5 / 17
雪山の獣
しおりを挟む
一面の銀世界。俺たちはその中を、奇妙な乗り物で進む。一般的なトラックに、後からキャタピラを付けたような乗り物でだ。
空は晴れているが、時折吹く風は冷たい。俺は防寒着のチャックを1番上まで上げた。
「どうだ~ルイス、何か見えたか?」
「何も。雪しか見えません。」
運転席後ろの窓を開け、デニスが荷台の俺たちに振り返る。
「そう簡単には出て来てはくらないだろうな。」
「お肉、吊るしているんですけどね。」
ニーナが車体横に紐で吊した生肉を揺すった。
今回、俺たちは狩猟を頼まれていた。今年は熊が大量に発生し、既に何人もの犠牲者が出ているという。地元の狩猟者では手に負えず、俺達傭兵に仕事が回ってきたのだ。仕留められるだけ仕留めて来て欲しい、とも言われた。意外にも、傭兵が害獣駆除を行う事は多いそうだ。
まだ30分ほどしか経っていないが、熊は見当たらない。強引に改造したトラックなので、荷台の座り心地も悪い。
「しっかし本当に寒いな。これでもまだ暖かい方なんだろ?」
「そうらしいな。本格的に冬に入ると、毎日吹雪くそうだ。想像もしたく無い。」
セシリアとニーナの2人は大きめの毛布を掛けている。足元には、勿論銃が置いてある。ただ、今回彼女はイースクラを持って来てはいない。置いてあるのは狙撃銃、散弾銃、そして短機関銃だ。どれも木製フレームの、古い感じの銃だ。入国の際、依頼を受けた傭兵でも武器の持ち込みは禁止されていた。なので、これは地元の猟師や兵士から借りた物だ。流石に、正式装備は貸してもらえら無かった。
「ルイス、この狙撃銃の名前はわかるか?」
「ああ。スキーストックだっけ?」
「正解。じゃあこのショットガンは?」
「何だったかな……D3?」
「残念。ブルームだ。着剣装置が特徴的だな。」
セシリアと俺はまた銃についてのやり取りをしていた。彼女の期待通り、俺も少しずつ覚えてきている。いや、目論見通りだろうか?
「あ、そうだ。相手は熊なんだろ?サブマシンガンなんて通じるのかな?」
ふと、足元の短機関銃が気になった。大きいマガジンが装着されていて、弾数は多そうだが、熊相手には威力不足だと思う。
「接近戦用です。突進して来た時に、私が食い止めるので、その隙に仕留めてくださいね。」
ニーナが説明をしてくれた。彼女が俺の事をどう思っているかは知らないが、最低限の会話は発生している。
「デニス、車を止めてくれ。」
セシリアが運転席の壁を叩く。
「なんだ?ターゲットでも見つかったか?」
「ああ。アレ、そうじゃないか?」
セシリアとデニスが双眼鏡で森の中を見つめる。俺も目を凝らすと、木々の間に茶色い塊が見えた。熊だ。それも2匹。ここから見ても充分に大きい。
「お姉さま、どうぞ。」
ニーナがスキーストックつまりはライフル銃をセシリアに渡す。だが、彼女は受け取ったそれをデニスへと渡した。撃たないのか?
