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少年期~後編~

カイゼルの卒業試験

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 最近の我が家では、お姫様が俺を起こしにくることから始まる。

 理由は簡単で、俺が何処かに行くということを伝えたからだ。

 泣き叫んで大変だったが、どうにか乗り越えることが出来た……。

 いや、本当に大変だった……前世の記憶が蘇るほどに。

 結衣も、俺が大学生になって家を出るとき大変だったからなぁ……。

 この世の終わりみたいな顔をしてたっけ……エリカも似たようなものだったな。

 まあ、そんなわけで……その代わりに、暇があれば俺に引っ付いてくるように。

 嬉しいから良いんだけどね。



「おにぃちゃん、朝なのよっ!」

「おい? 何処で覚えたんだ?」

 いや、一人しかいないのはわかってるけど。

「ヒルダ姉様なのっ!」

「そこだけは発音しっかりしてる……」

「うぅー……だって、じゃないと遊んでくれないんだもん……」

 なるほど……甘やかすだけではなく、しっかりと教育もということか。
 なんというか、ヒルダ姉さんらしいな。

「ヒルダ姉さんは嫌いか?」

「ううんっ! しゅき! おにぃちゃんのお話をしてくれるのっ!」

「ハハ……何を言われているやら」

 ……聞かない方が良さそうだな。

「それに……よくわかんにゃいけど、難しいお話をしてくれるの」

「ん? どういったことだい?」

「セイコン? あと……こうぞく?」

 ……完全にカタコトだが、聖痕に皇族か。
 そうか……今から教育をしてくれているのか。
 約束通りに……俺もしっかりしないと。

「エリカ、それはとても大事なことだ。しっかりと話を聞くといい。それが、エリカのためになる。ヒルダ姉さんは少し厳しいけど、それは愛情があるからだ」

 出来るだけゆっくりと、穏やかに語りかける。

「うぅー……」

「まだ早いよな。今はわからなくていい。ただ、覚えていてくれれば良い」

「うんっ! がんばる!」

「よし、良い子だ」

「ふにゃ……きもちいい」

 いつものように頭を撫でてやる。
 結衣と同じように。



 その後朝食を食べるが……。

「流石に膝の上はちょっと……」

「い、いやなの……?」

「……母上、タスケテ」

「もう、仕方ないわね。エリカ、お行儀が悪いと……わかるかしら?」

「ご、こめんなしゃい!」

 俺の膝から飛び降り、自分の小さい椅子に座る。
 うむ、母というのは何処の世界も偉大である。

「はむはむ……おいちい!」

「はいはい、口を拭いて」

「えへへー」

 懐かしい……結衣にも同じようにやったな。
 エリカのおかげで、俺は結衣を忘れずにいられる。
 もちろん、混同してるつもりはないが。



 食事が終わると、カイゼルとの鍛錬の時間だ。

 今日は早めにセレナに来てもらっている。

「アレス様、今日は本気でいきます。なので、アレス様も魔力を解禁にいたします」

「そうか……わかった」

 セレナに、早めに来るように言っていたのはそういうことか。
 もし、何かあっても怪我を治せるように。

  「アレス様っ! 頑張ってください!」

「ああ、ありがとう。では、やろうか」

「ええ——まいります」

 いつもは片手で扱う剣を、両腕で振るってくる。
 つまり——威力もスピードも桁が違うということだっ!

「くっ!」

 まるで野球バットを振ったような音が鳴る。

「ふむ、相変わらず避けるのは上手いですな」

「褒められてる気がしないな……」

「ええ、それだけでは勝てませんから」

「わかってるよっ!」

 手と足に重点を置き、体全体を魔力で覆うイメージ。
 俺の魔力量は、もはや一流魔法使い並みにある。
 これもクロスのおかげだ。
 魔力が吸い取られる度に、俺の魔力総量は上がっていった。

「ほう?  剣士ではあり得ない魔力ですな」

「行くよ、カイゼル」

 脚に力を入れ、カイゼルの視界から消える。

「むっ!?」

 横から後ろから、前からと縦横無尽に動き回る。

「私が目で追いきれないとは……」

 ……何を言ってるのさ。
 しっかりと追ってきてるくせに。
 おそらく、感覚的にわかってるんだろう。
 なら……わかってても受けざるを得ない状況を。

「炎の壁《ファイアーウォール》」

 炎の壁がカイゼルの四方に現れる。

「クッ!?」

 その隙に内側に入り込み、周りの炎を剣に纏わせる。

「火炎刃」

 両腕に魔力をこめて、カイゼルに叩きこむ!

