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1巻
1-2
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「あのー、ユリアさん。彼らは何故喜んでいるんですか?」
「ああ、すみません。実はですね……良い意味でも悪い意味でも、異世界人はこの世界に影響を与える存在として知られています。ある時は文明の発達を促したり、またある時は魔王となって世界を恐怖に陥れたりと、様々です。なので、貴方の返答次第では……こちらも覚悟をしなければなりませんから」
俺は異世界に革命をもたらせるほど賢くないし、魔王なんかになるつもりもない。
「安心してください。俺はそういうのにはあまり興味がありませんから」
「ええ。ひとまずは良しとします。ただ、はじめのうちは監視しますが、お許しください。あと、この町で貴方のような異世界人を扱うのは荷が重いので、後日私が大きい都市に連れて行きます。それまではこの町に留まってください」
「はっきり言ってくれて助かります。事情はわかりますから、どうぞ監視してください。では、町に入っても?」
俺がそう聞くと、ユリアさんは言いにくそうに切り出した。
「はい、大丈夫です。ただ、規則で町に初めて入る人には通行料を頂いているのです」
「そうなんですか。でも、俺はこの世界のお金を持っていません……」
「ええ、そうでしょうね。でもご安心を。そこのレッドベアーを買い取らせていただきます。そのお金を通行料にあててください。宿もそれで取ると良いでしょう」
「あ、なるほど。ありがとうございます!」
「いえいえ。こちらこそ。良い人そうで助かりました。では、お入りください」
こうして俺は、無事に町に入ることができた。しかも、ユリアさんが宿まで案内してくれるらしい。なんていい人なんだ! 美人なだけでなく、性格まで良いとは!
宿への道すがら、彼女がアメノカム神について説明してくれた。
アメノカムとは、世界と世界の狭間に住むとされる神である。
雄鹿の姿で現れて、気に入った人間を誘い、祝福を授けるそうだ。
その効果は吸収率アップと、言語能力。
吸収率アップは、魔物を倒すことで得られる経験値のようなものをより多く得られるという効果だそうだ。それによって、力が強くなったり、足が速くなったりする。
言語能力は、言葉を解する全ての種族と意思疎通が可能になるというもので、文字を書く場合なども、特に意識しなくても相手にとって適切な言語に自動変換されるらしい。
なるほど……それでユリアさん達と意思疎通ができているんだな。当たり前のように言葉が通じるので、気がつかなかったが、アメノカムのおかげだったんだな。
そして、お金の説明も受けた。
日本円に換算すると、銅貨一枚が十円、鉄貨一枚が百円、鋼貨一枚が千円、銀貨一枚が一万円くらいの価値になるようだ。また、一般にはあまり流通していないが、金貨と白銀貨というものもあって、それぞれ十万円と百万円になる。持っているのは貴族や大商人くらいなので、扱いに注意が必要とのことだ。
「――で、俺が貰ったのは金貨二枚と、銀貨八枚……結構ありますね」
「はい、平民であれば……一年は暮らしていけます」
そんな説明を受けているうちに、宿にたどり着いた。
「詳しい説明は明日しますので、今日のところは失礼します。明日私が迎えに来ます。すみませんが、それまでは宿を出ないでください」
「ええ、わかりました。何から何まで、ありがとうございます」
そして、ユリアさんは去って行った。
「さて、宿に入るか」
俺が案内されたのは、ベッドがあるだけの六畳ほどの部屋。清潔感はあるし、シャワーも使える。田舎暮らしが長かった俺には十分だ。
ちなみに一泊食事付きで、鋼貨一枚と言われた。
俺は荷物を置いて、ベッドにダイブする。
大人しくしていたセツを労い、頭を撫でてやる。
柔らかいし、とても小さい……責任を持って、俺が育てなくては。
セツは「ククーン……」と鳴いて、気持ちよさそうに目を細める。
「いやー……それにしても濃い一日だったな。一晩寝て目が覚めたら、日本に戻っている……わけないか」
とりあえず、町に留まってくれと言われたけど……明日から俺は何をすればいい?
さっきは勢いで料理をしたいと言ったが、何から手をつければいいかもわからない。
◆ユリア
私は、ユリア・カサンドラ。町の巡回中にいきなり呼び出された。
町の門に着いてみると、部下達が見慣れない顔の人物を取り囲んでいた。
どうやら、レッドベアーを倒すほどの猛者らしい。そして見たこともない子狼も連れている。今は大人しくしているが、レッドベアーを倒すほどの者に暴れられたら、止める自信はない。私はこの怪しい人物を、慎重に尋問することにした。
……そして、私は衝撃的な言葉を耳にする。
奴は異世界人なのだという。そんなものはお伽話の中の存在だと思っていた。
この大陸に現れたのはいつぶりだ?