「それじゃあ見てろよ……」
彼は得意気に銃を構え、狙いを定める。辺り一面が沈黙に包まれた。そして、乾いた破裂音が響く。
パンッと音がして、遠くの茶色い塊が倒れ込む。彼は素早くボルトを操作し、次弾を装填。山を駆け上がる2匹目を撃ち抜く。
「命中。流石だな。」
「へへ、だろ?惚れてもいいんだぜ?」
「それは無いな。」
彼は遠くの的にも関わらず一撃で命中させていた。しかも、急所を撃ち抜いたようだった。
「デニスさん凄いですね。わたしは全然当たらないのに。」
「ニーナは小柄だからな。ある程度体幹が無いと、狙撃は難しいんだ。」
「俺にもその技術、教えてください。」
俺は車に乗り込むデニスに頼み込んだ。訓練で狙撃銃は扱った事があるが、成果はイマイチだった。この先狙撃が必要になる事もあるだろうし、単純な憧れもあった。
「俺レベルになるには、半年の基礎訓練と、2年の実務が必要だな。」
そう言い、彼は車のドアを閉めた。彼のその言い方、少し妙だった。
「デニスは元軍人なんだよ。それも、デトリア陸軍の。」
荷台に座ると、セシリアが彼について教えてくれた。デトリア陸軍と言えば、世界でも1、2を争う実力だ。
「確か軍曹でしたっけ?」
「ああ。軍曹の中でも上の方だったらしいな。上級軍曹だったか?」
「おいそこ、俺はもう少し上だ。准尉までは登ったんだぞ?」
ニーナも彼の出身について知っているようだ。では、何故彼は軍隊を辞めたのか。階級にはあまり詳しくないが、准尉となればそこそこに偉い方だろう。
「デニスさんは、なんで軍隊を辞めたんですか?」
何気なく、彼に質問してみる。
「そうだな……幅広く活躍出来んのと、殺しに慣れたからからな。」
「殺しに……慣れた?」
「ああ。あんまり人を殺り過ぎるとな、それが当たり前、特技になんだよ。そうなると、普通に生きんのは難しいぜ。退役後、どこも雇ってくれやしねぇし。」
軽く、世間話でもするかのように彼は言った。だが、俺にはそこにかなりの苦労があったと感じられた。以前、戦争のストレスで心を病み、犯罪を犯した兵士の話を聞いた事がある。彼もまた、その兵士と似たような心境だったのだろうか。
「デニスさん!!横から!!」
「何!?」
ニーナが叫んだ次の瞬間、物凄い衝撃が車を襲う。真横から殴りつけるような衝撃を受け、俺たちは雪の上へと投げ出された。
身体が痛む。地面が雪に覆われていたのが幸いだった。何が起こった?俺はゆっくりと立ち上がる。
「ッ!?」
そして、息を飲んだ。地面に横たわるセシリア。彼女のすぐ目の前には、巨大な熊がいたのだ。額から血を流しているその熊が、俺たちの車に突進したのだろう。そして今、彼女に喰い掛かろうとしている。
どうすればいい?早く彼女を助けろ!自分自身に言い聞かせ、散乱した荷物の中を漁る。ショットガンがあったはずだ。最悪、サブマシンガンでもいい。俺はひっくり返った車の下に、木製のストックを見つけた。ブルームショットガン。これだ。それを掴んで引っ張り出し、スライドを引いて弾を装填する。
「よし………」
ゆっくりと熊へと近づく。今のところ、彼女は襲われていない。座ったまま後退りをし、奴から距離を取ろうとしている。
彼女が俺の方に顔を向け、一度顎をしゃくった。『殺れ』と。
俺はストックを肩につけ、熊の頭を狙って引き金を引く。散弾銃特有の反動を受ける。弾は、その獣の頭を撃ち抜いた。真っ赤な血が雪の上に飛び散り、その巨躯が真横に倒れる。
「やった………」
静かに銃を下ろす。
「よくやったルイス!!見事だ!素晴らしい!」
セシリアが俺に飛び付いてくる。
「倒した………んだよな?」
俺はまだ緊張が抜けず、熊の死体に銃口を向けていた。
「心配なら撃ってみるといい。仮に生きていても、この傷じゃ長くは持たんだろう。」
彼女は、見える限りでは怪我は無いようだ。それに、様子からしても普段も変わらない。よかった……本当に………。無性に疲れを感じた俺は、雪の上に座り込んだ。そういえば、デニスさんとニーナはどこだ?まさか……突然の不安が俺を襲った。慌ててショットガンを持って立ち上がる。
