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襲来

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それから一週間が経ち、何とか迎撃体制が整う。

周辺の村人の避難も完了し、最低限の戦闘訓練も出来た。

幸い避難してきた人の中には弓を使える人もいたから、棚からぼたもちでいる。

今回の作戦には、弓を使える人は一人でもいた方がいい。

そして……その日がやってきた。

「エルク様!」

「……きたんだね?」

慌てて部屋に入ってきたモーリスさんは憔悴していた。
とある報告を受け、それが確認できたからだろう。
その顔だけで、俺も報告が真実だと察した。

「は、はい! 偵察に行っていた獣人が魔物が森から溢れるのを見たそうです! その中には、ゴブリンジェネラルやオークジェネラルの姿もあったとか!」

「モーリスさん、落ち着いて。大丈夫、準備は出来てるから。俺は門の外に行くから、内側の指揮はモーリスさんに任せるよ?」

「し、しかし、いいのですか? 王子である貴方が前線に出るなど……いえ、話し合いで決まったことは承知しておりますが」

「うん、俺じゃないと戦いの先手が取れないから。そのためには、敵の前に行く必要があるんだ」

「……はい、わかっております。ただ、自分の無力さが悔しいのです」

これは何度も話し合ったことだ。
俺が王子という点を排除し作戦を立て、これが相手に一番ダメージを与えられると判断した。
もちろん、俺とて無策じゃない。
俺がクレハの肩に手を置くと、決意のこもった眼差しで頷く。

「大丈夫、俺にはクレハがいるから。クレハ、行くよ」

「はっ、貴方の身は私がお守りいたします」 

「うん、頼りにしてるから」

「わかりました。私も覚悟を決めましょう……では、こちらのことはお任せ下さい」

「モーリスさんも、無理しないようにね」

その後、クレハを伴って部屋から出て行く。
階段を降りた先で、パンサーさんとネコネに出会った。
表情からするに、もう知っているのだろう。
両手を握りしめ、下を向いてしまう。

「お、お兄さん……行っちゃうの?」

「うん、行かないと。ネコネ、君は危ないから後ろの方に下がってね」

「そ、そう言って、お父さんも帰ってこなかった……」

俺がネコネの頭に手を置くと、ネコネが顔を上げる。
その目には、涙が溜まっていた。
きっと、狩りに行くと言って帰ってこなかった父親を思い出したんだね。

「大丈夫、俺は帰ってくるからさ」

「ネコネ、私がいるから大丈夫ですよ」

「俺も手助けするから安心するといい」

「おじさん、クレハさん……わ、わたしも、頑張りますっ!」

ネコネが涙を拭き、両手の拳を前に持ってきてやる気のポーズをする。
実は不安がっていたのは知っていたけど、こればっかりは自分でどうにかしないと。
どうやら、少しは吹っ切れたみたいだね。

「うん、モーリスさんを手伝ってあげてね」

「はいっ! お兄さんもクレハさんも頑張ってください!」

「もちろんさ。さあ、パンサーさんも行くよ」

「ああ、行くとしよう」

パンサーさんとクレハも最後にネコネの頭を撫で、門から外に出て行く。
すると、屋敷の前に人集りが出来ていた。
その一番前にはオルガがいて、住民達に道を開けるように言っている。
おそらく不安から、領主である俺のところにきたのだろう。
近づくと、オルガが俺に気づく。

「しゅ、主君、すみません! 住民達が、お会いしたいと……」

「ううん、大丈夫だよ。不安になるのは当然だから」

「ち、違うのです……自分達も何かできないかと」

「……へっ?」

その想定外の言葉に、一瞬だけ頭が真っ白になる。 
すると、人々が俺に向かって声を上げていく。

「そ、そうです! 我々にも何か!」

「弱いですけど、何かしたいのです!」 

そうか、不安だから来たんじゃない。
いや、それもあるけど……自分にも何かできないかと思ってきてくれたんだ。
それは、とても良いことだと思う。

「いえ、はっきり言ってみなさんが来ても足手纏いです」

「しゅ、主君……」

住民達が落ち込んだのを見て、オルガが視線を向けてくる。
俺は、それを手で制する。

「ですが、皆さんにはやるべきことがあります。休憩にきた兵士達に治療を施したり、飲み物や食事を与えたり……それも大事な仕事です。いわゆる、適材適所ってやつだよ」

「そうですよ。私はそういったことが苦手で、戦うことしかできませんから」

「オ、オイラも不器用だから、守ることくらいしかできない」

「俺は足が悪く、近づいてきた敵を倒すことと弓を引くことくらいしか出来ん」

「そして俺は魔法を撃つこと以外は素人同然ってわけさ。何か言いたいかというと、みんなそれぞれにできることをしようってこと……ねっ?」

その言葉に住民達が顔を見合わせ……ゆっくりと頷く。

そして、邪魔をしないように道を開けた。

俺達は住民達に見守られつつ、城門へと向かうのだった。
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