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少年期~後編~

そして旅立ちの日

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そして、翌朝……。

「おにぃちゃん……」

「おっ、泣いてないな。偉いぞ」

昨日の夜は一緒に寝たが、その時も泣きはしなかった。
それが少し寂しくもあり、成長を感じて嬉しくもある。

「だって……おにぃちゃんが心配するからって。それに昨日言ってたもん……おにぃちゃんは、わたしが笑ってた方が好きだって」

「ああ、エリカには笑顔がよく似合う。母上とカエラのこと、よろしくな?」

「あいっ!」

そう言い、無理矢理にだが笑顔を見せてくれる。

「アレス、気をつけてね」

「はい、母上」

「もう散々に言い尽くしたから、私から言うことは一つだけよ——無事に帰ってきてね」

その瞳からは真剣な想いが伝わってくる。

「はっ! 必ずや戻ってまいります!」

「ええ、貴方の帰りを待ってわ」

「アレス様、後のことはお任せください。アレス様の留守の間、エリカ様とエレナ様は私がお世話しますから」

「カエラ、ありがとう。本音を言えば、君が残ってくれて良かった。オルガには悪いけどね」

「いえ、私は私の意思でここにいます。それに、オルガ君も残るように言ってくれましたから。むしろ、それが決め手になりました。この少年の想いを受け止めようと」

「なるほどね。いやはや、若い者はお暑いことで」

「ふふ、今ならわかるわ。ねっ、カエラ」

「ええ、そうですね。昔から二人で言ってたんですよ」

「へっ?」

「時々、アレスっておじさんみたいなこと言うわよねって」

「でも、そういうことなんですよね」

「はは……参ったな」

そりゃー生きてれば四十過ぎですから。
そっか、たまに感じる視線はそれだったのか。

「なになに!?」

「エリカ、お兄ちゃんは大人っぽいってことよ」

「へぇー! ヒルダお姉様も言ってたっ! たまに歳上に見えるって!」

「へぇ、そんなことを……」

……結局、ヒルダ姉さんとは話せないままだったな。
通り道だから、行きに寄っていくことも考えたけど……。
こんな状況だから、あまり刺激をするような真似は出来ない。
女神の結界が揺らいでいるし、教会はその勢力を強めている。
今は、国の中で揉めている場合ではない。

「では、アレス様」

神妙な面持ちで、カイゼルが玄関から現れる。

「エリカ、行きましょう」

「ふえっ? お見送りは?」

「そうしちゃうと、私たちも泣いちゃいますから」

「そうかも……おにぃちゃん! いってらっしゃい! わたし、立派なレディになってるからねっ!」

「ああ、エリカならなれるさ。俺も負けないように男を磨くとしよう」

「アレス、いってらっしゃい」

「アレス様、行ってらっしゃいませ」

二人はエリカを連れて家の中へと入る。

「じゃあ、行こうか」

「ええ」

二人で玄関を出て、門の前まで歩いていく。

「カイゼル、後のことを頼む。俺の大事な人たちを守ってくれ」

「御意——この命に代えても」

「それは有り難いけど……カイゼルも、その中の一人だということを忘れないでくれ」

「アレス様……」

「貴方は俺にとって師であり、時には兄であり父のようであった。カイゼル、ありがとう。貴方のおかげで、俺は大切なモノを守る力を得ることができた」

「……私は早くに愛する妻を亡くしました。そして子を授かることもなかった。先帝陛下がいなければ、命を絶っていたでしょう。その先帝陛下も死んでしまった……その際に末っ子のラグナのことを頼まれたのです。いずれ国に帰ってきたら、お前が面倒を見てくれと。きっと、私を死なせないようにしたのでしょう」

エリカが生まれる時に、父上が言っていたことか。

「そうなんだ」

「ええ。まさか、兄二人が死んでラグナが継ぐとは思ってもいなかったでしょうが。そして、結果的に私は遺言を果たすことにしました。ラグナの頼みを聞き、この家を守ると。はっきり言って最初は生きる屍でした。ただ、迫り来る刺客を始末するだけ……そこに感情などなかった」

「カイゼル……」

「ですが、貴方が生まれた。思えば、不思議な方でした。私の周りをチョロチョロして、全く怖がる様子もない。何より、纏っているモノが懐かしい感じがしたのです」

「お祖父様に似てるって父上には言われたけど……」

「ええ、似てます。人に優しく、自分に厳しいところなど特に。あと、この人のためなら命をかけてもいいと思わせるところが」

「そんな大層な者ではないよ」

「ふふ、本人はそれで良いのです。私はその中で、次第に生きている実感が湧いてきました。今日は、あの子は元気だろうか? 成長したら、稽古でもつけようか?など」

「いや、あれにはまいったよ。本気で来るんだもん」

「当たり前です、ずっと楽しみにしてましたから。そして成長する貴方を見て、私は生きていることが楽しくなり……ある時、私の心に芽生えました——もう一度だけ、この命を賭けるに値する方が現れたと」

「そっか」

俺の脳裏に浮かぶ……今までのカイゼルとの日々が。

「貴方が、私に生きる希望を与えてくれました。アレス様……私は勝手ながら、貴方を息子のように思っておりました」

「あっ——泣かないでよ」

「ア、アレス様こそ」

きっと、母上達はこのために見送りをしなかったのだろう。
俺とカイゼルが泣けるように……。

「はは……カイゼル、貴方に教わったこと忘れない」

「貴方は強くなった。きっと、そこらの暗殺者などの刺客には負けないでしょう。ですが、まだまだ身体は出来上がっていません。ここで手を抜けば、そこそこ止まりでしょう。一流に、最強になりたいのであれば、研鑽を積むことです」

「ああ、約束する。帰ってきた時に、カイゼルに失望されたくないからね」

「ええ、きちんと試験をします」

二人で、無言で見つめ合う。
もうそこに、余計な言葉はいらない。

「じゃあ、行ってくる」

「ええ、いってらっしゃいませ」

俺は振り返ることなく、馬車に乗り込む。

景色を眺めつつ、生まれてからのことを思い出す。

よくわからないまま転生をして……。
聖痕がない出来損ない皇子だと知って……。
そんな俺を大事だと言ってくれる、大切な人たちがたくさんできて……。
でも、それを守るためには力が必要になって……。

「そうだ、俺は初心を忘れない」

俺は大事な人達のために最強を目指す!
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