「お姉さま!!ご無事でしたか!!」
その直後に、ニーナは見つかった。彼女は木の陰から飛び出し、セシリアに抱き付いた。
「ごめんなさいお姉さま!真っ先に離脱したんですが、銃も取れなくて……その……怖くて……」
彼女は俯き、涙を堪えているのか、身体が微かに震えていた。あの状況でずっと木の下に隠れていたのだから、とても怖かったはずだろう。
「いいんだ。ルイスが助けてくれた。それに、丸腰ならその対応が正解だ。」
彼女は半泣きのニーナの頭を撫でていた。
「ルイスさんが……?」
「ああ。本当によくやってくれたよ。改めて礼を言わせてくれ。」
セシリアが俺の方に顔を向ける。
「いいんだよ。セシリアにも、誰にも死んで欲しく無いからね。」
それでも彼女は何度も礼を言っていて、少し照れ臭くなった。
「痛ってぇ~……脱出に手間どっちまった……」
転覆したか車の運転席からデニスが這い出してくる。彼は、頭から血を流していた。
「デニスさん!血が出てます!!」
「これか?大した事ねぇよ。強がりじゃなくて、マジで。」
それならば幸いだ。彼は散乱した荷物の上に座り、タバコに火を付けた。
「この熊仕留めたのはルイスの手柄だろ?それより、どうするよこの車。元に戻すのはキツイぜ?」
俺たちは麓の村に救助を呼び、それまではここで待機だ。立ち止まっていると、途端に寒さが込み上げてくる。
「ルイス、やってみるか?」
ふと、デニスが俺にスキーストックを渡してきた。彼の指差す方向、森の中に1匹の熊がいる。距離は、中々に遠い。
「気付いてねぇみたいだしよ、やっちまえよ。」
俺は彼からライフルを受け取り、ボルトを操作、しっかりと構えた。ゆっくりと呼吸をし、体の揺れを少なくする。集中して、片目で照準を定める。
「頭じゃなく、胴体を狙え。2発で仕留めろ。」
デニスが横からアドバイスをくれる。一方セシリアとニーナは、
「当たると思うか?」
「思いますよ。お姉さまは?」
「私も当たると思う。……これじゃあ賭けにならんな。」
「……何賭けるつもりだったんですか?」
「持ってきたキャンディーだ。」
ゲーム感覚で見ていた。一度切れた集中を繋ぎ、今度こそはと狙いを絞る。そして、引き金を引いた。
「お、命中だ。」
デニスが少し驚いたような声を出した。弾を受けた熊はゆっくりと振り返り、俺達の方へと走り出す。
「ルイス!第2射だ!!急げ!!」
俺は急いでボルトを操作する。金属音と共に排莢、そして装填が行われる。俺の隣にセシリアがしゃがみ、ショットガンを前へ構える。それと同時に俺は射撃態勢に入った。だが、
「あれ?」
ニーナが首を傾げた。俺たちに襲い掛かろうとした熊は勢いよく倒れ、雪の上を数メートル滑って動かなくなった。胴体から真っ赤な血が流れている。
「……心臓を撃ち抜いたのか?……1発で?」
セシリアが俺の方を見上げる。
「………そうみたいだ……」
まさか1撃で仕留められるとは。もちろん、狙ったわけではない。
「やるじゃねぇかルイス!!アンタ、才能あるのかもな!」
デニスが嬉しそうに俺の背中を叩く。大柄なだけあって、正直痛い。
「デニスさん、痛いですって!」
その後、駆けつけた救助隊によって回収され、麓の村に着いた。救助隊の車を降りると多くの人に囲まれていた。地元の人だろうか。
「熊は仕留めて来たぜ。まだまだいるだろうから、明日も行くつもりだ。」
デニスが彼らに対してそう言った。しかし
「この人でなし!!」
彼らから聞こえて来たのは罵声だった。
「ちょいちょい、俺たちは熊を退治したんだぜ?そんな事言う必要ねぇだろ?」
「そうですよ。皆さん、困っていたんですよね?」
俺は何とか説得を試みる。だが、聞こえて来るのは「異常者」「殺し屋」「クソ野郎」などの罵声ばかりだった。
「私達は抗議します!自然に生きる熊を殺した、残忍な貴方達を!!」
彼らは熊を殺した事に怒っているのか?熊による被害が出ているのに?
