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26◇王子さまの初恋ですかぁ?◇

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ウィルフレッドside




「――――――そのために、ヒナは眠って生き永らえているのだから・・・・・・」

その言葉を聞いた、彼女の顔は青白く硬直した。
我が祖父ながら、なかなか意地の悪い言葉を選んだなと思うと顔がにやけそうになる。
彼女がこの言葉を聞いて、心を痛めるであろうことはわかっているだろうに、そう言わないと気が済まなかったのだろう。

祖父も、もう報告を受けているであろう。
彼女が、クレイが保護した『アイリ』であり、お祖母様の話に出ていた『アイリ』であると・・・

我が祖父は、歴代王の中でも一位二位を争うほどの賢王である。

だがその実、聖女としてこの世界に降り立った祖母、ヒナコを誰よりも愛してやまない、祖母のことになると極端に心が狭くなる嫉妬深い一人の男なのだ。

お祖母様に言わせと『ヤンデレ』というらしい。







世界を恐怖と混乱の渦に落とした、魔王と魔女を倒し戦い世界を救った英雄。

魔王を封印した後、平和になった世の中を幸せの話題で包み込んだ世紀のロイヤルウェディング。
異世界からこの世界を慈愛の心で恐ろしい魔物に立ち向かった聖女との結婚は、暗黒時代の終わりと迎える明るい未来の流布には必要だった。

例え、その二人の気持ちが如何であろうとも・・・


祖母、聖女は、愛らしい庇護欲をそそる年齢よりも幼い容貌をしており、言動もどこか子供のようなところがあった。それは、孫である私の目から見てもそうだった。

幼い頃、そう、まだ私が純粋な子供の心を持ったままだった頃によく話してくれていた祖母がいた世界。
そこでの話は、想像もつかない便利なことが多かった。
子供心に未知の世界の話にいつもワクワクしていた。

「馬が引かない鉄の乗り物は『クルマ』と言って、アスファルトで整備された道路を走れば時速100キロ以上は出るのよ。
あと、『シンカンセン』なんかも男の子は大好きだったわね。こ~んな長い乗り物で一遍に何百人と運ぶのよ。それはレールを走って早ければ300キロ以上は出てるわねぇ。
ああ、空飛ぶ乗り物?『ヒコウキ』のことね。そうそう、それこそ私は乗ったことはないけどマッハで飛んだりするのもあるよ!それに、あのお星さまのところにも行ける乗り物だってあったんだから!!!」

夜空に浮かぶ星まで行ける乗り物など、想像すらできないがお祖母様も乗ったことはないそうだ。それに乗るには訓練が必要だとか言っていたな。
だが、その話をするお祖母様は、10代の少女のようで幼心にかわいらしいとさえ思っていた。


「そうだわ、ウィルだけに教えてあげる。私には、何よりも大切なお友達がいたことを・・・」

お祖母様の異世界の話では、いつも彼女のことも話してくれる。『ウィルだけよ・・・』といって内緒話のように語られるその人については、もう幼いころから何度も聞いた話だった。
それは、お祖母様にとって、掛け替えのない親友の話。いつも、お祖母様の傍にいるカーラやマーリンとも違うとても大切な大切な存在。
お祖母様しか扱えない、異世界の道具『スマホ』に映し出される10代の少女たち。一人は、祖母だとわかる。そうしてもう一人が祖母の言う大切な親友『アイリ』だと言う。
黒髪黒目の少女。『スマホ』の中のお祖母様がかわいらしい容貌に対して、彼女はかっこいい女の子だなのだと言う。
自分で自分のことをかわいいと言うお祖母様もどうかと思うが、そういう人だから仕方がない。
いつも聞かされる『アイリ』は、自分では平凡で男の子のようだと言っているが、実際は『綺麗でカッコイイ』なのだと言う。クールそうに見えておっちょこちょいで、身近にはシンプルなものしか持たないくせにかわいいものを見て密かに悶えていたり、困っている人を見ると放っておけないお節介で頼まれるといつも快く引き受けるお人好し。
『ショウガクセイ』のときかっらいつも一緒にいて、いつの間にか分かり合える親友になったのだと言う。
繋ぎ繋ぎに聞いた、お祖母様の異世界の家庭環境は良いものではなかったようだ。直接的には、言っていないが貴族社会で言う政略結婚で結ばれた夫婦の家庭のようだ。
父親は仕事にかまけて家に帰らず、家庭を顧みることは無い。母親は、寂しさを埋めるために他所の男に依存している。偶に言われる『ホスト通い』というのがそうなのだろう。お祖母様の家は、裕福らしく通いの家政婦がいるようだがあまり仲良くないらしい。
衣食住は充実しているが、幼心を慰めてくれる人の温もりがない。そんな祖母は『テレビゲーム』に依存していたらしい。
お祖母様曰く、無機質なTVゲームでは時間は潰せても寂しさは埋まらなかったと言う。
人見知りで『コミュ障』というのもあって、友達もいなかったらしい。
その唯一の親友『アイリ』に会うまでは・・・

「愛李はね、クラスの中心人物だったのよ。そんな愛李に声をかけてもらって、友達になって、悩みを聞いてもらって・・・いつの間にか掛け替えのない親友になっていたの。私は、愛李がいない学生生活なんて考えられなかったのよ。だからね、高校受験の時に進路先をちょっと誘導したの。だって、男子のいない女子高に行きたかったけど愛李と分かれるなんて嫌だったんだもの。」

うん、言ってる意味がよく分からなかったが、進路に悩んでいた時にアイリの前に資料を置いただけらしい。なんでも、『eスポーツ』のブカツのある学校紹介を目につくところに置いておいたとか。
ただそれだけだったと言う。
お祖母様は、晴れて成功して同じ学校に入ることが出来たらしいが、その半分も過ごさぬうちにこちらの世界に召喚されてしまったという。

「最初は、ゲームみたい!!!って喜んじゃったけど、実際は『現実』で『ゲーム』と違ってゲームオーバーは自分の死だけじゃなくってこの世界の終りも意味するって分かった時は怖かったわ。
・・・・・・こんな時に、愛李が居てくれたらなぁって何度思ったか・・・」

祖母は何度も、「アイリならどうするかな?」「アイリにこの景色を見せたい」「アイリに褒めてほしい」「アイリに叱ってほしい」「アイリに導いてほしい」と思ったらしい。
だが、一番思ったのは、

に会い・・・・・」

そう思って何度涙したか・・・
家族と離されたことは、冷たいようだがどうでもよかったらしい。ただ、アイリに会えないのが寂しく遣る瀬無い、そうしようもなく辛かったと言っていた。
そして、最後に言われるのが、

「ウィル、貴方も大切な親友でも恋人でも、一人でいいから見つけなさい」

だった。
私には、祖母のおかげで幼いころからの友人が何人もいる。
アシュトン達、勇者一行の孫と言われる幼馴染たちだ。
彼らが城に来る一日は、王子であることを忘れて城の中を一緒に走り回った。特にヒューは何をしでかすか、毎回楽しみでいつもワクワクしていた。
流石にお転婆だとは思っていたフィオナが綺麗に着飾られた姿で木登りをした時は、ヒヤヒヤしたが流石野生児。スルスル登って、降りるときも平気な顔をしていた。
身分にとらわれない友人は、一緒にいて心地よいがお祖母様の言うような『アイリ』の存在とは違う気がした。
そして、その中で何度も聞かされた『アイリ』に会ってもいないのにいつの間にか特別な感情を持ち始めた時に、お祖母様が眠りについた。




「何だって、クレイが?」

あれはお祖母様が眠りついてから、1年以上が経過したときだった。
一人で森に暮らすクレイからの近況で、一人の少女を保護していると報告があったのだ。
クレイは勇者一行の元神官で、治癒と結界の魔法に特化した人物だった。お祖母様の使う聖魔法と同じ属性だから、お祖母様の師事についていた人物でもある。
彼は、褒賞の爵位を辞退したことで平民の身だがその存在はそこらの貴族よりも尊い。そして、我々王族に繋ぎを取り持ってほしい人物からすれば、安易に会いに行けると言うことでこれまで何度も危険な目にあってきた。
そんなこともあって、結界を張った森の中で隠居生活を送っているはずの彼が少女を保護していると言う今までにない報告に周りはざわついた。
近隣の村に配置された、影からの報告によれば少女は記憶を無くしており今まで何をしていたのか分からないと言う。
益々、怪しい人物であると詳しい報告を貰えばそこには驚くことが書かれていた。

