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一章 義妹を預かる

長い一日の終わり

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 二人が風呂に入っている間に、これからのことを考える。

 ひとまず、兄貴から送られてきた紙を眺める。

「詩織は年長さん? 幼稚園だっけ……俺が送り迎えをすることになるのか?」

 幸い前住んでいたところと、俺が今いるところの間にあるから、そこまで手間はかからないが……詳しいことは春香から聞いてくれって言われたけど。

「春香の高校は、むしろ近くなるって言ってたな」

 所沢駅は電車の数も多いし、通学するには便利だ。

「幼稚園も、高校も八時半から開始か……」

 ということは、八時十五分くらいにはついていないといけないってことか。

「俺の車で行けば、二十分くらいで着けるはず」

 往復で四十分か……まあ、仕方ないよな。
 俺も、よく送り迎えしてもらったし。
 今考えると、大変だっただろうなと思う。


 そんなことを考えていると……。

「お、お兄ちゃん、お風呂出たよ……」

「でたっ!」

「おう、ご苦労さん。すまんが、これからも頼むな」

 パジャマに着替えた二人がリビングに戻ってきた。
 ちなみに、基本的に詩織のお風呂は春香が入れてくれると書いてあった。
 正直言って助かった……どうしていいかわからんし。

「う、うん……」

「おねえたん?」

「何をモジモジしてる?」

「へっ? ……だって、パジャマですっぴんだもん……」

「あん? 今更何を言ってる? そんなのは前から見てるし」

「前とは違うでしょ! そ、その、色々と……」

「ふむ……言われてみれば」

 身体のラインは女性らしくなってる。
 肩まである黒髪も、しっとりとしてる。
 すっぴんというが、普段とあまり変わりはない。
 どうやら、春香は可愛い系の女の子に成長したようだ。
 いわゆる、意外と男子にモテるタイプというやつかもな。
 とびっきりの可愛い子というより、知る人ぞ知るみたいな。
 おそらく、歳を重ねるごとに綺麗になるタイプと見た。

「ジロジロ見ないでよぉ~」

「いや、お前が見ろって」

「お兄ちゃんのばかぁぁ——! 見ろとは言ってないもん!」

「おねえたん、どうしたの?」

「あっ——ご、ごめんね、詩織。さあ、あったかいお茶でも飲もうか?」

「のむっ!」


 こたつで三人、仲良くお茶を飲む。

 詩織は、夢中で動物のテレビ番組を見ている。

「ねこさんだぁー、うさぎさん……いいなぁー」

 そんな中……春香は何故か、俺の方をチラチラ見ている。

「何か用か?」

「な、何をしてるの?」

「うん? いや、兄貴からの手紙を読んでたよ。そうだ、これからの予定を聞きたいんだが……」

「えっと、わたし達は四月七日から学校と幼稚園が始まるよ」

「今は一日だから、あと約一週間か。ちなみに幼稚園には俺が送り迎えするから」

「えっ? わたし、家を早く出れば送り迎えできるよ? 高校がある場所、幼稚園から近いし」

「なに?」

「ほら、ここだもん」

 耳をかきあげ、俺のすぐ近くに寄ってくる。
 その際にシャンプーなのか、いい香りがした。
 同じものを使っているはずなんだが……。

「お、おい」

「えっ?」

 バカか、俺は……何をガキ相手にドギマギしている。
 相手は春香だぞ? 俺はロリコンじゃないし、童貞でもないっての。

「いや、どれどれ……」

 俺はスマホで地図を見る。
 なるほど、確かに近いが……折角の青春がもったいないよな。
 春香には、普通の高校生活を送ってほしい。
 俺はできなかったことだからな。

「一度電車に乗って、駅から降りて、そっから歩けば……」

「いや、俺がやる」

「えっ? で、でも、お仕事は?」

「俺の店は火曜と土曜は定休日だ。店の営業時間も、十一時から三時まで。夜は五時半から九時半までだ。朝の時間には十分に間に合うし、迎えにも行ける」

「で、でも……よくわかんないだけど、準備とかあるんじゃないの?」

 ……痛いところを突かれたな。
 確かに、それはある。
 俺は人を数人しか雇っていないから、どうしても仕込みの時間がかかる。

「まあ、平気だろう。お前は高校生活をしっかり送ると良い。それが、兄貴と桜さんの願いだ。もちろん、俺もな」

「お兄ちゃん……」

「おっさん臭いと言われてしまうが……高校生活ってのは、とても貴重な時間だ。バイトもできる歳だし、少し大人っぽいこともできる。何より、そこで仲良くなった友達は一生物になる可能性がある。大人になったら損得とか、付き合いとかを考えてしまうしな」

「お兄ちゃんもそうなの?」

「ああ、数人だけどな。会う回数は少ないけど、未だに会えば昔みたいに戻れる存在だ。大人になって知り合った人には、どうしても見せられない姿も見せられるし」

「えっと……どういうこと?」

「まあ、その、なんだ……バカをやったことや、恥ずかしくて言えないこととか」

「ふふ、そうなんだ……うん、わかった。じゃあ、お願いしてもいい?」

「ああ、もちろんだ。それくらいさせてくれ」

「えへへ……お兄ちゃん、ありがとう」

 そう言い、春香は微笑む。
 そうだよ、やっぱり笑ってないとな。
 これからも、春香が余計なことを考えないようにしっかりしないと。

「おじたん……」

「あん?」

 俺の服を引っ張っている。

「ねむいよぉ……」

 時計を見ると……十時になっていた。

「あっ——ごめんねっ! 布団ひかなきゃ!」

「いつもこんな早いのか?」

「えっ? 子供ってそんなものだよ?」

 ……そうか、そういやそうか。
 九時くらいには寝てたような気がする。

「悪い、全然気が回らなかったな。すぐに用意するからな」

「んん~」

「春香、抱っこしててくれ」

「う、うん」


 急いで布団を一枚出して、二人の部屋にしく。

「これでよしと」

 二人一緒に寝ると言ってたし。

「出来た?」

「ああ、待たせたな」

「おじたんは? 一緒にねないお?」

「はっ?」

「へっ?」

「ママとパパ、いつも寝てくれりゅ……」

「わ、わたしだけで我慢してね」

「そ、そうだな、すまんな」

「うぅー……どうして? おじたんとおねえたんは一緒ダメなの……?」

 ……いや、ダメってこともないが。
 よく考えたら、俺は何に躊躇しているんだ?

「まあ、寝てみるか。もう一つくらいなら布団入るだろ」

「えっ!? お、お、お兄ちゃん!?」

「いいの!?」

「だ、ダメです! 詩織、寝るわよ! お姉ちゃんが好きな歌を歌ってあげる!」

「ほんと!? わぁーい!」

「おい?」

「お、おやすみなさい!」

「おじたん、おやすみなしゃい!」

 そう言い、扉が閉まる。

 ……別に一緒の布団というわけではないのに。

 これが思春期というやつか……。

 兄貴は偉いなぁー、俺には子供はまだ無理そうだ。
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