水晶でステータスを確認して、私はさらに驚愕する。
なんと、奴のステータスはA級……いや、下手をするとS級ハンターに匹敵するものだった。
ハンターとは、魔物を倒して糧を得る職業で、俗に言う冒険者だ。
S級ともなると、伝説的な存在と言ってもいいほどである。
しかし、こいつは今さっき迷い込んだと言った。いくらレッドベアーを倒したとしても、それだけでは、ここまで成長しない。おそらく、アメノカムが関係しているのだろうか。
『ラッキーマン』という称号も関係していそうだが、専門家ではないので、わからない。
後で調べる必要があるな。
これほどのステータスがあるのに料理人になりたいなど……なかなか愉快な奴だ。
どうもこいつは、自分のステータスがどんなに凄いか、わかっていないようだ。良からぬことを考えられては困るので、今は黙っておこう。
幸い、この人物はまともらしい。物騒な顔に似合わず言葉遣いは丁寧で、好感が持てる。
宿に案内した際も、こいつは私にいやらしい視線を向けなかったし、最後まで丁寧だった。ふむ、意外と紳士なのかもしれんな。
……いや、まだ油断してはいけない。
とりあえず町に留まらせることはできた。明日一日観察して、見極めるとしよう。
◆
ん? なんだ? くすぐったいな……
目を開けると、セツが顔を舐めていた。
「おう、お前か。おはよう、セツ」
「キャン!」
どうやら、夢を見ていたわけではなかったようだ。
シャワーを浴びようとすると、セツがトコトコとついてくる……可愛いな。
「そういえば、こんなとんでもない状況なのに、俺は割と落ち着いているな……」
もしかしたら、この子がいるから孤独や不安を感じないのかもしれないな。
「なんだ? セツもシャワーを浴びるか?」
俺がそう問いかけると、セツは興奮気味に尻尾を振って催促してきた。
「よし、おいで」
大人一人でギリギリくらいの狭いシャワー室にセツを抱えて入る。
こういう中世ヨーロッパっぽい世界だと、設備的にガスや電気は通っていないと思われるが、意外にもシャワーからはお湯が出た。どういう原理か気になるものの、素直にありがたい。
自分が軽く浴びた後、セツを洗ってやる。
「どうだ、セツ。気持ちいいか?」
「キャン!」
シャワーから上がり、部屋にあったタオルで体を拭く。
セツはブルブルと体を震わせて水を払うが、少し寒そうだ。
「シャワーはあるけど、さすがにドライヤーはないか……」
ひと息ついたところで、俺は昨日袋に入れたままにした金の兎の存在を思い出した。あの時は慌てていて血抜きするのも忘れていたが……大丈夫だろうか。
恐る恐る確認してみると、兎は全く傷んでおらず、臭いもなく、良い状態のままだった。
「何故傷まない? これが異世界仕様か? 本当によくわからん世界だ……まあ、考えても仕方がないから、とりあえず飯にするか」
部屋を出て下の階の受付に向かうと、宿の女将に声をかけられた。
「朝ご飯はまだだろう? あんたにお客さんが来てるから、食堂で一緒に食べな」
「俺にお客さん?」
女将さんの視線の先には……ユリアさんが立っていた。今日も騎士みたいな格好だが……相変わらず、綺麗だ。彼女は俺に気づくとぺこりと頭を下げた。
「ヒュウガ殿、おはようございます」
……は!? いかんいかん! 見惚れている場合じゃない!
「お、おはようございます! 待たせてしまいましたか?」
「いえ、大丈夫です。私も朝食がまだなので、ご一緒しましょう」
こんな綺麗な女性と食事だと!? 今まで経験したことないぞ!?
って、自分でも悲しくなってきた……やめよう。
「は、はい……失礼します」
俺は緊張しつつ、席に着く。女将さんに頼んで、セツにも器を用意してもらった。
ガチガチになっている俺を見て、ユリアさんが微笑む。
「ヒュウガ殿、そう硬くならなくてもいいのです。そうだな……私も堅苦しい敬語はやめて普段どおりにするから、貴方ももう少し気楽に接してほしい」
いや、俺が緊張している理由はそれではない……というより、慣れ慣れしくされると余計に意識してしまうのだが。
「では、頂くとしよう」
気を取り直して、テーブルに並んだ朝食の内容を見る。
フランスパンに似た細長いパンと、よくわからない肉の串焼きと野菜スープがある。
食べられないということはなさそうなので安心した。
「あ、すみません。作法とかありますか? 食事の席でしてはいけないことは?」
ここは異世界だ。何が失礼に当たるかわからないので、念のためユリアさんに確認する。
「ん? ああ、そうだな……特にはないな。種族によって信じる神は違うし、しきたりも違う。あまり気にしなくても大丈夫だ。そういうのも、後で説明しよう」
「ありがとうございます。では、いただきます」
まずは透き通ったスープを飲んでみる。
ふむふむ、味は薄いが悪くはない。きちんと出汁の深みがあるな。具はジャガイモやニンジンにタマネギ。俺が慣れ親しんだ野菜達だ。
「ふふ、異世界人の口には合わないか?」
「いや、そんなことはないです。ただ、元いた世界と同じ食材でびっくりしました」
「まあ、食べられるようなら良かった」
続いて、串焼きの肉を食べてみる。
「美味い! なんだこれは!?」
噛むたびに肉汁が出てくる。しかも、脂がしつこくない。程よい噛みごたえに……甘辛のタレも良い! 食べたことがある中では豚肉に近いが……どちらかと言えば猪肉か?
