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グーダラ王子は決意する
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……なんか、柔らかい?
無意識に、その柔らかいモノに触れる。
すると、ふわふわの感触がした。
「ひゃっ!?」
「ん? ……クレハ? あれ、どうしてクレハの顔が上にあるんだ?」
「そ、それは、エルク様がお倒れになったので膝枕をしてたからです。幸い、疲労だけと思ったのでベンチを借りて休ませていました」
「そっかそっか、道理で気持ちいいわけだ。もう少し、この態勢でもいいかな?」
「も、もちろんです……ただし、尻尾は触らないでください」
……なるほど、俺が触ったのはクレハの尻尾だったのか。
というか、多分だけどセクハラ案件じゃん!
「ごめんなさい!」
「べ、別にエルク様ならいいですけど……たまになら」
「ほんと? でも、嫌がることはしたくないからね」
「ふふ、相変わらずお優しいですね」
「別にそんなことないよ。それより、どれくらい寝てた?」
「大体、一時間といったところかと」
するとタイミングよく、扉が開いてモーリスさんが入ってくる。
俺はそれを見て、起き上がる……少し残念だけどね。
「エルク殿下、こちらの準備はできました」
「ほんと? ありがと。それじゃ、こっちも仕上げに入りますか……そういえば、灰汁抜きとか……?」
「他の方々がやっていましたから大丈夫かと」
「ほっ、助かった……」
その後、スープを試飲して問題がないことを確認する。
雑味がなく澄んだ色のスープはとても美味い。
「うん、美味しい。あとはここにりんご酒を足すかな」
「お酒を足すのですか?」
「うん、甘みと深みが出て美味しくなるよ」
本当ならクリームシチューにしたいけど、この世界にはバターがない。
理由は簡単で一年を通してほとんど暑く、冷蔵庫がないからだろう。
逆に暑くても日持ちする方法や、お酒などは割と進んでいる。
とりあえず、今回はイギリス料理のシンプルなうさぎシチューにした。
これなら小麦粉や牛乳、バターなどなくても平気だ。
「へぇ、そうなのですね」
「そうそう、楽しみにしてて」
りんご酒を入れてアルコールを飛ばし、軽く混ぜ合わせたら完成だ。
後は、これに固めのパンをつけて食べれば良い。
皆に協力してもらい、都市の中央にある噴水広場に次々と鍋を持って行ってもらう。
「さあ、私達も行きましょう」
「だね、お腹減ったし」
「ふふ、仕方のない方で……はっ!?」
言葉の途中で、クルルーという可愛らしい音がした……クレハから。
しまったという表情のクレハと目が合う。
「「……」」
「なんだよ、クレハだってお腹空いてるじゃん」
「くぅ……! 私としたことが」
「ほら、早く行こうよ」
悔しそうにするクレハを可愛らしいと思いつつ、俺達も噴水広場に向かう。
その途中で、俺のこれからについての考えもまとまってきた。
◇
俺達が噴水広場にくると、そこには住民達が押し寄せていた。
おそらく、軽く数百人はいるだろう。
すると、俺達に気づいたモーリスさんがやってくる。
「エルク殿下、お待ちしておりました」
「うん、お待たせ。モーリスさん、ここにいる人達が全住人でいいのかな?」
「ええ。動けない者などや、家を離れられない者などを除いてきております。元々は数万人が暮らす都市でしたが、縮小を繰り返して今では千人程度しかおりません」
「なるほど……それくらいなら量は足りそうかな」
本来ならうさぎは食うところが少ないけど、あのデビルラビットは別だ。
軽く見積もっても、二百キロの肉はあったはずだ。
一人当たり二百グラムもあれば、パンや野菜もあるし平気だろう。
「はい、仰る通りでございます」
「なら良かった。それじゃ、ここにいない人達には……」
