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もう一度やりなおせるのなら、わたくしは・・・3
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壁に出来た白い扉は、ローレンスたちすべてが通り過ぎた後、静かに閉まった。
微かに扉らしく小さく音がしたが、視線を向ければそこにはもう扉はなくただの壁となっていた。
「はぁ・・・・・・」
やっと、やっとここから彼らを出すことができた。
全ての人を出してホッとすると、力が抜け背もたれに全体重を預けて息を吐く。
とはいえ、まだ第一段階が終わったところだ。
国を立て直すために自分にできるのは、序章を完璧にすること。新しい王の誕生は、輝かしいものでなければならない。
そのためには・・・
あと少し、あと少し、心にある痛みは今に始まった事ではない。
『争うのは嫌です』
その言葉は本音。
本当に争うことは、・・・疲れた。
幼い頃から分かり合えない皇太后、王位を狙い神を冒涜し続ける王兄コンラッド、聖王ローレンスに侍る令嬢たちの寵愛自慢、そして、如何なる言葉を尽くしても届かない最愛の夫・・・
彼らから向けられる悪意に傷つき、傷は癒されることなく長年血を流し続けていた。
これ以上、血を流したくはない。
────我が愛しい子よ。願いは変わらぬか?
遠くからとも近くからとも分からない、姿が見えないいつも優しい神の声。
「変わりはございません。」
いつもなら声を出している答えることはないが、もうここには誰もいない。
だから、声をだしてはっきりとこたえる。
もうこのままではこの国は、滅びるだろう。
異国の文化を否定はしないが、この国が長らく守り続けた根幹たる軸が崩れ去ろうとしている。
このままでは神からの守護を、この国は近いうちになくすだろう。
皇太后に付いた多くの貴族たちは、皇太后が持ち込んだ異国の神を崇め出した。皇太后の手には、嫁入りで持ち込んだ神像があった。
それは、この周辺国では見ない神。
我が国の神は、この国の建国を導いた父神と母神の二人。
神の声は、男性と女性の声が混ぜられたものだった。
神の世界には、人と同じく数多の神が存在すると、神はいつも言っていた。だけど、王が建国の神を変えようとするのはこの国を守るものを捨てると同意儀。だからアンドレアがこの世界に印を持って生まれた。
皇太后の持ち込んだ神像は、神とは違うものだと聞かされた。それを早いうちに前王に伝えたが改善はなく、皇太后の神像を神と崇めるコンラッドど皇太后は、王にしようとした。
わたくしの使命は、聖王妃として一緒に父神母神に感謝をして国家繁栄五穀豊穣に導く王を指名すること。
わたくしが次の正しい王を選ぶために・・・・・・なのに、わたくしは、神の啓示を正しく伝えきれなかったようだ。
幼い7歳の時の、まだ10歳だったローレンスに一目惚れをした瞬間に光がさしたのは事実。
しかし、神の意向は同じ方向を見据えた王と王妃でこの国を治めること。それをアンドレアはできなかった・・・こちらを見向きもされず、愛されることがなったと言うだけ。
神に愛されていると言われても、本当に愛した人に愛されないかった、それが原因。愛されなくとも、同じように国を思っていたはずなのに・・・
アンドレアは全ての原因は、愛してくれなかったローレンスでもなく、政務に夢中で二人の仲を取り持ってくれなかった先代王でも、ましてや異国の文化でこの国の古くからある信仰や法を無理矢理塗りかえようとした王太后やローレンスの兄でクーデターの旗頭の第一王子であったコンラッドでもないと、唯々己の努力不足、先読みが甘かった所為だと思っている。
その責任を取るのは、当たり前。
生まれた時からこの国の王妃となり、国の平安と民の一人の取りこぼしもなく幸せにすると使命感を持っていた。
その使命感だけで、報われない恋心を殺して王妃としての責務を全うしてきた。
黄金でできた荘厳で豪華な王座。
それは、決して座り心地がいいものとは言えない。
材質、生地、クッションは最高級のものを使用しているが、それでもずっと座っていたいと思えない。
この椅子に座ることで、その体にかかる見えない重圧は想像を絶する。
高い位置に置かれた王座。見下ろす先はこの部屋だけでない、バルコニーから見える城下町、王都さらに先の・・・、そこには数多の生活する人々がいる。
それら全てを背負う覚悟かないとこの椅子には座れない。
だが、この椅子に座ったアンドレアの気持ちは、その重責などよりも今はこの椅子に座った時に感じた温もりを逃さぬように記憶に留めようとする。
ローレンスを引き摺り下ろし、王座に座った瞬間感じた温もりは、その前に座っていた者の痕跡。
背もたれに座に、微かに残った温かさ。
終ぞその温もりを直に感じることなく、この王座を介して、擬似的に感じることしかできなかった。
瞼を閉じて背から感じる温もりを思う。
どんなに冷たくされても、彼への愛が薄れることはなかった。
だが、それを声にすることはなかった。
どうせ愛されないのなら、好きに生きればよかった・・・
幼い頃は、3日と開けずに王宮であって仲良く笑いあっていた。それがいつの頃からか、ローレンスの瞳から温かみが消え、冷たく見下ろされることが多くなった。そして、憎々しげに睨み付けられたあの時・・・
悲しみ、すがりていていたら、変わっていただろうか?
悲しくて悔しくて、怒りも沸き上がったあの時、彼の願いを叶えれば良かったのだろうか?