「カハッ!?」

 俺の一撃は、カイゼルの剣を破壊し、カイゼルをも斬り裂く。

「ハァ、ハァ……ど、どうだ?」

 カイゼルは腹から血を流している。
 だが、致命傷ではないだろう。

「……お見事。スピードや剣の腕はもとより、課題だった剣と魔法の一体化。そして、それを使った戦術。何より、最後の一撃……私の肉体に傷を負わすとは。こんなことは、いつ振りですかな……ゼト以来のことかもしれません」

「でも、本気じゃなかったよね?」

「いえ、本気でしたとも。アレス様が強くなったのです。そして……アレス様、私とて歳をとるのです。これが生死がかかっていれば別ですが……今の私の本気ということです」

 そうだ、当たり前のことだ。
 本当なら、とっくに引退している身なんだ。
   前の世界でいう還暦近くなはず……。
 それを、俺のために……この歳になっても強くあり続けてくれた。

「ありがとう、カイゼル。貴方のおかげで、俺は強くなれた。だが、これからも俺に仕えてくれるだろうか? 俺には……いや、俺達にはお前が必要なんだ。強くなくていい、もしこの先弱くなったとしても……ただの家族して」

「御意……この老骨、命果てるまで貴方に忠誠を誓った者なり。アレス様、ご立派になられました。ひとまず、合格といたしましょう」

「アレス様!」

「セレナ、カイゼルの傷を……」

「いえ、結構です。お嬢さん、いつもありがとう」

「え?」

「これは記念にとっておきますゆえ。きちんと手当はするのでご心配なく」

 そう言い、カイゼルはいつもの位置へ戻っていく……。

「ふえっ? い、いいんですか?」

「ごめんね、セレナ。男にはそういうところがあるんだよ。あと、呼び出しておいて悪かったね」

「いえっ! 貴重なものを見せてもらいましたから! 凄かったですっ!」

「ありがとう、セレナ。時間もあるし、家に入ろうか」

 すると、母上に話があると言われる。

 なので、セレナにはエリカの相手をしてもらうことにした。

「アレス、明日から試験なのよね?」

「ええ、母上。筆記試験は終わったので、試合と実技試験ですね」

「何をするのかしら?」

「Sクラスでのトーナメント方式の試合と、現兵士との模擬戦。あとは、後日に魔物討伐に出ます。それをクリアすれば、晴れて卒業となります」

「あら、大変なのね。でも……嬉しそうね?」

「あっ、バレましたか。いや、楽しみなんです。俺のやってきたことが無駄じゃなかったのか、試されるわけなんですけど……不思議と高揚してますね」

「ふふ……何もいうことはなさそうね。母として嬉しくもあり、少し寂しくもあるわ。大きくなって……もうすぐ卒業ね。貴方を生んだのが昨日ことのように思い出せるわ」

「母上……」

「何も寂しいのはエリカだけじゃないのよ? 私だって、アレスと離れたくないわ。もちろん、カエラだって。でも、それではいけないのよね。アレスの成長を妨げることになるもの」

「俺は必ずここに帰ってまいります。何が起きようとも」

「男の人の目になってきたわね……覚悟を決めた。アレス、しっかりやりなさい。前も言ったけど、私はここで貴方を待っているわ」

「はいっ!」

 ……この試験には、様々な人間も来る。

 高位貴族から下級貴族、兵士や将軍、商人や冒険者まで……。

 スカウトの目星をつけるためと、これからの次世代を担う者を見るために。

 ここで力を見せることが出来れば——俺の願いに一歩近づくことになる。
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