『異世界で暮らした記憶を持ち、名前はアイリと名乗った。』

アイリ。
だたの偶然なのか。だが、報告にある姿は、何度も見せていただいた容貌と違い過ぎる。
確認したくともお祖母様は、眠ったまま。
クレイが『問題ない』の一言だけで何も話してくれず、悶々とした日々が過ぎていった。
私は、そのアイリについて影から頻繁に詳しく報告を入れるように命令をした。
そのうち、フィオナたちと仲良くなり、いつの間にか子供が増えて、一緒に旅立ったと言う報告を受けた時は、連れてくるようにと母上も一緒になって言ったが、今度はクレイだけでなくフィオナたちまでもが楯のように立ちはだかり、生まれた子供が3歳になるまではという条件付きで見守ることになった。

そして、やっと今日会えたアイリという少女。
私たちは、緊張した気持ちで待っていた。
クレイから変な威嚇をするなという、忠告をされていたからまずは様子を見るため、話をするのは同性の母上かマーリンが行うことと決まった。

開いた扉の向こうにジェフにエスコートされて入って来た少女は、報告通りの姿だった。
ラベンダー色の艶やかな髪、銀の粒子が散らばったようなキラキラとした緑の瞳。小さな顔は、冒険者をしているはずだと言うのに陶磁器のように白く、特に今は緊張の為か紙のように白かったが、それがまた人形のような美しさをおもわせた。少し吊り上がった目尻、通った鼻筋、小さくともぽってりとした桃色の唇。この中の誰よりも美しい少女がそこにいた。この場がただの舞踏会であったならば、彼女は間違いなく誰よりも目立った存在となっただろう。
だが、今はその時ではない。
この報告書よりも、美しくとてもただの庶民には見えない立ち姿、もっと調べる必要があるな、とその姿を値踏みしていた。
クレイ以外の全てのものがそんな視線で見ていたはずだった。
その少女の瞳が、動き部屋の中で一番存在を主張しているお祖母様たちの結婚式の絵に合わさった瞬間、それまで室内に満ちていた緊張感が霧散した。

彼女の突然の行動によって・・・

「うわ~ん、なんで、なんでここにあの子の絵が描かれているのよぉぉぉ。なんでぇぇぇ?」

「あっ、じぃじ!!!」

そう泣きだした少女と、その母の泣き声にも振り向くことなくクレイに駆け寄る幼女。あまりの泣きっぷりに固まるアシュトン達。

唖然と見守る私たちに突然気が付いた彼女は、濡れた瞳の顔を徐に上げて此方を見た。
そして、自分の状況に顔を青ざめさせた後、何事もなかったように挨拶をする。
なんと言うか・・・

───面白い

その一言に尽きる彼女だった。

誰もが持った疑問を、抜きにしても彼女の存在は私の興味を大いに惹きつけた。


前王妃で聖女のお祖母様の絵姿は、そうたくさん出回っていない。知るはずのない彼女が、何故絵を見ただけで祖母の名を口にでいたのか?お祖母様の名前は、お祖父様しか言葉に出来ないように制約魔法がかけられていると言うのに簡単に何度も口にできるのは、何故か?

そして、私が渡した祖母の『スマホ』を易々と操作して映し出された画面に呟いた言葉。


「これ、・・・・・・私だ」



最初に異世界の記憶と名前を聞いたとき、もしやという思いが浮かんだ。
だが、確信が得られないまま年月が過ぎ去り、やっと今日確かめることが出来た。


お祖母様から、長年聞かされてきた画面越しでしか知らない少女、アイリ。

僕の初恋の人が、姿を変えて目の前にいる。








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