上 下
137 / 257
青年期~後編~

懐かしき対面

しおりを挟む
 ……俺は目を逸らさずに、黙って父上の言葉を待つ。

 そして……。

「ハァァァァ——」

 父上が、大きなため息を吐く。

「正直言って、そうなると思っていた。そして、それが有効だということも……そして、任命するに当たり……父親ではなく、皇帝としての俺が……それを利用しろと囁いた」

(そうか……それもあって悩んでいたのか)

「いえ、それで良いんですよ。あくまでも、今は臣下の立場なのですから」
「そんなことはわかってる! ……す、すまん」
「いえ……その気持ちはとても嬉しいです。俺は父上を愛していますし、愛されていることを幸せだと思います。ですが、それではいけないのです。父上は、皇太子のことを優先してください。それが、この国のために……ひいては、俺たちのためになります」

(皇太子であるライル兄上が大人になったとはいえ……周りの家臣は、俺のことを良く思わないだろうし)

「俺とてわかってる……お前に肩入れしないことが、お前達を一番守る術だということは……! だが、それでは……!」
「父上……ご安心下さい」
「アレス?」
「父上が気兼ねなく俺達と接することができるように……俺、頑張りますから。だから、俺を遠慮なく使ってください」
「っ——!? ……ガキなのは俺の方だな。そうだな、そうできるようにするのが一番の近道かもしれん……」

(父上の顔には疲労が見え隠れしている……当たり前の話で、もう四十歳を軽く超えている。この世界では、もう隠居を考える年代に入ろうとしている……早く楽にさせてあげなくてはいけない)

「では、良いですね?」
「ああ、頼む……指令は追って出す。それまで、屋敷で待機してくれ」
「はい、わかりました」

 俺が席を立って、部屋から出る直前……父上のため息が漏れる。
 俺はすぐに踵を返して——父上を抱きしめる。

「ア、アレス?」
「父上、肩の力を抜きましょう」
「し、しかし……」
「そんな顔では、エリカに嫌われてしまいますよ?」
「……それは困るな」
「可愛い息子の頼みです……父上、俺をもっと頼ってください。そのために強くなったのですから」
「……それは聞かないわけにはいかんな」
「ええ、そうですよ……じゃあ、帰りますね」

 俺は振り返らずに、今度こそ部屋から出て行く。

「アレス様、ありがとうございます」
「いえ、ゼトさん。これも、俺の役目でしょう」
「陛下は、ここのところお忙し過ぎなのです。宰相がいない分、寝る間もなく働き……私には相談に乗ることくらいしか出来ないのが歯痒いです」
「そんなことありませんよ。ゼトさんっていう信頼できる人がいるから、俺達は父上の安全を考える必要がないのですから」
「……私まで励まされてしまいましたか。本当に、大きくなられて……引き留めて申し訳ありません——あとは私にお任せを」
「はい、父上をよろしくお願いします」

 ゼトさんにお辞儀をして、俺はその場を立ち去る。




 そして、城の中を歩いていると……太ったおっさんと細身の男が向かってくる。

「これはこれは……アレス様ではありませんか」
「ア、アレス様、お久しぶりでございます」

(出たか……財務大臣である、ハデス-レイガンか……そして、隣にいるということはロレンソか?)

 以前は傲慢さが滲み出ていたが……何か様子が違う。
 細身の長身にはなったが、視線も合わないし気弱な印象を受ける

「どうも、レイガン殿。ロレンソも、久しぶりだな」
「え、ええ……」
「ロレンソ、お前は黙ってなさい。それで、何か用事でも?」
「父上に会いに来ましたね。誰かさんが苦労ばかりかけるので」
「ほう? とんだ不届き者がいるのですなぁ」

(この狸め……お前のことだよ。最近のし上がってきたという話だが……)

 以前は、軍務大臣でもあるゲルボイグ-ダオスの下についていたが……。
 そこから鞍替えして、一気に財務大臣までのし上がったらしい。
 その裏には、ターレスがいるとも言われているが……。

「ええ、困ったものです。まあ、優秀なレイガン殿には関係ない話ですね」
「ほほ、その通りですなぁ。おっと、お時間をとらせてしまいましたな。どうぞ、お通りくださいませ」
「いえいえ、それでは失礼します」

 俺は顔には一切出さずに、その場を立ち去る。

 すると、今度は……。

「アレス様、お久しぶりでございます」
「アレス様、お久しぶりでございます」

 全く同じ言葉を、似たような雰囲気で言われる。

「これは、ダオス殿。それに、ザガンか」
「随分とご立派になられましたな」
「アレス様、ご活躍は聞いております」
「いえいえ、大したことはしてませんよ」

(さて……言葉こそ丁寧だが、俺を見下すことを隠しきれていないな)

 どうやら、こいつらは変わらないということらしい。
 ならば、特に用はない。

「それでは急いでますので」

 俺はすぐに、その場を立ち去る。

(おそらく、俺を確認しにきたのだろう。何をするのか、誰につくのか……)







 城を出た俺は、考えを巡らせる。

(財務大臣と軍務大臣、そして法務大臣か……)

 他にもいるが、その三人が宰相の座を巡って争っているって話だ。
 伯爵家であるハデス-レイガン、侯爵家であるゲイボルグ-ダオス……。
 そして法務大臣である、グングニル-モーリスか……。
 今まで、グングニル家は中立を貫いてきた。
 できれば、かの家になってほしいが……さて、どうなることやら。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリーです。

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

処理中です...