「ふふ、ヒュウガ殿は美味そうに食うな?」
「美味しいです! これはなんの肉ですか!?」
「オークの肉だな。ちなみに普通に売っているものだぞ」
「なんですと!? この美味さの肉が普通に売っているとは……凄いですね」
オークっていうと、豚人間みたいなモンスターか……う、うむ。そう考えると食べるのに若干抵抗を感じるが、この美味さを知ってしまったらやめられない。
祖父さん……俺は、この世界で生きていけそうです。
そうして、食事を終えた俺達は、部屋で話をすることになった。
満腹になったセツは寝ているから……あれ? 今更だが、こんな美人と二人きりの部屋?
いかんいかん、まずは信用してもらわないと……紳士だ、紳士。
「さて、改めて質問があったら聞こう。もっとも、私にもわからないことが多いが」
「では、まず……俺は元の世界に帰れますか?」
「おそらくは帰れないだろう。というか、未だに何故アメノカムが異世界人を呼ぶのかよくわかっていないのだ。転移魔法とも違うらしい」
そうか。しかし、これはなんとなく予想していたので、不思議とショックは少ない。
「なるほど。何か目的があって、呼ばれたわけではなさそうだと。それは楽でいいですね」
「ほう? 落ち着いているな。戻れないと聞いてパニックになったり、泣き出したりする者が多いと伝えられているが」
ユリアさんは若干驚いた様子で俺の顔を見る。
「ええ、そういう人は多いでしょう。特に、元の世界に大切な人がいる場合は。ただ、俺の家族は皆亡くなっていますし、俺自身も独身ですから。どこで暮らしたってあまり変わらないですね」
「そうか、ご家族はもう……すまない」
俺は暗い空気を誤魔化すために、努めて明るく言う。
「いえいえ、気にしないでください! あの、昨日聞いた以外にもいくつか気になることがあるので、答えてもらって良いですか?」
「ふふ、かえって気を遣わせてしまったな。ああ、いいぞ」
俺はこの世界の常識についてユリアさんに尋ね、それをメモしていく。
「一年は三百六十日で、全部で十二ヵ月。一ヵ月は三十日で、一日は二十四時間。曜日は火の日、水の日、風の日、土の日、闇の日、光の日を繰り返して一週間とし、基本的に光の日が休みになる。時計は存在するが、個人所有するには高価なので、市民は町の広場にある時計を見る、と」
「どうだ? 違和感はないか?」
「……むしろ、なさすぎて戸惑っています。曜日以外はほとんど同じですから」
過去にも転移者はいたわけだし、その人達が影響を与えた可能性はあるな。
「ならよかった。次はこの資料に軽く目を通してくれ。一つずつ解説していこう」
受け取った紙に、軽く目を通す。
俺が今いる国の名は、マルクス王国という。
この辺りは辺境の地と呼ばれているらしく、西には海、東には山々、南には未開の地、北には王都や町があるそうだ。
マルクス王国は人族中心の国だが、他種族も住んでいる。
ふむふむ……次は、種族か。
まずは俺たちのような人族。獣の顔や、獣の特徴を持つ獣人族。エルフやドワーフなどの妖精族。龍の角をもった龍人族。翼を持つ鳥族。そして、すべての種族の敵である魔族。
こういった種族が存在しているのだという。
「とりあえず、魔族については気にしなくていいから、今から説明する六つの種族を覚えれば大丈夫だ」
人族の一番の特徴は、その数の多さだ。大陸の人口の約七割を占める。
容姿は概ね似通っているが、肌や髪の色などは様々だ。
その人口に比例して広く社会活動を営んでいるが、貧富の差が激しい。貴族や王族は裕福で、平民や貧民は貧しい。厳しい格差社会の中で生きている。
獣人族は、人の姿に獣の特徴を併せ持つ種族で、血が濃いほどに獣に近い姿になる。
犬系獣人、猫系獣人、兎系獣人など、同じ獣人族の中でも細分化されている。当然、容姿や性格もバラバラだ。
共通する特徴は、優れた嗅覚と聴覚。また、筋力や速力が高く、魔力や知力が低い傾向にある。なお、犬系と猫系は仲が悪いので要注意だ。
次は、妖精族の中の一種、エルフ族。
耳が尖っていて、細身の体型をしているのが一番の特徴で、皆同じような整った容姿をしている。性格は神経質で、嘘などを嫌う。
能力的には筋力と体力が低く、魔力と知力が高い。
自分達の里から出ることは滅多にない。
そして同じく妖精族のドワーフ族。
身長が低く、成人でも百五十センチほどしかない。ずんぐりむっくりした体型だ。
陽気で豪快な性格をしている。
技力と体力が高く、魔力と速力が低い。
なお、様々な面で正反対なエルフ族とは反りが合わず、仲が悪い。