「いいですか、確かに熊による犠牲者は出ています。しかしですね、殺す必要は無いんですよ。麻酔銃で捕獲して動物園に送ればいい。肉を分け与えて、お腹を満たしてあげればいいんですよ。」
彼らはそんな事を口々に言っていた。そんな事、俺たちに言われても………彼らからは強い怒りを感じる。熊を殺したのは事実だが、俺たちは依頼を受けていたし、何より被害を減らすためだ。非難される理由が見つからない。その時、セシリアが俺の横に立った。
「麻酔銃の射程や連射速度からして、雪山の熊相手に立ち回るのは危険すぎる。眠らせても運ぶ術がない。それに、餌付けをすれば人になれ、尚更山を降りて来るだろうな。それでもやるか?」
彼女は平然と彼らに言い放った。一瞬の沈黙。しかし
「やってみなきゃ分かんねぇだろ!」
「それをやるのが傭兵なんだろ!?戦争好きが、熊ごときでゴチャゴチャ言ってんじゃねぇ!!」
「やっぱり傭兵は異常よ!!狂ってるわ!!」
彼らの主張は止まらなかった。ふと、視界の端に小柄な中年男性の姿が見えた。
「ああ、皆さんご苦労様です。とりあえず、私について来て下さい。」
人垣をかき分けて入ってきた。身なりからして、役場か何かの人間だろう。彼と一緒に来た警官数人が群衆の間に道を作り、俺たちはどうにか抜け出す事ができた。
「本当に、ご迷惑をお掛けしました。」
役所の中に移動した俺たち。客間のような部屋でさっきの男が頭を下げる。
「いやいいんですよ?こう言うのも慣れっこなんで。」
「私は納得がいかんな。既に死者が出ていると言うのに……」
セシリアは不服そうにしている。
「今回みたいな事、よくあるんですか?」
俺は先程の男に聞いてみた。対応が手慣れている、と感じたからだ。
「ええ実は……つい先日もあったばかりなんです。刃物を持った犯人を警官が射殺してしまって……その度に何度も似たような事が……」
彼は少し言いづらそうにしていた。
「なるほどな。どこにでもいるんだな。そういう連中。」
セシリアはもう納得したそうで、首を縦に振っている。俺もニュースで見た事がある。事件に対して過剰に反応する連中の事を。
「ちなみに彼ら、この村の住人じゃあないんですよ……全員、遠くの街の方から来てるんです。」
役場の男は、小さな声でそう言った。
登場した銃器のモデル
スキーストック→モシン・ナガン
ブルーム→M1897
空は晴れているが、時折吹く風は冷たい。俺は防寒着のチャックを1番上まで上げた。
「どうだ~ルイス、何か見えたか?」
「何も。雪しか見えません。」
運転席後ろの窓を開け、デニスが荷台の俺たちに振り返る。
「そう簡単には出て来てはくらないだろうな。」
「お肉、吊るしているんですけどね。」
ニーナが車体横に紐で吊した生肉を揺すった。
今回、俺たちは狩猟を頼まれていた。今年は熊が大量に発生し、既に何人もの犠牲者が出ているという。地元の狩猟者では手に負えず、俺達傭兵に仕事が回ってきたのだ。仕留められるだけ仕留めて来て欲しい、とも言われた。意外にも、傭兵が害獣駆除を行う事は多いそうだ。
まだ30分ほどしか経っていないが、熊は見当たらない。強引に改造したトラックなので、荷台の座り心地も悪い。
「しっかし本当に寒いな。これでもまだ暖かい方なんだろ?」
「そうらしいな。本格的に冬に入ると、毎日吹雪くそうだ。想像もしたく無い。」
セシリアとニーナの2人は大きめの毛布を掛けている。足元には、勿論銃が置いてある。ただ、今回彼女はイースクラを持って来てはいない。置いてあるのは狙撃銃、散弾銃、そして短機関銃だ。どれも木製フレームの、古い感じの銃だ。入国の際、依頼を受けた傭兵でも武器の持ち込みは禁止されていた。なので、これは地元の猟師や兵士から借りた物だ。流石に、正式装備は貸してもらえら無かった。
「ルイス、この狙撃銃の名前はわかるか?」
「ああ。スキーストックだっけ?」
「正解。じゃあこのショットガンは?」
「何だったかな……D3?」
「残念。ブルームだ。着剣装置が特徴的だな。」
セシリアと俺はまた銃についてのやり取りをしていた。彼女の期待通り、俺も少しずつ覚えてきている。いや、目論見通りだろうか?
