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3巻

3-3

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「それで、どうすれば良い?」
「本来、ドラゴンは理知的な生き物よ。むやみに人を襲わないし、無益な戦いはしないわ。それに、相手の強さもわかるはず」
「とてもそうは見えないのだが……」

 上空のドラゴンは、明らかに怒りで我を失っているように見える。

「まあ、まずは冷静になってもらうためにも……ガツンといきましょう。ヒュウガがいて良かったわ。お願い、力を貸してくれる? ドラゴンは個体数が少ないから、あまり殺したくはないの」
「わかった、できるだけ殺さないようにする。クラリス、俺が奴の目を覚まさせればいいんだな?」
「ヒュウガ……ありがとう。ふふ、やっぱり貴方って最高ねっ!」
『ここにいたかっ!』

 軽く十メートルを超える巨体が地上に降り立つ。どうやら、二本足で立つタイプのようだ。
 すでに大剣を構えていた俺は、そのまま接近する。

小癪こしゃくな!』

 まるで大木のような腕が振り下ろされる。その爪一本一本が、俺の剣と同じサイズだ。
 だが――俺は剣を水平に払う。
 大剣と爪が激突し、俺の身体が衝撃でわずかに後退する。

「くっ!?」

 この世界に来て、初めて力負けしたな。なるほど、最低でもAランクということか。
 さて、そうなると手加減が難しいか……本気で戦っても勝てるかどうかだ。

『我の爪が弾かれた? たかが人間ごときに?』

 ドラゴンの方も少し戸惑っている様子だ。これならいけるか?

「なあ、俺達は敵じゃ……」
『……その強さは人外クラス! 我を殺し、さらなる力を得ようというのだなっ! 許さんぞぉぉ――!』

 なんか、盛大な勘違いをされているような……

「ヒュウガ! 退いて!」
「おわっ!?」

 突然、俺の真横をクラリスの風魔法が通り過ぎる。しかし、ドラゴンが放った火の玉とぶつかって、風の玉が消滅してしまう。
 俺は飛来する火の玉を大剣で打ち払う。

「参ったわね……水属性じゃないと厳しいわ」

 クラリスが歯噛みする。
 確か、風は火に弱く、火は水に、水は土に、土は風に弱い、という相性だと聞いたな。

『うぬぅ、はぐれエルフまで! 人間と手を組むとはっ!』
「うるさいわねっ! そっちこそ何よっ! いきなり襲ってきて!」
「お、おい? そんなに喧嘩腰けんかごしでは……」

 俺はクラリスをたしなめるが……

『クギャャァァ――!!』

 鼓膜こまくを破るような声が響く。

『我が同胞のうらみを思い知れ――ヘルファイア』

 次の瞬間――目の前があかく染まる。

「クラリス! 俺の後ろへっ!」

 視界を覆い尽くす炎……なんという範囲だっ!? 逃げ場はない……ならば!
 俺は剣を上段に構え、炎が近づくタイミングで……全身全霊の力を込めて振り下ろす!

「ハァァァ!!」

 気合いと共に放った俺の斬撃の軌跡に沿って、炎の奔流ほんりゅうが真っ二つに裂ける。
 ドラゴンとクラリスの驚きの声が重なる。

『バ、バカなっ!? 我がブレスをぶった切っただと!?』
「す、凄いわね……まさか、あのブレスを真っ二つにするなんて」
「いや、俺だけの力じゃないさ。ノイス殿の剣のおかげだよ」

