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冬馬君は遅れたものを取り戻す

文化祭二日目~その4~

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 俺は、その時……ふと気づいた。

 綾が来ていないことに。

 確か、見に来ると言っていたが……。

 客が多すぎて無理だったか?

 いや、我ながら恥ずいことを言っていたから良いんだけどな。



「どうしたの?」

 俺がぼけっとしていたからか、小百合が小声で話しかけてくる。

「いや、綾が来ていないと思ってな」

 どこにいようが、体育館に綾がいるならわかるはず。
 不思議なもので、遠くからでも必ずわかる。

「おかしいわね……」

 なんだ? 何か嫌な感じだ。
 例の件で何かあったか?

「小百合、悪い。俺、いくわ」

「ええ、そうしなさい。何かあってからでは遅いもの」

「そういうことだ」

 俺は壇上から飛び降りて、壇上横の扉から出て行く。

「おーっと! 冬馬選手! どうやら感極まって彼女に会いたくなった模様! 颯爽と駆け出していった——!!」

 ……おい、こら。
 何も間違ってないが……まあ、良いや。
 その言葉を背にして、体育館から出て行く。



 変な胸騒ぎを感じつつ、歩いていると……。

「いた……あのやろう!」

 綾が男に迫られている!
 俺は脇目も振らずに駆け出して、その男の腕を掴む。

「何をしている?」

「冬馬君!」

「あ、あんたはっ!」

「俺は今、力を入れていない。だが、返答次第では——覚悟しろ」

「ヒィ!?」

「と、冬馬君! 大丈夫だからっ! いや、大丈夫ではないんだけど……」

 ひとまず、本当に大丈夫そうなので手を離す。

「で、アンタはなんだ?」

 ストーカーではないようだが……。

「チッ! 彼氏の登場かよっ!」

「冬馬君、スカウトの人らしいの。芸能事務所とかの」

「……そういうことか」

「そうそう! アンタなら天下取れるぜ! なあ、俺と一緒に有名人になろうぜ!」

「嫌です!」

「なんでだ? 金持ちになれるし、もっと良い男にも会えるし、みんなからチヤホヤされるぜ?」

「冬馬君以上に良い男なんていませんっ!」

「かぁー! だが、それが良いっ! スレてない感じっ! なあ、いいだろ? 彼氏さんもさ、この子の幸せのためにさ」

 俺はその間に黙って話を聞きつつ、手を後ろに回して操作をする。

「さっきから聞いていれば……いやだと言っているのが聞こえなかったのか?」

 どうして、こういった輩は人の話を聞かないのだろうか?

「な、なんだ!? 暴力に訴えるのか!? こっちだってな、退けないんだよっ!こんな田舎街を歩き回ってようやく見つけたんだ!」

「お前か、綾の後をつけていたのは……」

   俺の心に沸々と怒りが湧き上がってくる……!

「ああ、そうだ。何か問題があるか? 素行調査や人物観察はスカウトの基本だろうが」

「そのことで、誰かが迷惑に思ったり、怖がったりするとは思わないのか?」

 怒りを抑えて、何とか冷静を装う。
 こんな周りに人がいたら、どうにもならん。
 どんな理由があっても、手を出した方が負けだ。

「そんなこと言ってたらスカウトなんか務まるわけがないだろうがっ!」

「そんなことはどうでも良い。二度と、綾に近寄るな。次、もし見つけたら……」

「良いぜ、好きにしな。暴力でもなんでもな。こっちはしらばっくれれば良いだけだ。高校生に襲われたってな」

「冬馬君……」

 俺の服の端を綾が掴む。
 その表情はとても不安そうだ。
 さて、時間は稼いだが……来てくれたか。

「おい、お前」

 とある人が現れて、その男を捻りあげる!