「あ、そうだ。相手は熊なんだろ?サブマシンガンなんて通じるのかな?」
ふと、足元の短機関銃が気になった。大きいマガジンが装着されていて、弾数は多そうだが、熊相手には威力不足だと思う。
「接近戦用です。突進して来た時に、私が食い止めるので、その隙に仕留めてくださいね。」
ニーナが説明をしてくれた。彼女が俺の事をどう思っているかは知らないが、最低限の会話は発生している。
「デニス、車を止めてくれ。」
セシリアが運転席の壁を叩く。
「なんだ?ターゲットでも見つかったか?」
「ああ。アレ、そうじゃないか?」
セシリアとデニスが双眼鏡で森の中を見つめる。俺も目を凝らすと、木々の間に茶色い塊が見えた。熊だ。それも2匹。ここから見ても充分に大きい。
「お姉さま、どうぞ。」
ニーナがスキーストックつまりはライフル銃をセシリアに渡す。だが、彼女は受け取ったそれをデニスへと渡した。撃たないのか?
「それじゃあ見てろよ……」
彼は得意気に銃を構え、狙いを定める。辺り一面が沈黙に包まれた。そして、乾いた破裂音が響く。
パンッと音がして、遠くの茶色い塊が倒れ込む。彼は素早くボルトを操作し、次弾を装填。山を駆け上がる2匹目を撃ち抜く。
「命中。流石だな。」
「へへ、だろ?惚れてもいいんだぜ?」
「それは無いな。」
彼は遠くの的にも関わらず一撃で命中させていた。しかも、急所を撃ち抜いたようだった。
「デニスさん凄いですね。わたしは全然当たらないのに。」
「ニーナは小柄だからな。ある程度体幹が無いと、狙撃は難しいんだ。」
「俺にもその技術、教えてください。」
俺は車に乗り込むデニスに頼み込んだ。訓練で狙撃銃は扱った事があるが、成果はイマイチだった。この先狙撃が必要になる事もあるだろうし、単純な憧れもあった。
「俺レベルになるには、半年の基礎訓練と、2年の実務が必要だな。」
そう言い、彼は車のドアを閉めた。彼のその言い方、少し妙だった。
「デニスは元軍人なんだよ。それも、デトリア陸軍の。」
荷台に座ると、セシリアが彼について教えてくれた。デトリア陸軍と言えば、世界でも1、2を争う実力だ。
「確か軍曹でしたっけ?」
「ああ。軍曹の中でも上の方だったらしいな。上級軍曹だったか?」
「おいそこ、俺はもう少し上だ。准尉までは登ったんだぞ?」
ニーナも彼の出身について知っているようだ。では、何故彼は軍隊を辞めたのか。階級にはあまり詳しくないが、准尉となればそこそこに偉い方だろう。
「デニスさんは、なんで軍隊を辞めたんですか?」
何気なく、彼に質問してみる。
「そうだな……幅広く活躍出来んのと、殺しに慣れたからからな。」
「殺しに……慣れた?」
「ああ。あんまり人を殺り過ぎるとな、それが当たり前、特技になんだよ。そうなると、普通に生きんのは難しいぜ。退役後、どこも雇ってくれやしねぇし。」
軽く、世間話でもするかのように彼は言った。だが、俺にはそこにかなりの苦労があったと感じられた。以前、戦争のストレスで心を病み、犯罪を犯した兵士の話を聞いた事がある。彼もまた、その兵士と似たような心境だったのだろうか。
「デニスさん!!横から!!」
「何!?」
ニーナが叫んだ次の瞬間、物凄い衝撃が車を襲う。真横から殴りつけるような衝撃を受け、俺たちは雪の上へと投げ出された。
身体が痛む。地面が雪に覆われていたのが幸いだった。何が起こった?俺はゆっくりと立ち上がる。
「ッ!?」
そして、息を飲んだ。地面に横たわるセシリア。彼女のすぐ目の前には、巨大な熊がいたのだ。額から血を流しているその熊が、俺たちの車に突進したのだろう。そして今、彼女に喰い掛かろうとしている。
どうすればいい?早く彼女を助けろ!自分自身に言い聞かせ、散乱した荷物の中を漁る。ショットガンがあったはずだ。最悪、サブマシンガンでもいい。俺はひっくり返った車の下に、木製のストックを見つけた。ブルームショットガン。これだ。それを掴んで引っ張り出し、スライドを引いて弾を装填する。