 ノイス殿がくれた剣じゃなければ、高熱で溶けていただろう。

「あのドワーフね……ムカつくけど、今は感謝しておくわ」
『我のブレスを斬るほどの業物わざもの……それはドワーフの剣! 欲しいっ!』

 突然、ドラゴンの目の色が変わった。殺意よりも興味が上回っている様子だ。

「はい?」
「ドラゴンは財宝とかレア物が好きなのよ。そういう稀少品きしょうひんを集める習性があるの」
「へぇ、そういうものか」

 だが、どうする? 殺してはいけないといっても、このままでは……

「なあ、殺さなければ良いんだよな?」
「え、ええ……」
「どこなら斬っても平気だ?」
「……尻尾かしら? 確か、再生するはずよ」

 まるでトカゲだな。

「よし……ではクラリス、奴に隙を作ってもらえるか?」
「いいわ、任せなさい……特大のをかましてあげるわ……!」

 どうやら、クラリスは先程撃ち負けたことが相当悔しかったらしく、闘志をみなぎらせている。

「では、俺は魔法が発動するまでの時間稼ぎといこう」

 再び、爪と大剣が交差する。

『フハハッ! お前を殺して、その剣を頂く!』
「趣旨が変わってるじゃねえか!」

 剣一本では手数が足りない。両腕から繰り出される攻撃を防ぐだけで精一杯だ。

『フハハッ! そんなものかっ! 死ねぃ!』
「こっちが何をしたか知らないが……いきなり攻撃してきて、しまいには剣を頂く!? ふざけるなァァァ!」

 苛立ちに任せて渾身こんしんの力を込めて、爪を叩き折る。

『グァァァ――!?』

 ドラゴンがひるんだ隙に、クラリスに合図を出す。

「クラリス!」
「ええ! 避けてねっ! ……風の精霊よ、我が友よ、いにしえの盟約により、なんじの力を我に貸したまえ――シルフィード!」

 クラリスの手から直径三メートルを超える風の塊が発生し――ドラゴンに直撃する。
 それを胴体に食らったドラゴンの大きな体がよろめく。

「今よっ!」
「おうっ!」

 すでに走る準備をしていた俺は、すぐにトップスピードに到達する。
 そのまま、奴の後ろに回り込み……

『や、やめろオォォォ―!?』
「はっ!」

 大木のような尻尾の先を切断する。

『ギャャャー!?』

 絶叫とともに、ドラゴンが地に伏せる。

「さて……これで、どうなる?」

 というか、この尻尾……食べても良いんだろうか?
 なんか、良い感じにサシが入っていて、臭みもない。めちゃくちゃ美味うまそうだけど。

「ヒュウガ!」
「おう、凄いな。あの、シルフィードって魔法?」
「まあ、風魔法で最強の技だからね。本当ならもっと威力があるけど、今の私ではこれが限界ね」

 そこで、倒れていたドラゴンの身体がピクリと動く。

『な、何故トドメをささなかった?』
「いや、殺しちゃダメだって言うから」

 クラリスが話を引き継ぐ。

「貴方はレッドドラゴンの成体ね? アンタ達は、ただでさえ数が少ないんだから。これ以上減ったら困るわ」
『いかにも、我はレッドドラゴン。そう言うお主はハイエルフか。何故にハイエルフがこんなところに?』
「簡単よ、引きこもりに飽きたのよ」
『フハハッ! 良い答えだっ! あの口煩いエルフの連中とは違うようだっ!』
「まあ、そうね」
『それにしても、ハイエルフと一緒にいる人間……我を倒すその力……もしや勇者か!?』
「はい?」

 え? 三十路みそじで勇者とか、きついんだが。

「違うわ、ヒュウガは勇者じゃないけど、異世界人で……」
『異世界人なのに勇者じゃないとは、これいかに?』

 ドラゴンが首を傾げている。

「異世界人って、みんな勇者なのか?」

 漫画なんかではよくある設定だけど。

「そういうわけじゃないわ。こっちに来て生き残れる異世界人は、大体名を残すわ。その中に、勇者と呼ばれる人がいたってだけよ」

 クラリスはそう答えると、ドラゴンに向きなおった。

「話がややこしくなるから、まずは貴方が事情を話しなさい。何せ、敗者ですもの」
『うぬぅ……致し方あるまい。我はまさに敗者なのである。ある日突然、変な男が現れて、そいつに負けて逃げてきたのだ。まさかドラゴンたる我が、人族ひとぞくに連続で負けるとは……』
「えっ!? あなたを負かす人間が他にも?」
『うむ、奴は強かった。負けたのは我の実力不足だが……おかげで我は縄張りを追放され、あてもなく彷徨さまよう羽目になった』
「それで、ここに来たってこと? えさであるワイバーンがいるから」
『うむ。他のドラゴンもいないし、弱い魔物しかいなかった。ぐぬぬ……ようやく安住の地を見つけたと思ったのに……』

 心なしか、ドラゴンは泣きそうに見える。なんか可哀かわいそうになってきたな。

『して、強者よ……異世界人とな?』
「ああ、ヒュウガだ。こっちはクラリス。アンタの名前は?」
『我が名はドレイク』
「そうか、よろしくな。ところでクラリス、ドラゴンっていうのは、全員こんなに強いのか?」
「いえ、ドラゴンの中でも強い個体よ。弱い個体だと、ゴランクラスでも倒せる場合もあるわ。といっても、ゴランも十分に強いんだけど」
『勇者じゃないのに我より強いとは……あの男より強いかもしれんな』

