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50. 運命に導かれて(終)
しおりを挟む「母上~!」
庭先に出した椅子に座り、駆け寄ってきた我が子を迎える。
漆黒の髪とサファイアブルーの瞳を持つ長男は、小さな手を大きく振りながら、弾むような笑顔を見せた。
「お帰りなさい。お客様をきちんとご案内できた?」
「うん! ちゃんとご挨拶もしたよ!」
「まあ、さすがね! とても助かったわ」
遅れてやってきた、やはり父親似の次男が「僕も手伝ったよ」と体を弾ませながら言う。その姿を微笑ましく思いながら、膝の上にいる娘と一緒に三人まとめて抱きしめた。
ノックスと結婚して八年。
ありがたいことに二人の息子と娘に囲まれ、さらにお腹には新たな命が育っている。忙しい日々のなかで、家族とともに過ごすひとときは何よりも尊いものだ。
しかも今日は、待ちに待ったとびきりのお客様がやってくる。
「ほら、お父様がお客様を連れてやってきたわ。初めて会うお兄様も一緒よ。仲良くできるかしら?」
娘の顔を覗き込んで問いかけると、彼女はくりくりとした緑色の目をこちらに向けて、こてんと首を傾げた。
「わたちの、旦那たま?」
「まあ! うふふ、どうかしらね?」
もうすぐ三歳になる娘は最近、未来の旦那様探しに夢中になっている。
というのも「大きくなったらお父たまと結婚するの!」とかわいい願いを口にしたら、ノックスから「お父たまはお母たまと結婚しているから無理だ。すまないな」と断られてしまったからだ。
たいそう傷ついて大泣きした娘は、それでも仕方なく『自分だけの旦那たま』探しを始めたらしい。
娘を振った当の父親を見やると、彼は珍しく肩の力を抜き、隣を歩く男性と楽しそうに笑っていた。
一緒にいるのは、赤褐色の髪をきっちりと撫でつけ、白の貴族服を着こなす美丈夫だ。
最後に会ったときよりも落ち着いた雰囲気をまとい、でもキラキラ光る無邪気な金色の瞳はあの頃のまま。
滲む涙を我慢できずにいると、娘が私の頬に手を当てて心配そうに見上げてきた。
「お母たま? お腹痛いの?」
「ありがとう、心配してくれたのね。でもこれは、嬉しいからなのよ」
ぷくぷくした両頬をちょんちょんとつつくと、娘は目を瞬かせ、それからなぜか両手で鼻を押さえてクスクス笑った。
子どもたちの頭を一度ずつ撫でてから娘を降ろし、立ち上がるために重たいお腹を抱えつつテーブルに手をつく。
すると、こちらに歩いてきていた赤褐色の髪を持つ男性が、慌てたように駆け寄ってきた。
「どうかそのままで。……ご無沙汰しております。十年の時を経て、ますますお美しくなられましたね」
「ふふ。ファルクナー侯爵、お久しぶりですね。侯爵こそ、ますますご立派に、なられ……」
目の前の相手と同じ調子で答えようと思ったけれど、我慢できずに涙がぽろりとこぼれる。
すると彼は、私の手を取って優しい笑みを浮かべた。
「……エレアノールちゃん、俺に会えて感激しちゃった?」
「ふふ……ええ、感激しちゃったわ。本当に久しぶりね、ルーカス」
十年ぶりの再会に、彼らとの思い出がどっと押し寄せてくる。
一緒に居たのは短い間だけだったけれど、ルーカスは今までの人生でもっとも濃厚な時をともに過ごした仲間だ。
それなのに、ヴァルケルを訪問しても、タイミングが悪くこの十年間まったく会えなかった。
しかし今回、養子をとったから紹介したいのだといって、忙しいなかルーカスのほうから遊びに来てくれたのだ。
ルーカスは、ノックスの近くに立つ少年を呼び寄せると、こちらに向き直った。
「紹介するよ。息子のセドリックだ」
ルーカスに促されて前に出てきたのは、赤褐色の髪にライトゴールドの瞳を持つ少年。
親戚筋から養子をとったという話は聞いていたけれど、色合いはもちろん顔もルーカスにそっくりで、彼をそのまま小さくしたような見た目をしている。たしか年齢は、うちの次男とおなじ五歳だと言っていたはずだ。
少年はぴょんぴょんと元気に跳ねる赤褐色の髪を揺らしながら一歩前に出て、背筋をぴんと伸ばし、真面目な顔で私の手を取った。
「初めまして、セドリック・ファルクナーです。どうぞお見知りおきを」
大人顔負けの挨拶に、思わず目を丸くしてしまう。これは中身もルーカスそっくりに違いない。
「初めまして、ファルクナー若侯爵。私はエレアノール・イシルディアよ。お会いできて嬉しいわ。私のことはエレアノールと呼んでちょうだい」
