願いを叶える公爵令嬢 〜婚約破棄された私が隣国で出会ったのは、夢の中の王子様でした〜

鹿倉みこと

文字の大きさ
上 下
46 / 50

46. 地獄の始まり sideネリー(残酷描写あり)

しおりを挟む
 
 バシャッと頭から冷たい水がかけられて、意識が浮上する。
 うっすら開いた目に映るのは、苔むした石壁。先ほどまでの光景との落差に混乱している間にも、濡れた体からどんどん体温が奪われていく。
 たしか、王城であの女をどうやって辱めようかと考えていて、それで……


「俺と遊んでいる最中に寝るなんて酷いなぁ。まだまだお楽しみはこれからだっていうのにさ」


 声のした方を見ると、金色の目が私を冷たく見下ろしていた。たしかこいつは、ルーカスとかいうヴァルケルの貧乏侯爵だ。
 
 でも、そんなことはすぐにどうでもよくなった。
 ぼんやりした頭が覚醒すると同時に、信じられない痛みがせり上がってくる。
 思わず絶叫しながら胃の中のものを吐き出した。


「うわ、汚いなぁ。ちょっと爪と肉の間に串を刺しただけでしょ? 足も含めたらあと十二本もあるんだし、他にもいろいろ取り揃えてるんだから、こんなことぐらいでいちいち気絶しないでもらえる?」


 見ないほうがいいとわかっていても、自分の手に視線がいってしまう。 
 細長い木製の串が指に深々と突き刺さっているのを見た瞬間、痛みが倍増してまた絶叫した。


「うーん、それにしても、こんなことしてるってバレたらエレアノールちゃんに嫌われちゃうかなぁ? でも、知られないように気をつけるしかないよねぇ。だってこれが俺の……仕事だし!」
「ぎゃああああああぁぁ!」


 刺さっている串を蹴り上げられ、バリッという音とともに爪が剥がれる。
 指先が燃えるように熱い。
 

「今日ほどこの仕事をしていて良かったと思った日はないよ。お前を合法的に痛めつけられるんだからさぁ。本当は殺してやりたいけど、それは無理だから……お願いだから死なせてくれって懇願する程度で妥協するね?」


 狂ってる。この私にこんなことができるなんて、こいつは頭がおかしい。
 私じゃなくあの女を信奉しているくらいだもん、間違いなく狂人だ。


「あ、そうそう。本当はノックスが一発殴らせてくれって言ってたんだけど、俺が代わりにやるね。ほら、ノックスに会うこと自体がご褒美になっちゃいそうだしさ」


 ノックス……
 私の運命の人。私のために用意されたイシルディアの王子様。
 きっと今ごろ私を探してるはず。

 
「……クス……ノックス、助けて……」
「悍ましいって言われたの忘れたの? あいつ、エレアノールちゃん以外眼中にないけどさぁ、そうじゃなくてもお前を選ぶわけなくない?」
「な、何を……私は、神に選ばれた存在……生まれる場所を、間違えただけで」


 私の言葉を聞いた男が、先ほどまでの冷酷な顔を引っ込めてキョトンとこちらを見る。
 それから腹を抱えて狂ったように笑い出した。


「あっははは! 自己評価高過ぎ! お腹痛い! お前が公爵令嬢だったとして、エレアノールちゃんに勝てる要素ゼロでしょ!」
「……負けてるのは、家柄だけで……」
「負けてるのは家柄だけぇ!? ヒィッ、もうやめて笑い死ぬ! 頭悪い、性格悪い、倫理観ない、顔も貴族の中ではお世辞にもかわいいとは言えない、それで負けてるのは家柄だけって……も、もしかして、俺とは違うものが見えてんの? おもしろすぎ!!」


 ヒィヒィ言いながら笑う男を見て頭が混乱してくる。
 私は間違ったことは言ってない。私はいつだって特別だった。
 欠点なんて、娼館に生まれてしまったことぐらいだ。たぶん、本来生まれるべき場所が、あの女と入れ替わってしまったんだろう。


「本当なら、あの女が娼館に生まれて――」


 物分かりの悪い男にわざわざ説明してやろうとした瞬間、ぐしゃっと何かがひしゃげる音とともに頭が後ろに弾かれて、一瞬視界が真っ暗になった。
 激痛とともに鼻から熱いものがぼたぼたと流れ出す。まさか顔を、殴られた……?
 
 
「あ、が……なんれ……」
「ん? お前がエレアノールちゃんにやろうとしたことと同じだろ? まったく、お前は鼻がひん曲がって多少マシになったけど、エレアノールちゃんはすでに完成された美しさなんだから殴ってはいけないんだぞ? わかったか?」


 ノックスに殴らせようとしたのは、私の場所を盗んだ報いを受けさせるため。当然の権利だ。
 それなのに、こんなのおかしい。

 でも、目の前の男はそんなことお構いなしに、残りの指に串を刺しながら楽しそうにお喋りを続けた。


「ヴァルケルってお金ないんだよねぇ。だから拷問器具もあんまり揃ってなくてさ~。イシルディアに帰ったら、あらゆるものが揃ってるだろうなぁ。今から楽しみだね?」


 自分の絶叫の合間に、嫌でも男の言葉が耳に入ってくる。
 こんなことが、イシルディアに帰ってからも続く……? そんな馬鹿なことが……


「そういえば、平民がイシルディア王族を害したときの刑罰がどんなものか知ってる? 八つ裂きの刑っていって、縛った手足を同時に馬で引くんだ。でも人間って意外に頑丈でさ。四肢がちぎれるまで何度もやり直すらしいよ」


 そんな残酷な刑罰、聞いたこともない。きっと私を脅そうとしてるんだ。
 平民の最高刑は絞首刑のはず……


「お前は悪魔と契約してイシルディア国王および王太子の体を操り、ヴァルケルでは空の裂け目から悪魔を招いて世界を滅ぼそうとしたことになってる。つまり、ここ最近起きた異変は全部お前のせいってこと。いやぁ、ヴァルケルの不始末も引き受けてもらえて助かるなぁ。ちなみに聖女エレアノールは、神を降ろしてそれを止めた英雄だよ」


 空の裂け目は私がやったんじゃない……!
 なんで私が身に覚えのない罪を負って、あの女の引き立て役にならないといけないのよ!!


「ふざけ、るな……そんなの、認めるわけ……」
「安心して? イシルディアには癒しの神威を持つ者がいるから、八つ裂きになっても魂が抜ける前に治してもらえるよ。だって自害じゃないと、汚らわしいお前の魂が輪廻の輪に入っちゃうだろ? さて、何回で音を上げるかなぁ?」


 そう言って、目の前の男は楽しそうに次の拷問器具を物色し始めた。

 
 その後イシルディアに送られた私は、いま聞いたこれらの話がすべて真実だったのだということを身をもって知ることになる。
 ここでの拷問なんて、地獄のほんの始まりに過ぎなかったのだ――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

処理中です...