 ドレイクは何やらブツブツ言っているが、とりあえず、その男は置いといて……

「ドレイク、これからどうするんだ?」
『で、できればここに住まわせてくれると助かる』
「うーん、どうしようかしら? ギルド的にも色々考えないといけないわねー。今まで人を襲ったの?」
『そんな真似はしとらん。というか、我が襲われることはあっても、襲うことはない』
「いや、俺達は襲われたけど?」
『す、すまぬ……少し気が立っていてな』

 俺のツッコミに、ドレイクが視線を泳がせる。

「まあ、事情を考えると仕方ない部分はあるわね。ここでは、私達が初めてってことね?」
『うむ、こちらに来てからは人に会うこと自体が初めてだ』
「そう。私達も生きてるし、ある意味で、貴方はラッキーだったわね。もし人に手を出していたら、さすがにかばえないし」
『う、うむ……言われてみれば。お主達は、あの男とは違って我を殺す気がなかったしな』
「というわけで、ヒュウガ。できれば許してあげてほしいんだけど……」
「ああ、良いよ。クラリスが言うなら、仕方ないさ」

 俺がクラリスに頷くと、ドレイクは不思議そうに首を傾げる。

『よいのか? 我を倒せば、さらに強くなれるというのに……さらには、ドラゴンスレイヤーという称号も得られる』
「ああ、名声はもう十分すぎるほどだし。ただ……これ、食べてもいいかな?」

 俺は一メートルほどの尻尾を指差す。肉質は良さそうだし、食べ応えもある。

『うむ、問題ない。尻尾ならまたえてくる』
「ありがとうございます。美味おいしく頂きますね」

 もう敵ではないので、きちんと礼を言って、お辞儀じぎする。

『クク……フハハッ! いやはや、異世界人とは面白い。我を殺せる力があるのに殺さず、ましてや礼を言うとはな』
「まったくね……でも、ヒュウガが特別なだけよ。他の異世界人も見てきたけど、欲深い人間もいたわ」
「過ぎたる欲望は身を滅ぼすって言うし。いくら力があっても、それをむやみに振り回すような真似はしたくない」
『うぬぅ……奴に聞かせてやりたい。とにかく気に入った!』

 ドレイクは感心した様子でそう言うと、自分の爪で鱗をって、俺に差し出した。

「あら、ドラゴンの鱗ね。これがあれば、良い武器や防具が作れるし、売れば大金になるわ」
『あとは、お主が折った爪も持っていくがよい』
「おおっ! ありがとう! 領主さんからの報酬と合わせれば、これで家が買えるかも!」

 あっ、でも、ゴランやノエル達の装備を整えてやりたいな。

『うむ! では、我はこれにて。もし用があるならいつでも来るがいい、気配は覚えた』
「貴方、ここには他のハンターも来るわ……わかってるわね?」

 立ち去ろうとするドレイクに、クラリスが釘を刺す。

『うむ、襲わないと約束しよう』
「ならいいわ。こっちでも通達は出すから。それでも襲ってきたら反撃していいわ。でも、もし無関係な人を襲ったら……ヒュウガを行かせるわ」
『き、きもめいじておく……まだ嫁さんもいないのに死にたくはないのでな』

 二人とも、人をなんだと思っているんだ? ドラゴンとハイエルフにまで人外扱いされるとは……いや、もういい加減あきらめてはいるけど。

「そういえば、貴方はどこに住んでいるの?」
『人がなかなか上がってこられぬ頂上付近にいる。命を見逃してもらった身だ。何かあれば力になろう』

 話が終わると、ドラゴンは飛び去っていった。

「いや、なんというか……疲れたな」
「ふふ、でも楽しかったわ。なかなか刺激的な冒険だったし」
「なら良かったよ。これで少しは恩返しができて。何より、一緒にいたのがクラリスで良かった」
「ど、どういう意味よ?」

 クラリスが何故かほおを赤らめてモジモジしはじめた。

「いや、他の連中だとドラゴンとは戦えないだろうし。エギルやゴランなら戦えるけど、二人とも近接タイプでバランスが悪いしな」
「……そう」

 さっきとは一転して、クラリスが不機嫌そうな顔に変わっている。
 まずい……何かわからないが、彼女がさわることを言ってしまったのは確かだ。
 俺は慌てて取り繕う。

「ほ、ほらっ! クラリスは頼りになるし! 背中を預けられるっていうか!」
「まあ、いいわよ。元々期待はしてないし、まだまだ時間はあるしね。しばらくはユリアに譲るとするわ」
「……なんで、そこでユリアの話に?」
「そんなのは自分で考えなさい。まったく……あの子も苦労するわね。ふぅ……」

