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しおりを挟む一章 転生王子、狙って追放される
……いよいよか。
国王である父上――アレックス・シュバルツに玉座の間に呼び出された俺は、とあることを確信する。
玉座の間には大臣や貴族がいて、緊張した面持ちをしていた。
「クレスよ、お主を西の辺境、ナバールに封ずる! 暑さの厳しい土地で、その性根を叩き直してくるがいい!」
「な、なぜです!? 俺が何をしたというのですか!?」
父上の言葉を受けて、俺はオーバーなリアクションを取った。
「何をだと? お前と来たら、来る日も来る日もダラダラと過ごしおって……たまに動くと思ったら、城下町に出て遊んでくるわ、変なものを拾ってくるわ……我が国の第二王子としての自覚が足りん! 今年で十五歳になり成人したというのに!」
「そ、そんな! そこをなんとか!」
「む、むぅ……いや、お主が生活態度を改めるなら、私としても……」
俺の懇願に父上は譲歩の姿勢を見せる。
しかし、王太子であるロナード兄上が父上の言葉を遮った。
「いけません、父上」
「ロナードよ、しかし……」
「そう言って、何度目ですか? これ以上甘やかしてはなりません。いくら、アメリア様……母親を早くに失っているからといってこれ以上ダラけられては、私も妹も国民に顔向けできません」
兄上は、父上に対して許可もなく意見する。
これは兄上が王太子だから許されることだ。他の者がやったら罰されるだろう。
第二王妃である俺の母親は、俺が五歳の時に亡くなっている。
それゆえか、俺がそれなりに甘やかされていたことは確かだ。
「う、うむ」
「やはり追放しかありません。その地で、根性を叩き直させましょう」
「……分かった。ではクレス、先ほどの言葉通り、お主はナバールへ追放だ! 先方の領主には話をつけてある。護衛が来るまでは荷物をまとめて部屋で待機しておれ」
「ちぇ、分かりました。はいはい、追放されてあげますよー」
俺は不満そうな表情をしながら、玉座の間から出て行く。
そんな俺の態度に、皆が失望している様子だ。
俺はその表情を維持したまま、自分の部屋へと戻り……ベッドの上に飛び込む!
「いやっほー! 追放ダァァァ! ようやく念願が叶ったぞぉぉ!」
そう、今回の追放は俺が仕向けたことだ。
俺は静かで庶民的な生活をしたい。
そのためには、第二王子というこの地位は邪魔である。
だから、あの手この手を使って追放されるように頑張ってきた。
「ふふふ、ようやく実を結んだぞ。これで、この窮屈な生活とはおさらばだ」
城の中に閉じ込められて、毎日毎日退屈な授業、無駄なお稽古……どれもが苦痛だ。
こちとら、日本では庶民をやっていた身なのだから。
ベッドの上でゴロゴロしながら、この世界に来ることになった時のことを思い出してみる。
◇ ◇ ◇
……うん? ここは……?
なにやら、目の前には大きな門がある。
辺りを見回すと、そこは真っ白い空間だった。
「……ここはどこだ?」
「ここは死後の世界ですよ」
振り返ると、そこには六枚の翼を広げた綺麗な女性がいた。
その神々しい姿は、この世のものとは思えない。
「……天使? あっ……俺って死んだのかな?」
「ふふ、惜しいですね。私は女神です。そして……残念ながら、あなたは死んでしまいました。あなたは先ほど、トラックに轢かれそうな子犬を助けましたね?」
「……ああ!」
その瞬間、俺の頭の中にある記憶が蘇る。
確か俺は、外回りの営業中に猛スピードで信号無視をするトラックを見て……そのすぐ側に子犬がいたのを発見したんだ。
その後の記憶はないが、おそらく無意識のうちに助けに入ったのだろう。
たぶん、その少し前にずっと飼っていた犬を亡くしたから。
「思い出したようですね?」
「え、ええ、一応。ただ、断片的にしか覚えてないですね」
「どうやら、トラックの運転手がうとうとしながら運転をしていたようです」
「なるほど……まったく、迷惑な話ですね。それで、運転手と子犬はどうなったのですか?」
「残念ながら、あなたが飛び出したことに驚いたトラック運転手は急ハンドルを切り、そのあと電柱に激突し、運転手も子犬も亡くなってしまいました」
「……では、俺は無駄死にだったということですか」
「いえ、そんなことはありません。あなたに気づいたから、進路が変わったのです。あのまま突っ込んでいたら、下校中の小学生達に突っ込んでいましたから」
「そうなのですね。それならよかったです」
「先ほどから思っていたのですが……随分と冷静ですね? これは夢ではありませんよ?」
……そういや、割と冷静だな。
