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泣き顔見せて、お母さま。
しおりを挟むーーーガシャン!
投げ付けられた花瓶は、無惨に砕け散った。冷たい板貼りの床にゆっくりと水が広がっていく。ヌメりのある汚い水に、渇ききって茶色くなった薔薇の花びらが浮く。
「アンタなんか……。」
今にも降り出しそうな曇り空が見える窓を背に、髪を振り乱して女は叫んだ。
「……アンタなんか、産まなきゃ良かった!!!」
。。。
……………
……………
……………。
「……………は?」
このタイミングで前世を思い出す奴がいるだろうか。実の母親に『産まなきゃ良かった』宣言されるそのタイミングで。
「アンタを産んでから散々な人生よ!私は顔が良ければ誰でも食ってきたわよ。産むつもりなんてなかった!公爵様の子ども産んだら玉の輿乗れると思って産んだのに、何よ!アンタは女だし、」
自分の状況がよく分からない。なんでいきなり罵倒されてんの?
……いや、状況ならよく分かっている。
ヘルジダール公爵の愛人の娘。それが私。
10年前、公爵様が鷹狩の際に立ち寄った村の宿で、当時看板娘だった私の母親・メルル。メルルの愛らしさと鷹狩の興奮も相まって、捕食欲(笑)が高まったのだろう。公爵は正妻がいるにも関わらず、看板娘に手を出してしまった。で、その時に出来たのが私ってワケ。
公爵様は自分の領地に帰り、看板娘は妊娠と出産を経験。宿を経営する両親に支えられつつ、近所の男どもにチヤホヤされつつ、田舎でひっそりと公爵の落とし胤を育てていた。それなりに、というか普通に暮らしていたと思う。
……事件が起きたのは去年のことだ。
9年も前に一度抱いた女を急に思い出したらしく、公爵様が元看板娘に会いに来たのだ。後から聞いた話だが、この頃公爵様は、正妻と世継ぎのことで絶賛喧嘩中だったらしい。公爵様が「世継ぎとか関係なく気持ち良くなりたい」とかほざいてたのを聞いたことがある。
悲しいとか、ショックとか。そんなものより先に、怒りが沸く。そして、だからこそ、反射的に言ってしまった。
「そんなん、こっちだって『産んでくれ』なんて一言も頼んでないんですけど???」
「ぇ……………?」
地団駄を踏んでいた母親は、娘のいきなりの反撃に固まってしまった。
「『産まなきゃ良かった』なんてさ、私に言われても困るんですけど?ねぇ知ってる?受精卵に意識は無いんですよ。こっちが産まれようとして産まれるワケじゃないの。てか産みたくなかったんなら、堕ろせば良かったんじゃないの?娼婦って堕胎剤?とか持ってるんじゃないの?ねぇ。」
「」
「……あっは♡」
その顔!公爵様をオトした愛らしくも色っぽい、その顔が。私によって、涙でぐちゃぐちゃになっている。
齢10にして、いや、前世も含めたら40にもなる私は、性癖が歪み切っていた。
「泣き顔かっわい♡♡♡」
応援ありがとうございます!
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