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『まて』をやめました 21
しおりを挟む夢の中でずっと主人を待ち続ける飼い犬のように窓の外を気にしつつ、余程のことがなければ外出しないでいつ来られてもいいように準備をして大人しく待っていた。言われた通り『貞淑な貴婦人のススメ』なる時代錯誤な内容の書物も、精神的に苦痛ながら大人しく書き取りしてノートに写していた。
この『貞淑な貴婦人のススメ』は、つまりいうと一時代どころか二時代も三時代も前の貞淑な女性の見本の内容。つまりは現代の人が明治大正時代の男尊女卑的な時代、女性は親、夫の言いなりみたいなそれに口答えをしない大人しく従うと言うような内容。
歴史を学ぶみたいに、そんな時代もあったんだぁっていう参考としてならフムフムと読むけど、このように行動しなさいというのは・・・ちょっと・・・無い。
だから『この本のような女性が好み』だという時代錯誤な男性は、いくら顔と家柄が良くてもお断り。
というわけで、
「貴方がエドワード様ですよね。挨拶は省略します。
私は、『まて』をもうやめます。」
目が覚めて日記を読んでから、エドワード本人に会ったときに言おうと思っていた素直な気持ち。
もう『まて』なんて御免だわ。
だが目の前のレティシア様似な顔が綺麗なとっても綺麗な男性は、残念、私の言葉を理解できなかったらしい。
「・・・君は、一体、何を言ってるんだ?」
「えっと、だからですね。あの“貞淑な貴婦人のススメ”みたいな女性になれないんで・・・」
エドワード様の目に剣呑とした光がチラチラ見えるが、敢えて無視。
聞いている癖に、睨まれると言葉が出にくい。話を聞く気があるのかっ、君は!
「大体、今頃来るということは、サインをしてくださりにいらしたのですよね?」
「ちょっと待って!サインとは、何だ?
久しぶりに屋敷に帰れば、何故君と婚約の解消なんて話になっている?」
声にも不機嫌さがにじんでいる。
低く地を這う声。思わずぴゃっと身をすくめてごめんなさいって謝りたいけど、両足を踏ん張って耐えた。声もいいなぁ、この人。
美形が怒りを表すと通常の人の1.5倍は感じる。・・・いや、この人の場合50倍かな?
「何で?」
それでも頑張って、こちらも負けじと返す声に怒ってるんだぞっ!と込める。
込めてます。
実際に怒ってるんですよ、私。
効いているかは兎も角。
「なんでと言われたのでご説明いたしましょう。
まずは、私が倒れてからお見舞いの一言もない、意識が戻ってから連絡してもなしのつぶて、極めつけはお茶会で殺傷事件があったにもかかわらずだんまりで何もしてこない。そんな薄情な人とこの先やっていけるわけないじゃないですか?
記憶がなくて不安になっていて支えてくださったのは、レティシアで貴方じゃない!
普通の貴族令嬢としてのマナーを憶えるのに、貴方の言いなりにまたなるのはごめんだわ。私は私の為に、学びたいことを学んで会いたい人に会って交流を広げます。
あっ、忘れるところでした。ヴィンセント家から借りていた“貞淑な貴婦人のススメ”これも全巻もって帰ってください。
私にはもう必要のないものです。」
一気に言いました。
途中で止めてしまえば、言えなくなると思ったから、一気に言いました。
胸につかえる痛みが邪魔をする前に、言いたいことを言わないと・・・
さらに、一度ついた勢いは止まらない。
「この際だから、言わせてもらいますけどね!
何ですか?あの“貞淑な貴婦人のススメ”って?
今時の淑女教育にも使われませんよ。『貞淑な妻は主人の3歩後ろを歩く?』『主人が帰宅するまで妻は眠らずどんな時でも笑顔で出迎える?』一体いつの時代ですか?そんな女性がお好みですか?随分と変わった趣味されていますね?昨今の円満夫婦は、妻溺愛型ですよ?政略結婚ですら愛情を育み手を取り合って隣で歩むのが普通となっているのに、何ですか?主人の3歩後ろ?はぁ?主人って私は犬ですか?なんでそんな線引きしたような関係を強いられないといけなんですか?
もっと言わせてもらいますけど。
なんで社交をしちゃいけないんですか?
女性のお茶会はただお茶を飲んで無駄話をしてるだけじゃないんですよ?お互いの情報交換に共有、新しい人間関係の構築をするための大切な社交の場です。それを何ですか?ウロチョロ外出をするな?用があるから出歩くんでしょう?貴族の令嬢が町娘みたいにちょっと散歩に街歩き♪なんてしないこと知ってるでしょ?なのに態々それを言うなんて、私がそんな子だと思っていたんですか?思ってるんですよね?思っていたからそういったんですよね?だから、私は誘われても我慢して家にいたのに、忙しい?そんなに私との時間は無駄ですか?手紙の一つも寄越せないほど?