『俺は、王になるより好きな者と生きたい!』
彼が思春期になり、女の体を知ると恋人を作った。
前王は、それを知り呼び出し厳しく叱責した。アンドレアもその場に呼ばれ、前王の考えではすぐ様後悔しローレンスは謝るだろうと思っていた。
しかし、ローレンスの意思は固く。王の叱咤に反発した。
その時の恋人を遠ざけても次の恋人を作るという、悪循環で前王は頭を抱え王でありながらアンドレアに何度も頭を下げた。
その時のアンドレアは、最初から一貫して、
『貴方は、わたくしと共に国を治める王になるように決められた人です。神の導きに逆らうことはこの国の破滅を意味します。』
そう言って、顔色一つ変えずにいた。
しかし、その心情は大きく荒れていた。
何故、愛してくれない。
何故、他の女性に愛を囁く。
何故、わたくしを拒絶するのか!
思いのまま叫べば、楽だったろうか?
それとも、今よりも虚しさが増しただろうか?
それも、もういい・・・
長年我慢してきた。
顔には一切出してはいなかったが、アンドレアの胸中は、業火のごとく嫉妬の炎を宿していた。ただ、それを澄ました笑みで隠していただけ。
我慢して我慢して我慢して・・・、今回の結果に至った。
もうすべてを終わらせよう。
次の王の手筈は整えている。
残される者たちの安全も確保した。
そっと、瞼を開きしっかり前を見据えた。
あとは・・・・・・
「この城をわたくしの霊廟に・・・、聖女王に相応しい霊廟にしてください。」
─────・・・よかろう
いつもの神の声。悲しげに聞こえたのは、気のせいか?
だがそんなことを考える間なく開いた視界の中、正確には窓の外が季節外れの吹雪が起こり、一面を真っ白にした。
すべてを埋め尽くす白。
何もかもが、真っ白に無かったことになればいいのに・・・
『ぼくがおおきくなったら、きみとけっこんする?』
まだ声変わり前の懐かしい声が蘇る。
『わたくしとずーっといっしょにいてね。』
『ぼくのおねえさまになるんだよね?かぞくになるんだよね?もうさみしくないね。うれしいなぁ』
『わたくしもうれしいわ』
『あははっ、ぼくもうれしいよ』
幼い声で大きく口を開けて、声をたてて笑う。
屈託なく笑いあっていた頃。
お互いが愛だ恋だと理解するよりも、いや、アンドレアは一目で恋に落ちたがそれが幼さゆえ本物だったかどうか今となってはわからない。
恋慕っていた思いも、振り向いてもらえないことへの執着だったかもしれない。
ただ、あのころは手をつないで隣でいるだけで幸せだった。そのぬくもりは本物であったといえる。
・・・・・・出来ることなら
窓の吹雪は、室内を荒らすことなくアンドレアに静かに近づいてくる。
吹雪のはずなのに、寒さは感じない。
不思議と温かく、優しい陽だまりの中にいるような多幸感に包まれる。
今度は恋する人と、思い思われたい・・・・・・
包まれるようなぬくもり。
アンドレアの周りを吹雪が包む。視界は真っ白で何も見えないが恐怖はない。寧ろ、上質な寝具に包まれた安心感がある。
それもそうだ、この吹雪はアンドレアを愛する神が起こしたものだから。
アンドレアの願いを叶えるべく、起こした吹雪。
《神の奇跡の力を見せつけ、わたくしに安らかな眠りを与えてください》
聖王妃として不甲斐ない結果になった責任を自らの死をもって償いたい。
けど、神を信じぬたちの手にかかるのは許しがたい。
残されたものが、神の偉大さに尊敬と畏怖を感じこの国の根幹を取り戻す、その人柱となるなら喜んで死を受け入れます。
そうアンドレアは言い、短い時間ですべての準備を整えた。
今が、その最終段階。
真っ白に包まれたアンドレア。
吹雪はアンドレアを繭のように柔らかく包み、優しい眠りへと誘う。
手足の感覚が鈍くなる。
争い難いまどろみが、アンドレアの瞼を閉じさせる。
瞼を閉じて視界が遮られ、音も何も聞こえなくなった。
そして、アンドレアは微笑みを浮かべて眠るように・・・・・・
─────わたくしは、貴方のことが今でも好きでした
閉じた瞼の裏に映るのは、長年愛した人から向けられたことのない優しい微笑み。
─────もう一度やりなおせるのなら、わたくしは・・・
~◇~
アンドレア
聖王妃(結婚するまでは聖王女と呼ばれる)生まれつき鎖骨の下に王冠の花模様の痣がある。
数百年ぶりに生まれた聖王妃。
聖王妃が選ぶ伴侶が国王となると言われている。
聖王妃を虐げたりすると災いがあると言われもする。
生まれた時から王妃になる使命を持って生きている、責任感の強い少女。
両親は辺境の領地をもたない男爵。王都にいる高位貴族の飛び地領の管理をしている。穏やかな性格の善人。生まれてすぐに引き離され、数年に一度しか会うことが叶わないが、生まれながらに決められた人生を歩む娘をいつも案じている。
ローレンスと一目合った瞬間、天から七色の光が降り注いだことで時期国王にローレンスがきまる。
※神の花
城の奥、王族用の礼拝堂の中の池に咲く唯一の花。
花弁は白く幾重にも重なっている。
何百年も蕾のまま、水面にあったがアンドレアが生まれた時に蕾が開き咲き、死ぬ日まで枯れることなく咲き続ける。
参考:蓮の花
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