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おっさん、異世界生活を始める

おっさん、好きなことを自覚する

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 香りに吊られたのか、どんどん人が集まってくる。

 その間にも、フライパンの数を増やして、同じように焼き上げていく。

「ところで、ソーマ殿」

「ん? どうしました?」

「ここは一応屋台ではあるのだが……値段はどうするのだ?」

「……あっ」

 しまった! それは全く考えてなかった!
 とりあえず、誰かに食べてもらいたいということしか。

「まったく、考えてなかったという顔だな?」

「はは……すみません」

「無料はいかんぞ? 自分の店ならいざ知らず、ここでは他の店にも迷惑になる」

「ええ、わかってます。ちなみに、一皿どれくらいですかね? 百五十グラムくらいは入れるつもりなんですけど。できれば、安く提供がしたいです」

「ディアーロは価値は低いが、倒すこと自体が難しい生き物だ……そうだな、最低でも銅貨五枚といったところか。スープは、今回はおまけということにしたらどうだ?」

 銅貨五枚ということは……前の世界に例えると五百円くらいか?
 ワンコインなら、屋台なら悪くはなさそうだ。
 ひとまずは、クレアさんの言う通りにしよう。
 こういうのは、追追慣れていけば良い。

「ありがとうございます。それでは、そのようにします」

「なに、気にしなくて良い」

「お父さん! 焼けてきたよ!」

「おっと、そうだな」

 肉をひっくり返すと、良い焼き目がついていた。
 そしたら、蓋をして少し待つ。

「ソラ、今のうちにスープをよそってくれ」

「うんっ!」

「では、私がお金の管理をしよう」

「あっ、すいません……」

 思いつきでやってるから、色々と不手際が多い。
 多分、久々に料理を提供できるから嬉しいんだな。

「それくらい平気さ……ミレーユ!」

「はいはい、私も手伝いますよ。では、私はお客さんの整理をしますね」

「ありがとうございます」

「いえいえ。ソーマさんは、今のうちに宣伝をしてください」

 その言葉に甘え、俺は噴水広場の中央に立ち……。

「みなさーん!只今より、屋台を開店します! 本日のメニューはディアーロです!一食銅貨五枚となりますが、よろしければお食べください!」

「ど、どうする?」

「た、食べてみるか?」

「銅貨五枚なら、そこまで損はしないよね?」

 そんな会話を聞きつつ、屋台に戻る。
 気がつけば、空には星が出てきていた。
 しかし、この広場はとても明るい。
 あちこちに街灯があり、それが都市を照らしている。

「そういえば、あの街灯の明かりってどうなってるのですか?」

「ああ、あれか。あれは光る鉱石というやつだ。ダンジョンから取れるもので、あれのおかげで夜の生活が楽になったな。火と違って、火事になる心配もない」

「なるほど……それは便利ですね」

 会話をしつつも、肉の様子を確認すると……香草の香りと香ばしい肉の香りが鼻を通り抜ける!

「おおっ! 良い香りだ!」

「こ、これは……良い香りだな。まずは、味見をしないと……むっ」

 口に入れた瞬間、野性味のある味が口の中に広がる。
 かみごたえもあるが、それが不快ではなく……食べ応えがあるといったところか。
 臭みもなし、これなら出しても平気だ。

「お、お父さん! お客さん達きたよ!」

 匂いにつられ、次々と人が押し寄せてくる。

「おっちゃん! 買うぜ!」

「俺もだ!」

「私にも!」

「はい! 順番に配るから並んでください!」

「こっちですよー! 邪魔ならないように一列になってくださいねー!」

 ミレーユさんが声をかけ、人々が列をなす。
 その間に俺は肉を皿に盛り、仕上げのオレンジソースをかける。

「これで完成だ……ディアーロの香草焼き~オレンジソース添え~ってところか」

「お父さん! スープは!?」

「お金を払った人には渡して良いぞ」

「わかったっ!」

 ソラがクレアさんの隣に行き、お客さんにスープを渡していく。
 それを確認したら、俺が用意した肉を渡す。
 ひたすら、これを繰り返していると……。

「うめぇ!」

「臭みがないぞ!?」

「というか、肉が柔らかい!」

「このソースは何かしら!? すっごく美味しいわ!」

 よしよし、良い感じだ。
 ディアーロの肉は硬くて臭いという定評を覆すこと。
 そして、食材を工夫して美味しくする。
 それが、料理人の醍醐味でもある。

「こっちにも!」

「早くちょうだい!」

 行列ができる中、次々と肉を焼いていく。




 そして、予想外に……足りなくなった。

 解体屋さん曰く、ディアーロから百キロはとれたと言っていたが。

 つまり、七百人くらいは来たってことか。
 
「すいません! 品切れです!」

「ええー!? まだ食べてないのに!」

「食べたかったなぁ」

「大丈夫です! また後日改めて屋台を開きますので!」

「皆の者、ひとまず解散せよ!」

 クレアさんと俺の声に反応して、人々が去っていく。 
 すると、横にいたソラが地面に尻をつく。

「……つ、つかれたぁ~」

「ソラ、よく頑張ったな?」

「えへへ……村にいるときも、こうやって働いて疲れたけど……なんだろ? すっごく楽しい気がする……」

「それは多分、充実感というやつだ」

「充実感?」

「自分で決めて手伝って、それを配ってお礼とかを言われただろ?」

「うんっ!  美味しいとか、ありがとうとか……そっか、これが充実感っていうんだ。いつもは嫌々だったし、お礼なんか言われたことなかったから」

 そう言い、少し暗い顔を見せるので……串に刺した肉を口に入れる。

「はにゃ!? ……もぐもぐ……美味しい!」

「だろ? 働いた後の飯は格別だからな」

「でも、売り切れたって……」

「元々売りに出す分はな。少しくらい、俺達も食べて良いだろ。クレアさん、ミレーユさんもどうぞ」

 二人にも串に刺した肉を差し出す。

「うむ、ありがたく……ほぉ、これは……柔らかくしっとりして美味い。特に、ソースが良い……まさか、あのオレンジを使うことでこうなるとは」

「ほんとですね……臭みがなくて美味しいし、身体が元気になりそうです」

「ヒレ肉を取ってきましたからね……うめぇ」

 クレアさんの言う通り、しっとりして柔らかい。
 まるで、上品な赤身肉を食べているようだ。
 オレンジソースと相まって、爽やかな味わいになっている。

「しかし、これでディアーロの見方は変わるぞ?」

「乱獲されたら困りますかね?」

「それはそうかもしれないが、そもそも警戒心の強い魔獣だからな。それに、倒すのも大変だ。だから、そこまで心配しなくていい」

「それなら良かったです」

 すると、串焼きを食べ終えたソラが俺の服を掴む。

「お父さん! すごいね! みんな笑ってたよ!」

「ああ、料理はすごいんだぞ? 美味しい物を食べれば、みんな笑顔になるからな」

 そうだ、この久々の充実感。

 結局、異世界に来ようと……俺にはこれしかない。

 この世界でも、俺は料理人として生きていこう。





~あとがき~

これにて章が終わりとなります。

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