「あの!」
「ん? ……どうしたのかな?」
振り返ると、頭から耳の生えた小さな女の子が俺を見上げていた。
洋服や肌もボロボロだが、その目は俺を真っ直ぐに見つめている。
俺は怖がらせないように、膝を折って視線を合わせる。
「えっと……その……」
「も、申し訳ありません! ダメでしょ! 相手は王子様なのよ!」
「だ、だってぇぇ……」
「すみませんでした! どうかお許しください……私はどうなっても良いので」
母親らしき人がやってきて女の子を叱りつけ、俺に向かって頭を下げてきた。
……そういや、俺って王子だったね。
気を抜くと忘れそうになるけど、不敬に値するのか。
「お母さん、平気ですよ。別に何もされてませんから。それより、女の子と話しても良いかな?」
「大丈夫ですよ、言った通りエルク殿下はお優しい方ですから」
「は、はい……ネコネ、失礼のないようにね」
モーリスさんがそう言うと、母親が一歩下がる。
俺は改めて、女の子と向き合う。
多分だけど、十歳くらいかな。
「うん! えっと……獣人の私たちにも、ただでご飯くれるって聞いたの」
「そうだね」
「どうしてそんなことするの?」
「難しい質問だね。どうしてそう思うの?」
俺の問いに、女の子が目を伏せる。
急かさないように、じっと待つと……口を開く。
「お、大人の人達が、何か魂胆があるに違いないって。恩を着せて、私達に何かさせるなんじゃないかって」
「あぁー……」
ふと母親を見ると、顔が真っ青になっていく。
きっと子供だからと聞かせても問題ないと思ったのだろう。
しかし、それは無理もないことだ。
俺も嫌というほど知っているが、無償の奉仕ほど怖いものはない。
「そうだね、魂胆はあるよ」
「そ、そうなの?」
「そう、君達には元気になって俺のために働いてもらう。そのためには、一杯食べてもらわないと。もちろん、適材適所でそれぞれに合った仕事をね」
「……働いたら私でも食べさせてくれる?」
「ああ、もちろんさ。君だと主に雑用になるかな。ただ、どうして働きたいの?」
「お母さん、一人で私と弟を育ててるの……お父さん、狩りに行って死んじゃったから」
……やはり、男手不足は深刻か。
人が足りないから無理をして、更に人を減らすという悪循環だ。
それに栄養不足で亡くなる子供もいるだろう。
「わかった。それじゃ、何か仕事が欲しければ俺の所に尋ねるといいよ」
「えっ!? いいの!?」
「甘くはしないけどね。それに、君が特別ではなくて他の子達も同じようにするし……それでも良いかな?」
「うん! お兄ちゃんありがとう! おかあさーん! このお兄ちゃん良い人!」
そう言い、下を向いている母親に抱きつく。
すると、母親がようやく顔を上げる。
「あ、あの……」
「大丈夫、その気持ちは当然の話だよ。今まで放置してきた王族が、いきなりやってきたんだから。ひとまず、無体なことはしないと約束するからさ」
「は、はい! 失礼いたします!」
そして、女の子を連れて下がっていった。
周りを見ると、その光景を見ていた人々が反応する。
「おおっ……なんと慈悲深い」
「これは信用しても良いのでは?」
「いや、しかし……」
そんな声があちらこちらから聞こえてくる。
その中でも、獣人達の視線が強い……奴隷時代の名残だろう。
こればっかりは、少しずつ時間をかけていくしかないかな。
すると、クレハが広場の中心に立つ。
「クレハ……?」
「同族の者たちよ! 私は銀狼族のクレハ! 主人であるエルク様は、奴隷だった私をお腹いっぱい食べてさせてくれて、汚れきった身体を綺麗にしてくれて、おまけに仕事と生きる術を与えてくれた! どうか、私に免じて一度でいいから信じてほしい!」
そう言い頭を下げるクレハに、獣人達が顔を見合わせる。
「ど、どうする?」
「しかし、あの誇り高いと言われる銀狼族が従ってる」
「確かに健康そうだし、奴隷と主人って関係には見えない」
そして意見がまとまったのか、彼らがコクリと頷いた。
それを見て、クレハが俺の所に戻ってくる。
「クレハ、ありがとね」
「い、いえ、私は事実を言ったまでですから」
「ただの自己満足だよ」
「ふふ、それでもいいのですよ」
その後、衛兵さんに手伝って貰いつつ、器を持ってきた人々の列ができる。
その器によそったシチューを入れ、持って帰るなりその場で食べるなり自由にしてもらう。
「美味しい……! お父さん! お母さん! お肉柔らかくてすごいね!」
「ああ! そうだな!」
「グスッ……ええ、そうね」
そんな光景があちらこちらで見れる。
それを見ていると、俺の心にじんわりと暖かいモノが溢れてくる。
全てを配り終え、俺達もベンチに座って食事を取ることにした。
「いただきます! はむっ……おおっ、肉が口の中でほどける! こりゃ、美味いわ!」
「では私もいただきます……あっ、美味しいです。大した味付けしてないのにコクがあって……」
「ふふふ、これが素材を活かすってやつさ」
骨ごと入れてるから肉の出汁が出てるし、野菜の出汁もある。
そこに調味料を加えて、うまく調和を図ると料理はシンプルでも美味しくなるのだ。
「それこそ、人と同じですか?」
「そそっ、適材適所ってね。俺は自堕落に過ごすことが仕事さ」
「ですが、ここにきてから頑張ってますよ? まるで、別人のようです」
その問いに、俺は食事の手を止めて空を見上げる。
クレハのいうことはもっともだった。
そして思う……俺が自堕落だった原因を。
きっと社畜だった前世の記憶が眠っていたからかもしれない。
もちろん、それを言い訳にしちゃダメだし、まだまだダラダラしたい。
「そうなんだよねー……あのさ、俺ってば自堕落だったじゃない?」
「ええ、そうですね。朝遅く起きてはご飯を食べて、それから昼寝や本を読んだりしてダラダラ過ごし昼食を済ませ、また夜になるまで同じことをしてました」
「あはは……王族として生まれ、何不自由なく……って訳じゃないけど、人からしたら贅沢な暮らしをしてきた。だから、その分くらいは頑張ろっかなって。こっちきて、色々と現実を知って……俺だけが自堕落に過ごすのは違うかと」
「そういうことなら納得です。昔から、貴方は優しい方ですから」
「んなことないよ、ただのダラダラしたい小心者さ」
でも俺は、苦しんでいる人が目の前にいるのに、それを放ってダラダラするような神経は持ち合わせていない。
もちろん、ダラダラしたいのが本音だ。
そのためには……それが許される実績を上げればいい。
「……そうか、そういうことか」
「エルク様?」
「クレハ、俺は自堕落するために頑張るよ」
「はい? ……矛盾していますが、エルク様らしいですね。では、お手伝いしましょう」
「うん、よろしくね。さて……んじゃ、景気よく行きますか!」
俺は噴水広場にある枯れた噴水の前に立つ。
「みなさーん! これから辺境を改革していくつもりなのでよろしく!」
「ついていきますぜ!」
「我々も頑張ります!」
俺の声に、そんな声が聞こえてくる。
そして、注目が集まったことを確認し……特大の水魔法を放つ。
「ありがとー! それじゃ、今日という日の記念に……水の滝よ降り注げ——アクアフォール!」
噴水の頭上に水の滝が現れ、泥塗れになった水を押し出していく。
そのまま滝は流れ続け……汚れを取り、綺麗な水になった。
「な、なんと……!」
「噴水が綺麗になるなんていつ振りだろう!」
「このように少しずつですが変えていくので、皆さんも協力してくださいね!」
そして、次の瞬間……空に虹がかかった。
それを見て、皆が更に笑顔になっていく。
これで、俺の心は決まった。
俺も自堕落過ごせてみんなも幸せ……全員でスローライフを目指せばいいんだよね!
