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青年期~前編~

夢と旅立ち

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 ……これは。

「お母さん、これで良いかな?」

「うん、良いんじゃないかしら。あなた、味見してあげて」

「どれどれ……うん、美味しいな」

「ほんと!? やったぁ!」

 懐かしい家の風景だ。
 三人ともいるし……そういや、三人が揃ってるのを見るのは久々だな。
 この時系列がいつなのかはわからないけど……。
 そもそも、なんで……またこの夢を見ているんだろうか?
 もしかしたら、目覚めの時が近いのかもな。

「でも、どうしていきなり料理なんか……彼氏でもできたのか!?」

 ナニィー!? 叔父さん! そこんとこ詳しく!

「で、できてないよっ!」

 結衣は慌てて否定してるが……どっちだ?
 いや、俺には何もいう資格がない……いや、兄としての権利はあるはずだっ!

「そ、そうか……それはそれで複雑だがな」

「あなた、これで良いのよ。焦っても良いことはないわ」

「……どうやら、二人とも仲直りしたみたいだな」

「ええ、和馬君のことは時間をかけていくことにしたわ」

「それなら良い。和馬も、自分のことで二人が険悪になっては悲しいだろうからな」

 そっか……これは前回の続きか。
 俺の写真を処分するとかで揉めていたっけ……。
 でも、良かった……大事な人たちが、俺のために喧嘩するのは嫌だし。

「ふふ、そうよね。そんなことを考えられるようにはなったわ」

「しかし……じゃあ、何故今になって料理を? もうすぐ受験生だろ?」

「勉強は平気だよ、お父さん。うーん……色々やってみようかと思って。まだ何になりたいかはわからないけど、何にでもなれるように。そして、天国の和馬さんが心配しなくても良いように……」

「そうか……うん、きっとあいつも喜ぶさ。あいつは結衣の笑顔が好きだからな」

「そ、そんなの初耳だよっ!?」

「いや、俺も聞いたわけじゃないけどな。ただ、お前が笑うと……あいつも嬉しそうに笑うんだよ」

「それなら、私にもわかるわ。良い顔をするもの」

「そ、そうだったんだ……じゃあ、笑えるように過ごしていかないとだねっ!」

 ……そうか、叔父さんは薄々気づいていたのかもな。

 俺の気持ちに……。

 でも、良かった……みんな前を向いてきたみたいで。

 結衣、俺は天国にはいないけど……お前を見守っているから。








 ……良い夢だったな。

 みんな……俺は辛いこともあるけど幸せに生きているから。

 だから、みんなにも幸せに生きて欲しいと願っている。

「むにゃ……」

「可愛い顔して……今のうちに、よく見ておくか」

 隣に寝るカグラの顔をまじまじと見つめる。
 うーん、綺麗な顔してること。
 目はぱっちり二重だし、まつげも長い。
 顔も小さいし、顎のラインもシュッとしている。

「将来は間違いなく美人さんだな」

 きっと一年もあったら、すぐに成長してしまうな。
 ここ数ヶ月でも、どんどん大人になってきてるし。
 本人は、自覚がないみたいだけどね。

「この紅髪もサラサラで、相変わらず綺麗だ」

「あ、あのぅ……」

「おや、起こしてしまったかい?」

「な、何をしてるのですか?」

「髪を触っているね。嫌かな?」

「い、いえ……気持ちいいです」

 それをいいことに、優しく髪を撫でていく。
 この感触を忘れないように。

「な、なんだがアレス様が大人に見えるのだ……」

「ん? そうかな?」

「むぅ……なんだか、余裕があって……拙者はドキドキするのだ」

「俺もしてるけどね」

「そ、そうは見えないのだ」

 うーん、確かに我ながら落ち着いているかも。
 昨日と違って余裕もあるし……。
 もしかしたら、和馬の意識が高い状態だからかもしれない。
 あんな夢を見た後だし、昨日の夜も意識したし。

