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冬馬君は天秤が傾き……

冬馬君は見過ごせない

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 さて、あれから何日か過ぎて、いよいよ中間テストの最終日を迎える。

 といっても、特に慌てる必要はない。

 俺は、自分の時間が大事だ。

 そのためには、勉強時間も最小限にする必要かある。

 だが、成績が落ちるとゲームや小説の所為にされるだろう。

 それだけは、俺の矜持が許さない。

 ゲームや小説が悪いわけではないからな。

 なので俺は、授業を真面目に受けて、なるべく家でしなくて済むようにしている。

 とりあえずは、学年の半分より上にいけば問題ないしな。

 今はお昼休みだが、午前中のテストも手応えがあった。

 おそらく、最低でも70点以上はあると思う。

 ……ちなみに、清水とはちょくちょくメールをしている。

 これが絶妙でな……面倒くさいと思う前に終わるのだ。

 ……それに、楽しいと思っている自分がいることは否定できない。

 俺は人気《ひとけ》のない体育館近くのベンチに座って、そんなことを考えていた。



 すると、何処かから声が聞こえてくる……。
 なんだ?……あれか……。
 体育館の裏で、1人の男に2人の男が詰め寄っている。
 ……虐められているのか?
 ……まあ、俺は正義の味方じゃないからな。
 すまんが、悪く思わんでくれ……俺は、平穏に暮らしたいんだ。


 弁当も食べ終わっていたので、俺は立ち上がって別の所に行こうとする。
 だがその時、聞き捨てならない台詞が聞こえた。

「僕は!もうお金出さない!これはお父さんが一生懸命働いて稼いだお金だ!もちろん、あとでお父さんに謝る!君達に返せとは言わない!僕が働いて、きちんと返すんだ!」

 ほう……良い啖呵を切ったな。
 ……嫌いじゃない。

「なんだと!テメー、今なんつった!?オタクが偉そうな口聞くんじゃねえよ!」

「このキモいオタクが!!」

「うわっ!」

 虐められている男は、ど突かれて転んでしまう。

「ん?なんだ、これ?」

「ああ、ラノベとかいうオタクが読むやつだろ?こんなの学校に持ってくんじゃねえよ!」

「やめてよ!?それ、アルザール戦記の初版なんだよ!」

 俺は、急いで髪を後ろに持っていく。
 そしてゴムで縛り、眼鏡を外す。
 さらに、学ランの前ボタンを全部開ける。
 その状態で、奴らに近づいていく。

「おい、クズ共」

「あぁ!?なんだ、てめーは!?」

「知らねえ顔だな……こんな気合いの入った野郎いたか?」

「一度だけいう。それに謝れ」

「はぁ?ああ、正義の味方ですかー?」

「うわー、ないわー、ダサいわー」

「いや、今時カツアゲなんかしているお前らの方が、よっぽどダサいと思うがな」

「んだと!テメー!」

「それよりもだ……俺は正義の味方じゃない。俺は、その本に謝れと言ったんだ。それ一冊を作るために、作者がどれだけ苦労し、それに関わる人達がどんなに一生懸命に働いているか……想像したことあるか?」

 何より許せないのは……今奴が踏んづけているのは、俺のバイブルだ……!
 俺の一番好きなラノベにして、一番好きな作家さんだ……!

「はぁ?こいつ、何言ってんの?」

「頭おかしいんじゃね?」

 ……こいつらをシメるのは容易い。
 だが、暴力沙汰は色々困る……どうしたものか……。
 ……よし、とりあえずコレでいくか。

 俺は横にあるフェンスを、全力で蹴る!!
 ガシャーン!!という音が響きわたる!

「な、なんだ!?」

「何してんだ!?こいつ!?」

「ほら、早く逃げないと誰か来るぞ?良いのか?」

「チィ!そういうことか!!」

「顔、覚えたからな!」

 2人は逃げるように、その場を去っていく。

「あ、ありがとうございます!」

 俺は髪と戻し、眼鏡をかける。

「礼はいい。別に、お前を助けたわけじゃない。ただ、ありがとうと思っているなら、俺のことは黙っていてくれればいい」

「あ、あれ?同じクラスの吉野君……?」

「ああ、そうだ。訳あって、普段は隠しているんだ。ただ、その作者の大ファンでな。どうにも見過ごすことが出来なかった。それ、良いよな?」

「そ、そうなんだ。はい!これ良いですよね!?僕も大ファンです!」

 その時、後ろから声が聞こえる。

「おい!なんの音だ!?」

 チッ、マズイな……学年主任の太田先生か。
 悪い人ではないのだが、熱くなりすぎることがある。

「お前達、何をしていた!?……ん?君、汚れているじゃないか!?そうか!お前が虐めていたんだな!?」

「あ、え、いや……」

 田中君は、テンパってしまっている。
 仕方ない、誤解が解けるまでは大人しく従うか。
 その時だった、聞き覚えがある声がしたのは……。

「違います!吉野君はそんなことしません!」

「清水君?どういうことだね?」

「私は彼のことを知っています!私が断言します!彼はそんなことしないと!」

 清水は物凄い真剣な表情で、太田に訴えかけている。

「そ、そうか。まあ、君がそこまで言うのなら、そうなのかもな」

「そ、そうです!か、彼は……ぼ、僕を虐めから助けてくれて……」

 田中君が尻窄みになりなからも、そう言ってくれた。

「……そうか。君には悪いことを言った。すまなかった!」

「いえ、状況的に無理ないかと。誤解が解けたなら良いです」

「ふふ、虐めを見過ごせないか……見た目とは違い、熱い男のようだな。では、そこの君。少し話をしても良いか?」

「は、はい!」

 田中君は太田先生に連れられ、校舎に戻っていく。
 俺は体育館の裏で、清水と2人きりになる。

「清水、どっから見ていたんだ?」

「え!?いや、その……正確に言うと現場は見てなくて……ただ、ベンチに座ってる吉野君を眺めていたら、いきなりあの感じになったから……何かあったと思って……」

 清水は、顔を俯きながらそう言った。
 眺めていたって……まあ、いい。

「じゃあ、何が起きたかはわかっていないんだな?よく、あんな啖呵を切ったな?」

「え?だって吉野君、そんなことしないよ」

 清水は本当に信じ切った目で、俺を見つめてくる……。
 ……嬉しいものだな、信頼されるというのは。

「おいおい、違ったらどうするんだ?」

「うーん、そしたら……叱ります!ダメです!って」

「ハハハ!そうか、それは怖いな!」

 面白くて良い奴だな、清水は……。

「わ、笑われた……でも、いいや。吉野君、楽しそうだし」

 そう言って、清水は微笑んだ。
 不覚にも、俺は見惚れてしまった……。

 その後、テストの話などをして教室に別々に戻る

 もちろん、午後のテストもバッチリだ。

 これで、またゲームを再開だ!

 俺はご機嫌で帰宅する。

 そして家に帰り、リビングで寛いでいるとメールが届く。

 それは6月の第2週の土曜日に、またうちに来れますか?という清水からのメールだった。

「お兄?どうしたの?嬉しそうな顔して」

「は?……マジか?そんな顔してたか?」

「うん、してたしてた。おやー?彼女でもできましたー?」

「いや、いないさ」

 俺は追求を逃れるために、自分の部屋に入る。

 ……そうか、俺は嬉しいのか。

 ……さて、どうしたものか……。

   
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