無意識に、その柔らかいモノに触れる。
すると、ふわふわの感触がした。
「ひゃっ!?」
「ん? ……クレハ? あれ、どうしてクレハの顔が上にあるんだ?」
「そ、それは、エルク様がお倒れになったので膝枕をしてたからです。幸い、疲労だけと思ったのでベンチを借りて休ませていました」
「そっかそっか、道理で気持ちいいわけだ。もう少し、この態勢でもいいかな?」
「も、もちろんです……ただし、尻尾は触らないでください」
……なるほど、俺が触ったのはクレハの尻尾だったのか。
というか、多分だけどセクハラ案件じゃん!
「ごめんなさい!」
「べ、別にエルク様ならいいですけど……たまになら」
「ほんと? でも、嫌がることはしたくないからね」
「ふふ、相変わらずお優しいですね」
「別にそんなことないよ。それより、どれくらい寝てた?」
「大体、一時間といったところかと」
するとタイミングよく、扉が開いてモーリスさんが入ってくる。
俺はそれを見て、起き上がる……少し残念だけどね。
「エルク殿下、こちらの準備はできました」
「ほんと? ありがと。それじゃ、こっちも仕上げに入りますか……そういえば、灰汁抜きとか……?」
「他の方々がやっていましたから大丈夫かと」
「ほっ、助かった……」
その後、スープを試飲して問題がないことを確認する。
雑味がなく澄んだ色のスープはとても美味い。
「うん、美味しい。あとはここにりんご酒を足すかな」
「お酒を足すのですか?」
「うん、甘みと深みが出て美味しくなるよ」
本当ならクリームシチューにしたいけど、この世界にはバターがない。
理由は簡単で一年を通してほとんど暑く、冷蔵庫がないからだろう。
逆に暑くても日持ちする方法や、お酒などは割と進んでいる。
とりあえず、今回はイギリス料理のシンプルなうさぎシチューにした。
これなら小麦粉や牛乳、バターなどなくても平気だ。
「へぇ、そうなのですね」
「そうそう、楽しみにしてて」
りんご酒を入れてアルコールを飛ばし、軽く混ぜ合わせたら完成だ。
後は、これに固めのパンをつけて食べれば良い。
皆に協力してもらい、都市の中央にある噴水広場に次々と鍋を持って行ってもらう。
「さあ、私達も行きましょう」
「だね、お腹減ったし」
「ふふ、仕方のない方で……はっ!?」
言葉の途中で、クルルーという可愛らしい音がした……クレハから。
しまったという表情のクレハと目が合う。
「「……」」
「なんだよ、クレハだってお腹空いてるじゃん」
「くぅ……! 私としたことが」
「ほら、早く行こうよ」
悔しそうにするクレハを可愛らしいと思いつつ、俺達も噴水広場に向かう。
その途中で、俺のこれからについての考えもまとまってきた。
◇
俺達が噴水広場にくると、そこには住民達が押し寄せていた。
おそらく、軽く数百人はいるだろう。
すると、俺達に気づいたモーリスさんがやってくる。
「エルク殿下、お待ちしておりました」
「うん、お待たせ。モーリスさん、ここにいる人達が全住人でいいのかな?」
「ええ。動けない者などや、家を離れられない者などを除いてきております。元々は数万人が暮らす都市でしたが、縮小を繰り返して今では千人程度しかおりません」
「なるほど……それくらいなら量は足りそうかな」
本来ならうさぎは食うところが少ないけど、あのデビルラビットは別だ。
軽く見積もっても、二百キロの肉はあったはずだ。
一人当たり二百グラムもあれば、パンや野菜もあるし平気だろう。
「はい、仰る通りでございます」
「なら良かった。それじゃ、ここにいない人達には……」
「あの!」
「ん? ……どうしたのかな?」
振り返ると、頭から耳の生えた小さな女の子が俺を見上げていた。
洋服や肌もボロボロだが、その目は俺を真っ直ぐに見つめている。