まあ、これといって生きる希望があったわけじゃないのが理由だろう。
中学に上がる頃に両親は離婚したし、俺を引き取った母親も中学を卒業した時に新たな恋人と出て行った。
それから、たった一人で生きてきたから、身内と呼べる人はいなかった。
中卒で働き始めた俺に選べる職など当然なく、毎日会社と家を行ったり来たりするだけの日々。
それが二十数年続き、気づけばアラフォーだった。
もちろん友人や恋人がいるわけでもなく……やめよ、悲しくなってきた。
「いや、死にたいと思っていたわけじゃないですけど……特に生きたいとも思ってなかったので」
「……そうですか」
「それで、俺は天国に行けるのでしょうか?」
もしこれで地獄行きとかだったら、流石に悲しすぎる。せめて、天国で幸せに暮らしたい。
「ええ、天国には行けるので安心してください。ところで……一つ、私の提案を聞きますか?」
「はい? ……なんでしょうか?」
「あなたは結果的に多くの命を救いました。ゆえに、私個人から褒美を与えることができます……異世界転生をする気はありますか?」
「異世界転生……それって、魔法とかがある?」
「ええ、あなたが頭の中でイメージしたものと相違ないかと。人間族以外にも、様々な種族がおります。魔物や魔法などがあり、冒険者がいたり、ダンジョンなんかもあったりします」
「そうですか……でも、命の危険とかもあるってことですよね? あと、使命とかあったら面倒です」
「魔物がいて命の危険は少しありますが、使命は特にはないですね。それと一応褒美なので、あなたが望んだそこそこの身分の者として生まれるようにはします。あとは特殊な才能つきです。なので、ある程度は安心して過ごせますよ」
なるほど……それなら、平穏な日々を送ることができそうだ。
正直言えば、そういう物語は読んできたから憧れはあるし。
「ありがとうございます。なら、転生でお願いいたします」
「では、記憶の方はどうしますか? 脳の深層に格納し、徐々に思い出すタイプか、最初からあるタイプかで選べますが……」
「記憶ですか……」
どうする? あった方が知識的には生きやすいし、俺自身も第二の人生を楽しめる。
ただ、最初からあるのは……どうにも抵抗がある。
「では、ある程度の年齢、例えば十歳になったら取り戻すパターンはできますか?」
「構いませんが、理由を聞いても?」
「理由はいろいろありますが……赤ん坊から始めると……まあ、少し恥ずかしいというか」
それこそおっぱいを吸ったり、赤ちゃん言葉を使ったりすることになる。
流石にそれは、アラフォーの身には辛いものがある。
「ふふ、それはそうですね。でも、幼少期からではないのですね?」
「それもいいんですけど……たぶん、違和感がある子供になってしまう気がします。生前の俺は不器用だったので、前世の記憶があることを隠せないかと。そうすると、気味が悪い子供だと思われる可能性が……下手な嘘をついたり、わざと人との関係を避けてみたり……そんなことをして、新しい家族に嫌われたくありません」
「なるほどなるほど……ある程度歳を取ってからなら、上手く対応できるというわけですか」
「ええ、たぶん……怪しいですけど。少なくとも、赤ん坊から始めるよりはマシかと」
「分かりました。それでは、そのように転生させましょう」
「すみません、いろいろとお手数かけます」
「ふふ、いいんですよ。子供達を救ってくれたお礼ですから。それでは、よき転生生活になるよう願っています」
すると、俺の体が足元から光り出してゆっくりと消えていく。
「あの! ありがとうございました! 今度こそ、平穏な日々を過ごしたいと思います!」
◇ ◆ ◇
確か、こんな感じの会話だった気がする。
「というか、『そこそこ』で第二王子っておかしくない? おかげで、いろいろと苦労する羽目に……」
十歳で記憶を取り戻した俺は、自分の立場に戦慄した。
第二王子はロナード第一王子のスペア扱いで、迂闊なことはできない。
才能を発揮したり、功績を挙げたりすれば兄上と敵対することになってしまう。
「……まあ、いいんだけどさ。俺は兄上と争いたくはないし……家族同士争うのも見たくない」
記憶を取り戻す前は何も考えずに無邪気に過ごしていて、剣や魔法の鍛錬をしていた。
だが記憶が蘇ったことで、それらをやめてダラダラすることを決めた。もし才能がバレてしまえば、兄上に敵視されてしまうからだ。
まあ、そもそも魔法や戦いの才能はなかったからいいんだけど……神様は特殊な才能をくれるって言ってたんだけどなぁ。
「まあ、いいや……とりあえず、これからはのんびりと自由に過ごすとしようか」
もふもふに囲まれたり、だらだらと寝たり、美味しいものを食べたり……
つまりはスローライフを!
