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青年期~前編~

それぞれの思い

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 ……とりあえず、生きてはいたが。

「馬鹿者! 婚約者とはいえ、皇子を怪我させるとはどういうことだ!?」

 クロイス殿の怒号が響く。

「ご、ごめんなさい!」

「カグラちゃん、殿方を躾けるなとは言いませんが、大衆の面前で吹っ飛ばすのは良くないわ。やるならこっそりやらないと」

「は、はいっ!」

 いや、それはそれでどうかと思うんですけど?
 カグラ、はいっ! じゃないよ。

「アレス様、申し訳ありませんでした!」

「クロイス殿、頭をお上げください。こんなのは、日常茶飯事ですから」

「……カグラ?」

「ち、父上! 違うのだっ!」

「あんまり責めないでやってください。元々、俺とカグラの取り決めで、お互いに手加減はなしとなっているので。あと、セレナがいつもいたからね?」

 例え、どんな怪我をしようとも彼女が治してくれた。
 今更ながら、彼女の才能と努力に驚かされる。
 何故なら、一応クロイス家の魔法使いに治療を受けているが、セレナの方が圧倒的に速い。
 ……宮廷魔道士内で、嫉妬されてないといいけど。
 一応、こっちでもクロイス家でも手は打っておいたけどね。

「そ、そうなのだ……つい」

「そうか……それならば、私が怒るのは筋違いか。ただ、気をつけなさい」

「はいっ!」

「ご心配をおかけしました」

「じゃあ、アレス様。ご飯の前にお風呂に入ってくださいませ」

「ええ、そうさせていただきます」

「お付きのダインさんだったかしら?」

「は、はいっ!」

 ここに入ってから、ずっとガチガチなダインさん。
 ただ、これが普通だろう。
 侯爵家の屋敷の中になど、そうそう入れるものではない。

「貴方もご一緒にどうぞ。アレス様も気が休まるでしょうから」

「い、いえっ! 私ごときが、ブリューナグ家のお風呂に……」

「気にすることはない。アレス様が信頼している方なら、私達にとっても大事なお客様ということだ」

「ええ、そうですよ。緊張するなとは申しませんが、どうぞ普通になさってください」

「あ、アレス様……」

「ダインさん、ブリューナグ家は噂通りの家柄です。貴方が会ってきたにわか貴族とは違います」

「そ、そうですか……わ、わかりました。ありがたく使わせていただきます」






 御者兼付き人となったダインさんと共に、お風呂へ向かう。

 そして、湯船に浸かりながら会話をする。

「いやはや、まさか私が侯爵家の屋敷のお風呂に入れるなんて……良い方々ですね。私の偏見だったのかもしれませんね」

「まあ、珍しいとは思うよ。人は権力や財力を持つと傲慢になりがちだから」

「アレス様は、そんな感じしませんよね?」

「まあね……でも、父上とかもそうだし」

 俺は前世の営業先で、そういった人間をたくさん見てきた。
 無意識に自分を偉いと勘違いして、傲慢に振る舞う方達を……。
 だから、そうならようにしようと思っていた。

「そうですよね。実は、私個人に挨拶に来てくれたのですよ」

「えっ!? 父上が?」

「ええ、息子をよろしくお願いしますって……感激しましたね」

「そっか……」

 父上……貴方って人は。

 忙しいだろうに、わざわざそんなことまで。

 これは、手土産なしでは帰れない。

 少しはマシになって、父上を喜ばせたいよな。




 その後は、ブリューナグ家の皆でお食事会をする。

「皆の者! 我が娘とアレス様は無事に婚約者となった! まだ結婚には早いが、ひとまずお祝いとする——乾杯!」

「「「乾杯!!!」」」

 大きな宴会場のような場所で、三十人ほどで食事となる。

「アレス様! おめでとうございます!」

「お嬢様! 素敵な婚約者ですね!」

「こちらこそ、ありがとうございます」

「そうなのだっ!」

 次々と挨拶に来ては、それを返すのを繰り返す。
 俺もよく、こんな挨拶をしてたよなぁ。
 まさか、自分がされる立場になるなんて……まだ十二歳なのに。



 しかし、最初のクロイス殿の言葉が効いているのか……。

 皆、一言だけ挨拶したら、その後は遠巻きに眺めるだけになった。

「まあ、それはそれで気まずいけど……」

「アレス様?」

「いや、なんでもないよ。少し戸惑ってるだけだから」

「ふふ、みんな嬉しいのだ。アレス様が、ブリューナグ家をきちんと評価してくれたことが……皇帝陛下に直訴したって聞いた時から、お礼をしたいって」

「別に大したことはしてないよ。きちんと仕事をしているのに、評価を得ないのはおかしいと思っただけだし」

 俺は営業マンだったから尚更のことだ。
 こんなに身を削って働いているのに、支援をしない方がおかしい。

「でも、大臣達の反対を押し切ったって聞きましたよ?」

「まあ……奴らが、支援金や食料の輸出を減らそうとか言ってたから」

 奴らは本当に馬鹿だ。
 それをして、ブリューナグ家が滅んだらどうする?
 魔界からの魔物は溢れ、いずれは自分さえも危ういというのに。

「どうしてなのでしょうね? 拙者でも、それくらいはわかるのに……」

「きっと、目の前で起きていないことは考えてないんだよ。それに、全て自分の都合の良い考え方しかできない」

 前世でも、そうだった。
 政治でもなんでも、結局のところ目前まで迫って来ないと何もしない。

「でも、そんな人達が何故上の立場に行けるのですか?」

「そうだね……自分のことしか考えないからかな?」

「へっ?」

「いや、あくまでも俺の考えだよ?  悲しいことに、真面目な人や優しい人は出世し辛いんだと思う。人の気持ちを考えて譲ったり、遠慮したりするから。でも、自己中な人はそんなことは考えない。他人を蹴落とすことも、自分さえ良ければいいと思って迷いなく上を目指すからね」

「た、確かに……言われてみれば」

「もちろん、単純に偉くなって傲慢になったってこともあるけどね。あと、優しさや真面目さを備えつつ、厳しさを持って上に行く人もいるし」

「むぅ……難しいのだ。でも、ためになる話だったのだっ!」

「ああ、私もそう思う」

 クロイス殿が、俺たちの前に座る。

「クロイス殿、この度はありがとうございます」

「いえ、こちらこそありがとうございます」

「父上もそう思うのですか?」

「否定も出来ないと言ったところだ。そして、アレス様に上に行って欲しいものですな」

「……それは」

「申し訳ない。少し酔っているようです……ただ、これだけは覚えておいてください。我がブリューナグ家は、貴方がカグラの婚約者であると同時に、我が家の恩人でもあるということを。我が家は、何があろうとも——貴方様の味方になると」

「……わかりました、ありがとうございます」

 ……つまり皇帝陛下ではなく、俺につくって意味か?

 有り難い反面、少し苦しくもある。

 俺は、どうしていけば良いんだろうか?
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