龍人族の一番の特徴は、大陸最強とも言われるその強さにある。
筋力と体力が特に高く、他の能力もそれなりに高い。
かつて一人の人間が龍神から血を貰ったことが、種の始まりと伝えられている。
容姿は人間に近いものの、背が高く、頭に二本の角が生えている。
普段は温厚だが、一度怒りだすと誰も止められないという。
ちなみに、強い者が大好きだそうだ。
鳥族は人に近い姿で、背中に翼が生えている。
同族内では、翼が大きければ大きいほど尊敬されるらしい。
性格はせっかちで、怒りやすい。人型種族の中で唯一飛べることを誇っていて、傲慢なところがある。
速力と技力が高く、筋力と知力が低い。
「……正直、理解が追いつかないですね」
「ふふ、まあ無理もない。追い追い覚えればいい。他にも聞きたいことはないか?」
「……あっ、昨日は忘れていたんですが、こういう小さい獲物も買い取ってくれますか? それから、これは昨日仕留めたものなのに、やけに状態が良い気がして……」
俺がさっきの黄金の兎を見せると、ユリアさんは信じられないといった様子で天を仰いだ。
「あの、ユリアさん?」
「あ、ああ。すまない……衝撃的な物を見てしまったのでな。だが、おかげで、貴方のステータスが高い理由がわかった。では、説明しよう」
ユリアさんによると、この兎はゴールデンラビットというとても珍しい魔物で、一生のうち一度でも出会えれば良い方らしい。元々の数が少ない上に、弱いので他の魔物にやられてしまうようだ。
その特徴は、なんと言っても経験値の多さにあり、普通の魔物の千匹に値するんだとか。
しかも俺は吸収率が十倍だから、魔物を一万匹倒したことになる。
ちなみに、魔物は倒してから魔力が消えるまでの二日程度は、状態が維持されるらしい。
「なるほど。じゃあ、俺のステータスは結構高いのですか?」
「そ、それは……まあ、高い」
「普通はどのくらいなのですか?」
俺が聞くと、ユリアさんは少し躊躇ってから口を開いた。
「……貴方を信用して、正直に言おう。前提として、経験値を得たとしても、必ず強くなるわけではない。元々の潜在能力が低ければ、いくら経験値を得ても、ステータスがそこまで上がることはない。それを踏まえたとしても、貴方のステータスは、この世界ではかなり高い部類に入るだろう。つまり、この国に貴方と戦える人は……数えるほどしかいない」
ユリアさんは明らかに怯えている。それほど強大な力を持っていると俺に自覚させて良かったのか、不安なのだろう。
ここは彼女を安心させなくては。
「そうなんですね。まあ、世界でどのくらい強いとか、俺には関係なさそうですね。何せ、料理人ですし」
ユリアさんは、ポカンと口を開けるが……美人はどんな表情でも綺麗だな。
「……そうか、関係ないか。はは! こいつはいい!」
そして、ユリアさんはおかしくて堪らないといった様子で笑いはじめる。
「いや、すまない。思ってもみない答えが返ってきたのでな。貴方がそういう人で、本当に良かった。突然大きな力を手にした者は、増長することが多いだろう?」
「まあ、中にはいますね。ただ、俺には祖父の教えがありますから」
「ほう? 聞かせてもらっても?」
「どんなに他人より秀でた能力があっても、それが威張ったり、偉そうにしたりしていい理由にはならない」
これは、俺が中学生の頃に言われたことだ。
当時の俺は、十四歳にして身長が百八十センチ近くあった。体格も大きいし、剣道も県内では敵なしだった。自覚はなかったが、多分思い上がって調子に乗っていたのだろう。
そんな折、両親が田舎からわざわざ祖父を呼んだ。
そして、俺は剣道で叩きのめされた。
この言葉は、その時に言われたものだ。
祖父の強さは、それはもう凄かった。戦争経験者で、剣道の腕は日本で五本の指に入るほどだったそうだが、当時七十四という高齢で俺を倒すのだから尋常ではない。
それなのに、祖父はいつも穏やかで、誰に対しても偉ぶったりしなかった。
そんな祖父のおかげで、俺は歪まずに済んだ……本当に、感謝しかない。
「それは立派な考えだ。なかなかできることではない。世の中の傲慢な貴族や、ハンターに聞かせてやりたいな」
「まあ、他人に強制するものではありませんから。人それぞれです。ただ、自分はそうするだけです」
「ふふ、私は貴方のことが気に入った。ヒュウガ殿は信用できる。たとえ、自分の強さを知っても変わらないと。それではステータスについて詳しく教えよう」
そう言って、ユリアさんは昨日使った水晶を出した。
「ああ、すみません。実はですね……良い意味でも悪い意味でも、異世界人はこの世界に影響を与える存在として知られています。ある時は文明の発達を促したり、またある時は魔王となって世界を恐怖に陥れたりと、様々です。なので、貴方の返答次第では……こちらも覚悟をしなければなりませんから」
俺は異世界に革命をもたらせるほど賢くないし、魔王なんかになるつもりもない。
「安心してください。俺はそういうのにはあまり興味がありませんから」
「ええ。ひとまずは良しとします。ただ、はじめのうちは監視しますが、お許しください。あと、この町で貴方のような異世界人を扱うのは荷が重いので、後日私が大きい都市に連れて行きます。それまではこの町に留まってください」
「はっきり言ってくれて助かります。事情はわかりますから、どうぞ監視してください。では、町に入っても?」
俺がそう聞くと、ユリアさんは言いにくそうに切り出した。
「はい、大丈夫です。ただ、規則で町に初めて入る人には通行料を頂いているのです」
「そうなんですか。でも、俺はこの世界のお金を持っていません……」
「ええ、そうでしょうね。でもご安心を。そこのレッドベアーを買い取らせていただきます。そのお金を通行料にあててください。宿もそれで取ると良いでしょう」
「あ、なるほど。ありがとうございます!」
「いえいえ。こちらこそ。良い人そうで助かりました。では、お入りください」
こうして俺は、無事に町に入ることができた。しかも、ユリアさんが宿まで案内してくれるらしい。なんていい人なんだ! 美人なだけでなく、性格まで良いとは!
宿への道すがら、彼女がアメノカム神について説明してくれた。
アメノカムとは、世界と世界の狭間に住むとされる神である。
雄鹿の姿で現れて、気に入った人間を誘い、祝福を授けるそうだ。
その効果は吸収率アップと、言語能力。
吸収率アップは、魔物を倒すことで得られる経験値のようなものをより多く得られるという効果だそうだ。それによって、力が強くなったり、足が速くなったりする。
言語能力は、言葉を解する全ての種族と意思疎通が可能になるというもので、文字を書く場合なども、特に意識しなくても相手にとって適切な言語に自動変換されるらしい。
なるほど……それでユリアさん達と意思疎通ができているんだな。当たり前のように言葉が通じるので、気がつかなかったが、アメノカムのおかげだったんだな。
そして、お金の説明も受けた。
日本円に換算すると、銅貨一枚が十円、鉄貨一枚が百円、鋼貨一枚が千円、銀貨一枚が一万円くらいの価値になるようだ。また、一般にはあまり流通していないが、金貨と白銀貨というものもあって、それぞれ十万円と百万円になる。持っているのは貴族や大商人くらいなので、扱いに注意が必要とのことだ。
「――で、俺が貰ったのは金貨二枚と、銀貨八枚……結構ありますね」
「はい、平民であれば……一年は暮らしていけます」
そんな説明を受けているうちに、宿にたどり着いた。
「詳しい説明は明日しますので、今日のところは失礼します。明日私が迎えに来ます。すみませんが、それまでは宿を出ないでください」
「ええ、わかりました。何から何まで、ありがとうございます」
そして、ユリアさんは去って行った。
「さて、宿に入るか」
俺が案内されたのは、ベッドがあるだけの六畳ほどの部屋。清潔感はあるし、シャワーも使える。田舎暮らしが長かった俺には十分だ。
ちなみに一泊食事付きで、鋼貨一枚と言われた。
俺は荷物を置いて、ベッドにダイブする。
大人しくしていたセツを労い、頭を撫でてやる。
柔らかいし、とても小さい……責任を持って、俺が育てなくては。
セツは「ククーン……」と鳴いて、気持ちよさそうに目を細める。
「いやー……それにしても濃い一日だったな。一晩寝て目が覚めたら、日本に戻っている……わけないか」
とりあえず、町に留まってくれと言われたけど……明日から俺は何をすればいい?
さっきは勢いで料理をしたいと言ったが、何から手をつければいいかもわからない。
◆ユリア
私は、ユリア・カサンドラ。町の巡回中にいきなり呼び出された。
町の門に着いてみると、部下達が見慣れない顔の人物を取り囲んでいた。
どうやら、レッドベアーを倒すほどの猛者らしい。そして見たこともない子狼も連れている。今は大人しくしているが、レッドベアーを倒すほどの者に暴れられたら、止める自信はない。私はこの怪しい人物を、慎重に尋問することにした。
……そして、私は衝撃的な言葉を耳にする。
奴は異世界人なのだという。そんなものはお伽話の中の存在だと思っていた。
この大陸に現れたのはいつぶりだ?