「よし………」
ゆっくりと熊へと近づく。今のところ、彼女は襲われていない。座ったまま後退りをし、奴から距離を取ろうとしている。
彼女が俺の方に顔を向け、一度顎をしゃくった。『殺れ』と。
俺はストックを肩につけ、熊の頭を狙って引き金を引く。散弾銃特有の反動を受ける。弾は、その獣の頭を撃ち抜いた。真っ赤な血が雪の上に飛び散り、その巨躯が真横に倒れる。
「やった………」
静かに銃を下ろす。
「よくやったルイス!!見事だ!素晴らしい!」
セシリアが俺に飛び付いてくる。
「倒した………んだよな?」
俺はまだ緊張が抜けず、熊の死体に銃口を向けていた。
「心配なら撃ってみるといい。仮に生きていても、この傷じゃ長くは持たんだろう。」
彼女は、見える限りでは怪我は無いようだ。それに、様子からしても普段も変わらない。よかった……本当に………。無性に疲れを感じた俺は、雪の上に座り込んだ。そういえば、デニスさんとニーナはどこだ?まさか……突然の不安が俺を襲った。慌ててショットガンを持って立ち上がる。
「お姉さま!!ご無事でしたか!!」
その直後に、ニーナは見つかった。彼女は木の陰から飛び出し、セシリアに抱き付いた。
「ごめんなさいお姉さま!真っ先に離脱したんですが、銃も取れなくて……その……怖くて……」
彼女は俯き、涙を堪えているのか、身体が微かに震えていた。あの状況でずっと木の下に隠れていたのだから、とても怖かったはずだろう。
「いいんだ。ルイスが助けてくれた。それに、丸腰ならその対応が正解だ。」
彼女は半泣きのニーナの頭を撫でていた。
「ルイスさんが……?」
「ああ。本当によくやってくれたよ。改めて礼を言わせてくれ。」
セシリアが俺の方に顔を向ける。
「いいんだよ。セシリアにも、誰にも死んで欲しく無いからね。」
それでも彼女は何度も礼を言っていて、少し照れ臭くなった。
「痛ってぇ~……脱出に手間どっちまった……」
転覆したか車の運転席からデニスが這い出してくる。彼は、頭から血を流していた。
「デニスさん!血が出てます!!」
「これか?大した事ねぇよ。強がりじゃなくて、マジで。」
それならば幸いだ。彼は散乱した荷物の上に座り、タバコに火を付けた。
「この熊仕留めたのはルイスの手柄だろ?それより、どうするよこの車。元に戻すのはキツイぜ?」
俺たちは麓の村に救助を呼び、それまではここで待機だ。立ち止まっていると、途端に寒さが込み上げてくる。
「ルイス、やってみるか?」
ふと、デニスが俺にスキーストックを渡してきた。彼の指差す方向、森の中に1匹の熊がいる。距離は、中々に遠い。
「気付いてねぇみたいだしよ、やっちまえよ。」
俺は彼からライフルを受け取り、ボルトを操作、しっかりと構えた。ゆっくりと呼吸をし、体の揺れを少なくする。集中して、片目で照準を定める。
「頭じゃなく、胴体を狙え。2発で仕留めろ。」
デニスが横からアドバイスをくれる。一方セシリアとニーナは、
「当たると思うか?」
「思いますよ。お姉さまは?」
「私も当たると思う。……これじゃあ賭けにならんな。」
「……何賭けるつもりだったんですか?」
「持ってきたキャンディーだ。」
ゲーム感覚で見ていた。一度切れた集中を繋ぎ、今度こそはと狙いを絞る。そして、引き金を引いた。
「お、命中だ。」
デニスが少し驚いたような声を出した。弾を受けた熊はゆっくりと振り返り、俺達の方へと走り出す。
「ルイス!第2射だ!!急げ!!」
俺は急いでボルトを操作する。金属音と共に排莢、そして装填が行われる。俺の隣にセシリアがしゃがみ、ショットガンを前へ構える。それと同時に俺は射撃態勢に入った。だが、
「あれ?」
ニーナが首を傾げた。俺たちに襲い掛かろうとした熊は勢いよく倒れ、雪の上を数メートル滑って動かなくなった。胴体から真っ赤な血が流れている。
「……心臓を撃ち抜いたのか?……1発で?」
セシリアが俺の方を見上げる。
「………そうみたいだ……」