「イテテッ! な、何すんだよ!?」

「こんな往来で何をしてやがる?クズが」

「だ、だれかー! 警察を呼んでくれ! 暴力を振るったぞ!?」

「暴力は振るってないがな。それと、お前の目の前にいるのが警察だ」

「……は?」

 蓮二さんは、ポケットから警察手帳を取り出す。

「この辺りは迷惑防止条例により、スカウト禁止区域となっている」

 そう、この付近では最近取り締まりが強化された。
 客引きや勧誘等は厳しくなったし、いずれは新たな法律が追加させる。

「な、なんだよ!? それは!?」

「お前みたいのがいるから、新しく法律が出来るんだよ。この辺りだってきちんと放送は流している筈だ。そもそも、強引なスカウトは犯罪行為だ。さあ、署まで来てもらおうか?」

「はぁ!? ふざけんなよ!? こんなの誰だってやってることだぞ!?」

「誰かがやっているからやっていい? そんなわけがないだろうが。みんながやっているからやっていいなんざ——反吐がでるぜ。お前みたいのがいるから、そういう輩が減らないんだよ」

「く、クソォォ——!」

 男は諦めたのか、ぐったりと項垂れる。

「蓮二さん、ありがとうございます。非番なのに申し訳ありません」

「なに、良いってことよ。お前が頼ってくれて嬉しいぜ。お前は一人で抱え込んじまう奴だから、俺達は心配していたが……その女の子のおかげだな。冬馬、よく我慢した」

「いえ……俺なんかは別に」

 結局、蓮二さんに頼ってしまった。
 蓮二さんにスマホで連絡をして、ここに来てもらった。

「綾ちゃん、そいつの手当てしてやってな。ほら、行くぞ。言っておくが、暴れなければすぐに帰れるからな?ただ、同じことを繰り返すようなら……」 

「は、はぃ……!」

 男は大人しく連行される。
 確かに、今なら事件性は低いからな。
 大人しくしてれば、大したことにはならない。

「手当て……あっ! 血が……!」

「なに、大したことじゃない。自分が未熟なせいだ」

 握りしめた拳から血が流れている……怒りを抑えるのに必死だったからな。

「冬馬!」

「真兄……」

「話は聞いた。偉かったな、殴らなくて。あとは大人に任せろ。清水、手当てをしてやんな」

「ほ、保健室! 早く!」

「わ、わかったから!」

 綾に急かされて、俺は保健室に連れて行かれる。



「はい、よしと。これで平気よ」

「先生、ありがとうございます」

「いえいえ、なにがあったか知らないけど可愛い彼女を心配させちゃダメよ?」

「はい、肝に命じます」

「じゃあ、お大事に」

「ありがとうございました!」



 保健室を出て、ひとまずいつもの空き教室に入る。

「ご、ごめんなさい!」

「なんで謝った?」

「へっ? だ、だって、こんなに大ごとになるなんて……冬馬君にも迷惑かけちゃって……」

「俺は気にしていない」

「そ、それに、あの人の人生を……私が気を抜いていたから……最近はスカウトの人とかも来なくて……冬馬君といたから……」

「それはあいつが悪いんであって、被害者である綾が気に病むことはない」

「……お母さんも、よく言ってた」

「だろうな。よく被害者側も責められることもあるが、圧倒的に加害者が悪いに決まっている。だから、気にすることはない。それに、放っておいたらエスカレートしていたかもしれない」

「うん……」

「それに、放って置いたら他の人が迷惑を被ったかもしれない」

「あっ——確かに」

「というわけで、この話はおしまい。せっかくの楽しい文化祭なんだから」

「うん……でも、これからもこういうことがあるかもしれないよ……? 嫌にならない……?」

「ふむ……おっ、あれが流れている頃か?」

 スマホを操作して、動画を探す。
 あった……恥ずかしいが、いずれにしろ見られるしな。

「えっと……?」

「これを見てくれるか?」

「う、うん……えっ?これって……」

 俺が壇上にて演説している動画が流れる。
 再生数がどんどん増えている。

「というわけだ。俺の気持ちはわかってくれたか?」

「冬馬君……うぅー……なんで? どうして? 私、こんなにめんどくさいのに……」

「そうだな……意外とポンコツだし、ヤキモチ焼きだし……」

「うっ……はぃ、ごめんなさぃ……」

「でも、それを含めて好きだから。俺には綾以外には考えられないから」

 俺がそう言うと、綾は嬉しそうに微笑む。

 いつものように、俺の大好きな笑顔で……。


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