水晶でステータスを確認して、私はさらに驚愕する。
なんと、奴のステータスはA級……いや、下手をするとS級ハンターに匹敵するものだった。
ハンターとは、魔物を倒して糧を得る職業で、俗に言う冒険者だ。
S級ともなると、伝説的な存在と言ってもいいほどである。
しかし、こいつは今さっき迷い込んだと言った。いくらレッドベアーを倒したとしても、それだけでは、ここまで成長しない。おそらく、アメノカムが関係しているのだろうか。
『ラッキーマン』という称号も関係していそうだが、専門家ではないので、わからない。
後で調べる必要があるな。
これほどのステータスがあるのに料理人になりたいなど……なかなか愉快な奴だ。
どうもこいつは、自分のステータスがどんなに凄いか、わかっていないようだ。良からぬことを考えられては困るので、今は黙っておこう。
幸い、この人物はまともらしい。物騒な顔に似合わず言葉遣いは丁寧で、好感が持てる。
宿に案内した際も、こいつは私にいやらしい視線を向けなかったし、最後まで丁寧だった。ふむ、意外と紳士なのかもしれんな。
……いや、まだ油断してはいけない。
とりあえず町に留まらせることはできた。明日一日観察して、見極めるとしよう。
◆
ん? なんだ? くすぐったいな……
目を開けると、セツが顔を舐めていた。
「おう、お前か。おはよう、セツ」
「キャン!」
どうやら、夢を見ていたわけではなかったようだ。
シャワーを浴びようとすると、セツがトコトコとついてくる……可愛いな。
「そういえば、こんなとんでもない状況なのに、俺は割と落ち着いているな……」
もしかしたら、この子がいるから孤独や不安を感じないのかもしれないな。
「なんだ? セツもシャワーを浴びるか?」
俺がそう問いかけると、セツは興奮気味に尻尾を振って催促してきた。
「よし、おいで」
大人一人でギリギリくらいの狭いシャワー室にセツを抱えて入る。
こういう中世ヨーロッパっぽい世界だと、設備的にガスや電気は通っていないと思われるが、意外にもシャワーからはお湯が出た。どういう原理か気になるものの、素直にありがたい。
自分が軽く浴びた後、セツを洗ってやる。
「どうだ、セツ。気持ちいいか?」
「キャン!」
シャワーから上がり、部屋にあったタオルで体を拭く。
セツはブルブルと体を震わせて水を払うが、少し寒そうだ。
「シャワーはあるけど、さすがにドライヤーはないか……」
ひと息ついたところで、俺は昨日袋に入れたままにした金の兎の存在を思い出した。あの時は慌てていて血抜きするのも忘れていたが……大丈夫だろうか。
恐る恐る確認してみると、兎は全く傷んでおらず、臭いもなく、良い状態のままだった。
「何故傷まない? これが異世界仕様か? 本当によくわからん世界だ……まあ、考えても仕方がないから、とりあえず飯にするか」
部屋を出て下の階の受付に向かうと、宿の女将に声をかけられた。
「朝ご飯はまだだろう? あんたにお客さんが来てるから、食堂で一緒に食べな」
「俺にお客さん?」
女将さんの視線の先には……ユリアさんが立っていた。今日も騎士みたいな格好だが……相変わらず、綺麗だ。彼女は俺に気づくとぺこりと頭を下げた。
「ヒュウガ殿、おはようございます」
……は!? いかんいかん! 見惚れている場合じゃない!
「お、おはようございます! 待たせてしまいましたか?」
「いえ、大丈夫です。私も朝食がまだなので、ご一緒しましょう」
こんな綺麗な女性と食事だと!? 今まで経験したことないぞ!?
って、自分でも悲しくなってきた……やめよう。
「は、はい……失礼します」
俺は緊張しつつ、席に着く。女将さんに頼んで、セツにも器を用意してもらった。
ガチガチになっている俺を見て、ユリアさんが微笑む。
「ヒュウガ殿、そう硬くならなくてもいいのです。そうだな……私も堅苦しい敬語はやめて普段どおりにするから、貴方ももう少し気楽に接してほしい」
いや、俺が緊張している理由はそれではない……というより、慣れ慣れしくされると余計に意識してしまうのだが。
「では、頂くとしよう」
気を取り直して、テーブルに並んだ朝食の内容を見る。
フランスパンに似た細長いパンと、よくわからない肉の串焼きと野菜スープがある。
食べられないということはなさそうなので安心した。
「あ、すみません。作法とかありますか? 食事の席でしてはいけないことは?」
ここは異世界だ。何が失礼に当たるかわからないので、念のためユリアさんに確認する。
「ん? ああ、そうだな……特にはないな。種族によって信じる神は違うし、しきたりも違う。あまり気にしなくても大丈夫だ。そういうのも、後で説明しよう」
「ありがとうございます。では、いただきます」
まずは透き通ったスープを飲んでみる。
ふむふむ、味は薄いが悪くはない。きちんと出汁の深みがあるな。具はジャガイモやニンジンにタマネギ。俺が慣れ親しんだ野菜達だ。
「ふふ、異世界人の口には合わないか?」
「いや、そんなことはないです。ただ、元いた世界と同じ食材でびっくりしました」
「まあ、食べられるようなら良かった」
続いて、串焼きの肉を食べてみる。
「美味い! なんだこれは!?」
噛むたびに肉汁が出てくる。しかも、脂がしつこくない。程よい噛みごたえに……甘辛のタレも良い! 食べたことがある中では豚肉に近いが……どちらかと言えば猪肉か?
「ふふ、ヒュウガ殿は美味そうに食うな?」
「美味しいです! これはなんの肉ですか!?」
「オークの肉だな。ちなみに普通に売っているものだぞ」
「なんですと!? この美味さの肉が普通に売っているとは……凄いですね」
オークっていうと、豚人間みたいなモンスターか……う、うむ。そう考えると食べるのに若干抵抗を感じるが、この美味さを知ってしまったらやめられない。
祖父さん……俺は、この世界で生きていけそうです。
そうして、食事を終えた俺達は、部屋で話をすることになった。
満腹になったセツは寝ているから……あれ? 今更だが、こんな美人と二人きりの部屋?
いかんいかん、まずは信用してもらわないと……紳士だ、紳士。
「さて、改めて質問があったら聞こう。もっとも、私にもわからないことが多いが」
「では、まず……俺は元の世界に帰れますか?」
「おそらくは帰れないだろう。というか、未だに何故アメノカムが異世界人を呼ぶのかよくわかっていないのだ。転移魔法とも違うらしい」
そうか。しかし、これはなんとなく予想していたので、不思議とショックは少ない。
「なるほど。何か目的があって、呼ばれたわけではなさそうだと。それは楽でいいですね」
「ほう? 落ち着いているな。戻れないと聞いてパニックになったり、泣き出したりする者が多いと伝えられているが」
ユリアさんは若干驚いた様子で俺の顔を見る。
「ええ、そういう人は多いでしょう。特に、元の世界に大切な人がいる場合は。ただ、俺の家族は皆亡くなっていますし、俺自身も独身ですから。どこで暮らしたってあまり変わらないですね」
「そうか、ご家族はもう……すまない」
俺は暗い空気を誤魔化すために、努めて明るく言う。
「いえいえ、気にしないでください! あの、昨日聞いた以外にもいくつか気になることがあるので、答えてもらって良いですか?」
「ふふ、かえって気を遣わせてしまったな。ああ、いいぞ」
俺はこの世界の常識についてユリアさんに尋ね、それをメモしていく。
「一年は三百六十日で、全部で十二ヵ月。一ヵ月は三十日で、一日は二十四時間。曜日は火の日、水の日、風の日、土の日、闇の日、光の日を繰り返して一週間とし、基本的に光の日が休みになる。時計は存在するが、個人所有するには高価なので、市民は町の広場にある時計を見る、と」
「どうだ? 違和感はないか?」
「……むしろ、なさすぎて戸惑っています。曜日以外はほとんど同じですから」
過去にも転移者はいたわけだし、その人達が影響を与えた可能性はあるな。
「ならよかった。次はこの資料に軽く目を通してくれ。一つずつ解説していこう」
受け取った紙に、軽く目を通す。
俺が今いる国の名は、マルクス王国という。
この辺りは辺境の地と呼ばれているらしく、西には海、東には山々、南には未開の地、北には王都や町があるそうだ。
マルクス王国は人族中心の国だが、他種族も住んでいる。
ふむふむ……次は、種族か。
まずは俺たちのような人族。獣の顔や、獣の特徴を持つ獣人族。エルフやドワーフなどの妖精族。龍の角をもった龍人族。翼を持つ鳥族。そして、すべての種族の敵である魔族。
こういった種族が存在しているのだという。
「とりあえず、魔族については気にしなくていいから、今から説明する六つの種族を覚えれば大丈夫だ」
人族の一番の特徴は、その数の多さだ。大陸の人口の約七割を占める。
容姿は概ね似通っているが、肌や髪の色などは様々だ。
その人口に比例して広く社会活動を営んでいるが、貧富の差が激しい。貴族や王族は裕福で、平民や貧民は貧しい。厳しい格差社会の中で生きている。
獣人族は、人の姿に獣の特徴を併せ持つ種族で、血が濃いほどに獣に近い姿になる。
犬系獣人、猫系獣人、兎系獣人など、同じ獣人族の中でも細分化されている。当然、容姿や性格もバラバラだ。
共通する特徴は、優れた嗅覚と聴覚。また、筋力や速力が高く、魔力や知力が低い傾向にある。なお、犬系と猫系は仲が悪いので要注意だ。
次は、妖精族の中の一種、エルフ族。
耳が尖っていて、細身の体型をしているのが一番の特徴で、皆同じような整った容姿をしている。性格は神経質で、嘘などを嫌う。
能力的には筋力と体力が低く、魔力と知力が高い。
自分達の里から出ることは滅多にない。
そして同じく妖精族のドワーフ族。
身長が低く、成人でも百五十センチほどしかない。ずんぐりむっくりした体型だ。
陽気で豪快な性格をしている。
技力と体力が高く、魔力と速力が低い。
なお、様々な面で正反対なエルフ族とは反りが合わず、仲が悪い。
龍人族の一番の特徴は、大陸最強とも言われるその強さにある。
