上 下
22 / 67
一章 義妹を預かる

ミィーティング

しおりを挟む
 春香が眠そうな詩織を連れて帰った後、もう一仕事をする。

 二時半になったらラストオーダーを聞き……。

 そして三時を迎えたので、いつも通りに一度店を閉める。



「ふぅ……みんな、お疲れ様」

「お疲れっす!」

「お疲れでーす」

「お疲れ様~」

「じゃあ、みんな予定があるし、さっさとやろうか」

 いつも終わった後に、五分だけ反省会をする。
 うちは賄いは無料で提供しているので、その代わりの時間をもらっている。
 理由は簡単で、お客さんの前では叱ったりしないようにだ。
 自分が店に入って、店長が社員やバイトに怒鳴っているのを見て嫌な思いをしたし。

「さて、和也。今日は良い動きだったと思う」

「あ、ありがとうございます!」

「でも、ピザを一枚失敗したな?」

 俺は自分の作業をしながらも、視界の端に捉えられるように心がけている。

「うっ……すみません」

「別に失敗してもいい。当たり前のことだが、俺だって失敗する時はある。ただ、その失敗したやつを……迷ったな?」

 和也が失敗したのは、少し焼き過ぎたことだ。
 お客さんに出したら、人によってはクレームを言うかもしれない。

「は、はい……ごめんなさい」

「うん、反省してるなら良い」

「えっ?」

「結果的にきちんと報告したし、作り直しもしたし。何回も言うけど、俺は怒らないから正直に言ってくれ」

「は。はい! 以後も気をつけます!」

 和也が前に入っていた会社は、相当ブラックだったらしい。
 失敗したら自腹をきらされるし、いつも怒鳴られると。
 そんな中で、いつの間にか失敗したことを無意識に報告し辛くなったらしい。
 もちろん和也にも原因はあるかもしれないが、それにしたってやり過ぎたと思う。
 しかし、俺も経験があるが……そんな会社が多いことも事実だ。

「うん、そうしてくれると助かる。俺も気持ちはわかるし。悪いことだとはわかってるし、謝った方が良いのはわかってるんだけどなぁー」

「ウンウン、わかりますよー。なんか、あれって言い辛いですよねー」

「そうよね~、失敗した時ってつい誤魔化したくなっちゃうわよね」

 二人が上手くフォローしてくれる。

「そ、そうなんすよ! 隠すつもりもなくて! バレるのはわかってんのに!」

「そうですよね! 私も成績表とか!」

「いや、それは見せろよ」

「そうよ~」

「え!? いつの間に私の話に!?」

 いつもこんな感じで反省会を終え、それぞれ休憩時間に入る。

 俺も前の職場でそういった経験があるし、そういうのって上司次第なんだと思う。

 だから、なるべく理不尽に怒ったりしないようには心がけているけど……。

 これが中々難しいことだと、雇われの身ではなく経営者になって初めて気づいた。



 みんなが出て行った後は、遅めのランチを取る。

「さて、何にするかね」

 いつも疲れているからか、どうしても自分の分を作るのは億劫になる。

 俺が気合を入れて作ろうと椅子から立ち上がると……ノックが聞こえてくる。

「ん? 誰だ? 」

 扉を開けてみると……。

「お、お兄ちゃん、お疲れ様!」

 何やらモジモジした春香がいた。

「おう、ありがとな。どうした?」

「がんばれ、わたし……あ、あのっ! これっ!」

 何やら小声で言った後、大きな声でお皿を差し出される。
 そこには、おにぎりやサンドウィッチがあった。

「……もしかして、俺にか?」

「う、うん……下手くそでごめんね……」

 確かにおにぎりの見た目は不恰好だし、サンドウィッチは具材が飛び出ている。
 しかし、そんなことは些細なことだ。
 俺は、その気持ちが何より嬉しかった。

「……お兄ちゃん、泣いてるの?」

「なに?」

 自分の目元を触ってみると、微かに湿っていた。
 どうやら、感激してしまったらしい。

「どっか痛かった……? そ、それとも……下手くそ過ぎて泣いてるの!?」

「ち、違う!」

「じゃあなに!?」

「い、いや……」

 言えるかっ! お前の優しさに感激したなんて!

「い、一生懸命に作ったのに……お、お兄ちゃんのばかぁぁ——!」

「ま、待て!」

 これはいかん! これを誤解されることは良くない!
 逃げ出そうとするのを、手を掴んで阻止する。

「うぅー……」

「あぁー……あれだよ、あれ」

「あれ?」

「お前が優しいから感動したんだよ。ありがとな、春香」

 なんとか恥ずかしさを押し殺して、目を見てちゃんと告げる。

「お、お兄ちゃん……えへへ、そっかぁ」

 春香は見たことないような顔で微笑んでいる。
 そして、俺はそれを見て——心が動いた気がした。

「そ、そういや、詩織は?」

「今さっき寝ちゃって……連れてこようとしたんだけど」

「上で食べてたら起こしてしまうか……五分で食べるから中に入ってくれ」



 春香を連れて、店の中に戻る。

 そして、カウンター席に並んで座る。

「いただきます」

「め、召し上がれ……」

 丸くもなく三角でもないおにぎりに、思いっきり齧り付く。
 濃いめの塩味と、明太子の味がする。

「へ、平気かな? 塩をどれくらい入れたら良いかわからなくて……」

「確かに塩が多いな」

「はぅ!?」

「米に対して具も大きすぎる」

「あぅぅ……」

 徐々に縮こまっていく。

「でも……美味いよ」

「ふえっ?」

 俺がそう言うと、不思議そうな表情で顔を上げる。

「さっき、俺が飯を食ってないって聞いたから作ったんだろ?」

「う、うん」

「ありがとな、春香。その気持ちが何よりの調味料だ」

「お兄ちゃん……ちょっとくさいかも」

「ほっとけ……自分でもそう思ったし」

「でも、嬉しい……ありがとう、お兄ちゃん」

「なんでお前が礼を言うんだよ?」

「えへへ、なんとなく。じゃあ、戻るね。詩織が起きた時、誰もいなかったら可哀想だし」

「ああ、そうだな。これで夜も頑張れるよ。夜は流石に時間ないから、何か食べておいてくれ」

「うん! お仕事頑張ってねっ!」

 そう言い、春香は店から出て行った。

「……なんだろうな? この満たされる感覚は」

 久しく忘れていた気持ちが蘇ってくる。

 そうか……家族愛ってやつを感じているのかもな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

処理中です...