「ありがとうございます、エレアノール様。私のことはどうぞ、セドリックと呼び捨ててください」
セドリックは金色の瞳に隠しきれない好奇心をのせて、キラキラとこちらを見つめている。きっと、ルーカスから私たちの話をいろいろと聞かされているのだろう。
一方、ルーカスは私の隣に立つ娘をしげしげと見つめて口を開いた。
「それにしても、娘ちゃんはお母さんそっくりだね! これは傾国に育つだろうなぁ……ね、ノックス?」
「どんなに群がってきたところで俺が蹴散らすだけだ」
ノックスはさも当然のような顔をしているけれど、求婚を断っておきながら他の男性は蹴散らすつもりだなんて、娘を一生結婚させないつもりだろうか。
私がそんなことを考えていると、ルーカスが白けた顔で首をめぐらせた。
「ふーん、そのわりには全然目が行き届いてないみたいだけど?」
「ん? ……な、なぁーっ!」
ルーカスの視線を追ったノックスが、愕然と声を上げる。
いつの間にか花壇の前に移動した娘は、セドリックに花で作った指輪をはめてもらい、目を輝かせていた。
男性を見かけるたびに「わたちの旦那たま?」と無邪気に聞いて回っているから、きっとセドリック相手にも同じことを聞いたのだろう。そして、予想するにセドリックはとても気が利くタイプだから、娘の夢を壊さないように付き合ってくれているのだ。
かわいい娘の求婚を断ってしまった父親に再び目をやると、いまだ愕然とした表情で固まっている。
すると、そんなノックスを見上げた長男が小さくため息をつき、仕方ないなという顔をしてセドリックのほうへ歩いていった。
どうやら長男は、セドリックの興味を逸らすため、騎士ごっこに誘うことにしたようだ。
誘われたセドリックは目をキラキラと輝かせ、ナニーに娘を託すと木剣で息子たちと遊び始めた。
「仲良くなれそうでよかったわ。それにしても、セドリックはとても利発ね」
「ふふ、俺に似て、ね! ちなみに義兄さんとこの次女がセドリックにゾッコンなんだ。でも、三角関係になっちゃったねぇ」
兄たちの遊びを興味深そうに眺めている娘に目を向けながら、ルーカスが朗らかに言う。そして彼は、娘の横にしゃがみ込むと小さな手をすくい上げ、微笑みとともに問いかけた。
「姫、私にあなたを抱き上げる栄誉をお与えくださいますか?」
娘がぱちぱちと目を瞬きながらルーカスを見上げる。
そして抱き上げられて目線が同じになると、ルーカスの両頬に手を添えて「旦那たま?」と言いながら首を傾げた。
「……!! そうそう、旦那たまですよー!」
「誰が旦那様だ! 冗談でもやめろ!!」
「わあ、こんなパパがいたら一生お嫁にいけないよぉ! 逃げろ~!」
ルーカスが跳ねるように駆け出すと、娘がきゃっきゃと手を叩いて喜ぶ。
ノックスは追い掛けはしなかったものの、ルーカスに「走るな!」とか「転ぶなら一人で転べよ!」とか叫びながらぷりぷりと怒っていた。
ルーカスが駆けて行った先にある大きな木の枝には、ブランコがぶら下がっている。隣には白いベンチ。そこから少し離れた場所にある青い屋根の小屋は、子どもたちの秘密基地だ。
ノックスが二度と来たくない場所だと言ったプライベートガーデンは、ハインリヒ陛下がガラッと作り変えて、子どもたちの遊び場に生まれ変わった。
新たな始まりを象徴するこの場所で、私たちはこれからも幸せな思い出を積み重ねていけるはずだ。
穏やかな視線を子どもたちに向けるノックスの横顔を見つめる。
すると私の視線に気づいた彼は、私の前にしゃがみこみ、ずいぶん大きくなったお腹に耳を寄せた。
「なあ、エレアノール。俺、信じられないぐらい幸せなんだ。これは俺が、叶わないと思いながらも願っていた未来そのものだから」
「ノックス……私も、とても幸せよ」
目の前の黒髪を撫でながら思う。
交わるはずのなかった二人。でも私たちは導かれるように再び出会った。これはやはり――
「運命の神の御業かしら」
「運命の神の御業かもな」
同時に同じことを口にしたことに驚いて、思わず顔を見合わせる。
それから二人で静かに笑い合った。
元気に駆け回る子どもたち。
娘はルーカスとブランコに乗ってご満悦な様子だ。
元気な笑い声が風に乗って響くなか、私たちの影は夕日とともに長く伸びていく。
すべてを包み込む穏やかな時間のなかで、私は彼と手を繋いでこの景色を見つめ続けた。
かつて描けなかった未来が、今ここに広がっている――時を超えた愛の物語として。
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