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一章 義妹を預かる

春香視点

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 わたしはお兄ちゃんが好き。

 気づいたのは、中学生になってからだけど……。

 きっと、あの日からそうだったのかもしれない。

 わたしは、お兄ちゃんの家の布団の中で当時のことを思い出す……。



「お父さん、お母さん、お兄ちゃんは本当のお兄ちゃんじゃないの?」

 あれは、小学二年生くらいだったかな?

「春香……桜」

「どうしてそう思ったの?」

「近所の人に言われたの……お兄ちゃんと妹さん仲が良いですねって。本当の兄妹じゃないのにって……」

 わたしがお兄ちゃん?って聞いたら、お兄ちゃんは少し悲しそうな顔をしてた気がする。

「なるほどな……まあ、特に隠してるわけでもないからな」

「悪気もないでしょうし……あの子自身が苗字を変えたくないって言ったしね」

「よくわかんない……」

「そうだな……その人の言う通り、宗馬は本当のお兄ちゃんではない」

 その言葉を聞いたわたしの心は、どう言って良いのか未だにわからない。
 ショックなのはもちろんのこと、悲しいや怒りや……少しの嬉しさがあったのかも。

「でも、本当のお兄ちゃんでもあるのよ?」

「ふえっ?」

 今なら理解できるけど、その時のわたしにはよくわからなかった。

「まだ理解するのは難しいよな。今はわからなくていい」

「そうね、ただ……春香はお兄ちゃんが好き? それを聞いて嫌いになった?」

「そんなことないもんっ! お兄ちゃん好きだもん!」

 その時のわたしは、それだけは迷いなく答えたと思う。
 だって、お兄ちゃんはいつだって側にいてくれた。
 お父さんが出張でいない時も、お母さんがパートに出てる時も……。
 わたしが寂しい気持ちになると、いつも察してそばに来てくれた。

「それだけわかっていれば良いさ。宗馬も、本当の妹ではないが春香のことが好きだしな」

「ふふ、そうね。春香、お兄ちゃんのこと好きでいてあげてね。それがきっと、あの子の傷を癒してくれるわ」

「お兄ちゃんは、どこか痛いの?」

「目には見えてないけどな……心の傷ってやつだ。それは厄介でな、俺達では治してやれなかったんだ。我ながらなんと情けのないことか」

「あなた……仕方ないわ。稼ぎがなくては生活ができないもの。その分、あの子との時間が取れないのは……難しいわね」

 当時のわたしは知らなかったけど、うちにはお金がなかったみたい。
 だからお父さんは休みなく働いていたし、お母さんも週4回もパートに出ていた。
 だからわたしの面倒は、お兄ちゃんが見てくれてた。

「わ、わたしは何をしたらいいの?」

 幼心にも、わたしは必死になっていた。
 お兄ちゃんは、わたしの寂しさを埋めてくれた。
 そんな大好きなお兄ちゃんに、わたしがなにができるのかを。

「さっき言った通りよ。そのまま、お兄ちゃんを好きでいてあげてね」

「そうだな、それが宗馬の一番の薬になる」

「そんなの簡単だよっ! じゃあ、行ってくる!」

 確か二階に上がり、お兄ちゃんの部屋に突撃しました。

「お兄ちゃん!」

「春香、もう少し静かに階段を……」

「お兄ちゃん好き!」

「うん? そ、そうか……ありがとな」
 
「お兄ちゃん好き!」

「いや、わかったから!」

 お兄ちゃんは照れ臭そうに笑ってくれた……。
 だから結局、お父さんとお母さんが止めるまで言っていた気がする。
 今考えると……ものすごく恥ずかしぃ。
 でも当時のわたしは、こんなこと簡単だと思って疑ってなかった……。
 これでお兄ちゃんの傷が癒えるなら、いくらでも言い続けようと。


 それから一年後、お兄ちゃんは家を出て行ってしまった。
 その時は泣いて喚いて、我ながら大変だったけど……。
 でもわたしは相変わらずお兄ちゃんが好きで、帰ってくるたびに大好きって言い続けた。



「でも……わたしは約束を破っちゃった」

 中学に上がった頃から、何故か言うのが恥ずかしくなってきた。
 お兄ちゃんの顔を見たらドキドキして、真っ直ぐに見れなくて……。
 そんな状態で、大好きなんて言えるわけもなく。 

「そしたら、お兄ちゃんが帰ってこなくなっちゃって……」

 帰ってきても、他人行儀な態度を取ってしまったり……。
 詩織と遊んでばっかりで、的外れな嫉妬してしまったり……。
 そしたら、ますますお兄ちゃんは帰ってこなくなった。

「きっと、わたしの所為だよね……わたしが嫌な態度とったから」

 でも……わかってるのに、どうしても無理だった。
 流石のわたしも、その時になって気づいた。
 お兄ちゃんが異性として好きなんだと……。

「でも、気づいたら尚更変な態度とっちゃって……お兄ちゃんを傷つけちゃったかも」

 だから、今回のことをきっかけに決めたの。
 お兄ちゃんに、わたしは今でも好きだよって伝えようって。

「流石に言葉にして言えないけど……」

 久しぶりに会ったお兄ちゃんは、変わらずに接してくれる。
 やっぱり、大人の人なんだなって思った。
 ひとまず昔みたいに戻れたから一安心したけど……。

「むぅ……それにしても、全然気づいてくれないよぉ」

 やっぱり、子供で眼中にないのかな?
 そ、それなりには成長したと思うんだけど!

「うぅー……どうしたらいいかな?」

 でも、お母さん達が焦っても良いことないって言ってた。
 まずは、自分が何ができるのかを考えなさいって。
 決して、押し付けになってはいけないって。

「……料理とか?」

 全然やってこなかったけど……できるかな?
 小さい頃はお兄ちゃんが作ってたし……。
 お兄ちゃんが出て行く頃には、お父さんの収入が増えて、お母さんが家にいるようになったけど……わたしは受験もあってそれどころじゃなかったし。

「ううん、今からでも間に合うはず……!」

 決心したわたしは、目覚ましをセットして、眠りにつくことにしました。

 お兄ちゃん、わたし頑張るから見ててねっ!
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