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おっさん、異世界転移する

おっさん、名付け親になる

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 ひとまず、少女が泣き止んでから気づいた。

 物凄く、今更なことに。

「そういえば、名前はないのか?」

「ふえっ?  ないです、その……奴隷だったから」

「そうか。ちなみに、俺の名前は土方相馬だ」

「おじさんの名前……ヒジカタソーマ?」

「いや、そうま…… まあ、好きに呼ぶと良い」

「好きに……お父さん」

「……はい?」

なに? お父さん? いやいや、俺は独身なのだが?

「ご、ごめんなさい!」

「い、いや、謝ることはないが……お父さんか」

「そ、それじゃ」

「いや、お父さんでも良いさ。君の好きなように呼ぶと良い」

多分、この子は不安なのだろう。
それで安心できるなら安いものだ……まさか、お父さんと呼ばれる日がくるとは。

「い、良いんですか?」

「ああ。しかし、君に名前がないのは不便だな」

「……あ、あの! もし良かったら、お父さんがつけてください!」

「お、俺が?」

 そんな責任重大なことを、俺がやって良いのか?
 こちとら、独身のおっさんだというのに。
   いや、たった今お父さんになったのか。

「い、いやですか?」

「……いや、そんなことはない。じゃあ、君さえ良ければ」

「あ、ありがとうございます……嬉しいです」

「おいおい、泣くんじゃない」

「グス……でも」

「嬉しいときは、笑うんだよ。俺は、そう教わった」

「笑う……こ、こうですか?」

 少女が、慣れない様子で微笑む。
 やはり、子供には笑顔が一番だ。

「ああ、それでいい」

「えへへ……」

   さて、安心してもらえたのは良いが……どうしたもんだが。
 この子の見た目は、犬みたいな耳と尻尾がある。
 女の子だし、可愛らしい方がいいよな?

「うーん……ちょっと考えてもいいか?」

「は、はいっ! えへへ……楽しみ」

 まあ……両親はいなそうだし、奴隷だっていうから扱いは悪かっただろう。
 仕方ない、しばらく面倒を見るか……まあ、見捨てるつもりもないが。
 両親に捨てられたのは、俺も一緒だからだ。
 中学に上がる前に、両親が離婚して別々の家庭を持ち……俺は両方から捨てられた。
 親戚のおじさんに引き取られてなければ、どうなっていたか。
 その人に育てられた俺は、何とかお礼がしたいと迫ったことがある。
 その時に言われた……『もし、困ってる人や助けてと言っている人がいたら、その人に返してやれと』




 その後、気を取り直して作業を始める。

「さて、まずは木と枯れ葉がいるか」

「わ、わたし、手伝います!」

「……よし。じゃあ、頼めるか? ただし、俺の目の届く範囲にいること」

「は、はい!」

 あまり何もさせないのも、また違うと教わってきた。
 この子に必要なのは、おそらく自尊心だろう。
 自分が存在して良い理由が欲しい……俺がそうだった。

「俺は魚を洗って、河原の石をどかすかね」

 適当な葉っぱをちぎり、川の水で洗った魚をおいておく。
 次に川から少し離れた場所に、スペースを確保する。

「これでよしと」

「お父さん! 持ってきました!」

 タイミングよく、少女が枯葉や木材を持って駆けてくる。

「おっ、良いタイミングだ。ありがとな」

「……えへへ」

 ただお礼を言っただけなのに、とても幸せな表情を浮かべた。
 どうやら、俺の予想は当たっていたようだ。

「それじゃ、そこのくぼみに木を並べてくれるか?」

「はい! あっ……でも、火がありませんよ? わたし、獣人だから魔法は使えないし……お父さんは魔法の無い世界からきたって言ってたし」

「大丈夫だ、最悪火の付け方は知ってる。それに、少し試してみたいことがある」

「そうなんですか? ……じゃあ、とりあえず置いちゃいますね」

 少女がくぼみに木を置いたのを確認し、その木の先端に指を近づける。
 多分、今の俺の身体能力ならできるかもしれない。
 俺は親指と中指を擦り合わせて……。

「スゥ——はぁ!」

 思い切り弾く! ……どうやら、成功したようだ。
 木の先端に火花が出て、徐々に燃え広がっていく。

「わわっ!? すごいです! 火も使わずに!」

 「いや、自分でもびっくりした……」

 まさか、指パッチンの摩擦で火が付くとは。
 できるかなーくらいの軽い気持ちだったのだが……やはり、以前の身体とは違うようだ。

「えっと、そしたら枯葉を足していきますね……よいしょっと」

「それじゃあ、串焼きにするか」

 余った木を包丁で軽く剥ぐ。
 こうすれば、中は綺麗なので串として使える。

「そこに魚を刺して……あっ、塩があったな」

 俺はポシェットの中を探り、そこから瓶に入った塩を取り出す。
 最後に店を閉めるときに、調味料の忘れ物を回収していたんだった。

「それって、し、塩ですか?」

「うん? もしかして、塩って貴重か?」

「い、いえ、そこまでじゃないです。ただ、そんな綺麗な塩は見たことないです」

 ほっ、良かった。
 質はともかく、塩があるなら何とかなる。

「なるほど。とりあえず、少しだけかけると……これで火の近くに置けば、あとは待つだけだ」

「はいっ……ワクワク」

「……クク」

「あっ……ご、ごめんなさい」

 「いや、気にしなくて良い」

 少女は興奮した様子で、魚をじっと見つめている。
 その姿は、ようやく年相応に見える。

「こ、このあとはどうするのですか?」

「いや、特には決めていないな。まあ、食べる準備をしてからで良い。その前に、名前を決めておくか」

 「は、はい……なんだろ」

 澄み渡る空を見上げ思案する。
 そして、彼女の顔を見たとき、一つの単語が浮かんできた。

「ソラ」

「ふえっ?」
 
「今日から、お前の名前はソラだ……嫌か?」

 今のところ全体的に汚れているが、その青い瞳だけは綺麗に輝いている。
 まるで、この澄み渡る空のように。

「い、いえ! ……ありがとうございます! 嬉しいです!」

「おう。じゃあ、よろしくな」

「えへへ、私の名前……お父さんに会えて良かった」

 ソラの笑顔を見ながら、自分の不安を押し消す。

 当たり前だが、俺とて不安がないわけじゃない。

 しかしこの子がいるから、俺は大人のふりをすることができる。

 この子は助けられたと思っているかもしれないが……。

 本当に助けられているのは、俺の方かもしれない。






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