まさか1撃で仕留められるとは。もちろん、狙ったわけではない。
「やるじゃねぇかルイス!!アンタ、才能あるのかもな!」
デニスが嬉しそうに俺の背中を叩く。大柄なだけあって、正直痛い。
「デニスさん、痛いですって!」
その後、駆けつけた救助隊によって回収され、麓の村に着いた。救助隊の車を降りると多くの人に囲まれていた。地元の人だろうか。
「熊は仕留めて来たぜ。まだまだいるだろうから、明日も行くつもりだ。」
デニスが彼らに対してそう言った。しかし
「この人でなし!!」
彼らから聞こえて来たのは罵声だった。
「ちょいちょい、俺たちは熊を退治したんだぜ?そんな事言う必要ねぇだろ?」
「そうですよ。皆さん、困っていたんですよね?」
俺は何とか説得を試みる。だが、聞こえて来るのは「異常者」「殺し屋」「クソ野郎」などの罵声ばかりだった。
「私達は抗議します!自然に生きる熊を殺した、残忍な貴方達を!!」
彼らは熊を殺した事に怒っているのか?熊による被害が出ているのに?
「いいですか、確かに熊による犠牲者は出ています。しかしですね、殺す必要は無いんですよ。麻酔銃で捕獲して動物園に送ればいい。肉を分け与えて、お腹を満たしてあげればいいんですよ。」
彼らはそんな事を口々に言っていた。そんな事、俺たちに言われても………彼らからは強い怒りを感じる。熊を殺したのは事実だが、俺たちは依頼を受けていたし、何より被害を減らすためだ。非難される理由が見つからない。その時、セシリアが俺の横に立った。
「麻酔銃の射程や連射速度からして、雪山の熊相手に立ち回るのは危険すぎる。眠らせても運ぶ術がない。それに、餌付けをすれば人になれ、尚更山を降りて来るだろうな。それでもやるか?」
彼女は平然と彼らに言い放った。一瞬の沈黙。しかし
「やってみなきゃ分かんねぇだろ!」
「それをやるのが傭兵なんだろ!?戦争好きが、熊ごときでゴチャゴチャ言ってんじゃねぇ!!」
「やっぱり傭兵は異常よ!!狂ってるわ!!」
彼らの主張は止まらなかった。ふと、視界の端に小柄な中年男性の姿が見えた。
「ああ、皆さんご苦労様です。とりあえず、私について来て下さい。」
人垣をかき分けて入ってきた。身なりからして、役場か何かの人間だろう。彼と一緒に来た警官数人が群衆の間に道を作り、俺たちはどうにか抜け出す事ができた。
「本当に、ご迷惑をお掛けしました。」
役所の中に移動した俺たち。客間のような部屋でさっきの男が頭を下げる。
「いやいいんですよ?こう言うのも慣れっこなんで。」
「私は納得がいかんな。既に死者が出ていると言うのに……」
セシリアは不服そうにしている。
「今回みたいな事、よくあるんですか?」
俺は先程の男に聞いてみた。対応が手慣れている、と感じたからだ。
「ええ実は……つい先日もあったばかりなんです。刃物を持った犯人を警官が射殺してしまって……その度に何度も似たような事が……」
彼は少し言いづらそうにしていた。
「なるほどな。どこにでもいるんだな。そういう連中。」
セシリアはもう納得したそうで、首を縦に振っている。俺もニュースで見た事がある。事件に対して過剰に反応する連中の事を。
「ちなみに彼ら、この村の住人じゃあないんですよ……全員、遠くの街の方から来てるんです。」
役場の男は、小さな声でそう言った。
登場した銃器のモデル
スキーストック→モシン・ナガン
ブルーム→M1897
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
性的イジメ
ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。
作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。
全二話 毎週日曜日正午にUPされます。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる