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2章
愚者の狂想曲 33 生産準備と晩餐会
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今日はヴァレンティーノ宮殿で、晩餐会が開かれる日だ。
俺達は全員出席する事にしたので、人数的に荷物を宿舎に運ぶより、王宮で着替えた方が早いだろうとルチアの使いの者の提案で、昼刻1の時(午後1時)位に迎えの馬車をよこしてくれる事になった。
晩餐会までは、王宮の客室で寛ぐ事にした。夜に開かれる晩餐会まで時間もあるし、ルチアと相談したい事もあったので丁度良い。
「マルガもリーゼロッテも準備出来た?」
「ハイ!準備出来ました!ご主人様!」
「私も準備出来ましたわ葵さん」
俺達の広い部屋で、可愛いメイド服に着替え終わったマルガにリーゼロッテ。
いつもと同じ様に、俺に微笑んでくれている。
『う~ん。本当に何時も通りだ…その何時も通りが…逆に…』
俺はマルガとリーゼロッテを見つめながら、心の中でそう呟く。
この宿舎に住む様になってから3日。
初めての日以外は、あの獣人美少女3人娘のステラ、ミーア、シノンが、湯浴み場で奉仕してくれる。
ステラ、ミーア、シノンには、そんな命令をしていないのに、奉仕をやめようとしないし、マルガやリーゼロッテも、何故かその事に対して何も言わない。それどころか、昨日の湯浴み場は大変な事になっていた。
俺とマルガ、リーゼロッテが湯浴み場に入り、湯船に浸かって居ると、例の獣人美少女3人娘のステラ、ミーア、シノンが、さも当然の様に一糸纏わぬ姿で入って来て、マルガやリーゼロッテが居るのにも関わらず、俺に奉仕を始めたのだ。
獣人美少女3人娘のステラ、ミーア、シノンの可愛さに勝てる訳もなく、そのままエッチッチーな事をしている俺達を、マルガはお風呂の縁をカリカリと噛み、ウウウと唸りながら見ていて、リーゼロッテは涼やかな微笑みを湛えながら、情事にふける俺達を見ていた。ルナは気持ち良さそうに湯船をスイスイ泳いでいたのには笑ったけど。
兎に角、どう言う事なんだろう?
マルガやリーゼロッテは、俺が他の女の子とのエッチッチーな事をしているのを、どう思ってるんだろう?
俺が他の女の子とエッチッチーな事をしているのを見て、エッチッチーは気分になってるんだろうか?
そんな高等なプレイ、オラでも目覚めていないのに、オラより先に大人の階段を登っちゃったの?マルガちゃんに、リーゼロッテちゃん!?
まあ…湯浴み場から部屋に帰ってからの、マルガとリーゼロッテのおねだりの可愛さと言ったら凄かったけど…
可愛すぎて、一杯犯しちゃったから、軽く寝不足気味なオラなのです。
「ねえマルガ、リーゼロッテ。何故、湯浴み場でステラ、ミーア、シノンが俺に奉仕しているのを、黙って見ているの?マルガやリーゼロッテは…それでいいの?」
俺は直球をマルガとリーゼロッテに投げかけてみた。
すると、マルガは慌てながらアワアワマルガになって、リーゼロッテはいつもと変わらぬ優しい微笑みを湛えている。
「あ…えっと…その事は…あの…その…どうしても…言わないと…ダメですか?」
マルガは両手の人差し指をチョンチョンと合わせて、俺をチラチラと見ながら、言い難そうにモジモジしている。俺への忠誠の気持と、俺に対しての大好きな気持、そこに、何かの理由で俺に対して言えないもどかしさが折り重なって、いつもよりアワアワマルガになっている。
俺は余りにもアワアワしているマルガが可笑しくなって、プッと吹いてしまうと、恥ずかしそうにモジモジしている。
「…もういいよマルガ。どうしても言い難い事なら、無理に言わなくてもさ」
俺はマルガの頭を優しく撫でながら言う。
まあ…俺には解らないが、何か言えない理由が有るんだろう。
マルガやリーゼロッテが、俺に不利益な事をする事は、絶対にありえない。
マルガとリーゼロッテにどんな思惑が有るかは解らないけど、2人がそうしたいなら、そうさせてあげよう。
…マルガとリーゼロッテは何時も俺の事を考えてくれてるんだ。これ位の隠し事、2人にさせた所で、バチは当たらないと思うし。
そんな俺の言葉を聞いたマルガは、ギュッと俺に抱きつくと
「ご主人様大好きです!やっぱり、ご主人様は優しいのです~!」
満面の微笑みで俺に嬉しそうに抱きついているマルガは、尻尾をブンブン振っている。
「…やっぱり、私達の葵さんですわね。私も大好きですわよ葵さん」
リーゼロッテが反対側の腕に抱きつき、俺の頬に優しくキスをする。
「まあ…リーゼロッテやマルガの考える事なら、俺は問題無いと思うしさ。俺も大好きだよマルガ、リーゼロッテ」
マルガとリーゼロッテの乙女の柔肌を感じて、その男を誘う様な甘い香りに包まれて幸せを感じる。
「とりあえず、皆待ってるし、1階の寛ぎの間に行こうか」
俺の言葉に、微笑みながら頷くマルガとリーゼロッテと一緒に、1階の寛ぎの間に向かう。
すると、寛ぎの間の前で、獣人美少女3人娘のステラ、ミーア、シノンが待っていた。
俺達を見つけて、近寄ってくる3人。
「「おはよう御座います葵様~」」
声を揃えて挨拶をしてくる、ミーアにシノン。
ミーアは恥ずかしそうに俺の腕を握り、シノンも恥ずかしそうに、モジモジしながら俺の服の袖を掴んでいる。その可愛さに、思わずドキッとしてしまう。
「おはようミーア、シノン。今日も可愛いね」
俺は優しくミーアとシノンの頭を優しく撫でると、ミーアもシノンも尻尾を軽く揺らしながら、頬を少し赤らめていた。その中で、軽く咳払いをするステラは、俺の前に立ち、深々と頭を下げる。
「葵様おはよう御座います。今日は葵様に是非見て貰いたい物があって、ここで待っていました」
綺麗にお辞儀をしたステラは、懐から数枚の羊皮紙を取り出し、俺に差し出す。
「これは、私達が考えた、学院で売り出したらどうかと思われる品を、書き綴った物です。是非、葵様に見て頂きたくて…」
ステラは真剣な眼差しで、俺に数枚の羊皮紙を手渡す。俺は手渡された羊皮紙の内容を確認する。
その数枚の羊皮紙は、酷くヨレヨレになっていた。恐らく何度も何度も書き直す為に、洗ったのだろう。
『なるほど…確かに良く考えられている。でも…良く考えられているが…地球の勉強をして、地球の知識を持っているリーゼロッテには…遠く及ばないね。それは仕方の無い事だけど…』
俺は羊皮紙に目を通すと、それをリーゼロッテに手渡す。リーゼロッテも同じ様にその数枚の羊皮紙に目を通していた。
「ありがとねステラ、ミーア、シノン。参考にさせて貰うよ」
俺はミーアと、シノンの頭を優しく撫でながら言うと、ミーアとシノンは嬉しそうに尻尾を振っていた。
そして、リーゼロッテに目で合図をすると、軽く頷くリーゼロッテは、その数枚の羊皮紙をアイテムバッグにしまう。
それを見たステラは、少し唇をキュッと噛み締めていたが、すぐにいつもの表情に戻る。
「…よろしくお願いします葵様…」
そう言って、寛ぎの間に入って行こうとするステラの後ろ姿が気になって、思わずステラの手を握り引き止めた。
「…どうなされたのですか葵様?」
ステラは少し戸惑いながら俺を見る。
「…いや…その…ステラもそのメイド服似合ってて…可愛いなって…」
俺は気恥ずかしく少し頭をかきながら言うと、少し顔を赤らめているステラは、軽く咳払いをすると
「あ…ありがとう御座います葵様…」
少し視線を外しながらも、若干嬉しそうなステラを見て、何となくホッとした俺
「じゃ皆と合流して、ヴァレンティーノ宮殿に向かおうか。そろそろ迎えの馬車も来る事だし」
俺の言葉に頷く一同。俺達は用意を済ませて、ヴァレンティーノ宮殿に向かうのであった。
ヴァレンティーノ宮殿に到着した俺達は、来客用の食堂で昼食も済ませ、それぞれに与えられた客室に別れて、ゆっくりと寛いで居た。晩餐会迄はまだかなりの時間がある。時間に近づいたら、侍女や執事が俺達の準備をしてくれるみたいなので、安心して寛ぐ事が出来る。
客室でマルガとリーゼロッテと、他愛のない話をしていると、扉がノックされ人が入ってきた。
扉の方に視線を向けると、そこには綺麗に着飾ったルチアと、純白のフルプレートに身を包み、純白の高貴なマントを靡かせているマティアスの姿があった。
「よく来たわね葵。今日はゆっくり寛いで、楽しんで行きなさい」
「…フィンラルディア王国の中枢、ヴァレンティーノ宮殿で行われる晩餐会で、寛げるか少し疑問だけどね」
俺が苦笑いしながら言うと、フフッと軽く笑うルチアは
「大丈夫よ。今回は選定戦の時の様な事は無いわ。定期的に親睦を深める事で行われる、定例晩餐会、夏の会だから。確かに、私の専任商人になった貴方に近づこうと、人は寄って来るかもしれないけどね。それは避けれない事だから、葵の方で慣れて貰うしかないわね」
「確かにルチアさんの言う通りですわね。こう言う催しにも、私達は慣れて行かないと行けませんし。そう言う意味では、丁度良かったのかも知れませんね」
ルチアの説明に、涼やかに微笑むリーゼロッテ。互いにゾクっとする様な含み笑いを浮かべている。
「とりあえず葵は、いつも通りにしていれば大丈夫よ。…前の選定戦の時の様に、我を忘れなければね」
「解ってるよルチア。俺だってその事はきちんと考えてるからさ」
「ま…エルフちゃんも色々考えてくれてそうだし、安心出来そうね」
「はい。もう二度と、あの様な事はさせませんので、安心して下さいルチアさん」
リーゼロッテの微笑みながらの言葉に、フフッと楽しげに微笑みルチア。
「それとさルチア。ちょっと相談があるんだけどさ。今って時間有る?」
「時間なら有るわよ。何なの?言ってみなさいよ」
「じゃ~まずは、これを見て欲しい」
俺はアイテムバッグから、3つの物を取り出し、テーブルの上に置く。
それを興味有りげに見つめる、ルチアとマティアス
「何これ…1つ目は…これは羊皮紙かしら?…ううん…違うわね。羊皮紙よりゴワゴワしてるし、材質が違いそうね。2つ目は…黒い物が木の板の間から出てるけど…。最後の…この木で出来た、ジャラジャラした木の細工は何?初めの羊皮紙もどきは兎も角、あとは何に使う物なの?」
ルチアはテーブルに並べられた3品をマジマジと見つめながら、何に使うのかを考えている様であった。
「それは、わら半紙と鉛筆、最後のジャラジャラした木の細工は、算盤と言う物なんだよ」
「わら半紙に鉛筆、それに…算盤ね…。これが私にお願いしたい事に繋がるの?」
「うん。ルチアは当然知ってると思うけど、俺はグリモワール学院内で、商売を許可されているだろ?この3つの商品を、グリモワール学院で売りだそうと思ってるんだ」
俺の説明に、ふ~んと声をだすルチア。
「とりあえず、この商品の説明をしてくれる?これはどんな物なの?」
「うん。じゃ~初めはこのわら半紙から説明するよ。これは羊皮紙の様に、物を書いたりする物なんだけど、素材は羊皮紙の様に動物の革じゃなく、植物…藁から出来ているんだ」
「え!?このわら半紙って言うのは、藁から出来てるの!?」
俺の説明に、驚いているルチア。
俺達は昨日、ルチアに見せる試作品を、宿舎で作っていたのだ。
わら半紙に、鉛筆に、算盤。皆で手分けして作ったので、大した難しさもなく、意外と早く作れた。
鉛筆の芯だけは、鍛冶屋で焼いて貰って、水で冷やして油につけたりしたが、それ以外は概ね手際よく出来たのだ。
まあ…器用な指先のレアスキルを持つリーゼロッテが、殆どやってくれたのは言うまでもないけど。
「うん。このわら半紙は、藁から出来ているんだ。ある特殊な作り方があるんだけどね。それは試作品だからゴワゴワしてるけど、色んな調整をしてやれば、割りと綺麗な紙まで持っていけるよ」
俺の説明に、再度マジマジとわら半紙を見つめるルチア
「しかも、そのわら半紙は、理屈的には、羊皮紙の10分の1以下の価格で、大量に作る事が出来るんだ。まあ…羊皮紙の様に丈夫じゃないし、水には弱いけど、価格の安さと量産性では、羊皮紙には負けない。羊皮紙は洗って何度も使うけど、このわら半紙は使い捨ての、気軽に使える物と、考えていいね」
俺の説明に、頭の回転の早いルチアは、瞳をキラリと光らせる。
「凄いじゃない葵!このわら半紙が普及すれば、色々な事が出来るわね!他の商品も早く説明しなさいよね!」
少し興奮気味のルチアが、俺にねえねえとせがむ。
「わ…解ってるから落ち着いてルチア。じゃ~次はこの鉛筆ね。これは物を書く物なんだ」
俺は鉛筆を手に取って、わら半紙に文字を書いていく。それを見たルチアは再度驚く。
