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あれからシェダル侯爵令息は、私のことをいつも睨んで来るようになった。

何かをするのではなく、ただ見てくるだけ。

私が変な人だと言ったのを怒っているのだろうかと思ったが、あの日、謝罪してきたというところから、案外誠実な性格なのかもしれない。

副会長が怖いと周りから恐れられているのは、猛禽類のような鋭い瞳と冷静沈着で公正すぎる態度。感情を感じさせないその言動はまさに、氷の検事。

父は裁判官なのに、検事というのは少し違う気もするが、突っ込むのはよそう。

美形だが瞳以外は日本人と変わらない容姿を見て、やはりここは乙女ゲームの世界だと思う。

彼の見た目から怖いとは私は思わない。
恐れる気持ちになれないのは、前世の父を思い出すからだ。

父は、元エリート警察の私立探偵だった。事件を解決できず徹夜を3日することもザラにあり、その時の目の下の出来具合が、副会長とそっくりなのである。

みんな彼を恐れ慄いて態度を萎縮する者が多い。
私は真逆の反応だったから、危険人物だとして注視しているのだろうか。

それなりに注視しているなら、何かあれば関わってくるだろう。
そういったアクションもないまま睨んでくるのは、私のことが単純に気になっているだけなのかもしれない。

目付きがキツイのは、きっと生徒会の仕事とかで疲れているのだろうと思い放置しておいた。




あれから2週間が経つ。
シェダル副会長は私の周りを彷徨くようになった。
偶然を装う場合が多いが、私が周囲から悪口など言われていると、その場に急に彼が現れて、結果的救われる。

私の無罪は証明できたが、私の評判は依然として悪く、捻くれたものの見方で考えると、誰かが意図的に陰口を流しているようにも思えた。

そんな私をタイミング良く救ってくれる副会長は、まるでヒーローのようだった。

今まで時々知らないうちに物を隠されたりすることもあったが、彼が私の周りにいるおかげでそれがパタリと消えた。


彼の誠意は十二分に知ったし、許してあげようと思った。

話があると呼ぼうと思ったが、シェダル副会長は多忙だ。

急に呼び出すのは迷惑になりそうなので、どうしようかと生徒会室の前でうろうろしていると、
「ハーシェル令嬢。何?シェダルに何か用事でもあるの?」


振り返ってみると、エルライ殿下だった。
急に後ろから話しかけられて驚いた。


「あの副会長にお話があって。今は忙しそうなので、お時間がよろしい時はないでしょうか?」

「夜なら大丈夫だと思うよ。今は部活動の時間だから厳しそうだけど。」

少し考えながら答えた殿下は、今は決済の時期に近いので、シェダルはやることが多くて大変であることを私に伝える。殿下は、今日は公務がなかったので手伝うことになり生徒会室に来たらしい。
普段の業務は、副会長と会計二人だけでやってるみたいなんだ。休みを与えてあげたいとぼやいた。

「そんなに忙しいなら、雑務担当の者を生徒から選出するのはどうでしょうか?」

「派閥争いもあって、両方受け入れるとお互い蹴落としあうことが過去何代かと生徒会であってね。本当に信用できる者しか入れないようにしてるんだ。」

この世界の貴族社会は、前世の政治家とあまり変わらないものだと知り、ショックを受けた。

「派閥争いに関係ない者を選ぶのはどうでしょうか。例えば、私みたいな学問一筋みたいな変わった家から選ぶとか。」

暫く殿下との間に沈黙が続く。
自分なりに意見してみたが、差し出がましい提言だったらどうしようと思うと、

「君のその着眼点、すごく欲しいな…是非我が生徒会に入会してみない?」

「学問に専念したいので、お断りします。」

殿下の提案をお受けしないのは心苦しいが、学者の娘として勉強に専念したいとお断りすれば許してくれるだろうという甘え。

それと、乙女ゲームの舞台は、生徒会に入会する話も多いと前世の知人が言っていた。私は俗に言う名もなきキャラの一人だと思っているので、入会する行為が、ストーリーの改変に繋がるのなら、万が一、ヒロインから報復される恐れがある。

この前のような形で、冤罪をかけられそうになるなどといったことがまた起きるかもしれない。
同じようなことが何度も起きると、想像すると心が壊れそうにもなる。

「やはりそう言うと思ったよ。私からの申し出を断るのは不敬だと知りながら、でも断る勉学にひたむきな意思。欲もなさそうなので、信頼できる。是非、生徒会員になって欲しいのだけどダメかな?」

「殿下からそう言われると誰も断れないのでズルいですよ。そうですね…現生徒会員と教師全員の了承があれば考えても良いですが。」

すごく悲しそうな顔をしたので、申し訳ない気分になり思わず、言ってしまった。

例え、生徒会員は私のことを認めたとしても、教師陣は違う。私は過去、数学の教科書の内容に誤りがあると教師に指摘したことがあった。その教科書を作ったのは、その教師の師匠らしく、すごく怒られてしまった。
それからというもの、彼の授業中は全く当てられることはなくなり、嫌われてしまったのだ。

学者はプライドを持って自分の研究に取り組む、恩師の研究を一言で一蹴されるのは屈辱だったのではないかと、鈍感な私は最近になって気がつき後悔した。

誤りを正すべきだという考えはごもっともだが、配慮が足りなかった。そんな私が生徒会の顔になる生徒会員に、選ばれることはないという自信もあった。

「了解したよ。早速本日の議題にしてみるよ。悪いけど、部活動の活動時間が終わるまで図書室か中庭で星を見ながら待っててくれても構わないかな?」

私は快諾した。話が終わると殿下は、そそくさと生徒会室に入っていった。


時間になるまで望遠鏡の組み立てと何か星が見えそうなら入れてみようと思った。今日は時間があるから、いつも使ってる持ち運び可能な小さな望遠鏡ではなく、大型の大砲のような形をしたもの出そうと思う。

よく物がなくなってしまう私だったが、唯一大切なものを置いておける場所がある。それは物理準備室だ。

この学校の物理教師は私の父の大ファンらしく、私のことを時々気にかけてくれる方だ。そういう意味では、この学校の中では唯一の理解がある人物かも知れない。
自作した望遠鏡を置かせて欲しいと頼んでみると、了承してくれた。

それから私は、望遠鏡の置き場所である物理準備室から機材を運び、中庭に揃えていく。

望遠鏡の筒の長さは約2m。機材が大き過ぎて、毎回運ぶだけで半刻も過ぎてしまう。前世の世界にあった台車があったらなぁと、切実に思うのだった。



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【付録】 


《大砲のような望遠鏡について》
 ちゃんと名前が付いていて、ドブソニアン望遠鏡(ニュートン反射鏡)と言います。大きくて持ち運びは大変ですが、星を探すのには向いていて天文愛好家達に大変好かれています。
 ちなみに、この世界にはスチールなどの金属の合金技術はまだ見つかっていないので、主人公は木材と鏡を使い望遠鏡を製作しています。
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