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義妹との生活

オジイたん

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店を閉めて、亮司さんを連れて家に戻る。

「お兄ちゃん、おか……あれ?」

パタパタとやってきた春香が固まる。
どうやら、人見知りが発動したようだ。

「こんにちは、お嬢さん。初めまして、私の名前は佐々木亮司と申します。宗馬君の店で雇われている者ですよ」

「ご、ご丁寧にありがとうございましゅ! ……はぅ……」

……噛んだな、盛大に。

「いえいえ、お気になさらないでください。お名前を伺ってよろしいですか?」

おおっ! あれをスルーした!
これが、大人というやつか!
俺は亮司さんがいなかったら、間違いなく突っ込んでしまったな。
……ばかぁぁと言われる結末が待っているがな。

「は、初めまして! 松井春香っていいます!」

「ふむ、やはり苗字が違うのですね」

「あ、えっと、その……」

「春香、亮司さんは知っているから平気だ」

亮司さんには、それについて相談したことがある。

「ええ、詳しいことは聞いてませんが、事情はわかっているつもりです。では、お邪魔しても良いですか?」

「は、はい! もちろんです! わ、わたしの家じゃないんですけど……」

「何をいうか。今は、ここがお前の家だ。そのうち、友達だって連れてきて良いんだぞ?」

「お、お兄ちゃん……えへへ、ありがとう」





その後リビングに案内して、お茶を飲みながら話をする。

「えっと、この税金に関してなんですけど……」

「固定資産税ですね。今年から支払わないといけないですね」

「はい、そうなんですよ」

「お、お兄ちゃん!」

隣に座る春香が、上目遣いで俺の服の端をつまんでいる。
その際に揺れる髪から、同じものを使っているはずなのに……。
何故だか、全く別の良い香りがする。
うん、我が妹ながらあざといな。

「どうした?」

「わ、わたしにも教えてもらっていい……?」

「あん? なんでだ? 聞いてもつまらんぞ?」

「だ、だって……そのうち家計のこととか……」

「おい? 何をごにょごにょ言っている?」

「あぅぅ……」

「まあまあ、宗馬君。いいじゃないですか。人に説明することで、自分がより理解できることもあります。貴方は、それをよく知っているはずですよ?」

「亮司さん……そうですね。春香、なんでも聞くといい」

「亮司さん! ありがとうございます!」

「いえいえ、さあどうぞ」

「えっと……固定資産税ってなに?」

「えっと……確か、土地や建物に課せられる税金のことだな。ちなみに、購入した場合に発生する」

亮司さんの顔を横目で見ながら、春香に説明する。

「へぇ~! それってどれくらいなの?」

「建物の年数や土地の広さもよるが……一般的な新築の家なら、年間で二十万くらいかな」

「ふえっ!? そ、そんなに?」

「ああ、大変なんだぞ? 年に四回にわたって請求が来るからな。車のローンや店のリフォームのローン、家のローンとかもあるし。車検代や色々な保険代も支払わないといけないし」

「ぜ、全部でどれくらいかかるの……?」

「俺は大体……普通なら、年間200万くらいか。もちろん、今年度が最初だから詳しい数字はわからんが」

「に、200万……そ、そんなに」

「ただ、実際には130万くらいになるけどな」

「ふえっ?」

「ふむ……まずは固定資産だ。この家は新築ではないので、個性資産税が安い」

「あっ——建物の年数……」

「そういうことだ。だから、元が二十万でも今は六万で済む」

「へぇ~!」

「あとは、俺は店と家が一体化してるから……税金が安くなる」

「ふえっ?」

「経費といって、個人事業主が使えるのだが……まあ、俺も詳しいことはまだ分からん。ただ、それを使えば家のローンや電気ガス水道までもが安くなる」

「そ、そうなんだ……」

春香の頭から湯気が上がっているかのようだ。
うんうん、気持ちはわかります。
俺も最初は意味がわからなかったし。

「まあ、そういうのは覚えなくてもいい。税理士っていう強い味方がいるからな。きちんと書類に何に使ったとか、領収書を貼っておけばいい。あとは、彼らがやってくれる」

俺は亮司さんから、信頼できる人を紹介してもらったしな。
もちろん、全てを任せることはしないが。

「まあ、大体合っていますね。ところどころアレですが……まあ、二十六歳ですからね。これから少しずつ覚えていくといいでしょう」

「はい! ご指導をよろしくお願いします!」

「はい、承りました」

「なんで、亮司さんに?」

「もともと二階建ての家で、一階で喫茶店をやっていたからだよ」

「あっ———お兄ちゃんと同じ」

「ああ、というか俺が真似た形だな。そうすることによって通勤時間もなくなるし、節税にもなるって教えてくれたから」

「ええ、そういうことです。頑張る若い方は応援したいですから」

「亮司さん! お兄ちゃんのためにありがとうございます!」

「ほほ……良い妹さんですね」

「ええ、自慢の妹ですよ」

「はぅ……」

「おじたん?  ……おねえたん?」

「あっ、詩織。起こしちゃった?」

「ううん……」

時計を見ると……うん、一時間くらい寝ていたようだな。

「おや? 下の妹さんですか?」

「はい、詩織っていいます」

「……だえ?」

寝ぼけているのか、トタトタと亮司さんに向かっていく。
そして、そのままボフッと膝の上に寄りかかる。

「こら、詩織」

「いえいえ、構いませんよ。詩織ちゃん、初めまして。わたしの名前は亮司と申します」

「ジョージ?」

「ププッ!?」

いかん! 色々なジョージが出てきた!
火星のゴキブ○から所まで!

「宗馬君?」

「す、すみません!」

いかん! この人は怒らせてはいけないタイプだった!
若い頃は、相当なイケイケだったらしいし。

「詩織、りょ、う、じ、さんよ」

「りょーじ?」

「ふむ……もともと発音が難しい名前ですからね。おじいさんでいいですよ」

「おじいたん?」

「……ワンモア」

「ふえっ?」

「はい?」

なんか、今……色々変だったぞ?

「い、いえ。申し訳ない。子供がいないものですから……少し嬉しくなってしまいました」

……ああ、そういうことか。

「詩織、このおじいさんはな、俺のおじいさんみたいな人なんだ」

「宗馬君……」

俺は、この方に様々なことを教わった。
家を買うことから、店を開くまでのアドバイスから……。
兄貴や桜さんの教育が間違っていたわけではないが、二人とも若い時に親を亡くしている。
なので、古い慣習や言葉などを教えられることはなかった。
この方は、そんな俺に先達の知恵を授けてくれた。
本来なら、おじいちゃんやおばあちゃんに聞かされるようなことを。
ならば、何も間違っていないはず。

「おじたんのおじいたん? ……じゃあ、詩織のおじいたん!」

「グハッ!?」

「へ、平気ですか!?」

「え、ええ……破壊力が」

「ええ、わかりますとも。あの笑顔は反則ですね」

「ハハ……変な二人」

「春香も、歳をとればわかるさ。あっ——実は、さっきのバイトの相談が……」

「そういえば、言っていましたね」

「で、もし良かったらなんですけど……」



俺は一通りの説明をした後、とある提案をしてみる。

「なるほど……」

「もちろん、その分のお給料はお支払いするので……」

「ふむ、しかしそれでは……これこれで……」

「うーん……じゃあ、その方向で……」

こうして話はまとまった。

さて、あとは明日から試してみるしかない。
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