「何これ!?インクもつけずに文字が書けるの!?」
「うん。この鉛筆はね、文字を書くこの黒い芯を、黒鉛と粘土を混ぜて作ってるんだ。黒鉛は手に墨みたいにつくでしょ?それを利用して、文字を書ける様にしているんだ。鉛筆の芯が折れたり、無くなったら、木の部分を削ると、また芯が出てくるから、書く事が出来る。手軽に使えるって感じだね」
説明を聞いて、俺の手から鉛筆を奪い取ったルチアは、わら半紙に鉛筆で文字を書いて、感動している。
そして、最後に残された算盤を見て、瞳をキラッと輝かせるルチアは
「最後の…この算盤?これの説明を、早くしなさいよね葵!」
算盤を手に持ち、ジャラジャラさせながら言うルチアが可笑しくてプッ吹くと、プクッと頬を膨らませるルチアを宥めながら
「ごめんごめん。この最後の算盤は、実際に使っている所を見て貰った方が早いね。リーゼロッテ、マルガ、お願い」
「ハイ!解りましたですご主人様!」
「了解ですわ葵さん」
リーゼロッテが椅子に座り、テーブルの上で算盤を構える。
「じゃ~これから数字を言っていくから、ルチアは数を足して行って。リーゼロッテも算盤を使って同じ事をするから。じゃ~マルガお願いね」
「ハイ!ご主人様!リーゼロッテさんもルチアさんも準備は良いですか?」
マルガの声に頷くリーゼロッテにルチア。
「では行きます!…ご破算で願いましては~1958673也~396859也~」
マルガは予め練習用に用意していた数字を、早口で言っていく。それをパチパチと算盤を指で弾いていくリーゼロッテと、腕組みをしながら頭の中で数を足していくルチア。早口で言うマルガと、結構な数を足していくルチアは、次第に表情に余裕がなくなってくる。そして、マルガが最後まで数字を言い切り、結果を発表する時が来た。
「じゃ~ルチアにリーゼロッテ、答えを発表してくれる?」
その言葉に、若干顔を引き攣らせているルチアと、ニコッと微笑むリーゼロッテ。
「答えは…195867490283よ…」
珍しく瞳の泳いでいるルチアは、小さな声で言う。
「リーゼロッテの答えは?」
「195867585637ですわ葵さん」
「マルガ…正解は?」
「正解は195867585637ですご主人様!リーゼロッテさんが正解です!」
その言葉を聞いて、明らかに不機嫌そうな顔をするルチアはフンと鼻で言うと、マジマジと算盤を見つめる。
「この算盤って物凄いわね。私も計算は得意な方だけど、あんなに早く言われた数字を足していくのは流石にキツイわ。これって…誰でも使える物なの?」
「うん。きちんと練習すれば、誰にでも使えるよ。この算盤は計算補助器具って物で、独特の珠算って言う計算の仕方があるんだ。凄く慣れた人なら、実際に算盤を使わずに、頭の中に算盤を想像して計算しちゃう位なんだ。俺はこの算盤と、計算の仕方をセットで売りだそうと思ってるんだ」
「確かに凄いわねこの算盤は。計算補助器具ね…」
ルチアは腕組みをしながら、算盤を指で軽く弾いている。
まあ…あの計算で、途中までついてきていたルチアにはビックリだけどね。流石は天賦の才能のレアスキルの持ち主。リーゼロッテも短い期間で算盤を完全に使いこなせているのも、レアスキルの器用な指先のお陰。…本当にレアスキルは凄いね…
「とりあえず、算盤の凄さも解ってくれたと思うけど、この3つの品…ルチア的に見てどう思う?」
「…素晴らしいの一言ね。どれもこれも、今までにこの世界に無かった物。わら半紙は色んな使い方が出来きそうだし、鉛筆も簡単に文字が書けるのがいいわね。算盤に至っては…その計算方法が色んな学問で生かされそうだし…どれも売りだせば、もの凄く売れる可能性が有るわね。後は…どれ位売り出せるかと、その有用性を訴えられるかね」
「ま~ね。とりあえずは、グリモワール学院での売上を見て、広めて行くのがいいかもね。広めるのにはアテがあるから、そこに頼めるかも知れないしね。でも、問題があって、ルチアに協力をして欲しくてさ」
その言葉を聞いたルチアは、小悪魔の様な微笑みを湛えると
「ふ~ん。葵が私に協力ね~。…どんな事なの?」
「うん、この3つの品物は、なかなか良い物だと解って貰えたと思うけど、俺達にはこれらを量産出来る施設や資金が無いんだ。俺はまだ商組合にも入って無いから融資も受けれないしね。だから、その辺を協力して貰えないかと思ってさ」
俺の言葉を聞いたルチアは、考えながらフンフンと頷くと
「つまり…私に融資して貰って、その3つの品物を作るた為の生産場を作りたいって事?」
「ちょっと違うんだよね。確かに、この3つの品物を作る生産場を作って貰いたいんだけど、俺はその生産場を自分の物にしたい訳じゃないんだ」
「生産して自分で売りたいんじゃないの?じゃあ…どうしたいの?」
少し意外な言葉を聞いたルチアは、不思議そうな顔で俺を見つめていた。
「俺はね、この3つの商品に関しては、生産者じゃなくて、販売者になりたいんだ」
「…と言う事は…私に生産場を任せて、貴方は販売での利益だけを上げたいって事?」
「そういう事。理由は…一応こちらの世界で作れてもおかしくない物を選んでいるけど、俺達が開発者だって事は、秘密にして貰いたいんだ」
理由を聞いたルチアは、腕組みをしながら俺を見ると
「…なるほど。なるべく情報源が貴方達だって事は隠したい訳ね」
「そうなんだ。このわら半紙や鉛筆、算盤は世界中に広まって行くと思う。それこそ製造法を知ったら、あちこちで大量に作られる事になると思うんだよね。そうなると、莫大な利益が生まれる。じゃあ、その莫大な利益を生み出したのは誰って事になるでしょ?」
「…確かにね。貴方の持っている情報の貴重さを隠したい訳ね…その方が安全ね。解ったわ。葵の提案を受けてあげる」
フフッ笑うルチアは俺に少し近づいて
「でも葵はどこで儲けるつもりなの?」
「俺はルチアから、優先的に3つの商品を、優先的に、少し相場より安く仕入れれる権利を貰う。取引量や価格はその時の相場を見て相談する。わら半紙や鉛筆は消耗品だからね。安定して利益が上げれそうだしさ」
俺の言葉を聞いたルチアは、フフッと可笑しそうに笑うと
「解ったわ。その条件で行きましょう。でも…私だけじゃ怖い所も有るわね…マティアス、この話にバルテルミー侯爵家も噛む事は出来るかしら?」
「そうですね…利益の上がる物で、ルチア様との共同であれば、父も賛同すると思います」
「解ったわマティアス。葵もそれでいいかしら?」
「うん構わないよ。むしろバルテルミー侯爵家が話に加わってくれるなら、色々と助かりそうだしさ」
俺の言葉にウンウンと頷くルチアとマティアス。
「初めは、グリモワール学院内部だけで販売して、動向を見ながら外に流して行こうと思う。生産場の規模や生産量は、ルチアに任せるよ。最低、グリモワール学院で売れて少し余る位の量が有れば、とりあえず俺は利益を上げれるからさ」
「解ったわ。その辺はバルテルミー侯爵家と話をするわ。で、この3つの商品を作るのに、どんな物がいるの?それと、製造法も知りたいわ。この算盤は見たままで作れるけど、わら半紙と鉛筆は、解らないしね」
ルチアのその言葉を聞いたリーゼロッテが、アイテムバッグから数枚の紙を取り出す。そして、その数枚の紙をルチアに手渡す。
「それに、3つの商品の詳しい製造法が書いてあります。どれも難しい物ではありませんので、説明しますね」
リーゼロッテの言葉に頷きながら、ルチアは手渡された紙を見ながら説明を聞いていく。
わら半紙も鉛筆もこの世界の技術でも、少しも難しくなく作る事が出来る。
わら半紙は、ます、藁を出来るだけ細かく切る。その切った藁を鍋に入れ、草木灰から作れる、灰の上澄み液で煮て繊維を解す。解した繊維を洗って、繊維を網で濾して乾燥。これで完成だ。
重曹の代わりに草木灰の上澄み液で煮ているので、多少時間が多く掛かるが、草木灰は重曹に比べ手軽に手に入る。重曹など作ろう物なら、大きな工場が必要になるしね。
「それと、この藁を煮た液体は、川に流さないで下さい。自然を破壊してしまう恐れがあります」
「じゃ~どうすればいいの?」
「はい、残った液体は、そのまま煮詰めて下さい。そうすると、残りカスだけになります。それを集めて焼いていくと、ガラスが出来上がります」
「ええ!?植物の灰からガラスが出来るの!?」
「うん。ま~副産物だけど、しっかりとしたガラスが出来る。わら半紙を量産したら、そこそこの量のガラスも取れるから、出来たガラスを売って、また藁や草木灰を仕入れれば、原価を下げれると思うよ」
「いい事ずくめじゃない!藁と草木を燃やした灰なんて、いくらでもあるし、ここは水も豊富にある。そこにガラスまで出来るなんて…」
瞳を輝かせるルチアに、リーゼロッテが鉛筆の作り方を説明していく。
鉛筆は芯さえ作れれば、さして難しくはない。
その芯も、この世界に大量にある、黒鉄を作る時に使う、黒鉛を粘土と混ぜて、高温で焼き上げ水で冷やし、油につければ、芯は出来上がりだ。後は削った木に芯を挟み込んで、木を膠で接着すれば完成。この世界には鉄を作る技術もあるし、魔法もある。俺達も昨日作ってみて、意外と簡単に作れたのでビックリした位だ。
「算盤は見たままだから、職人さんに頼めばすぐに出来るよ。わら半紙も鉛筆も、質を研究しながら作っていくと、早く、良い物が作れる用になるしさ」
「解ったわ。後はバルテルミー侯爵家と話をしてやってみるわ。…40日時間をくれる?生産場を作って、人や物を用意して、作り方も教えこまないとダメだからね」
「いいよ。後…もう一つお願いが有るんだ」
俺の言葉に、なに?と聞き返すルチアの前に、少しモジモジしながらマルガは立つと、ルチアに少しヨレヨレの紙を手渡す。
「それはマルガからのルチア達へのお願いが書いてあるんだ。出来ればその通りにしてやって欲しい」
マルガから手渡された紙を見て、ルチアとマティアスが優しく微笑み合う。
マルガの渡した紙には、二級奴隷や、三級奴隷の扱いについて書いてある。
食べ物は栄養のある、普通の食べ物を与えてあげる事。暴力はなるべく与えないで欲しい事。
女の奴隷達が犯されずに、安全に暮らせる事。衛生的に暮らせる様にしてやって欲しい事。
昔はマルガも、生産場で三級奴隷として働かされてきた。その時の辛さは、骨身にしみて解っている。
なので、こうして欲しいと、俺におねだりしていたのだ。
「解ったわキツネちゃん。原価は上がるけど、この様にするから安心しなさい」
「ありがとうですルチアさん!」
ルチアに嬉しそうに抱きつくマルガの頭を、優しく撫でているルチア。
「これで話は全て決まりましたね。後の細かい所は、随時相談でよろしいですかルチアさん?」
「ええ構わないわよエルフちゃん。マティアスもそれで問題ないでしょう?」
「そうですね。細かい打ち合わせはまたしないとダメでしょうが、とりあえずは、これで問題は無いかと」
ルチアの言葉に頷くマティアス。
「じゃ~私は早速打ち合わせと、用意を始めるから。貴方達も夜の晩餐会まで、ゆっくりとしておきなさい」
「お言葉に甘えて、そうさせて貰うよ」
ルチアと挨拶を交わし別れた俺達は、晩餐会までゆっくりと過すのであった。
時刻は夕暮れ。真夏の眩しい太陽は大きく傾き、その色を朱色に染め鮮やかな夕焼けが空を彩っている。侍女たちのお陰で準備の出来た俺達は、晩餐会の会場に向かうために部屋を出ようとしていた。
「マルガもリーゼロッテも凄く可愛いよ」
俺の言葉に、頬を赤らめているマルガとリーゼロッテ。
この晩餐会用に、ルチアが用意してくれたドレスを見事に着こなしている。
マルガは、淡いピンクのフリルのついた可愛いドレスだ。幼女体型のマルガに非常に良く似合っている。
リーゼロッテは鮮やかな水色の、気品の有るドレス。凛としているリーゼロッテの雰囲気と、綺麗な金髪と合っていて、超美少女のリーゼロッテを引き立たせていた。
俺は右にマルガ、左にリーゼロッテに腕組みをされ、案内役について部屋を出ると、そこには皆が待っていた。俺に腕組みしているマルガとリーゼロッテを見て、ミーアとシノンが近寄ってきた。
「葵様…この…ドレス…私に似合っていますか?」
「私もこのドレス…おかしくはありませんか?」
ミーアは少しモジモジしながら言い、シノンは俺の服の裾を少し掴みながら聞いてくる。
ミーアが着ているのは、朱色のドレスだ。少し大人しめのデザインだが、ミーアの顔立ちによく似合っていて、ミーアの可愛らしさが前面に出ていてよく似合っている。
シノンの方は、クリームっぽい白のドレスで、豊満な胸も強調されたデザインになっていて、それなのに、シノンの大人しめの、保護欲を掻き立てられる雰囲気とのギャップに、男は堪らないであろう。シノンも良く似合っている。
「ミーアもシノンも良く似合っているよ」
「「有難う御座います葵様!」」
声を揃え嬉しそうにしているミーアとシノンの後ろに、少し恥ずかしそうに立ってるステラ。
「…ステラもそのドレス…良く似合ってるよ」
「あ…有難う御座います…葵様…」
恥ずかしそうに若干赤くなっているステラが着ているのは、淡い紫色のシックなデザインのドレスだ。
元々落ち着いているステラの雰囲気に合っていて、知的な感じがより一層強く強調されているが、それを純血のワーウルフの特徴である、頭の上についた耳と、銀色のモフモフとした毛並みの良い尻尾の可愛さが絶妙なバランスを出していて、その魅力に引き寄せられそうになる。
「ねえねえ~エマは~?エマのドレスは似合ってる~?」
俺がステラに見蕩れていると、俺の服の裾を握って、ねえねえと聞いてくるエマ
「エマもとっても良く似合ってるよ」
「ほんと~?エマうれしい~!!」
そう言って嬉しそうにキャキャとはしゃいでいるエマ。
エマは真っ赤なフリフリの白いレースのついた、可愛いドレスを着ている。
その少し後ろで、グリーンの落ち着いたドレスを着ているレリアが申し訳なさそうに立っていた。
「平民であるこの私が…ヴァレンティーノ宮殿の晩餐会に出席出来るなんて…夢の様ですわ」
「だよね!オイラも初めてだから緊張しちゃってるよ!」
レリアの横に立ちマルコは、俺と色違いの礼服を着ている。
「ま~俺も晩餐会なんて初めてだから、マルコと一緒だよ」
苦笑いしている俺を笑っている一同。
俺達は案内役の後を付いていき、今夜開かれる晩餐会の会場までたどり着いた。
その建物を見て、マルガとマルコ、エマが声を上げる
「すごい豪華なのです~」
「うん!綺麗な彫刻も一杯あるし!」
「すご~い!おおきい~!」
マルガ、マルコ、エマの3人はキャキャとはしゃぎながら、その会場を見つめている。
「この会場は、迎賓や来賓をもてなす為の建物、バッカス宮ですわ」
「そうか…ステラ達は、このバッカス宮に来た事があるんだね」
「はい…ヒュアキントス様の一級奴隷だった時に…何度か連れてこられました」
言い難そうに俺に言うミーア。
「なるほどね。御曹司のヒュアキントスは招待客だったって訳ね…」
俺の苦笑いに、同じ様に苦笑いをしているミーアとシノン。
「と言う事は、ステラさん達は、今日ここに来る人達と、ある程度面識はあると言う事ですね?」
「はいリーゼロッテ様。私達は、一度会った人の顔と名前は忘れない様に、教育を受けていますので、安心して頂ければ宜しいかと」
少し得意げに言うステラに、優しく微笑みながらリーゼロッテが
「そうですか。それは心強いですわね。葵さんの傍で、来ている人を説明してあげてくださいね」
「わ…解りましたリーゼロッテ様」
優しく微笑みかけるリーゼロッテに、少しきつい目をするステラ。
「と…とりあえず、中に入ろうか。案内して貰えますか?」
俺の言葉に、ハイと返事をする案内役は、俺達を連れてバッカス宮に入って行く。
バッカス宮の中に入ると、綺麗な彫刻がいくつも飾られており、フカフカの真っ赤な絨毯が敷かれ、その細部までが、きめ細やかな細工がされている。
それをキョロキョロ眺めながら俺達は歩いて行くと、かなり広い空間に出る。
その目に入ってきた光景に、思わず我を忘れる。
3階までの吹き抜けには、沢山の金の装飾のされたシャンデリアが輝き、豪華な装飾のされた柱が、威厳を漂わせながら立っている。床には豪華な刺繍の施された、フカフカの絨毯が敷かれ、その上には、上等な料理の並んだテーブルが数多く並べられていた。
綺麗な弦楽器の音楽が流れ、その音楽を聞きながら、2000人以上は軽く居る人達が、楽しそうに会話をして、料理を食べ、ワインを飲んでいる。
元々広大な広さを誇るヴァレンティーノ宮殿でも、面積的には1番大きな建物かも知れない。
女王が座るであろう玉座が小さく見える位なのだから。沢山の人が居ても、狭く感じない。
俺は何処かの映画のワンシーンを思わせるその光景に見蕩れていると、案内役が軽く咳払いをする。
それに気がついた俺は、気恥ずかしく思いながらも、案内役の後に付いて行く。
「こちらが、葵様方のお席になります。こちらでお寛ぎ下さい。料理の方は、そこの侍女達に申し付けくだされば、お持ちいたしますので」
そう言って、綺麗にお辞儀をして、俺達の元を去っていく案内役。
俺達は、真っ白なテーブルクロスの敷かれた、テーブルに就くと、すぐに沢山の料理が運ばれてくる。
それを見た、マルガ、マルコ、エマが喜びの声をあげる
「凄いのですご主人様!物凄く美味しそうな料理が一杯なのです!」
「これもう食べていいの葵兄ちゃん!?」
「エマも食べたい~食べていいの葵お兄ちゃん?」
3人はまるでお預けを食らっている犬の様に、ねえねえと俺に聞いてくる。
「食べて頂いて結構かと思います。フィンラルディア式の晩餐会や夜会、舞踏会では、主催者は遅れて姿を表すのが慣習となっています。その間、招待された来賓方は、料理やお酒、音楽を聞きながら、寛ぐのが通例ですので」
ステラの言葉を聞いた、お預け犬3匹?は、瞳を輝かせて俺を見る。
「…では、遠慮なく頂いちゃってください」
「「「いただきます!!」」」
声をを綺麗に揃えたマルガ、マルコ、エマの3人は、料理に飛びつく勢いで食べていく。
その幸せそうな顔を見て、俺とリーゼロッテが微笑み合う。
「俺達も食べようか。リーゼロッテもレリアさんも料理を頂きましょう」
「そうですわね、折角のお料理ですし」
「私が…バッカス宮のお料理を食べれるなんて…夢の様です…」
レリアは少し涙ぐみながら、料理を食べ始める。リーゼロッテもレリアと一緒に料理を食べていく。
「ステラ、ミーア、シノンも好きな様に料理を食べなさい。これは『命令』です」
その言葉を聞いたミーアとシノンは、パアアと表情を明るくして、嬉しそうに料理を食べ始める。
そんな2人を少し呆れながら見ているステラも料理を食べ始める。
「しかし…ルチア王女様の専任商人になった葵様が、この様な席に案内されると言うのは…納得出来ません」
「何故?この席はダメなの?」
「葵様、このバッカス宮の玉座の方を御覧ください」
ステラの言葉に、女王が座るであろう玉座に目を向ける。
バッカス宮のこの大広間の一番奥には、全てを見渡せるであろう、少し高台になっている玉座の下には、6つの大きなテーブルが並んでいる。中央は開いており、沢山の人々がダンスをしても十分な広さがある。
中央をの除き、その6つのテーブルを順に、綺麗にテーブルがこちらまで並べられている。
中央付近の椅子の無いテーブルには、立食用の食べ物屋飲み物が置かれ、壁際には長椅子が置かれていて、気軽に座れる様になっている。
ちなみに俺達の席は、入り口を入ってすぐ右の一番奥の隅っこ。少し離れた通路に行くと、すぐにトイレに行ける所に席がある。
「この大広間の席順は決まっています。女王陛下の玉座のすぐ下には、六貴族の皆様方が座り、その後に、有名な貴族様方が順々に座る様になっています。貴族の皆様方のすぐ後には、商家や名家の方々が席をとられています。本来ならルチア王女様の専任商人である、葵様の席はそちら。貴族の方の次になります。この大広間で言うと、真ん中よりかなり玉座よりの中央付近に無いといけないはず…」
そう説明して、少しキュッと唇を噛むステラ。俺は人物の説明をして貰う為に、隣に座って貰っているステラの頭を優しく撫でながら、
「いや…多分ステラが思ってる様な事だけで、この席が決まった訳じゃないと思うよ?」
「で…ですが…」
「すぐに解りますわよステラさん」
少し納得の行かないステラに、優しく言う、俺の右隣りに座っているリーゼロッテ。
すると暫くして、料理を一杯食べて、飲み物も一杯飲んだであろうエマがモジモジし始める。
「お母さん~エマおトイレに行きたい~」
その声を聞いたレリアは、侍女の案内でエマとレリアをトイレに案内する。
「私も…行こうかな…」
「オイラも…」
恥ずかしそうに小声で言うと、エマとレリアと一緒にトイレに向かうマルガとマルコ。
「ね?トイレが近い方が良かったでしょ?ルチアもきっと俺達が本当に寛げる様に、この席にしてくれたんだよ。確かに体裁的に見たらアレかもしれないけど、俺達は別に気にしないしさ」
トイレに向かうエマ達を見て、クスっと可笑しそうに笑うステラは
「…その様ですね」
力の抜けた、優しい微笑みを俺に向けるステラ。そんなステラの頭を優しく撫でていると、辺りが少しザワザワと騒がしくなる。
その喧騒に俺達が振り向くと、数人の人達が俺達の席に近づいて来た。
「久しいな行商人の少年、葵よ。いや…今はルチア様の専任商人の、葵殿と呼んだ方が良いのか?」
そこには眼光の鋭い50台の男性が、俺に声をかけていた。
「ラ…ランドゥルフ様!?」
俺は驚きながら、慌てて挨拶をする為に席を立とうとして、ステラとリーゼロッテに肩を押さえられる。俺がリーゼロッテとステラに戸惑っていると、優しい男の人の声がする。
「晩餐会やテーブルに就いている時の挨拶は、座りながら頭を下げるのが礼儀なんだよ葵殿」
苦笑いしながらも、優しく微笑みかける美男子。
「アロイージオ様ではないですか!お久しぶりです!」
「お久しぶりだね葵殿にリーゼロッテさん」
「お久しぶりですわアロイージオ様」
俺が戸惑いながら挨拶している中で、にこやかに美しく挨拶をするリーゼロッテとアロイージオ。
「…リーゼロッテもどうやら息災であった様だな」
「はい…お陰様で。お久しぶりで御座いますランドゥルフ卿」
リーゼロッテの優しい微笑みながらの言葉に、フッと目元を緩めるランドゥルフ。
テーブルに残されている、ステラ、ミーア、シノンも、ランドゥルフとアロイージオに挨拶をしている。
「なるほど…この一級奴隷達が、あのド・ヴィルバン商組合、統括理事である、レオポルドの息子から奪った一級奴隷か…相変わらず楽しそうな生活を送っている様だな…葵よ」
「え!?…まあ…そこそこ…でしょうか?」
疑問形になりながらもニヘラと笑う俺を見て、フフッと楽しそうに笑うランドゥルフ。
すると、再度ザワザワと辺りが騒ぎ始め、誰かが近づいてきた。
「随分と楽しそうに会話をしているではないかランドゥルフ卿。私も話に混ぜてはくれまいか?」
その声に振り返ると、見覚えのある40代中頃の立派な髭を蓄え、眼光の鋭い偉丈夫が立っていた。
「ル…ルクレツィオ様!?」
俺は驚きながらも、頭を下げると、クスクスと言う笑い声が聞こえる
「葵殿は相変わらずですね。元気そうで良かったわ」
その声に振り向くと、ルクレツィオの護衛できているウイーンダルファ銀鱗騎士団の副団長のイレーヌが楽しそうに立っていた。
「ルクレツィオ様もイレーヌ様もお元気そうでなによりです」
俺の言葉に、フフッと優しく笑うルクレツィオと、楽しそうなイレーヌ。
俺はルクレツィオとランドゥルフを交互に見ながら、
「えっと…ランドゥルフ様とルクレツィオ様は…」
俺の言い難そうな言葉に、楽しそうな顔をするルクレツィオは
「私とランドゥルフ卿は、子供の時からの友人なのだ」
「…誰が友人だ!只の腐れ縁だろう?ルクレツィオ卿!」
ルクレツィオの言葉に、呆れながら嫌な顔をするランドゥルフ。それを見てアハハと笑っているルクレツィオ。
オオウ…この真逆の印象を受ける2人が、友人だったとは…
喋り方からして、かなり親しい様に感じるな。
俺がその様な事を思いながら、マジマジとルクレツィオとランドゥルフを眺めていると、
「所でルチア様から聞いたが、例の件、進める事にした。全て任せるが良い」
例の件…きっとルチアとバルテルミー侯爵家と一緒に売り出す、3品の生産場の事だと理解した俺は、
「はい!有難う御座いますルクレツィオ様!尽力しますので宜しくお願いします!」
俺の言葉を聞いて、ウンウンと頷くルクレツィオ。それを見たランドゥルフが不機嫌な顔をする。
「なんだ?また何か面白い事をするつもりなのか葵?」
「え…いや…ちょっと…」
「そう詰め寄るものではないと思いますぞランドゥルフ卿。今回は、私が少しルチア様に力をお貸しするだけの事。そうだな葵殿?」
「はい!ルクレツィオ様の言う通りです!」
ぎこちなく言う俺に、ずいっと顔を近づけるランドゥルフは
「…お前は予想に反して面白い事をする男だ。この私から、安くリーゼロッテを買った事も然り、アウロラ女王の目の前で、堂々と合法で金の密輸をしたり…お前は面白い…」
そう言って、凍る様な瞳でニヤッと微笑むランドゥルフに、背筋がゾクッする。
「まあ…次は私の所に面白い話を持って来い!今度は本気で相手をしてやるのでな!」
「はい!…き…機会があれば…」
ニヘラと笑う俺を見て、ククッと楽しそうなランドゥルフ。
そこにトイレに行っていた、4人が帰ってきて、ランドゥルフとルクレツィオを見て、マルガとマルコは、カチッと音がするくらい固まっている。
「「お…お久しぶりです…ルクレツィオ様!ランドゥルフ様!」」
カチカチになりながらも、可愛い頭をペコリと下げるマルガとマルコ。
ルクレツィオは優しく微笑み、ランドゥルフはウムと声を出す。
「ね~ね~このオジちゃん達は誰なの~葵お兄ちゃん?お友達なの~?」
トイレから帰って来た元気一杯のエマが、ルクレツィオとランドゥルフに向かって爆弾を投下した。
その言葉に辺りが騒然となる。マルガは咄嗟に、自分の後ろにエマを隠し、マルコと一緒に、ペコペコと頭を下げ、必死に謝罪する。
俺も立ち上がり謝罪しようとした時に、アロイージオの後ろに居たラウテッツァ紫彩騎士団、団長のコルネリウスがツカツカとエマの前まで行き、膝を折る。
「あの方々は、この栄えあるフィンラルディア王国に貢献されている、とても立派な方々だ。領地は違うとはいえ、あの方々のお陰で、お前達は安全に生活ができておる。それにオジちゃんはダメだ。バルテルミー侯爵家当主のルクレツィオ様とモンランベール伯爵家当主のランドゥルフ様だ。解ったか?」
「うん!エマわかった~!いつも守ってくれてありがと~るくれっちお様にらんどぅ~ふ様~」
そう優しく言ってエマの頭を撫でるコルネリウス。
そして、可愛い頭をペコリと下げるエマを見て、フフッと優しい微笑みをエマに向けるランドゥルフ。
それを、楽しげに見つめるルクレツィオの視線に気がついたランドゥルフは
「…私の顔に…何かついているかルクレツィオ卿?」
「いいや、何もついてませんなランドゥルフ卿?」
疑問に疑問で返すルクレツィオに、フンと鼻で言うランドゥルフ。
そして、アロイージオの傍に戻って来たコルネリウスにイレーヌが
「…随分とお優しいのですねラウテッツァ紫彩騎士団、団長のコルネリウス殿は」
「当たり前だ!国民や領民に慈悲深く接するのが、騎士団の役目であろう?忘れたか小娘!」
「そうでしたね。流石はラウテッツァ紫彩騎士団、団長のコルネリウス殿」
きつくイレーヌを見ているコルネリウスに、ニヤニヤしながら微笑んでいるイレーヌ。
そんな2人を見て、軽く溜め息を吐くランドゥルフは、
「…ではそろそろ行かせて貰う。また会おう行商人の少年葵よ!」
そう言って、豪華なマントを靡かせながら立ち去って行くランドゥルフ。
それを少し愉快そうに見ていた、ルクレツィオは、
「本当に相変わらずだなランドゥルフ卿は。では私もそろそろ行かせて貰おう。後の話は、私から使者を送るので、その者と話をしてくれ」
俺達は皆と挨拶をして別れる。その直後、椅子に倒れかける様に座り込むレリア。
「おか~さんどうしたの?どこか痛い?またおまじないする?」
「だ…大丈夫よエマ。ちょっと余りの事に、どうしようかと思っただけだから」
大きな溜め息を吐きながら、マルガから貰った水をグイッと飲むレリア。それを見た俺達は苦笑いをし合っていた。
そして、六貴族2人が居なくなって平和になって落ち着いた俺にステラが
「…驚きました。ルチア様やマティアス様以外に、ランドゥルフ様、ルクレツィオ様、アロイージオ様までとお知り合いだったとは…あの口ぶり…リーゼロッテ様とも何かあったのですか?」
「…昔の事ですわ…もう過ぎ去った昔の事…」
そう言って、嬉しそうに俺の腕に抱きつき、コテっと頭をもたれかけさせる、可愛すぎるリーゼロッテ。俺達は食事を再開しながらゆっくりしていると、何やら俺達の周りで喋り声が聞こえて、沢山の人々の視線を感じる。
「なんだろ…なんか人の視線を感じるんだけど…」
「それは仕方ない事で御座います葵様。六貴族である、バルテルミー侯爵家当主ルクレツィオ様と、モンランベール伯爵家当主ランドゥルフ様が、この様な末席に自ら足を運ぶなど、まずありえない事でしょうから」
「それはそうですわね。私達がどの様な人物か、噂をしたり、見てみたくなっても、不思議ではありませんね」
リーゼロッテの言葉に頷くステラ。
まあ…確かにそうだよな。あの2人がここに来る…と言うか、知り合いな事自体がおかしな事だもんな。噂になっても仕方ないか…
軽く溜め息を吐きながら、皆と食事をとっていると、一人の男が近寄ってきた。
その男は、40台後半だが、なかなかの男前で、スラリとした上品な男であった。その男は、俺をマジマジと見つめると、顎に手を当てて、フムと頷く。
「えっと…俺に…何か用ですか?」
その男にぎこちなく聞くと、俺から視線を外し、感情の篭っていない声を出す。
「…ヒュアキントスの一級奴隷をやめた途端、私には挨拶は無しか?ステラ、ミーア、シノン?…随分と偉くなったものだな」
その声を聞いたステラ、ミーア、シノンの3人は、軽く震えながらバッと立ち上がり、その男に深々と頭を下げながら、
「「「ご機嫌麗しゅう御座います!!レオポルド様!!!」」」
一糸乱れぬ挨拶をする、ステラ、ミーア、シノンの3人。
その名前を聞いた俺は、ステラ、ミーア、シノンの怯え方に納得する。
「…ステラ、ミーア、シノン、そこまで畏まる必要は無いよ?すぐにテーブルに就いて、普通に食事を再会しなさい」
「で…ですが…葵様…」
「これは『命令』です。座って気楽に食事を再開しなさい」
俺の優しく宥める様な命令に、戸惑いながらも命令に従い、食事を再会するステラ、ミーア、シノン。
「…俺の奴隷に、勝手に命令しないで貰えませんか?この奴隷達は、勝負に負けた、貴方の息子から所有権を奪い取って、既に俺の物なので」
にこやかに言う俺の言葉に、少し眉をピクッとさせるレオポルド。
「なかなか言うではないか。私をド・ヴィルバン商組合、統括理事である、レオポルド・セザール・ダヴィド・モントロンと知っての事と理解して良いのかな?」
「そうですね。あの天才的商才を持つヒュアキントスの父上でもある事を理解していますよ?…今彼は何をしているのですか?この晩餐会には、招待されていない様ですが?」
にこやかに微笑む俺を見て、フフッと笑うレオポルド。
「流石にあれだけの事を堂々とするだけの事は有る様だね葵殿は。少し普通とは違う様だ。あのヒュアキントスが破れてしまうのも不思議では無いのかも知れませんな」
「その様な事はありませんよ。たまたま勝てただけですよ」
「…たまたまですか。ハハハ!たまたまでヒュアキントスは負けたのですな!」
可笑しそうに笑うレオポルドに、俺は若干戸惑う。
「いやいや増々気に入った!今までのことは済まなかったね葵殿。謝罪させて貰おう」
そう言って、深々と頭を下げるレオポルド。再度辺りがザワザワとし始める。
「いえ…もう済んだ事なので。俺も何も思っていませんから」
「そうか…そう言って貰うと助かるよ」
ニコッと隙のない笑顔を見せるレオポルド。
「今回の件は、全て息子のヒュアキントスに任せていたとは言え、一度葵殿に会って謝罪したかったのだよ。お互い商売人だ。忘れてくれとは言いませぬが、遺恨を残さない様にしたくてね」
そう言って、再度、深々と頭を下げるレオポルド
「いえ…本当にもう結構ですから。気にしないで下さい」
「感謝します葵殿。では、皆さんの邪魔をするのも心苦しい。私はこの辺で失礼させて貰いましょう」
そう言って立ち上がったレオポルドは、皆に綺麗にお辞儀をする。
「そうそう…もし、葵殿が商組合に入られていないなら、是非私達の商組合、ド・ヴィルバン商組合に入会に来て下さい。葵殿なら、幹部クラスで迎え入れましょう。融資もその辺の商組合には真似出来ない額を用意させましょう。ド・ヴィルバン商組合、統括理事としてお約束します。是非お考え下さい。では…失礼…」
再度深々と頭を下げて、自分の席に帰っていくレオポルド。
「…息子であるヒュアキントスとは随分と違う感じがするね葵兄ちゃん」
「そうですね…少なくとも、酷い事は言いませんでしたね」
ヒュアキントスとは対照的に、物腰の柔らかそうなレオポルドに戸惑っているマルガにマルコ。
「…まあ、見た目だけを信じちゃダメっぽいかもだけどね…」
俺はまだ少し身体を強張らせているステラの頭を優しく撫でる。
「ステラ、ミーア、シノンは、既に俺に所有権があり自由の身に近い。何も心配しなくてもいいし、あの親子に恐怖をする必要もない。何か有ったら、俺が君達を守るから…安心して」
宥める様に言う俺の言葉に、涙ぐんで居るステラ、ミーア、シノン。
マルガとマルコもミーアとシノンに、大丈夫だよ!と優しく言って微笑んでいた。
そんな和んでいる、俺達のテーブルで、不自然な声が聞こえる。
「そうよ~。あんな奴、信じちゃダメよ~。アイツはろくな奴じゃないんだから~」
俺の隣からした声に振り向くと、隣に座っていたはずのリーゼロッテと俺の間に、いつの間にか自然と入り込んで、椅子に座って料理を食べながら喋っている女性が居た。
艶かしいプロポーションの、美しい女性だ。歳の頃は…20代後半位。美しい赤み掛かった金髪に、柔らかそうな肌。その妖艶な顔立ちは、マルガやリーゼロッテにも引けを取らないであろう。
太ももの付け根までスリットの入った、美しい刺繍の入った黒のドレスを着て、その美しい足を見せびらかす様に組んでいる。
その美女に見蕩れていると、妖艶な男を誘う様な微笑みを俺に向ける美しい女性。
「な~に?坊やは私に見惚れてるの?可愛いじゃない~」
そう言いながら、俺に抱きつく美しい女性を見て、若干一名がテテテと席を立って走り寄ってきた。
「あ…貴女はどちら様なのですか?ご主人様とはどういった関係なのですか!?」
アワアワマルガになっているマルガを見て、クスっと笑う美しい女性。
「私はこの葵ちゃんの恋人よ?」
「「「「「「ええええええええええ!?」」」」」」
一同が声を上げる。当然その中に、俺も入って居るのは言うまでもない。
それを楽しそうに見ている、美しい女性は、俺に顔を近づけ、
「私の名前はメーティス。よろしくね葵ちゃん」
そう言って、頬に軽くキスをするメーティスと名乗った美しい女性。
アワアワマルガが、更にアワアワしていて、俺も皆も戸惑っている中、女性が指をさす。
「ほら!この栄えあるフィンラルディア王国の女王陛下のお目見えよ!皆起立して!」
メーティスの言葉に起立をする俺達。辺りを見回すと、同じ様に起立していた。
そんな戸惑っている中で始まる、アウロラ女王の挨拶。俺はこの謎のメーティスという女性に腕組みされながら、晩餐会はまだ終らない事を、頭の中で考えていた。
俺達は全員出席する事にしたので、人数的に荷物を宿舎に運ぶより、王宮で着替えた方が早いだろうとルチアの使いの者の提案で、昼刻1の時(午後1時)位に迎えの馬車をよこしてくれる事になった。
晩餐会までは、王宮の客室で寛ぐ事にした。夜に開かれる晩餐会まで時間もあるし、ルチアと相談したい事もあったので丁度良い。
「マルガもリーゼロッテも準備出来た?」
「ハイ!準備出来ました!ご主人様!」
「私も準備出来ましたわ葵さん」
俺達の広い部屋で、可愛いメイド服に着替え終わったマルガにリーゼロッテ。
いつもと同じ様に、俺に微笑んでくれている。
『う~ん。本当に何時も通りだ…その何時も通りが…逆に…』
俺はマルガとリーゼロッテを見つめながら、心の中でそう呟く。
この宿舎に住む様になってから3日。
初めての日以外は、あの獣人美少女3人娘のステラ、ミーア、シノンが、湯浴み場で奉仕してくれる。
ステラ、ミーア、シノンには、そんな命令をしていないのに、奉仕をやめようとしないし、マルガやリーゼロッテも、何故かその事に対して何も言わない。それどころか、昨日の湯浴み場は大変な事になっていた。
俺とマルガ、リーゼロッテが湯浴み場に入り、湯船に浸かって居ると、例の獣人美少女3人娘のステラ、ミーア、シノンが、さも当然の様に一糸纏わぬ姿で入って来て、マルガやリーゼロッテが居るのにも関わらず、俺に奉仕を始めたのだ。
獣人美少女3人娘のステラ、ミーア、シノンの可愛さに勝てる訳もなく、そのままエッチッチーな事をしている俺達を、マルガはお風呂の縁をカリカリと噛み、ウウウと唸りながら見ていて、リーゼロッテは涼やかな微笑みを湛えながら、情事にふける俺達を見ていた。ルナは気持ち良さそうに湯船をスイスイ泳いでいたのには笑ったけど。
兎に角、どう言う事なんだろう?
マルガやリーゼロッテは、俺が他の女の子とのエッチッチーな事をしているのを、どう思ってるんだろう?
俺が他の女の子とエッチッチーな事をしているのを見て、エッチッチーは気分になってるんだろうか?
そんな高等なプレイ、オラでも目覚めていないのに、オラより先に大人の階段を登っちゃったの?マルガちゃんに、リーゼロッテちゃん!?
まあ…湯浴み場から部屋に帰ってからの、マルガとリーゼロッテのおねだりの可愛さと言ったら凄かったけど…
可愛すぎて、一杯犯しちゃったから、軽く寝不足気味なオラなのです。
「ねえマルガ、リーゼロッテ。何故、湯浴み場でステラ、ミーア、シノンが俺に奉仕しているのを、黙って見ているの?マルガやリーゼロッテは…それでいいの?」
俺は直球をマルガとリーゼロッテに投げかけてみた。
すると、マルガは慌てながらアワアワマルガになって、リーゼロッテはいつもと変わらぬ優しい微笑みを湛えている。
「あ…えっと…その事は…あの…その…どうしても…言わないと…ダメですか?」
マルガは両手の人差し指をチョンチョンと合わせて、俺をチラチラと見ながら、言い難そうにモジモジしている。俺への忠誠の気持と、俺に対しての大好きな気持、そこに、何かの理由で俺に対して言えないもどかしさが折り重なって、いつもよりアワアワマルガになっている。
俺は余りにもアワアワしているマルガが可笑しくなって、プッと吹いてしまうと、恥ずかしそうにモジモジしている。
「…もういいよマルガ。どうしても言い難い事なら、無理に言わなくてもさ」
俺はマルガの頭を優しく撫でながら言う。
まあ…俺には解らないが、何か言えない理由が有るんだろう。
マルガやリーゼロッテが、俺に不利益な事をする事は、絶対にありえない。
マルガとリーゼロッテにどんな思惑が有るかは解らないけど、2人がそうしたいなら、そうさせてあげよう。
…マルガとリーゼロッテは何時も俺の事を考えてくれてるんだ。これ位の隠し事、2人にさせた所で、バチは当たらないと思うし。
そんな俺の言葉を聞いたマルガは、ギュッと俺に抱きつくと
「ご主人様大好きです!やっぱり、ご主人様は優しいのです~!」
満面の微笑みで俺に嬉しそうに抱きついているマルガは、尻尾をブンブン振っている。
「…やっぱり、私達の葵さんですわね。私も大好きですわよ葵さん」
リーゼロッテが反対側の腕に抱きつき、俺の頬に優しくキスをする。
「まあ…リーゼロッテやマルガの考える事なら、俺は問題無いと思うしさ。俺も大好きだよマルガ、リーゼロッテ」
マルガとリーゼロッテの乙女の柔肌を感じて、その男を誘う様な甘い香りに包まれて幸せを感じる。
「とりあえず、皆待ってるし、1階の寛ぎの間に行こうか」
俺の言葉に、微笑みながら頷くマルガとリーゼロッテと一緒に、1階の寛ぎの間に向かう。
すると、寛ぎの間の前で、獣人美少女3人娘のステラ、ミーア、シノンが待っていた。
俺達を見つけて、近寄ってくる3人。
「「おはよう御座います葵様~」」
声を揃えて挨拶をしてくる、ミーアにシノン。
ミーアは恥ずかしそうに俺の腕を握り、シノンも恥ずかしそうに、モジモジしながら俺の服の袖を掴んでいる。その可愛さに、思わずドキッとしてしまう。
「おはようミーア、シノン。今日も可愛いね」
俺は優しくミーアとシノンの頭を優しく撫でると、ミーアもシノンも尻尾を軽く揺らしながら、頬を少し赤らめていた。その中で、軽く咳払いをするステラは、俺の前に立ち、深々と頭を下げる。
「葵様おはよう御座います。今日は葵様に是非見て貰いたい物があって、ここで待っていました」
綺麗にお辞儀をしたステラは、懐から数枚の羊皮紙を取り出し、俺に差し出す。
「これは、私達が考えた、学院で売り出したらどうかと思われる品を、書き綴った物です。是非、葵様に見て頂きたくて…」
ステラは真剣な眼差しで、俺に数枚の羊皮紙を手渡す。俺は手渡された羊皮紙の内容を確認する。
その数枚の羊皮紙は、酷くヨレヨレになっていた。恐らく何度も何度も書き直す為に、洗ったのだろう。
『なるほど…確かに良く考えられている。でも…良く考えられているが…地球の勉強をして、地球の知識を持っているリーゼロッテには…遠く及ばないね。それは仕方の無い事だけど…』
俺は羊皮紙に目を通すと、それをリーゼロッテに手渡す。リーゼロッテも同じ様にその数枚の羊皮紙に目を通していた。
「ありがとねステラ、ミーア、シノン。参考にさせて貰うよ」
俺はミーアと、シノンの頭を優しく撫でながら言うと、ミーアとシノンは嬉しそうに尻尾を振っていた。
そして、リーゼロッテに目で合図をすると、軽く頷くリーゼロッテは、その数枚の羊皮紙をアイテムバッグにしまう。
それを見たステラは、少し唇をキュッと噛み締めていたが、すぐにいつもの表情に戻る。
「…よろしくお願いします葵様…」
そう言って、寛ぎの間に入って行こうとするステラの後ろ姿が気になって、思わずステラの手を握り引き止めた。
「…どうなされたのですか葵様?」
ステラは少し戸惑いながら俺を見る。
「…いや…その…ステラもそのメイド服似合ってて…可愛いなって…」
俺は気恥ずかしく少し頭をかきながら言うと、少し顔を赤らめているステラは、軽く咳払いをすると
「あ…ありがとう御座います葵様…」
少し視線を外しながらも、若干嬉しそうなステラを見て、何となくホッとした俺
「じゃ皆と合流して、ヴァレンティーノ宮殿に向かおうか。そろそろ迎えの馬車も来る事だし」
俺の言葉に頷く一同。俺達は用意を済ませて、ヴァレンティーノ宮殿に向かうのであった。
ヴァレンティーノ宮殿に到着した俺達は、来客用の食堂で昼食も済ませ、それぞれに与えられた客室に別れて、ゆっくりと寛いで居た。晩餐会迄はまだかなりの時間がある。時間に近づいたら、侍女や執事が俺達の準備をしてくれるみたいなので、安心して寛ぐ事が出来る。
客室でマルガとリーゼロッテと、他愛のない話をしていると、扉がノックされ人が入ってきた。
扉の方に視線を向けると、そこには綺麗に着飾ったルチアと、純白のフルプレートに身を包み、純白の高貴なマントを靡かせているマティアスの姿があった。
「よく来たわね葵。今日はゆっくり寛いで、楽しんで行きなさい」
「…フィンラルディア王国の中枢、ヴァレンティーノ宮殿で行われる晩餐会で、寛げるか少し疑問だけどね」
俺が苦笑いしながら言うと、フフッと軽く笑うルチアは
「大丈夫よ。今回は選定戦の時の様な事は無いわ。定期的に親睦を深める事で行われる、定例晩餐会、夏の会だから。確かに、私の専任商人になった貴方に近づこうと、人は寄って来るかもしれないけどね。それは避けれない事だから、葵の方で慣れて貰うしかないわね」
「確かにルチアさんの言う通りですわね。こう言う催しにも、私達は慣れて行かないと行けませんし。そう言う意味では、丁度良かったのかも知れませんね」
ルチアの説明に、涼やかに微笑むリーゼロッテ。互いにゾクっとする様な含み笑いを浮かべている。
「とりあえず葵は、いつも通りにしていれば大丈夫よ。…前の選定戦の時の様に、我を忘れなければね」
「解ってるよルチア。俺だってその事はきちんと考えてるからさ」
「ま…エルフちゃんも色々考えてくれてそうだし、安心出来そうね」
「はい。もう二度と、あの様な事はさせませんので、安心して下さいルチアさん」
リーゼロッテの微笑みながらの言葉に、フフッと楽しげに微笑みルチア。
「それとさルチア。ちょっと相談があるんだけどさ。今って時間有る?」
「時間なら有るわよ。何なの?言ってみなさいよ」
「じゃ~まずは、これを見て欲しい」
俺はアイテムバッグから、3つの物を取り出し、テーブルの上に置く。
それを興味有りげに見つめる、ルチアとマティアス
「何これ…1つ目は…これは羊皮紙かしら?…ううん…違うわね。羊皮紙よりゴワゴワしてるし、材質が違いそうね。2つ目は…黒い物が木の板の間から出てるけど…。最後の…この木で出来た、ジャラジャラした木の細工は何?初めの羊皮紙もどきは兎も角、あとは何に使う物なの?」
ルチアはテーブルに並べられた3品をマジマジと見つめながら、何に使うのかを考えている様であった。
「それは、わら半紙と鉛筆、最後のジャラジャラした木の細工は、算盤と言う物なんだよ」
「わら半紙に鉛筆、それに…算盤ね…。これが私にお願いしたい事に繋がるの?」
「うん。ルチアは当然知ってると思うけど、俺はグリモワール学院内で、商売を許可されているだろ?この3つの商品を、グリモワール学院で売りだそうと思ってるんだ」
俺の説明に、ふ~んと声をだすルチア。
「とりあえず、この商品の説明をしてくれる?これはどんな物なの?」
「うん。じゃ~初めはこのわら半紙から説明するよ。これは羊皮紙の様に、物を書いたりする物なんだけど、素材は羊皮紙の様に動物の革じゃなく、植物…藁から出来ているんだ」
「え!?このわら半紙って言うのは、藁から出来てるの!?」
俺の説明に、驚いているルチア。
俺達は昨日、ルチアに見せる試作品を、宿舎で作っていたのだ。
わら半紙に、鉛筆に、算盤。皆で手分けして作ったので、大した難しさもなく、意外と早く作れた。
鉛筆の芯だけは、鍛冶屋で焼いて貰って、水で冷やして油につけたりしたが、それ以外は概ね手際よく出来たのだ。
まあ…器用な指先のレアスキルを持つリーゼロッテが、殆どやってくれたのは言うまでもないけど。
「うん。このわら半紙は、藁から出来ているんだ。ある特殊な作り方があるんだけどね。それは試作品だからゴワゴワしてるけど、色んな調整をしてやれば、割りと綺麗な紙まで持っていけるよ」
俺の説明に、再度マジマジとわら半紙を見つめるルチア
「しかも、そのわら半紙は、理屈的には、羊皮紙の10分の1以下の価格で、大量に作る事が出来るんだ。まあ…羊皮紙の様に丈夫じゃないし、水には弱いけど、価格の安さと量産性では、羊皮紙には負けない。羊皮紙は洗って何度も使うけど、このわら半紙は使い捨ての、気軽に使える物と、考えていいね」
俺の説明に、頭の回転の早いルチアは、瞳をキラリと光らせる。
「凄いじゃない葵!このわら半紙が普及すれば、色々な事が出来るわね!他の商品も早く説明しなさいよね!」
少し興奮気味のルチアが、俺にねえねえとせがむ。
「わ…解ってるから落ち着いてルチア。じゃ~次はこの鉛筆ね。これは物を書く物なんだ」
俺は鉛筆を手に取って、わら半紙に文字を書いていく。それを見たルチアは再度驚く。
「何これ!?インクもつけずに文字が書けるの!?」
「うん。この鉛筆はね、文字を書くこの黒い芯を、黒鉛と粘土を混ぜて作ってるんだ。黒鉛は手に墨みたいにつくでしょ?それを利用して、文字を書ける様にしているんだ。鉛筆の芯が折れたり、無くなったら、木の部分を削ると、また芯が出てくるから、書く事が出来る。手軽に使えるって感じだね」
説明を聞いて、俺の手から鉛筆を奪い取ったルチアは、わら半紙に鉛筆で文字を書いて、感動している。
そして、最後に残された算盤を見て、瞳をキラッと輝かせるルチアは
「最後の…この算盤?これの説明を、早くしなさいよね葵!」
算盤を手に持ち、ジャラジャラさせながら言うルチアが可笑しくてプッ吹くと、プクッと頬を膨らませるルチアを宥めながら
「ごめんごめん。この最後の算盤は、実際に使っている所を見て貰った方が早いね。リーゼロッテ、マルガ、お願い」
「ハイ!解りましたですご主人様!」
「了解ですわ葵さん」
リーゼロッテが椅子に座り、テーブルの上で算盤を構える。
「じゃ~これから数字を言っていくから、ルチアは数を足して行って。リーゼロッテも算盤を使って同じ事をするから。じゃ~マルガお願いね」
「ハイ!ご主人様!リーゼロッテさんもルチアさんも準備は良いですか?」
マルガの声に頷くリーゼロッテにルチア。
「では行きます!…ご破算で願いましては~1958673也~396859也~」
マルガは予め練習用に用意していた数字を、早口で言っていく。それをパチパチと算盤を指で弾いていくリーゼロッテと、腕組みをしながら頭の中で数を足していくルチア。早口で言うマルガと、結構な数を足していくルチアは、次第に表情に余裕がなくなってくる。そして、マルガが最後まで数字を言い切り、結果を発表する時が来た。
「じゃ~ルチアにリーゼロッテ、答えを発表してくれる?」
その言葉に、若干顔を引き攣らせているルチアと、ニコッと微笑むリーゼロッテ。
「答えは…195867490283よ…」
珍しく瞳の泳いでいるルチアは、小さな声で言う。
「リーゼロッテの答えは?」
「195867585637ですわ葵さん」
「マルガ…正解は?」
「正解は195867585637ですご主人様!リーゼロッテさんが正解です!」
その言葉を聞いて、明らかに不機嫌そうな顔をするルチアはフンと鼻で言うと、マジマジと算盤を見つめる。
「この算盤って物凄いわね。私も計算は得意な方だけど、あんなに早く言われた数字を足していくのは流石にキツイわ。これって…誰でも使える物なの?」
「うん。きちんと練習すれば、誰にでも使えるよ。この算盤は計算補助器具って物で、独特の珠算って言う計算の仕方があるんだ。凄く慣れた人なら、実際に算盤を使わずに、頭の中に算盤を想像して計算しちゃう位なんだ。俺はこの算盤と、計算の仕方をセットで売りだそうと思ってるんだ」
「確かに凄いわねこの算盤は。計算補助器具ね…」
ルチアは腕組みをしながら、算盤を指で軽く弾いている。
まあ…あの計算で、途中までついてきていたルチアにはビックリだけどね。流石は天賦の才能のレアスキルの持ち主。リーゼロッテも短い期間で算盤を完全に使いこなせているのも、レアスキルの器用な指先のお陰。…本当にレアスキルは凄いね…
「とりあえず、算盤の凄さも解ってくれたと思うけど、この3つの品…ルチア的に見てどう思う?」
「…素晴らしいの一言ね。どれもこれも、今までにこの世界に無かった物。わら半紙は色んな使い方が出来きそうだし、鉛筆も簡単に文字が書けるのがいいわね。算盤に至っては…その計算方法が色んな学問で生かされそうだし…どれも売りだせば、もの凄く売れる可能性が有るわね。後は…どれ位売り出せるかと、その有用性を訴えられるかね」
「ま~ね。とりあえずは、グリモワール学院での売上を見て、広めて行くのがいいかもね。広めるのにはアテがあるから、そこに頼めるかも知れないしね。でも、問題があって、ルチアに協力をして欲しくてさ」
その言葉を聞いたルチアは、小悪魔の様な微笑みを湛えると
「ふ~ん。葵が私に協力ね~。…どんな事なの?」
「うん、この3つの品物は、なかなか良い物だと解って貰えたと思うけど、俺達にはこれらを量産出来る施設や資金が無いんだ。俺はまだ商組合にも入って無いから融資も受けれないしね。だから、その辺を協力して貰えないかと思ってさ」
俺の言葉を聞いたルチアは、考えながらフンフンと頷くと
「つまり…私に融資して貰って、その3つの品物を作るた為の生産場を作りたいって事?」
「ちょっと違うんだよね。確かに、この3つの品物を作る生産場を作って貰いたいんだけど、俺はその生産場を自分の物にしたい訳じゃないんだ」
「生産して自分で売りたいんじゃないの?じゃあ…どうしたいの?」
少し意外な言葉を聞いたルチアは、不思議そうな顔で俺を見つめていた。
「俺はね、この3つの商品に関しては、生産者じゃなくて、販売者になりたいんだ」
「…と言う事は…私に生産場を任せて、貴方は販売での利益だけを上げたいって事?」
「そういう事。理由は…一応こちらの世界で作れてもおかしくない物を選んでいるけど、俺達が開発者だって事は、秘密にして貰いたいんだ」
理由を聞いたルチアは、腕組みをしながら俺を見ると
「…なるほど。なるべく情報源が貴方達だって事は隠したい訳ね」
「そうなんだ。このわら半紙や鉛筆、算盤は世界中に広まって行くと思う。それこそ製造法を知ったら、あちこちで大量に作られる事になると思うんだよね。そうなると、莫大な利益が生まれる。じゃあ、その莫大な利益を生み出したのは誰って事になるでしょ?」
「…確かにね。貴方の持っている情報の貴重さを隠したい訳ね…その方が安全ね。解ったわ。葵の提案を受けてあげる」
フフッ笑うルチアは俺に少し近づいて
「でも葵はどこで儲けるつもりなの?」
「俺はルチアから、優先的に3つの商品を、優先的に、少し相場より安く仕入れれる権利を貰う。取引量や価格はその時の相場を見て相談する。わら半紙や鉛筆は消耗品だからね。安定して利益が上げれそうだしさ」
俺の言葉を聞いたルチアは、フフッと可笑しそうに笑うと
「解ったわ。その条件で行きましょう。でも…私だけじゃ怖い所も有るわね…マティアス、この話にバルテルミー侯爵家も噛む事は出来るかしら?」
「そうですね…利益の上がる物で、ルチア様との共同であれば、父も賛同すると思います」
「解ったわマティアス。葵もそれでいいかしら?」
「うん構わないよ。むしろバルテルミー侯爵家が話に加わってくれるなら、色々と助かりそうだしさ」
俺の言葉にウンウンと頷くルチアとマティアス。
「初めは、グリモワール学院内部だけで販売して、動向を見ながら外に流して行こうと思う。生産場の規模や生産量は、ルチアに任せるよ。最低、グリモワール学院で売れて少し余る位の量が有れば、とりあえず俺は利益を上げれるからさ」
「解ったわ。その辺はバルテルミー侯爵家と話をするわ。で、この3つの商品を作るのに、どんな物がいるの?それと、製造法も知りたいわ。この算盤は見たままで作れるけど、わら半紙と鉛筆は、解らないしね」
ルチアのその言葉を聞いたリーゼロッテが、アイテムバッグから数枚の紙を取り出す。そして、その数枚の紙をルチアに手渡す。
「それに、3つの商品の詳しい製造法が書いてあります。どれも難しい物ではありませんので、説明しますね」
リーゼロッテの言葉に頷きながら、ルチアは手渡された紙を見ながら説明を聞いていく。
わら半紙も鉛筆もこの世界の技術でも、少しも難しくなく作る事が出来る。
わら半紙は、ます、藁を出来るだけ細かく切る。その切った藁を鍋に入れ、草木灰から作れる、灰の上澄み液で煮て繊維を解す。解した繊維を洗って、繊維を網で濾して乾燥。これで完成だ。
重曹の代わりに草木灰の上澄み液で煮ているので、多少時間が多く掛かるが、草木灰は重曹に比べ手軽に手に入る。重曹など作ろう物なら、大きな工場が必要になるしね。
「それと、この藁を煮た液体は、川に流さないで下さい。自然を破壊してしまう恐れがあります」
「じゃ~どうすればいいの?」
「はい、残った液体は、そのまま煮詰めて下さい。そうすると、残りカスだけになります。それを集めて焼いていくと、ガラスが出来上がります」
「ええ!?植物の灰からガラスが出来るの!?」
「うん。ま~副産物だけど、しっかりとしたガラスが出来る。わら半紙を量産したら、そこそこの量のガラスも取れるから、出来たガラスを売って、また藁や草木灰を仕入れれば、原価を下げれると思うよ」
「いい事ずくめじゃない!藁と草木を燃やした灰なんて、いくらでもあるし、ここは水も豊富にある。そこにガラスまで出来るなんて…」
瞳を輝かせるルチアに、リーゼロッテが鉛筆の作り方を説明していく。
鉛筆は芯さえ作れれば、さして難しくはない。
その芯も、この世界に大量にある、黒鉄を作る時に使う、黒鉛を粘土と混ぜて、高温で焼き上げ水で冷やし、油につければ、芯は出来上がりだ。後は削った木に芯を挟み込んで、木を膠で接着すれば完成。この世界には鉄を作る技術もあるし、魔法もある。俺達も昨日作ってみて、意外と簡単に作れたのでビックリした位だ。
「算盤は見たままだから、職人さんに頼めばすぐに出来るよ。わら半紙も鉛筆も、質を研究しながら作っていくと、早く、良い物が作れる用になるしさ」
「解ったわ。後はバルテルミー侯爵家と話をしてやってみるわ。…40日時間をくれる?生産場を作って、人や物を用意して、作り方も教えこまないとダメだからね」
「いいよ。後…もう一つお願いが有るんだ」
俺の言葉に、なに?と聞き返すルチアの前に、少しモジモジしながらマルガは立つと、ルチアに少しヨレヨレの紙を手渡す。
「それはマルガからのルチア達へのお願いが書いてあるんだ。出来ればその通りにしてやって欲しい」
マルガから手渡された紙を見て、ルチアとマティアスが優しく微笑み合う。
マルガの渡した紙には、二級奴隷や、三級奴隷の扱いについて書いてある。
食べ物は栄養のある、普通の食べ物を与えてあげる事。暴力はなるべく与えないで欲しい事。
女の奴隷達が犯されずに、安全に暮らせる事。衛生的に暮らせる様にしてやって欲しい事。
昔はマルガも、生産場で三級奴隷として働かされてきた。その時の辛さは、骨身にしみて解っている。
なので、こうして欲しいと、俺におねだりしていたのだ。
「解ったわキツネちゃん。原価は上がるけど、この様にするから安心しなさい」
「ありがとうですルチアさん!」
ルチアに嬉しそうに抱きつくマルガの頭を、優しく撫でているルチア。
「これで話は全て決まりましたね。後の細かい所は、随時相談でよろしいですかルチアさん?」
「ええ構わないわよエルフちゃん。マティアスもそれで問題ないでしょう?」
「そうですね。細かい打ち合わせはまたしないとダメでしょうが、とりあえずは、これで問題は無いかと」
ルチアの言葉に頷くマティアス。
「じゃ~私は早速打ち合わせと、用意を始めるから。貴方達も夜の晩餐会まで、ゆっくりとしておきなさい」
「お言葉に甘えて、そうさせて貰うよ」
ルチアと挨拶を交わし別れた俺達は、晩餐会までゆっくりと過すのであった。
時刻は夕暮れ。真夏の眩しい太陽は大きく傾き、その色を朱色に染め鮮やかな夕焼けが空を彩っている。侍女たちのお陰で準備の出来た俺達は、晩餐会の会場に向かうために部屋を出ようとしていた。
「マルガもリーゼロッテも凄く可愛いよ」
俺の言葉に、頬を赤らめているマルガとリーゼロッテ。
この晩餐会用に、ルチアが用意してくれたドレスを見事に着こなしている。
マルガは、淡いピンクのフリルのついた可愛いドレスだ。幼女体型のマルガに非常に良く似合っている。
リーゼロッテは鮮やかな水色の、気品の有るドレス。凛としているリーゼロッテの雰囲気と、綺麗な金髪と合っていて、超美少女のリーゼロッテを引き立たせていた。
俺は右にマルガ、左にリーゼロッテに腕組みをされ、案内役について部屋を出ると、そこには皆が待っていた。俺に腕組みしているマルガとリーゼロッテを見て、ミーアとシノンが近寄ってきた。
「葵様…この…ドレス…私に似合っていますか?」
「私もこのドレス…おかしくはありませんか?」
ミーアは少しモジモジしながら言い、シノンは俺の服の裾を少し掴みながら聞いてくる。
ミーアが着ているのは、朱色のドレスだ。少し大人しめのデザインだが、ミーアの顔立ちによく似合っていて、ミーアの可愛らしさが前面に出ていてよく似合っている。
シノンの方は、クリームっぽい白のドレスで、豊満な胸も強調されたデザインになっていて、それなのに、シノンの大人しめの、保護欲を掻き立てられる雰囲気とのギャップに、男は堪らないであろう。シノンも良く似合っている。
「ミーアもシノンも良く似合っているよ」
「「有難う御座います葵様!」」
声を揃え嬉しそうにしているミーアとシノンの後ろに、少し恥ずかしそうに立ってるステラ。
「…ステラもそのドレス…良く似合ってるよ」
「あ…有難う御座います…葵様…」
恥ずかしそうに若干赤くなっているステラが着ているのは、淡い紫色のシックなデザインのドレスだ。
元々落ち着いているステラの雰囲気に合っていて、知的な感じがより一層強く強調されているが、それを純血のワーウルフの特徴である、頭の上についた耳と、銀色のモフモフとした毛並みの良い尻尾の可愛さが絶妙なバランスを出していて、その魅力に引き寄せられそうになる。
「ねえねえ~エマは~?エマのドレスは似合ってる~?」
俺がステラに見蕩れていると、俺の服の裾を握って、ねえねえと聞いてくるエマ
「エマもとっても良く似合ってるよ」
「ほんと~?エマうれしい~!!」
そう言って嬉しそうにキャキャとはしゃいでいるエマ。
エマは真っ赤なフリフリの白いレースのついた、可愛いドレスを着ている。
その少し後ろで、グリーンの落ち着いたドレスを着ているレリアが申し訳なさそうに立っていた。
「平民であるこの私が…ヴァレンティーノ宮殿の晩餐会に出席出来るなんて…夢の様ですわ」
「だよね!オイラも初めてだから緊張しちゃってるよ!」
レリアの横に立ちマルコは、俺と色違いの礼服を着ている。
「ま~俺も晩餐会なんて初めてだから、マルコと一緒だよ」
苦笑いしている俺を笑っている一同。
俺達は案内役の後を付いていき、今夜開かれる晩餐会の会場までたどり着いた。
その建物を見て、マルガとマルコ、エマが声を上げる
「すごい豪華なのです~」
「うん!綺麗な彫刻も一杯あるし!」
「すご~い!おおきい~!」
マルガ、マルコ、エマの3人はキャキャとはしゃぎながら、その会場を見つめている。
「この会場は、迎賓や来賓をもてなす為の建物、バッカス宮ですわ」
「そうか…ステラ達は、このバッカス宮に来た事があるんだね」
「はい…ヒュアキントス様の一級奴隷だった時に…何度か連れてこられました」
言い難そうに俺に言うミーア。
「なるほどね。御曹司のヒュアキントスは招待客だったって訳ね…」
俺の苦笑いに、同じ様に苦笑いをしているミーアとシノン。
「と言う事は、ステラさん達は、今日ここに来る人達と、ある程度面識はあると言う事ですね?」
「はいリーゼロッテ様。私達は、一度会った人の顔と名前は忘れない様に、教育を受けていますので、安心して頂ければ宜しいかと」
少し得意げに言うステラに、優しく微笑みながらリーゼロッテが
「そうですか。それは心強いですわね。葵さんの傍で、来ている人を説明してあげてくださいね」
「わ…解りましたリーゼロッテ様」
優しく微笑みかけるリーゼロッテに、少しきつい目をするステラ。
「と…とりあえず、中に入ろうか。案内して貰えますか?」
俺の言葉に、ハイと返事をする案内役は、俺達を連れてバッカス宮に入って行く。
バッカス宮の中に入ると、綺麗な彫刻がいくつも飾られており、フカフカの真っ赤な絨毯が敷かれ、その細部までが、きめ細やかな細工がされている。
それをキョロキョロ眺めながら俺達は歩いて行くと、かなり広い空間に出る。
その目に入ってきた光景に、思わず我を忘れる。
3階までの吹き抜けには、沢山の金の装飾のされたシャンデリアが輝き、豪華な装飾のされた柱が、威厳を漂わせながら立っている。床には豪華な刺繍の施された、フカフカの絨毯が敷かれ、その上には、上等な料理の並んだテーブルが数多く並べられていた。
綺麗な弦楽器の音楽が流れ、その音楽を聞きながら、2000人以上は軽く居る人達が、楽しそうに会話をして、料理を食べ、ワインを飲んでいる。
元々広大な広さを誇るヴァレンティーノ宮殿でも、面積的には1番大きな建物かも知れない。
女王が座るであろう玉座が小さく見える位なのだから。沢山の人が居ても、狭く感じない。
俺は何処かの映画のワンシーンを思わせるその光景に見蕩れていると、案内役が軽く咳払いをする。
それに気がついた俺は、気恥ずかしく思いながらも、案内役の後に付いて行く。
「こちらが、葵様方のお席になります。こちらでお寛ぎ下さい。料理の方は、そこの侍女達に申し付けくだされば、お持ちいたしますので」
そう言って、綺麗にお辞儀をして、俺達の元を去っていく案内役。
俺達は、真っ白なテーブルクロスの敷かれた、テーブルに就くと、すぐに沢山の料理が運ばれてくる。
それを見た、マルガ、マルコ、エマが喜びの声をあげる
「凄いのですご主人様!物凄く美味しそうな料理が一杯なのです!」
「これもう食べていいの葵兄ちゃん!?」
「エマも食べたい~食べていいの葵お兄ちゃん?」
3人はまるでお預けを食らっている犬の様に、ねえねえと俺に聞いてくる。
「食べて頂いて結構かと思います。フィンラルディア式の晩餐会や夜会、舞踏会では、主催者は遅れて姿を表すのが慣習となっています。その間、招待された来賓方は、料理やお酒、音楽を聞きながら、寛ぐのが通例ですので」
ステラの言葉を聞いた、お預け犬3匹?は、瞳を輝かせて俺を見る。
「…では、遠慮なく頂いちゃってください」
「「「いただきます!!」」」
声をを綺麗に揃えたマルガ、マルコ、エマの3人は、料理に飛びつく勢いで食べていく。
その幸せそうな顔を見て、俺とリーゼロッテが微笑み合う。
「俺達も食べようか。リーゼロッテもレリアさんも料理を頂きましょう」
「そうですわね、折角のお料理ですし」
「私が…バッカス宮のお料理を食べれるなんて…夢の様です…」
レリアは少し涙ぐみながら、料理を食べ始める。リーゼロッテもレリアと一緒に料理を食べていく。
「ステラ、ミーア、シノンも好きな様に料理を食べなさい。これは『命令』です」
その言葉を聞いたミーアとシノンは、パアアと表情を明るくして、嬉しそうに料理を食べ始める。
そんな2人を少し呆れながら見ているステラも料理を食べ始める。
「しかし…ルチア王女様の専任商人になった葵様が、この様な席に案内されると言うのは…納得出来ません」
「何故?この席はダメなの?」
「葵様、このバッカス宮の玉座の方を御覧ください」
ステラの言葉に、女王が座るであろう玉座に目を向ける。
バッカス宮のこの大広間の一番奥には、全てを見渡せるであろう、少し高台になっている玉座の下には、6つの大きなテーブルが並んでいる。中央は開いており、沢山の人々がダンスをしても十分な広さがある。
中央をの除き、その6つのテーブルを順に、綺麗にテーブルがこちらまで並べられている。
中央付近の椅子の無いテーブルには、立食用の食べ物屋飲み物が置かれ、壁際には長椅子が置かれていて、気軽に座れる様になっている。
ちなみに俺達の席は、入り口を入ってすぐ右の一番奥の隅っこ。少し離れた通路に行くと、すぐにトイレに行ける所に席がある。
「この大広間の席順は決まっています。女王陛下の玉座のすぐ下には、六貴族の皆様方が座り、その後に、有名な貴族様方が順々に座る様になっています。貴族の皆様方のすぐ後には、商家や名家の方々が席をとられています。本来ならルチア王女様の専任商人である、葵様の席はそちら。貴族の方の次になります。この大広間で言うと、真ん中よりかなり玉座よりの中央付近に無いといけないはず…」
そう説明して、少しキュッと唇を噛むステラ。俺は人物の説明をして貰う為に、隣に座って貰っているステラの頭を優しく撫でながら、
「いや…多分ステラが思ってる様な事だけで、この席が決まった訳じゃないと思うよ?」
「で…ですが…」
「すぐに解りますわよステラさん」
少し納得の行かないステラに、優しく言う、俺の右隣りに座っているリーゼロッテ。
すると暫くして、料理を一杯食べて、飲み物も一杯飲んだであろうエマがモジモジし始める。
「お母さん~エマおトイレに行きたい~」
その声を聞いたレリアは、侍女の案内でエマとレリアをトイレに案内する。
「私も…行こうかな…」
「オイラも…」
恥ずかしそうに小声で言うと、エマとレリアと一緒にトイレに向かうマルガとマルコ。
「ね?トイレが近い方が良かったでしょ?ルチアもきっと俺達が本当に寛げる様に、この席にしてくれたんだよ。確かに体裁的に見たらアレかもしれないけど、俺達は別に気にしないしさ」
トイレに向かうエマ達を見て、クスっと可笑しそうに笑うステラは
「…その様ですね」
力の抜けた、優しい微笑みを俺に向けるステラ。そんなステラの頭を優しく撫でていると、辺りが少しザワザワと騒がしくなる。
その喧騒に俺達が振り向くと、数人の人達が俺達の席に近づいて来た。
「久しいな行商人の少年、葵よ。いや…今はルチア様の専任商人の、葵殿と呼んだ方が良いのか?」
そこには眼光の鋭い50台の男性が、俺に声をかけていた。
「ラ…ランドゥルフ様!?」
俺は驚きながら、慌てて挨拶をする為に席を立とうとして、ステラとリーゼロッテに肩を押さえられる。俺がリーゼロッテとステラに戸惑っていると、優しい男の人の声がする。
「晩餐会やテーブルに就いている時の挨拶は、座りながら頭を下げるのが礼儀なんだよ葵殿」
苦笑いしながらも、優しく微笑みかける美男子。
「アロイージオ様ではないですか!お久しぶりです!」
「お久しぶりだね葵殿にリーゼロッテさん」
「お久しぶりですわアロイージオ様」
俺が戸惑いながら挨拶している中で、にこやかに美しく挨拶をするリーゼロッテとアロイージオ。
「…リーゼロッテもどうやら息災であった様だな」
「はい…お陰様で。お久しぶりで御座いますランドゥルフ卿」
リーゼロッテの優しい微笑みながらの言葉に、フッと目元を緩めるランドゥルフ。
テーブルに残されている、ステラ、ミーア、シノンも、ランドゥルフとアロイージオに挨拶をしている。
「なるほど…この一級奴隷達が、あのド・ヴィルバン商組合、統括理事である、レオポルドの息子から奪った一級奴隷か…相変わらず楽しそうな生活を送っている様だな…葵よ」
「え!?…まあ…そこそこ…でしょうか?」
疑問形になりながらもニヘラと笑う俺を見て、フフッと楽しそうに笑うランドゥルフ。
すると、再度ザワザワと辺りが騒ぎ始め、誰かが近づいてきた。
「随分と楽しそうに会話をしているではないかランドゥルフ卿。私も話に混ぜてはくれまいか?」
その声に振り返ると、見覚えのある40代中頃の立派な髭を蓄え、眼光の鋭い偉丈夫が立っていた。
「ル…ルクレツィオ様!?」
俺は驚きながらも、頭を下げると、クスクスと言う笑い声が聞こえる
「葵殿は相変わらずですね。元気そうで良かったわ」
その声に振り向くと、ルクレツィオの護衛できているウイーンダルファ銀鱗騎士団の副団長のイレーヌが楽しそうに立っていた。
「ルクレツィオ様もイレーヌ様もお元気そうでなによりです」
俺の言葉に、フフッと優しく笑うルクレツィオと、楽しそうなイレーヌ。
俺はルクレツィオとランドゥルフを交互に見ながら、
「えっと…ランドゥルフ様とルクレツィオ様は…」
俺の言い難そうな言葉に、楽しそうな顔をするルクレツィオは
「私とランドゥルフ卿は、子供の時からの友人なのだ」
「…誰が友人だ!只の腐れ縁だろう?ルクレツィオ卿!」
ルクレツィオの言葉に、呆れながら嫌な顔をするランドゥルフ。それを見てアハハと笑っているルクレツィオ。
オオウ…この真逆の印象を受ける2人が、友人だったとは…
喋り方からして、かなり親しい様に感じるな。
俺がその様な事を思いながら、マジマジとルクレツィオとランドゥルフを眺めていると、
「所でルチア様から聞いたが、例の件、進める事にした。全て任せるが良い」
例の件…きっとルチアとバルテルミー侯爵家と一緒に売り出す、3品の生産場の事だと理解した俺は、
「はい!有難う御座いますルクレツィオ様!尽力しますので宜しくお願いします!」
俺の言葉を聞いて、ウンウンと頷くルクレツィオ。それを見たランドゥルフが不機嫌な顔をする。
「なんだ?また何か面白い事をするつもりなのか葵?」
「え…いや…ちょっと…」
「そう詰め寄るものではないと思いますぞランドゥルフ卿。今回は、私が少しルチア様に力をお貸しするだけの事。そうだな葵殿?」
「はい!ルクレツィオ様の言う通りです!」
ぎこちなく言う俺に、ずいっと顔を近づけるランドゥルフは
「…お前は予想に反して面白い事をする男だ。この私から、安くリーゼロッテを買った事も然り、アウロラ女王の目の前で、堂々と合法で金の密輸をしたり…お前は面白い…」
そう言って、凍る様な瞳でニヤッと微笑むランドゥルフに、背筋がゾクッする。
「まあ…次は私の所に面白い話を持って来い!今度は本気で相手をしてやるのでな!」
「はい!…き…機会があれば…」
ニヘラと笑う俺を見て、ククッと楽しそうなランドゥルフ。
そこにトイレに行っていた、4人が帰ってきて、ランドゥルフとルクレツィオを見て、マルガとマルコは、カチッと音がするくらい固まっている。
「「お…お久しぶりです…ルクレツィオ様!ランドゥルフ様!」」
カチカチになりながらも、可愛い頭をペコリと下げるマルガとマルコ。
ルクレツィオは優しく微笑み、ランドゥルフはウムと声を出す。
「ね~ね~このオジちゃん達は誰なの~葵お兄ちゃん?お友達なの~?」
トイレから帰って来た元気一杯のエマが、ルクレツィオとランドゥルフに向かって爆弾を投下した。
その言葉に辺りが騒然となる。マルガは咄嗟に、自分の後ろにエマを隠し、マルコと一緒に、ペコペコと頭を下げ、必死に謝罪する。
俺も立ち上がり謝罪しようとした時に、アロイージオの後ろに居たラウテッツァ紫彩騎士団、団長のコルネリウスがツカツカとエマの前まで行き、膝を折る。
「あの方々は、この栄えあるフィンラルディア王国に貢献されている、とても立派な方々だ。領地は違うとはいえ、あの方々のお陰で、お前達は安全に生活ができておる。それにオジちゃんはダメだ。バルテルミー侯爵家当主のルクレツィオ様とモンランベール伯爵家当主のランドゥルフ様だ。解ったか?」
「うん!エマわかった~!いつも守ってくれてありがと~るくれっちお様にらんどぅ~ふ様~」
そう優しく言ってエマの頭を撫でるコルネリウス。
そして、可愛い頭をペコリと下げるエマを見て、フフッと優しい微笑みをエマに向けるランドゥルフ。
それを、楽しげに見つめるルクレツィオの視線に気がついたランドゥルフは
「…私の顔に…何かついているかルクレツィオ卿?」
「いいや、何もついてませんなランドゥルフ卿?」
疑問に疑問で返すルクレツィオに、フンと鼻で言うランドゥルフ。
そして、アロイージオの傍に戻って来たコルネリウスにイレーヌが
「…随分とお優しいのですねラウテッツァ紫彩騎士団、団長のコルネリウス殿は」
「当たり前だ!国民や領民に慈悲深く接するのが、騎士団の役目であろう?忘れたか小娘!」
「そうでしたね。流石はラウテッツァ紫彩騎士団、団長のコルネリウス殿」
きつくイレーヌを見ているコルネリウスに、ニヤニヤしながら微笑んでいるイレーヌ。
そんな2人を見て、軽く溜め息を吐くランドゥルフは、
「…ではそろそろ行かせて貰う。また会おう行商人の少年葵よ!」
そう言って、豪華なマントを靡かせながら立ち去って行くランドゥルフ。
それを少し愉快そうに見ていた、ルクレツィオは、
「本当に相変わらずだなランドゥルフ卿は。では私もそろそろ行かせて貰おう。後の話は、私から使者を送るので、その者と話をしてくれ」
俺達は皆と挨拶をして別れる。その直後、椅子に倒れかける様に座り込むレリア。
「おか~さんどうしたの?どこか痛い?またおまじないする?」
「だ…大丈夫よエマ。ちょっと余りの事に、どうしようかと思っただけだから」
大きな溜め息を吐きながら、マルガから貰った水をグイッと飲むレリア。それを見た俺達は苦笑いをし合っていた。
そして、六貴族2人が居なくなって平和になって落ち着いた俺にステラが
「…驚きました。ルチア様やマティアス様以外に、ランドゥルフ様、ルクレツィオ様、アロイージオ様までとお知り合いだったとは…あの口ぶり…リーゼロッテ様とも何かあったのですか?」
「…昔の事ですわ…もう過ぎ去った昔の事…」
そう言って、嬉しそうに俺の腕に抱きつき、コテっと頭をもたれかけさせる、可愛すぎるリーゼロッテ。俺達は食事を再開しながらゆっくりしていると、何やら俺達の周りで喋り声が聞こえて、沢山の人々の視線を感じる。
「なんだろ…なんか人の視線を感じるんだけど…」
「それは仕方ない事で御座います葵様。六貴族である、バルテルミー侯爵家当主ルクレツィオ様と、モンランベール伯爵家当主ランドゥルフ様が、この様な末席に自ら足を運ぶなど、まずありえない事でしょうから」
「それはそうですわね。私達がどの様な人物か、噂をしたり、見てみたくなっても、不思議ではありませんね」
リーゼロッテの言葉に頷くステラ。
まあ…確かにそうだよな。あの2人がここに来る…と言うか、知り合いな事自体がおかしな事だもんな。噂になっても仕方ないか…
軽く溜め息を吐きながら、皆と食事をとっていると、一人の男が近寄ってきた。
その男は、40台後半だが、なかなかの男前で、スラリとした上品な男であった。その男は、俺をマジマジと見つめると、顎に手を当てて、フムと頷く。
「えっと…俺に…何か用ですか?」
その男にぎこちなく聞くと、俺から視線を外し、感情の篭っていない声を出す。
「…ヒュアキントスの一級奴隷をやめた途端、私には挨拶は無しか?ステラ、ミーア、シノン?…随分と偉くなったものだな」
その声を聞いたステラ、ミーア、シノンの3人は、軽く震えながらバッと立ち上がり、その男に深々と頭を下げながら、
「「「ご機嫌麗しゅう御座います!!レオポルド様!!!」」」
一糸乱れぬ挨拶をする、ステラ、ミーア、シノンの3人。
その名前を聞いた俺は、ステラ、ミーア、シノンの怯え方に納得する。
「…ステラ、ミーア、シノン、そこまで畏まる必要は無いよ?すぐにテーブルに就いて、普通に食事を再会しなさい」
「で…ですが…葵様…」
「これは『命令』です。座って気楽に食事を再開しなさい」
俺の優しく宥める様な命令に、戸惑いながらも命令に従い、食事を再会するステラ、ミーア、シノン。
「…俺の奴隷に、勝手に命令しないで貰えませんか?この奴隷達は、勝負に負けた、貴方の息子から所有権を奪い取って、既に俺の物なので」
にこやかに言う俺の言葉に、少し眉をピクッとさせるレオポルド。
「なかなか言うではないか。私をド・ヴィルバン商組合、統括理事である、レオポルド・セザール・ダヴィド・モントロンと知っての事と理解して良いのかな?」
「そうですね。あの天才的商才を持つヒュアキントスの父上でもある事を理解していますよ?…今彼は何をしているのですか?この晩餐会には、招待されていない様ですが?」
にこやかに微笑む俺を見て、フフッと笑うレオポルド。
「流石にあれだけの事を堂々とするだけの事は有る様だね葵殿は。少し普通とは違う様だ。あのヒュアキントスが破れてしまうのも不思議では無いのかも知れませんな」
「その様な事はありませんよ。たまたま勝てただけですよ」
「…たまたまですか。ハハハ!たまたまでヒュアキントスは負けたのですな!」
可笑しそうに笑うレオポルドに、俺は若干戸惑う。
「いやいや増々気に入った!今までのことは済まなかったね葵殿。謝罪させて貰おう」
そう言って、深々と頭を下げるレオポルド。再度辺りがザワザワとし始める。
「いえ…もう済んだ事なので。俺も何も思っていませんから」
「そうか…そう言って貰うと助かるよ」
ニコッと隙のない笑顔を見せるレオポルド。
「今回の件は、全て息子のヒュアキントスに任せていたとは言え、一度葵殿に会って謝罪したかったのだよ。お互い商売人だ。忘れてくれとは言いませぬが、遺恨を残さない様にしたくてね」
そう言って、再度、深々と頭を下げるレオポルド
「いえ…本当にもう結構ですから。気にしないで下さい」
「感謝します葵殿。では、皆さんの邪魔をするのも心苦しい。私はこの辺で失礼させて貰いましょう」
そう言って立ち上がったレオポルドは、皆に綺麗にお辞儀をする。
「そうそう…もし、葵殿が商組合に入られていないなら、是非私達の商組合、ド・ヴィルバン商組合に入会に来て下さい。葵殿なら、幹部クラスで迎え入れましょう。融資もその辺の商組合には真似出来ない額を用意させましょう。ド・ヴィルバン商組合、統括理事としてお約束します。是非お考え下さい。では…失礼…」
再度深々と頭を下げて、自分の席に帰っていくレオポルド。
「…息子であるヒュアキントスとは随分と違う感じがするね葵兄ちゃん」
「そうですね…少なくとも、酷い事は言いませんでしたね」
ヒュアキントスとは対照的に、物腰の柔らかそうなレオポルドに戸惑っているマルガにマルコ。
「…まあ、見た目だけを信じちゃダメっぽいかもだけどね…」
俺はまだ少し身体を強張らせているステラの頭を優しく撫でる。
「ステラ、ミーア、シノンは、既に俺に所有権があり自由の身に近い。何も心配しなくてもいいし、あの親子に恐怖をする必要もない。何か有ったら、俺が君達を守るから…安心して」
宥める様に言う俺の言葉に、涙ぐんで居るステラ、ミーア、シノン。
マルガとマルコもミーアとシノンに、大丈夫だよ!と優しく言って微笑んでいた。
そんな和んでいる、俺達のテーブルで、不自然な声が聞こえる。
「そうよ~。あんな奴、信じちゃダメよ~。アイツはろくな奴じゃないんだから~」
俺の隣からした声に振り向くと、隣に座っていたはずのリーゼロッテと俺の間に、いつの間にか自然と入り込んで、椅子に座って料理を食べながら喋っている女性が居た。
艶かしいプロポーションの、美しい女性だ。歳の頃は…20代後半位。美しい赤み掛かった金髪に、柔らかそうな肌。その妖艶な顔立ちは、マルガやリーゼロッテにも引けを取らないであろう。
太ももの付け根までスリットの入った、美しい刺繍の入った黒のドレスを着て、その美しい足を見せびらかす様に組んでいる。
その美女に見蕩れていると、妖艶な男を誘う様な微笑みを俺に向ける美しい女性。
「な~に?坊やは私に見惚れてるの?可愛いじゃない~」
そう言いながら、俺に抱きつく美しい女性を見て、若干一名がテテテと席を立って走り寄ってきた。
「あ…貴女はどちら様なのですか?ご主人様とはどういった関係なのですか!?」
アワアワマルガになっているマルガを見て、クスっと笑う美しい女性。
「私はこの葵ちゃんの恋人よ?」
「「「「「「ええええええええええ!?」」」」」」
一同が声を上げる。当然その中に、俺も入って居るのは言うまでもない。
それを楽しそうに見ている、美しい女性は、俺に顔を近づけ、
「私の名前はメーティス。よろしくね葵ちゃん」
そう言って、頬に軽くキスをするメーティスと名乗った美しい女性。
アワアワマルガが、更にアワアワしていて、俺も皆も戸惑っている中、女性が指をさす。
「ほら!この栄えあるフィンラルディア王国の女王陛下のお目見えよ!皆起立して!」
メーティスの言葉に起立をする俺達。辺りを見回すと、同じ様に起立していた。
そんな戸惑っている中で始まる、アウロラ女王の挨拶。俺はこの謎のメーティスという女性に腕組みされながら、晩餐会はまだ終らない事を、頭の中で考えていた。
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