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一章 義妹を預かる

帰り道

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 ある程度食べ終わると、再び詩織が寝てしまう。

 なので、おんぶをして帰ることにした。

 暗くなった夜道を春香と並んで歩く。

「……いつもこんな感じか?」

 俺は詩織が生まれてからは、あまり兄貴の家には行ってないからな。
 自分の店を出したばかりで忙しかったし。
 それに……勝手に疎外感を感じていたんだよな。
 もうあの家には、俺の居場所はないって。

「ううん、やっぱり疲れてるんだと思う。環境の変化って大変だから」

「まあ、そうかもな。俺も、最初家を出た時は大変だったし」

 五歳児では尚更のことだろう。
 寂しくさせないように努力しないと。

「そっかぁ~あの時は寂しかったな……」

「わんわん泣いてたな?」

「むぅ……だってあの時はわかんないもん」

「高校卒業したから、まあ独り立ちってやつだ」

「そっから、就職したんだよね?」

「まあな……三年で辞めたけど」

「それは聞いても良いの?」

「ああ、別に構わん。上司の考えと合わなかったんだよ。従業員に対して殴る蹴るが普通だったし、言葉遣いも高圧的だった。料理の腕も大したことないのにな」

「やっぱり、そういう世界なんだね……」

「最近ではマシになってるけど、未だに根強いものがあるな」

 それでも三年は耐えた。
 じゃないと次に響くし、負けた気がして我慢ならなかった。
 結局最後には、同期の中では俺ともう一人しか残っていなかったけど。

「えっと、そっから……お店を開くまではどうしたの?」

「なんだ、急に。今まで、そんなこと聞いてこなかっただろう」

「べ、別に良いでしょ!」

 まあ、あの頃は春香も少し様子が変だったし。

「まあ、良いが……そうだな、まずは三年くらいあちこちの飲食店で働きつつ、物件を探して……幸い使う暇がないほど忙しかったから、お金は貯まっていたし。それで、一年前くらいに今の場所を確保したんだよ」

「どうして自分のお店だったの? お兄ちゃん、まだ二十五歳くらいだよね?」

「おそらく、若い部類に入るだろうな。まあ、色々な飲食店で働いて思ったんだよ。これは、どこに行っても合わないってな」

「えっと……?」

「飲食店業界は割と腐っててな。パワハラセクハラは当たり前、残業に次ぐ残業、休みは少ないし安い給料、儲かるのはオーナーくらいだ」

「そ、そうなんだ」

「言っておくが、おススメしないからな。アルバイトくらいなら良いけど」

「アルバイト……」

「まあ、お前も高校生だからな。話がずれたな……何より嫌だったのは、お客様は神様状態だったからだ。とにかく威張り散らしたり、クレームをいう客がどこにでもいてな」

「それ、よくテレビで聞くね」

「言った人にはそのつもりはなかったんだろうが、間違って広がってしまったんだ」

「ごめんね、お兄ちゃん。元はどういう意味なの?」

「確か『私にとってお客様は神様です』かな。観客と歌手としての話をしたらしい。それが歪んでしまって、いつからかサービス業界全般と、お客さんという形になっていた」

「そうなんだ、わたし知らなかった……」

「俺も最初に知った時は驚いたよ。お客さんが有難い存在なのは否定しない。いなければ成り立たないのもわかる。しかし、それでもお客様だからって偉そうにして良いわけではない。俺たちは時間と手間をかけて料理を提供する、お客さんはその対価としてお金を払う。その関係は、本来なら対等なはずなんだ。俺たちがお客様というのは良い……しかし、間違っても

「うん、わかる。たまにいるよね、こっちは客なんだぞ!って言ってる人」

「それな。ああいうのがいるから困る。こっちが逆らえないことをいいことに、客だったら何をしても良いと思ってる」

「だから、お兄ちゃんは自分の店を?」

「まあ、そうだな。それが大きな理由かな。自分が客を選ぶなんて偉そうなことを言うつもりはない。でも、は追い出しても良いと思ってる。だって、他のに迷惑だからな」

「えへへー、お兄ちゃんが話してくれた」

「あん?」

「今までは、そういう難しい話してくれなかったもん」

「まあ、お前も高校生になるし……つまらん話をしたな」

「そんなことないよっ! 嬉しいもん!」

 ……何が嬉しかったんだろうか?



 そして、家に帰宅すると……。

「むにゃ……」

「起きたか?」

「おしっこ」

「はっ?」

「もれちゃう」

「へっ?」

「詩織! 我慢して!」

「は、春香! どうすれば良い!?」

「貸して! ほら! 行くよ!」

 俺から詩織を引っぺがし、トイレへと駆け込んだ。

 ……大人になったもんだな。
 そうか、あいつもお姉さんだもんな。
 そんな当たり前のことを、今更ながらに思うのだった。



 その後はテレビを見つつ……。

「おい、風呂は沸いてるからな」

「お、お兄ちゃんは?」

「あん?」

「入るんだよね?」

「当たり前だろ、飲食店の人だぞ」

「あぅぅ……」

「おねえたん?」

「どうしよ、先に入る? でも、そうすると……後のが良い? でも……」

 ……これはアレだな。
 俺がおっさんだから嫌なんだな。
 いや、これは俺が悪い。
 しかし……ショックなことに変わりはない。
 高校生の女の子か……無理もないよなぁ。

「すまん、春香」

「ふえっ?」

「俺は朝一で銭湯行くから好きに入ると良い」

「ど、どうして!?」

「いや、俺と一緒の湯船は嫌だろうなと思ってな」

「ち、違うもん! そういう意味じゃないもん!」

「あん? じゃあ、何をぶつぶつと……」

「お兄ちゃんのばかぁぁ——!」

「ゴハッ!?」

 ソファーの枕が顔面に直撃する!

「きゃはは!」

「詩織! お風呂行くわよっ!」

「あーい!」

 詩織を連れ、春香は風呂場に入っていった。

 ……女の子って難しい。
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