筋力と体力が特に高く、他の能力もそれなりに高い。
かつて一人の人間が龍神から血を貰ったことが、種の始まりと伝えられている。
容姿は人間に近いものの、背が高く、頭に二本の角が生えている。
普段は温厚だが、一度怒りだすと誰も止められないという。
ちなみに、強い者が大好きだそうだ。
鳥族は人に近い姿で、背中に翼が生えている。
同族内では、翼が大きければ大きいほど尊敬されるらしい。
性格はせっかちで、怒りやすい。人型種族の中で唯一飛べることを誇っていて、傲慢なところがある。
速力と技力が高く、筋力と知力が低い。
「……正直、理解が追いつかないですね」
「ふふ、まあ無理もない。追い追い覚えればいい。他にも聞きたいことはないか?」
「……あっ、昨日は忘れていたんですが、こういう小さい獲物も買い取ってくれますか? それから、これは昨日仕留めたものなのに、やけに状態が良い気がして……」
俺がさっきの黄金の兎を見せると、ユリアさんは信じられないといった様子で天を仰いだ。
「あの、ユリアさん?」
「あ、ああ。すまない……衝撃的な物を見てしまったのでな。だが、おかげで、貴方のステータスが高い理由がわかった。では、説明しよう」
ユリアさんによると、この兎はゴールデンラビットというとても珍しい魔物で、一生のうち一度でも出会えれば良い方らしい。元々の数が少ない上に、弱いので他の魔物にやられてしまうようだ。
その特徴は、なんと言っても経験値の多さにあり、普通の魔物の千匹に値するんだとか。
しかも俺は吸収率が十倍だから、魔物を一万匹倒したことになる。
ちなみに、魔物は倒してから魔力が消えるまでの二日程度は、状態が維持されるらしい。
「なるほど。じゃあ、俺のステータスは結構高いのですか?」
「そ、それは……まあ、高い」
「普通はどのくらいなのですか?」
俺が聞くと、ユリアさんは少し躊躇ってから口を開いた。
「……貴方を信用して、正直に言おう。前提として、経験値を得たとしても、必ず強くなるわけではない。元々の潜在能力が低ければ、いくら経験値を得ても、ステータスがそこまで上がることはない。それを踏まえたとしても、貴方のステータスは、この世界ではかなり高い部類に入るだろう。つまり、この国に貴方と戦える人は……数えるほどしかいない」
ユリアさんは明らかに怯えている。それほど強大な力を持っていると俺に自覚させて良かったのか、不安なのだろう。
ここは彼女を安心させなくては。
「そうなんですね。まあ、世界でどのくらい強いとか、俺には関係なさそうですね。何せ、料理人ですし」
ユリアさんは、ポカンと口を開けるが……美人はどんな表情でも綺麗だな。
「……そうか、関係ないか。はは! こいつはいい!」
そして、ユリアさんはおかしくて堪らないといった様子で笑いはじめる。
「いや、すまない。思ってもみない答えが返ってきたのでな。貴方がそういう人で、本当に良かった。突然大きな力を手にした者は、増長することが多いだろう?」
「まあ、中にはいますね。ただ、俺には祖父の教えがありますから」
「ほう? 聞かせてもらっても?」
「どんなに他人より秀でた能力があっても、それが威張ったり、偉そうにしたりしていい理由にはならない」
これは、俺が中学生の頃に言われたことだ。
当時の俺は、十四歳にして身長が百八十センチ近くあった。体格も大きいし、剣道も県内では敵なしだった。自覚はなかったが、多分思い上がって調子に乗っていたのだろう。
そんな折、両親が田舎からわざわざ祖父を呼んだ。
そして、俺は剣道で叩きのめされた。
この言葉は、その時に言われたものだ。
祖父の強さは、それはもう凄かった。戦争経験者で、剣道の腕は日本で五本の指に入るほどだったそうだが、当時七十四という高齢で俺を倒すのだから尋常ではない。
それなのに、祖父はいつも穏やかで、誰に対しても偉ぶったりしなかった。
そんな祖父のおかげで、俺は歪まずに済んだ……本当に、感謝しかない。
「それは立派な考えだ。なかなかできることではない。世の中の傲慢な貴族や、ハンターに聞かせてやりたいな」
「まあ、他人に強制するものではありませんから。人それぞれです。ただ、自分はそうするだけです」
「ふふ、私は貴方のことが気に入った。ヒュウガ殿は信用できる。たとえ、自分の強さを知っても変わらないと。それではステータスについて詳しく教えよう」
そう言って、ユリアさんは昨日使った水晶を出した。
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