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ハイドランジア国へ家族と大使として3年の任期の予定で訪れてすでに1年。
こちらの国に赴任した直後、当時の国王が高齢を理由に王太子へ譲位をした。しかも急に発表したことで高齢な国王は重度の病気を患っているのではっ!と近隣諸国を心配させた。
ハイドランジア国の国力はネモフィラ国と同じくらいだが、歴史が長く数十年に1度の割合で聖女が誕生する国としても有名だった。
大きな権勢を誇っているわけではないが、様々な国に影響力を持っている。
その国の王の交代が突然告げられ、準備期間も短く新しい王の戴冠式が行われた。
あまりにも急なことで、招かれた近隣国の王族は慌てた。招待状には急なことを詫び、代理の大使でも今までと変わら国交を約束するというような文言もあった。しかし多くの国は退位する理由と急な交代の理由を探るべく、鋭い観察眼を持つ王族が参加した。
そこで招待客が知ったのは、もともとは高齢で体のことを考えて政務のセーブを進言していたのに頑なにそれを拒んで死ぬまで現役を貫くと言っていたのに譲位をある日突然快諾した。王の気が変わらないうちに急ピッチで譲位の準備が進められたのだ。王曰く、王太子の6人目にして初めての嫡男が健康に成長していることで憂いがなくなったことで元気なうちに退位して余生を楽しむのもいいかと思ったという。

しかし、真実はネモフィラ国に嫁いでいった元王女が家族と3年ではあるが駐在大使として赴任することになり、愛する娘によく似た子供たちとの時間を捻出するために政務を放りだしたに過ぎない。
実際に王太子はいくら元気とはいえ、高齢な王の体を心配していた。そこに渡りに船とばかりに、ザリエル姉弟と過ごす時間を増やすにはどうすればいいのかとつぶやいた王の言葉を聞いて譲位を進言したのだ。

そして、1年後。
新しい王の唯一の嫡男が、王太子に立太式に挑んだのだ。
歴史の古いハイドランジア国は、基本的に王位継承は直系男子と決まっている。
直系男子がいない場合、近しい親族に王位を継ぐにふさわしい男子がいな時だけ王女の王位継承が認められる。ただし、男の子が生まれて王位を継げるまでの期間限定。
王女たちは、自分が王位を継がずに済んでよかったと喜んでいる。王女たちはみんな恋愛主義だ。
王位を継ぐとなれば、好きだなんだというだけで結婚はできない。
王女の夫君としてふさわしいかで、家柄と能力で選ばれる。そこに愛だの恋だのがないと思っていたが、末っ子王子が生まれたことで、回避できた。
今度は王子の婚約者だが、現在になっても決まっていない。
王妃教育は大変なので幼少のころから城で婚約者候補として5人の令嬢が暮らしている。

そんな中、行われる王太子の立太式だ。

「困っているのよ。
誰か一人をエスコートしてしまえば、その子が婚約者だと勝手にうわさが独り歩きすることになる。
いくら王の伴侶だからといっても、姉たちが幸せな恋愛をしているの。あの子にも愛する人と結婚できるようにしてあげたいのよぉ。一人に絞れるまでは、平等に扱いたいと思っていて・・・
それでクーちゃんにお願いできたら、安心なんだけど。マナーもダンスも完璧だし、何よりも王族だもの!ねっ、お願い。」

そう王妃様に打診されたのは、式の5日前。
祝いの夜会でエスコートとファーストダンスを一曲踊ればいいだけ。
そのあとは、婚約者候補たちと順番に踊っても爵位の順序に則ったといえるというので家族で話し合って承諾した。
王太子といえ、従弟になるのだし、私には婚約者がいると常に公言している。
大きな問題にはならにだろう。
困ったときは、ジェイクもいるしと受けた。

その会場にまさかのエドワード様がいるとは思わなかったが、久しぶりに見たエドワードに大役に緊張していた心が軽くなった。
ダンスさえ終われば、この緊張から解き放たれてジェイクに手を引かれて離れようとしていた。

「あっ、まって。その、あとで少し話がしたいんだ。時間を貰えないだろうか・・・」

片手をジェイクに取られて離れようとした瞬間、ぎゅっと握られ引かれた。みれば、頬を染めた王太子殿下がこちらを見て名残惜しそうな顔をしていた。
ファーストダンスはゆったりとしたリズムでも少し長い時間踊った。緊張と動いたことで頬が紅潮したのかな。それにしても、急ごしらえとはいえ、やはり王子様戸のダンスは楽しかった。

「はい、喜んで。」

今日、正式に王太子となり歓喜の声に背負う重圧が大きいと、控室で改めて責務の重さを話していた王子。その王子のささやかな、願いに迷うことなく返事を返した。

「王子も姉様に落ちたか・・・」

それをみていて、小さく呟いたジェイクの声は聞き取りにくかった。

「ん?なあに?」

「いや、なんでもないよ。さあ、我が国の王太子、じゃなかった王太弟様がいらしてるよ。一応、あいさつに行っとかないとね。・・・邪魔者がいるけど・・・」

いや、一応じゃなくてもきちんとそこは礼を尽くさないと・・・
それにしても、今日の人の多さにジェイクの声が聞き取りにくい。


挨拶に近づけば、そこに麗しのエドワード様がいる。
煌めくシャンデリアの輝きよりも、この会場で一層光り輝く麗しの美丈夫。
その人は、まだ私の婚約者。
こちらを見つめる、瞳が熱く隠すことをしない恋慕を見て取れて心が暖かくなる。

とはいえここは公式の場。
いくら久しぶりとはいえ、婚約者よりも我が国の王族への挨拶が先。
そうして挨拶を交わし、気が付くと楽しく笑って会話をしていた。

エドワード様の真面目過ぎて少し融通が利かないところもあるようだが、周りがいい人に囲まれているようだ。
私が出した追加条件の一つ。
それは友達と呼べる人を5人は作ってほしい。

エドワード様の視野の狭さは、交友関係の狭さが原因にあると思う。間違いを間違いだと正して進言してくれる人が必要だと思った。
身分や役職に媚び諂い従うだけじゃない、時には言い合いをできる人ができるといいなぁ。
ほらっ、少年漫画で男同士の友情は拳と拳で分かり合えるみたいなのあったじゃない?
7つ星の球を探して回るのだったかな?
敵が、気がついたら一緒に戦っていたっけ?昨日の敵は今日の友、だっけ?
そんなのでもいいなぁ。
ってそうかハンス様とは、剣を交えて友情を育んだのね。
うふふっ、知ってるわあ。
あれでしょ?BでLな書物のことよね。
この世界にもその嗜みは、もうすでに世にあったのね。
すごいわぁ、ローラからもらった手紙を見て驚いたもの。
出来たら私も欲しいけど、人気過ぎて手に入らないんですって。
この2人がモチーフになっているみたいなのよね。

まあ、でもこの実物を見るのは楽しい。

エドワード様、そう何度も「お前とは友達だ!」ってところかまわず言っているから、良からぬ噂が流れるのよ。まるでこの女とは友達だと言って浮気をしているようなね。
2人はそんな仲だと勘違いされるのよね。
でも、そんなことはこの顔を見ればわかるから。
でもまあ、周りはいい迷惑ね。

「うふふっ、エドワード様も頑張っていらっしゃるのですね。」

頑張っているんだって、胸を張るエドワード様がかわいい。
手紙だけだと、こんなに面白い人だとは思えなかったから・・・

最初の手紙は、まるで業務日誌のように書いたその日の行動記録があった。
箇条書きにされた、時間と行動記録。それに付随して誰と会ってどんな会話をしたかといったことしか書かれていない。
それを見て、思わずため息をついて落胆した。もしやと思っていたけど、手紙のやり取りなど知らないのでは?と思っていたけどここまでとは・・・
どう返していいのか迷ったけど同じような返事を書くことにした。
つまりは私も、感情など一切ない業務連絡的な手紙。
私のほうは、そこに感想を入れることにした。