俺は怖がらせないように、膝を折って視線を合わせる。
「えっと……その……」
「も、申し訳ありません! ダメでしょ! 相手は王子様なのよ!」
「だ、だってぇぇ……」
「すみませんでした! どうかお許しください……私はどうなっても良いので」
母親らしき人がやってきて女の子を叱りつけ、俺に向かって頭を下げてきた。
……そういや、俺って王子だったね。
気を抜くと忘れそうになるけど、不敬に値するのか。
「お母さん、平気ですよ。別に何もされてませんから。それより、女の子と話しても良いかな?」
「大丈夫ですよ、言った通りエルク殿下はお優しい方ですから」
「は、はい……ネコネ、失礼のないようにね」
モーリスさんがそう言うと、母親が一歩下がる。
俺は改めて、女の子と向き合う。
多分だけど、十歳くらいかな。
「うん! えっと……獣人の私たちにも、ただでご飯くれるって聞いたの」
「そうだね」
「どうしてそんなことするの?」
「難しい質問だね。どうしてそう思うの?」
俺の問いに、女の子が目を伏せる。
急かさないように、じっと待つと……口を開く。
「お、大人の人達が、何か魂胆があるに違いないって。恩を着せて、私達に何かさせるなんじゃないかって」
「あぁー……」
ふと母親を見ると、顔が真っ青になっていく。
きっと子供だからと聞かせても問題ないと思ったのだろう。
しかし、それは無理もないことだ。
俺も嫌というほど知っているが、無償の奉仕ほど怖いものはない。
「そうだね、魂胆はあるよ」
「そ、そうなの?」
「そう、君達には元気になって俺のために働いてもらう。そのためには、一杯食べてもらわないと。もちろん、適材適所でそれぞれに合った仕事をね」
「……働いたら私でも食べさせてくれる?」
「ああ、もちろんさ。君だと主に雑用になるかな。ただ、どうして働きたいの?」
「お母さん、一人で私と弟を育ててるの……お父さん、狩りに行って死んじゃったから」
……やはり、男手不足は深刻か。
人が足りないから無理をして、更に人を減らすという悪循環だ。
それに栄養不足で亡くなる子供もいるだろう。
「わかった。それじゃ、何か仕事が欲しければ俺の所に尋ねるといいよ」
「えっ!? いいの!?」
「甘くはしないけどね。それに、君が特別ではなくて他の子達も同じようにするし……それでも良いかな?」
「うん! お兄ちゃんありがとう! おかあさーん! このお兄ちゃん良い人!」
そう言い、下を向いている母親に抱きつく。
すると、母親がようやく顔を上げる。
「あ、あの……」
「大丈夫、その気持ちは当然の話だよ。今まで放置してきた王族が、いきなりやってきたんだから。ひとまず、無体なことはしないと約束するからさ」
「は、はい! 失礼いたします!」
そして、女の子を連れて下がっていった。
周りを見ると、その光景を見ていた人々が反応する。
「おおっ……なんと慈悲深い」
「これは信用しても良いのでは?」
「いや、しかし……」
そんな声があちらこちらから聞こえてくる。
その中でも、獣人達の視線が強い……奴隷時代の名残だろう。
こればっかりは、少しずつ時間をかけていくしかないかな。
すると、クレハが広場の中心に立つ。
「クレハ……?」
「同族の者たちよ! 私は銀狼族のクレハ! 主人であるエルク様は、奴隷だった私をお腹いっぱい食べてさせてくれて、汚れきった身体を綺麗にしてくれて、おまけに仕事と生きる術を与えてくれた! どうか、私に免じて一度でいいから信じてほしい!」
そう言い頭を下げるクレハに、獣人達が顔を見合わせる。
「ど、どうする?」
「しかし、あの誇り高いと言われる銀狼族が従ってる」
「確かに健康そうだし、奴隷と主人って関係には見えない」
そして意見がまとまったのか、彼らがコクリと頷いた。
それを見て、クレハが俺の所に戻ってくる。
「クレハ、ありがとね」
「い、いえ、私は事実を言ったまでですから」
「ただの自己満足だよ」
「ふふ、それでもいいのですよ」
その後、衛兵さんに手伝って貰いつつ、器を持ってきた人々の列ができる。
その器によそったシチューを入れ、持って帰るなりその場で食べるなり自由にしてもらう。
「美味しい……! お父さん! お母さん! お肉柔らかくてすごいね!」
「ああ! そうだな!」
「グスッ……ええ、そうね」
そんな光景があちらこちらで見れる。
それを見ていると、俺の心にじんわりと暖かいモノが溢れてくる。
全てを配り終え、俺達もベンチに座って食事を取ることにした。
「いただきます! はむっ……おおっ、肉が口の中でほどける! こりゃ、美味いわ!」
「では私もいただきます……あっ、美味しいです。大した味付けしてないのにコクがあって……」
「ふふふ、これが素材を活かすってやつさ」
骨ごと入れてるから肉の出汁が出てるし、野菜の出汁もある。
そこに調味料を加えて、うまく調和を図ると料理はシンプルでも美味しくなるのだ。
「それこそ、人と同じですか?」
「そそっ、適材適所ってね。俺は自堕落に過ごすことが仕事さ」
「ですが、ここにきてから頑張ってますよ? まるで、別人のようです」
その問いに、俺は食事の手を止めて空を見上げる。
クレハのいうことはもっともだった。
そして思う……俺が自堕落だった原因を。
きっと社畜だった前世の記憶が眠っていたからかもしれない。
もちろん、それを言い訳にしちゃダメだし、まだまだダラダラしたい。
「そうなんだよねー……あのさ、俺ってば自堕落だったじゃない?」
「ええ、そうですね。朝遅く起きてはご飯を食べて、それから昼寝や本を読んだりしてダラダラ過ごし昼食を済ませ、また夜になるまで同じことをしてました」
「あはは……王族として生まれ、何不自由なく……って訳じゃないけど、人からしたら贅沢な暮らしをしてきた。だから、その分くらいは頑張ろっかなって。こっちきて、色々と現実を知って……俺だけが自堕落に過ごすのは違うかと」
「そういうことなら納得です。昔から、貴方は優しい方ですから」
「んなことないよ、ただのダラダラしたい小心者さ」
でも俺は、苦しんでいる人が目の前にいるのに、それを放ってダラダラするような神経は持ち合わせていない。
もちろん、ダラダラしたいのが本音だ。
そのためには……それが許される実績を上げればいい。
「……そうか、そういうことか」
「エルク様?」
「クレハ、俺は自堕落するために頑張るよ」
「はい? ……矛盾していますが、エルク様らしいですね。では、お手伝いしましょう」
「うん、よろしくね。さて……んじゃ、景気よく行きますか!」
俺は噴水広場にある枯れた噴水の前に立つ。
「みなさーん! これから辺境を改革していくつもりなのでよろしく!」
「ついていきますぜ!」
「我々も頑張ります!」
俺の声に、そんな声が聞こえてくる。
そして、注目が集まったことを確認し……特大の水魔法を放つ。
「ありがとー! それじゃ、今日という日の記念に……水の滝よ降り注げ——アクアフォール!」
噴水の頭上に水の滝が現れ、泥塗れになった水を押し出していく。
そのまま滝は流れ続け……汚れを取り、綺麗な水になった。
「な、なんと……!」
「噴水が綺麗になるなんていつ振りだろう!」
「このように少しずつですが変えていくので、皆さんも協力してくださいね!」
そして、次の瞬間……空に虹がかかった。
それを見て、皆が更に笑顔になっていく。
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