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もう一度やりなおせるのなら、私は・・・
しおりを挟むローレンスside
隙間風吹き込む殺風景な室内の、申し訳程度の寝具に横たわる青年は、その胸に一冊の分厚い書物を抱きしめて静かに息を引き取ろうとしていた。
─────もう一度やり直せるのなら・・・・・・
もう一度見たかった、あの笑顔を・・・
大きな口を開けて声を立て、屈託なく笑う彼女の笑顔が好きだった。
初めて対面したのは、ローレンス10歳の時。
緊張した面持ちで、王座の間に現れた王妃となることが決められた一人の少女。
薄茶色の髪は、手入れがよくされていて艶やかでありながらふわふわとしていたし、大きなつぶらな瞳は、吸い込まれそうな金茶色をしていた。
一目見てかわいらしい女の子だと思った。
この幼い少女と、王になるものは国を導くことになる。そう父王からあらかじめ聞いていた。
そして、それは母である王妃が常より王になるのは兄コンラッドという刷り込みによってローレンスには関係のないことだと思っていた。
アンドレアの姿を見たとき、あの瞳に吸い込まれたいという不思議な感覚に襲われたのは気のせいだと蓋をしたのに・・・
「おぉぉぉぉぉ・・・」
一人ずつ挨拶をしていったとき、ローレンスとアンドレアの視線が絡み合うように合わさった瞬間、天上から七色の光が降り注いだ。
王子三人と聖王女アンドレの初対面は、玉座の間でたくさんの重臣と貴族、神殿関係者たちの目の前で行われていた。その衆目の中、常人ではありえない光が二人に降り注いだのだ。
祝福を述べ騒がしい周辺とは違い、ローレンスには一切の音が入ってこなかった。
魂に響く声が聞こえただけで、目の前の好ましい感情を一目で持った少女から目が離せなくなっていた。
─────この子をたのんだよ・・・
その声は、親が子を思う優しい声。
その声に押されるように、目の前で頬を真っ赤に蒸気したアンドレアの手を掬い持ち上げ跪くと、そっと大切なものを扱うよう柔らかく唇で触れた。
この時、小さな二人は言葉は少なくともお互い恋慕っていた。
それまでのローレンスは、臣籍降下の未来を見据えて騎士の鍛錬も領地経営の授業も受けていた。
だがアンドレアとの対面の後、次期国王、いや次期聖王として帝王学を主王太子教育が始まり今までとは全く違った忙しい生活となった。
それでも、アンドレアとの交流の為に時間を作り、庭を散歩したりアンドレアの住む離宮を訪ねたりと仲良くしていた。いつの間にか、そこにリオンが加わり、つれてきたアンドレアからリオンが寂しくしていたことをローレンスは初めてきかされた。
リオンの願いでアンドレアの離宮では、子供のように、実際にはみんなまだ子供なのだが、子供らしく声を立てて笑い庭を走り回って夢のようなひと時だった。
本当に、夢のようだった。
「このっ、泥棒がっ!!!」
ガラスを擦るような金切り声で怒鳴られ、同時に頬に鋭い痛みが走った。
アンドレアがローレンスを聖王に指名し、立太式をした次の日から母アイーシャからの嫌がらせともとれる行動が始まった。
それまで母アイーシャは、国王エドモンドとエドモンドに生き写しのようにそっくりなコンラッド以外に興味はなく、王妃としての公務もエドモンドかコンラッドと一緒でしかしない人だった。
第一子のコンラッドが王太子になると思っていたアイーシャからすれば、ローレンスは兄の座を奪った泥棒だと、早く王に撤回を申し入れろと詰め寄る。
王太子教育の授業時間にやってきては教師を室外へ追い出し、延々といかにローレンスの行いが人道に外れた行動をしているのかと話すのだ。授業時間が過ぎても、居座るアイーシャのため授業は遅々として進まず、王妃の権限を振りかざして教師を脅し、王への告げ口を塞ぎローレンスはエドモンドから遅れを叱責される日々。
さらに兄コンラッドまでもが、異国出身の王妃の国との交易で財を成した新興貴族の力を使って嫌がらせ、実力行使で剣の練習だと集団暴行ともとれることをされた。王妃溺愛の第一王子に逆らえるのものなど、王宮にはいなかった。誰にもかばってもらえず、体は生傷は絶えず母や兄からの心無い言葉に心もすり減っていった。
その日々は、幼いローレンスの心を壊していった。
アンドレアと離れたくない恋心と、嫌がらせから逃れたい心で、柔らかい心は壊れていったのだ。
それはアンドレアに対しても現れていき。
アンドレアがローレンスを選んだのが悪い。今こうして、嫌がらせを受けているのはアンドレアのせいなのだと思うようになり、アンドレアの離宮を訪ねなくなり、交流の時間も王太子教育が忙しいと断って会う時間が減った。
さらにあえば、憎しみが湧き出てくるようになり、睨みつけるようになった。
触れる手のぬくもりがうれしいのに、母と兄から受ける仕打ちの原因だと怒りがわく。
ローレンスが睨み付ける回数ごとに、アンドレアの笑顔が減っていく。それはローレンスに起因するというのに、笑顔をローレンス以外に見せるアンドレアに苛立ち憎しみを募らせる悪循環となっていった。
折しも年齢的にも思春期を迎え、閨教育が始まった。
異性への接触は、アンドレアと手を繋いだくらい。まだなにも知らず、恋を恋と自覚する前に歪んだ思い、
拗らせた恋心は容易い道に溺れた。
気安い職業の女たちから、寄り縋ってくる令嬢たちと親しくなるのは早かった。
周りからの叱責もあったが無視すれば、若い男にありがちのことと様子見で静観されるようになった。
何よりも、アンドレア自身が騒いでいないことが大きかった。
アンドレアは取り乱した様子もなく、冷めた目でただ淡々と『神の啓示』とやらでローレンスに聖王として恥じぬ行動をとるように言うだけだった。
それでも月日は過ぎ、アンドレアが18歳で結婚した。
国を挙げての慶事と、結婚式は大々的に各国の要人を招待して行われた。
その結婚式の時。初めて・・・いや最初で最後の口づけを交わした。
しかしその日の夜、夫婦の寝室にローレンスが訪れることはなかった。
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