 クラリスはそう言って、大きなため息をついた。
 それにしても、彼女は何やら疲れた様子に見える。

「疲れたか?」
「まあね。魔力を相当使ったから……さすがにシルフィードはきついわ」
「それって風の精霊ってやつか?」
「そうよ。四大精霊の一柱が一つ、風の王シルフィードよ。ちなみに、他にも火の王サラマンダー、水の王ウンディーネ、土の王ノームがいるわ」
「へぇ、見えないけど、精霊ってものが存在しているんだな」
「一つの独立した存在と言うよりも、そこかしこに宿っているって認識ね。湖や川には水の王が。火山や暖炉には火の王が。畑や農地には土の王がって感じにね」
「つまり……風の王は、この周りにいるってことだな?」
「そうよ。風は空と大地に常にあるわ。それらを集めて放ったのが、あの魔法ってわけね」
「なるほど、勉強になるよ」
「ふふ、また機会があれば教えるわ。さあ、帰りま……ぅ……」
「お、おい!?」

 倒れそうになるクラリスを、俺はとっさに支える。
 どうやら、相当消耗しているのに、やせ我慢をしていたようだ。

「なんですぐに言わない!?」
「ご、ごめんなさい。だって……ヒュウガにとって、頼れる者でいたいもの」
「まったく、十分に頼れる女性だよ。ほら、背負っていくから、乗って」

 俺はクラリスに背を向けてうながすが、彼女は躊躇ちゅうちょして後ずさる。

「へっ? ……い、いいわよ! 別に!」
「頼むよ、嫌だと思うけど、心配だ」
「い、嫌じゃないわよ! ……わ、わかったわ」

 改めて、クラリスを背中に乗せる。
 しかし、羽のように軽いな。同時に、柔らかな感触があるが、気にしてはいけない。

「よし、では行くぞ」
「う、うん……」

 こんなにしおらしいクラリスは初めてだな……
 俺はクラリスに負担がかからぬように、慎重に走り出した。
 そして、昼過ぎには町に帰ることができた。


「ここで降ろしてちょうだい」

 町に入ったところで、クラリスが俺に声をかけた。

「ん? ああ、見られたら恥ずかしいか」
「そんなことないけど……よっと」

 クラリスが俺の背中から軽快に飛び降りる。

「よし、平気そうだな」
「ええ、おかげ様でね。ありがとね、ヒュウガ」
「いや、これくらい構わないさ。さあ、行こう」

 ひとまずハンターギルドに向かうが、クラリスが入り口で立ち止まる。

「じゃあ、ここでいいわ」
「ん? 中に入って報告とかはいいのか?」
「私が一緒にいたしね。私が手続きをしておくわ。貴方は他にやることがあるでしょう? その代わり……」
「ああ、アイスクリームやパンケーキを作るよ」
「ふふ、楽しみにしているわね」

 ギルドに入っていくクラリスを見送って、俺も宿に戻る。
 宿の庭では、ノエルとセツが遊んでいた。
 俺は足元にまとわりついてくるセツを抱き上げ、ノエルの頭を撫でる。

「お父さん! お帰りなさい!」
「ただいま、二人とも。ご飯は食べたか?」
「ゴラン叔父さんがお店屋さんに連れていってくれましたっ!」
「おお、そうか。では、礼をしないとな」
「あ、兄貴……お帰りなさいませ」

 振り返ると、満身創痍まんしんそういのゴランの姿があった。そしてその隣にはエギルがいる。

「何があった、ヒュウガ? お主にしては、疲労が見えるが……?」
「実は……」

 エギルの質問に答え、俺は今日の出来事を説明する。

「なるほど……ドラゴンか」
「さすがに驚いたよ」
「ハハッ! 驚くだけで済むのが、お主の凄いところよ! 我ですら、勝てるかどうかわからん相手だというのに。とにかく、無事で良かった」

 話を聞いたエギルが肩をすくめた。
 部屋に戻った俺は、早速依頼のパンケーキ作りに取り掛かる。
 ちなみにゴランはまたエギルに連れ出されている。

「卵は大量にあるし、牛乳やバターもある。そういえば、今更だけど、蜂蜜はちみつってないのか?」
「お父さん、蜂蜜って?」
「蜂が集めた花の蜜だ。こう、甘い匂いがして、ねばーっとしているんだけど」
「うーん……わかんない。でも美味しそう!」
「キャン!」

 ノエルとセツは蜂蜜を食べたことがないようだ。もしかしたら卵と同じようにあまり出回っていないのかもしれないな。
 まあ、ないものを考えても仕方ない。ひとまずは、あるもので代用していこう。


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