さて、出て行くなら、ささっと行くか。
挨拶したい人は何人かいるけど、迷惑はかけたくないし。
「主人殿」
聞き馴染みのある女性の声がして振り向くと、そこには和服を着たクオンという、俺の専属の付き人がいた。
ちなみにこの服装は遠い国の伝統衣装だそうだ。俺以外にもこの世界にやって来た日本人がいたのかもしれない。前世で和服キャラが好きだった俺は、付き人のクオンに、その服を着てもらっている。
黒狼族という種族の獣人で、恐ろしいほど整った容姿。
その立ち姿は、見慣れている俺でも目を奪われるほどだ。
烏の濡れ羽色の長い髪で、身長は俺より少しだけ高く、百七十センチ以上ある。
頭もよくて強いし、隙がないって感じだ。
「ちょっ、いつの間に!?」
「ふふ、相変わらず隙が多いですね」
「仕方ないじゃん、俺には武道の才能はないし」
「そうですね。まあ、そのために私がいるので」
クオンは涼しい顔で言う。
クール系美人だから、そういう感じが似合うけど。
「いや、いいけど……というか、いつからいたの?」
「主人殿がベッドの上でヒャッホーしてる時からです」
「……最初からじゃん! えっ!? 何してんの!?」
「気配を消して眺めてました」
クオンはなぜかドヤ顔でそう言った。
こういうお茶目な部分は相変わらずだ。
「……というか、いるんなら荷物整理に付き合ってよ」
「ええ、分かりました」
「とりあえず、ささっと王都を出て行くから。父上は護衛をつけるって言ってたけど、そんな面倒な者はいらないし」
というか、追放される俺についてこさせるのは可哀想だ。
何より、俺は自由に過ごしたい。
本当は親友のアークにも挨拶したいけど、早く出て行った方がいいだろう。
「おっしゃる通りかと」
「んで、クオンはどうする?」
「……どういう意味ですか?」
「いや、そのままの意味だよ。もしあれなら、ここで解放って形にする?」
クオンは迷子になっていたところを人族に捕らえられ、奴隷として売られていた。
それを五年前、ちょうど俺が記憶を取り戻した頃に引き取ったってわけだ。
理由は、絶対に裏切らない相手が欲しかったから。
だが、もう解放してあげてもいいだろう……こんな俺のために、今まで頑張ってくれたし。
「こ、断ります! 私はずっとあなたのお側にいますからね!」
「そう? まあ、それならそれで助かるよ、俺としてもクオンがいてくれるなら心強いな」
なにせ武道の達人で気配にも敏感なので、いろいろと助かる。
「へっ?」
「どうしたの、ぽかんとして」
「い、いえ! なんでもありません! まったく、何を言うかと思ったら、解放するなんて……」
「いやクオンなら、もう一人でも平気だと思って。それに、住みなれたここを離れることになるし」
すでに、その強さは冒険者ランクB級だ。ランクはF、E、D、C、B、A、Sと上がっていくので、上から三番目となる。彼女には並の兵士が束になっても勝てないだろう。
それだけ強ければ、そうそう人族に捕まることもない。
「確かに、もう一人でも平気ですけど……主人殿は弱いので、放ってはおけません」
「ぐぬぬっ……」
「そもそも、らしくないです。私が必要なら、命令してくださればいいのです」
……ふむ、どうやらまだ一人は不安ってことかな。
なるほど、クール系美少女に成長したけど、可愛いところあるじゃん。
「んじゃ、引き続きよろしく頼むね」
「ふふ……はい、私にお任せください」
そう言うと、クオンは嬉しそうに微笑んだ。
俺としては解放した方がいいかと思っていたが……クオンの気持ちはよく分からないな。
◇ ◆ ◇
そのあと、俺が出て行く準備を済ませると、ノックもなしに思い切り扉が開く!
「クレスッ! どういうことよっ!?」
そこには俺の幼馴染にして、公爵令嬢である、アスナ・カサンドラがいた。
「うげぇ!? アスナっ!?」
「うげぇって何よ!」
アスナは俺に詰め寄ると肩を掴んで揺さぶってくる。
「分かった! 分かったから肩を揺らさないでぇぇ!」
アスナは長い赤髪をポニーテールにし、強気な瞳に身長は低いが、猫のようなしなやかな身体をしている。
美少女だが、猪突猛進で手が出やすいのが難点である。
ちなみに胸のことを言ったらダメである、絶対にダメなのだ。
「こんにちは、アスナ様」
「クオン、久しぶりね。また時間があったら鍛錬するわよ」
「ええ、お願いいたします。ですが、これからは難しいかと」
クオンの言葉で、アスナは俺に向き直り問い詰める。
「そう! それよ! ちょっと説明をしなさい、さっき噂になってたわ」
「もう噂になってるのか……まあ、そのままの意味だよ、俺は辺境に追放されるんだ」
「どうしてよ? 確かにクレスはダメダメだけど……」
「うん、合ってるけどダメダメとか言うなし」
「うるさいわね! 本当のことでしょ? でも……追放されなくてもいいじゃない」
アスナはそう言い、両手の拳を握りしめて俯いてしまう。
どうやら、幼馴染として心配してくれたらしい。
なんだかんだで、優しい子だな。
「ありがとね、アスナ。でも、これでいいんだよ。俺がダメな王子なのは合ってるし、ここにいるといろいろと面倒だ」
「でも……会えなくなるわ」
「たまにだけど、そのうち帰ってくるさ。兄上も婚約したし、子供でもできればね。そしたら、もしものための世継ぎとして期待されることも少なくなってるだろうから」
「やっぱり……それが原因なのね?」
「うん? どういうこと?」
俺が聞き返すと、アスナは首を横に振った。
「ううん、分かってるから」
「だから何が……って、どうしたの?」
アスナが俺の手を握り、上目遣いをしてくる。
不覚にもドキッとしてしまうクレス君です。
仕方ないじゃないか! こちとら年頃なんだから!
……そもそも、前世を含めて女の子に対する免疫がないのです……
「クレスも寂しいのね? よし! 決めたわっ!」
「いや、これは違くて……って、何を決めたの?」
「何も言わなくていいわ。こうしてはいられない! それじゃあねっ!」
「おーい……相変わらず、人の話を聞かない子だなぁ」
アスナは俺の部屋から飛び出して行ってしまった。
そのあと、荷物をまとめ終えた俺は、護衛が来る前にクオンを連れて城を抜け出すのだった。
◇ ◆ ◇
王都を出る前に、俺達はとある建物に寄る。
俺が扉をノックすると、すぐに年を召した女性が出てきた。
この建物――孤児院を経営している教会のシスターであるヘレンさんだ。
「あら、クレス君。今日はどうなさったのかしら? いつものように変装をしてないけど」
「突然ですいませんが、王都を離れることになりまして……その挨拶に来ました」
ここは俺がたまにお忍びで来ていた孤児院だ。
俺を生んだ母は、ここでシスターとして働いていた。
そこを父に見初められて第二王妃になったとか。
その関係もあり、母を早くに亡くした俺にとって、この孤児院は安らげる場所だった。
「そうなのね……じゃあ、望みは叶ったのね?」
「ええ、予定通り、追放される形になりました」
母の恩人であるヘレンさんにだけは、事情を説明してある。
いずれは、王都を出て行くつもりだということを。
「でも、それでいいのかしら……」
「いいんですよ、これで。兄上や姉上にとっても俺は邪魔でしょうから」
今の王族の中、俺だけがある意味で一人ぼっちだ。
兄上と姉上は第一王妃の子供で、俺は第二王妃の唯一の息子だ。
俺の生みの母も俺が物心つく前に亡くなってるし、第一王妃も三年前に亡くなってる。
俺の不器用さも相まって、俺は異母兄弟と微妙な距離感があるってわけだ。
「そんなことないと思うわ。それはきっといろいろな誤解があるのよ」
「だとしてもいいんですよ。別に王妃様のことも恨んでないですし。兄姉とは今くらいの関係の方が気楽です」
信頼する従叔父から聞いたところ、第一王妃様が母に意地悪をしたわけでもないらしい。
それに、俺ではなくて息子を王位につけたいっていうのは自然なことだと思った。
だからこそ俺は、無能を装って静かに過ごそうと思ったわけだし。
まあ、元々無能なんですけど! コホン……何より、もう家族で争うのは嫌だ。
前世の頃も両親が喧嘩ばかりしてるのが嫌だった。
「そう、決めたなら仕方ないですね」
「ええ、それではそろそろ行きますね」
「分かりました。また会える日を楽しみにしてます」
「はい、今までお世話になりました」
俺はきちんと礼をして、その場をあとにする。
そして少し離れた場所で、クオンと合流する。
実は、俺はお世話になったお礼としていくばくかのお金をこっそり置いておくよう、クオンに指示していたのだ。
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