ほぉ~、宰相補佐って複数人いるはずなのにそんなに忙しいなんて、職場の環境はどれだけ劣悪なんですか?
ブラック企業も真っ青ですよ。これはヴィクター殿下に言って職場改善に着手してもらわないといけませんね。
それともその部署だけが忙しい?
それは随分と無能な上司ですね。あら?そういえば、上司って宰相様でしたね。あなたのお父様でしたか?それはそれは、まぁ。親が上司ってそれで忙しいって公私混同も甚だしい。仕事は仕事、プライベートはプライベートと家族でもきっちり分けられるのができる上司でしょうにねぇ?残念ですねぇ。
夜会に出ても、夜会での社交が何たるかもわからない貴方たちとは、やっぱり家族にはなれません。
大人としての付き合いも、一歩上級の大人の言葉巧みなやり取りもできないようでは、いつまでたってもおこちゃま扱いのままだというに、それすらもわからず隅っこの方で目立つな話すな顔を伏せておけって、どれだけ傲慢な言い草。
そんな状態で放置されれば、あの人は社交もできない、婚約者から冷遇されている半人前って宣伝しているものですよ。
もしかしてそう知らしめるためですか?
うわぁ~、根性悪いわぁ。
無いわぁ。
あなたってモラハラですか?モラハラ予備軍?」
ここまで言いたいこと胸の中にあったたくさんの不満が、湧き水のようにコポコポ湧き出て止まらない。受けきれない器からこぼれていくように、私の口から言葉が出てくる。
まるで、
そうまるで、
記憶がなくなる前から感じていた不満が噴出したかのように・・・
「え、あっ、・・・が・・・」
私がわずかに息をついたときに聞こえるエドワード様の声は、戸惑いを多く含んで私の勢いに押されて、滲んでいた怒りは消えていた。
反対に私は自分が何を言っているのか、冷静ではなかった。
冷静だったら、今、自分が言っている矛盾に気が付いていただろう。
「貴方にわかりますか?
家に居ろと言われて、家族が長期で国外に揃っていくのに私の我儘で、留守番を言い出した時の家族の悲しい顔。その時の気持ち。
誰も訪ねてこないのに、来るかもしれないからとそれだけに縋って寂しさを紛らわせて・・・
親と、家族と離れて国外に、何か月もかかる国外に出て、一人で寂しいのに、貴方が来るかもしれないなんて、出歩くなといったと言うことは出歩かなければ来てくれると思うのは普通でしょ?なのに、屋敷で一人留守番している、私に手紙一つない。私は手紙を何通も、送っても何もない。
でも、でもいつかは結婚できるんだって思っていたから、だから、我慢、してたのに、なんで婚約なんてしたのよ!
最初から、その気もなかったくせに!
結婚なんてする気なかったくせに!
どれだけ、どれだけ蔑ろにしたら、気が済むんですか?」
もう嫌だ・・・
だんだんということが子供じみてきた。感情だけで口から言葉が出てきて何をいっているのかわからなくなる。
でも溢れて止まらない。
口から出る不満がとまらない。
本当はもっと、かっこよく。
貴方のことなんてもう一欠けらの恋慕もないのよ、とスマートにサインをさせるはずだったのに。
なんで、こんな子供みたいに・・・
「クラウディア・・・」
私の頬に柔らかな布があてられる。
そこには悲しそうに見つめるレティシア様が、私の頬にハンカチをあてていた。
「ごめんなさい。私の弟が貴女を悲しませて・・・」
そう言って、あてた布で頬を目元を拭ってくれる。
その時になって漸く初めて気が付いた。私は、いつの間にか涙で頬を濡らしていた。
そう気が付くと、止まらなかった言葉のように涙が次から次へと滝のように零れていく。
「うっっく、あり、が、とうご・・・、うっくえぐっ、ふっ・・・」
レティシア様からハンカチを受けとり、お礼を言おうと思うのに溢れた涙で嗚咽がこぼれてうまく言葉が出ない。
本当はエドワード様へ、不満を吐き出している時から胸にせり上がってくるものがあった。胸が苦しく、ツキツキ痛んでキューッと締め付けられて・・・
苦しくて、苦しくて・・・
そんな中、わかったことがある・・・
私は、記憶が戻っている。
無くした、エドワード様への恋慕を、恋心を、あの病的までに示していた愛を思い出していた。
だから、決定的な言葉が口から出ない・・・・
言おうとすると喉がキュッと詰まって言えない。
それを言えば、本当に、本当に関係が絶たれてしまうから。
きっとそれを聞いたエドワード様は歓んでその手続きをするだろう。
それを突き付けられるのが怖い。
だから、言いたいのに言えない・・・
『婚約を破棄してください!』
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