「実は、前世の夢を見てね」

「そ、そうなのですか」

「大事な人達が、元気にやっていたよ。だけど……いつ会えなくなるかわからないから、今のうちに堪能しておこうと思って」

 俺とて死ぬつもりはないが、人生は何が起きるかわからないから。

「か、帰ってきますよね……?」

「もちろん、そのつもりだ。ただ一年は会えないからね、今のカグラをよく見ておこうと思って」

「せ、拙者、素敵な女性になれるように頑張ります!」

「じゃあ、愛想を尽かされないように、俺はそれに見合う男になっていないとだね」

「そ、そんなことはあり得ないのだ……」

「あらあら~、良いわね」

 扉から、クレハさんが顔を覗かせている。


「ひゃあ!? は、母上!?」

「クレハさん、おはようございます」

「アレス様は気づいていたみたいね」

「ええ、まあ」

「アレス様! 言ってくださいよぉ~!」

「いや、慌てるカグラが見れるかと思って」

「あぅぅ……」

「ふふ、良いわね。私達夫婦とは違うけれど、良い夫婦になりそうね。ねっ、あなた?」

 扉が完全に開き、クロイス殿も姿を見せる。

「父上まで!?」

「い、いや! 覗くつもりはなくてだな! 間違いがあってはいけないと思って!」

「あなた、昨日も言ったわよ。アレス様なら平気って」

「う、うむ、それはわかっている。しかし、娘を持つ父親としてはな……」

「うぅー……恥ずかしいのだ」

 カグラは布団をかぶって、縮こまってしまう。

「クク…ははっ!」

 なんかいいな、家族って感じで……まるで、さっきの夢の中と同じようだ。

「ふえっ!?」

「ア、アレス様……?」

「どうしたのかしら……?」

「い、 いや、申し訳ない。良いご家族だと思いまして……クレハさん、お兄さんを見つけたら首を引っ張ってでも連れて帰りますね」

「……ありがとうございます……よろしくお願い申し上げます」

 声を振る絞るかのように、俺に頭を下げた。

「頭をお上げください。こんなに素敵な家族に恵まれているのに、それを悲しませるなんて。何より、個人的にも許せません」

 俺は前世でも今世でも、離れ離れになるっていうのに。

 前世の夢を見たことで、尚更のこと決心する。

 こうなったら、必ず見つけてやる。

 まあ、グロリア王国にいるのかわからないけどね。





 そして、いよいよ旅立ちの時間となる。

 見送りは、カグラとクロイス殿のみだ。

 昨夜、皆から挨拶は受けたし、昼間も住民に挨拶をした。

 それでも見送りがしたいという方もいたが……。

 しめっぽい感じになるのも嫌なので、丁寧にお断りした。

 もちろん、また必ずきますからとお伝えして……。





 そして、ダインさんとアスナを先に行かせ……。

「カグラ、泣かないで」

「グスッ……ぅぅ……」

「カグラ笑顔で見送るって言ってなかったか?」

「す、少し待ってください……」

 そう言い、カグラは俺に背を向ける。

「クロイス殿、お世話になりました」

「いえ、こちらの方がお世話になりました。皆も楽しんでいましたし、私も息子のようで楽しかったですから……おっと、これは失礼しました」

「いえ、嬉しいです。俺は、貴方達と家族になりたいと思っていますから」

「それはそれは……嬉しいですな」

「アレス様!」

 振り向いたカグラの目は赤いが……それでも笑っていた。

「カグラ、また会える日を楽しみにしてるよ」

「拙者もです! 今よりも強くなります! あ、あと、花嫁修行も頑張るのだっ!」

「では、こちらも負けていられないな」

「アレス様、名残惜しいですが……」

「うん、きりがないからね。カグラ、最後に言って欲しい言葉がある」

「な、なんですか……?」

「いってらっしゃいって言ってくれ」

「へっ? そ、それはもちろん……いってらっしゃい!」

「ああ、行ってきます。そして帰ってきた際には、ただいまって言うから……家族になる君にお帰りって言って欲しい」

「あっ——はいっ! 待ってますから!」

 そして、最後にとびっきりの笑顔を見せてくれた。

 俺は、その顔を目に焼き付けて踵を返す。

 そのまま、振り返ることなく歩いていく。

 カグラ、また会える日まで元気でね。


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