次に来た手紙には、箇条書きはなくいまどんな仕事をしているのかということが書いてあった。
それへの返事は、仕事へのねぎらいともしもこの手紙はどこかに間違えて届いた時のことを考えて、できればプライベートが知りたいと密かに誘導した。
国の中枢で、いくら補佐官だとしても重大な事柄が書かれている可能性がある。怖い怖い。っていうか、気づいてよ!次期宰相なんでしょ?!もう、これはヴィクター殿下へ手紙を書いちくった。怒られたほうがいいわ。
そうしたら、最近ヴィンセント家の老執事さんが腰を痛めて引退したとプライベートなことが書いてあった。お孫さんがその代わりの仕事をするようになったけど、かなりの毒舌でチクチク嫌味を言われているらしい。
でも、本当に嫌な人でなく、いままでの経緯を聞いてるから、祖父がもっと強くいう人ならエドワード様の間違いは早くに改善されたはずだと、物申す使用人でいることにしたと宣言したらしい。
私は、それはとても良い執事に巡り合えたねと返した。
主人にもの申す使用人なんて気骨のある人はなかなかいない。
うっとうしがらずにその人の言葉に耳を傾けてねとも書いた。

こうして、続けていた手紙の交換。

エドワード様が友達を作ろうと苦慮していたので、アドバイスもした。

私のほうも、退位したお爺様の離宮を週に何度も訪ねたり。
お父様の仕事の手伝いで社交をしたりと、書くことが多かった。
お爺様が海辺の離宮に移った時もついていき、海の景色の絵葉書を送ったりもした。
そしたら、なんとエドワード様からは庭の花だと言って、パステルカラーの花弁がかわいいガーベラの絵が届いた。
私をこの花に見立て、部屋から見える庭に咲いているらしい。ヴィンセント家の庭師さんだけでなく、エドワード様も時間ができると手入れの手伝いをしているという。

こんなやり取りが1年。

エドワード様よりも綺麗な顔に出会うことは、たぶんできない。
でもエドワード様よりも、器用で言葉で好意を伝えてくれて紳士的で好感が持てる男性にはたくさん逢ったし、何度か口説かれた。

でも、決定的な何かがない。

だからまだ婚約を続けている。
まだ1年、もう1年。
ネモフィラ国では、基本的に18歳で男女ともに婚姻ができる。ヴィクター殿下は特例だけど私は国に帰った18歳で結婚する予定。

あと2年。

その時、どうなっているのかしら。

「ねえ、あのっ、クラウディア。手紙に書ききれなかった話をしないか。」

おっ、エドワード様の口から珍しく誘い文句が出た。
そして、手を差し出してきた顔が真っ赤だ。
エドワード様の横でハンス様がニヤニヤしてる。ハンス様の入れ知恵かな?まあこういうのならいいけど、変な女遊びを教えないようにしてほしいな。

「ええ、いいわ。」

差し出された手を見て、にやけそうになる顔をどうにか淑女らしい微笑みに留めて返事を返すけど自分が思ったよりも嬉しそうな声が出た。
でも本当に久しぶりなんだもの。
以前の久しぶりに会った時とは違う。
だって、あの時は会いたがっていたのは私だけだとおもっていたけど、今は違う。エドワード様も会いたいと思ってはるばる国境を越えてきてくれた。
手紙ではなるべく私がまだ好きだと思いが残っているようなことは書かないようにしている。
でも、今日くらいはいいよね。
私も素直にならないと、後になって後悔したくないもの。

王子様よりもきらめいて美しい人からのエスコートに差し出された手に、そっと私の手をのせる。
触れたとたん、胸がとくんと高鳴りときめく。
手をのせても動こうとしないことに、顔を見上げると瞳を潤ませて嬉しそうにしているエドワード様と目が合う。
頬を紅潮させて、照れてうれしそうなその顔は反則級に表現しがたい尊い顔だった。
私の胸のときめきはとくんどころじゃない、心臓発作で死にそうなくらい大きく波打っていた。



物足りなかったのは、このときめきだったのね・・・


思い合う恋心の心地よさに、改めて未だにエドワード様のことが好きなのだと認識させられた。

でも、まだ『まて』をさせるけどね。
そんな考えとは別に、エドワード様と会えたことの幸せをかみしめて微笑む。

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