の別邸に向かうのであった。
「これは葵殿。今日はどうされましたか?」
ハプスブルグ伯爵家の別邸の門番が優しく俺に語りかけてきた。
「えっと今日は…アリスティド様か、マクシミリアン様に面会をしたいのですが。何も約束をしていませんが…面会する事は可能でしょうか?」
俺の申し訳なさそうに言う表情を見た門番は、フフと笑うと、
「…聞いて参りますので、暫く此処でお待ちください」
そう言って中に入っていく門番。暫く待っていると、表情の明るい門番が帰ってきた。
「アリスティド様が面会を許可されました。ご案内しますのでついて来てください」
俺達は門番に礼を言い、後について別邸の中に入っていく。
護衛の魔法師団には客室で話が終わるまで待って貰い、俺達は執務室に案内される。
「アリスティド様、葵殿をお連れしました」
「うむ、入って貰ってくれ」
その言葉に、どうぞと手を差し伸べる門番に礼を言い、扉を開けて部屋の中に入ると、誰かが俺の腕に抱きついてきた。
ふと、抱きついてきた人物に瞳を向けると、柔らかい肌(おもに胸の感触)を俺に味あわせ、甘い香水の香を漂わせる美女が微笑む。
「メ…メーティスさん!?ど…どうしてここに?」
「つれない事言わないの葵ちゃん。それに私だけじゃないわよ?」
そう言って視線を移すメーティス。
俺もその方に視線を移すと、少し呆れ顔のルチアと、苦笑いをしているマティアスとマクシミリアンの顔が見えた。
「今日はどうしたのかね葵殿。急に私の館を訪れるなんて。何か急用でもあったのかな?」
少し戸惑っている俺を、楽しそうに見ていたアリスティドが語りかける。
「…ええ実は、皆さんにお話があってここに来ました」
「…話?依頼を放棄した貴方が…何の話なの?それに…」
そういったルチアは俺の手をしっかりと握っている、薄汚れたナディアを見て戸惑っている様であった。
「実は…コティー達が攫われたんだ」
「ええ!?コティー達が!?例の人攫いに攫われたの?」
戸惑うルチアを見て、キツイ表情を浮かべるナディアは
「…コティー達は…国軍に攫われた」
そう静かに語るナディア。
それを聞いた一同の表情が変わる。
「一体どういう事なのか…説明してくれたまえ葵殿」
マクシミリアンの言葉に、俺はナディアから聞いた事を全て説明する。
ナディアは俺が説明している間、俺の手をギュッと握りしめ、ルチア達を睨みつけていた。
俺の説明を聞いたルチアは、顎に手を当てながら
「…そう…そう言う事だった訳ね」
「そう言う事とは?」
「攫われた人が見つからなかった訳よ葵」
そう言って、腕を組むルチア。
「どういう事?」
「王都の傍には…バスティーユ大監獄があるわ。バスティーユ大監獄は王都から馬車で2日程。罪人は全て中の見えない鋼鉄馬車で運ばれる。それに攫った人を乗せているのであれば、誰も解らないわ。しかも最近は、元グランシャリオ領で起こっている、ラコニア南部三国連合の正規軍と反乱軍ドレッティーズノートとの戦で、敗戦兵やらがこの国に流れ込んできて、その一部が罪人として数多く捕まっているから、沢山の罪人を運ぶ鋼鉄馬車が行き来してても、誰も不思議に思わない。それを利用していたのよ」
何かの確信を得たかの様なルチアの言葉に頷くアリスティド。
「それにバスティーユ大監獄や、各地の大都市の傍にある監獄や収容所は、全てジギスヴァルト宰相が統括しているわ。その中で…何かを…しているのかもしれないわね」
ルチアの言葉に頷くマクシミリアン。
「とりあえず、至急手配をして、バスティーユ大監獄を視察する事にしましょう。情報を一切漏らさずに、突然の視察と言う様に段取りを取ります。多少の非難はあるかと思いますが、ルチア王女の協力が有れば…」
「大丈夫よマクシン。私ならね」
ルチアの言葉にフフと笑うマクシミリアン。
「ひょっとして、急に全てが解決しちゃうかもしれない?」
俺の言葉に、ニヤッと笑うルチアは、
「それはまだ解らないけど、もしバスティーユ大監獄で何かをしているのなら、急な視察で隠し通せるかどうか…ね」
そう言って不敵に笑うルチア。そして、ナディアの傍に来て膝を折るルチア。
「…必ずコティー達を見つけて見せるから…」
ルチアの真剣な目を見つめるナディアは、俺の手をギュッと握りながら静かに頷く。
「とりあえず、段取りの話の前に、そのお嬢さんを湯浴み場に連れて行って上げてください。洋服の替えもこちらで用意します」
アリスティドの言葉に、メイド2人がナディアの傍に来る。
ナディアは俺に戸惑いの表情を浮かべながら、俺の『大丈夫だから行っておいで』という言葉に頷き、メイドに連れられて、湯浴み場に向かう。
「じゃ、段取りの話をしましょうか」
ルチアの言葉に頷く一同。俺達は、この一件がナディア達の件で簡単に解決するのだとばかり、この時は思っていた。
此処は、豪華な屋敷の一室。
そこに真っ赤な髪をした美青年に、久しぶりの微笑みを投げかける金髪の美青年。
「おかえりヒュアキントス」
「ただいまアポローン」
そう言ってアポローンを抱きしめるヒュアキントス。
そのヒュアキントスの抱擁に微笑むアポローン。
「ヒュアキントス、帰ってきてそうそう申し訳ないのだけど、君に至急報告したい事があってね」
そう言って話しだすアポローンの話を聞いたヒュアキントスは、盛大な溜め息を吐く。
「…全く、奴らの兵は何をしているんだ?…呆れて物が言えないね」
その言葉にフフと笑うアポローン。
「…で、どうする?」
「…計画を次の段階に移すよ。皆を集めてくれるかいアポローン?」
ヒュアキントスの言葉に頷くアポローンは、部屋を出ていく。
「…全く、使えぬ奴らばかりだ。まあ…それも予想の範囲内だけど」
そう言って窓の外を眺めるヒュアキントス。
「どう動こうが…全ては…フフフ」
そう言って華やかな王都を眺めるヒュアキントスは、口元に笑いを湛えるのであった。
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