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46. 地獄の始まり sideネリー(残酷描写あり)
しおりを挟むバシャッと頭から冷たい水がかけられて、意識が浮上する。
うっすら開いた目に映るのは、苔むした石壁。先ほどまでの光景との落差に混乱している間にも、濡れた体からどんどん体温が奪われていく。
たしか、王城であの女をどうやって辱めようかと考えていて、それで……
「俺と遊んでいる最中に寝るなんて酷いなぁ。まだまだお楽しみはこれからだっていうのにさ」
声のした方を見ると、金色の目が私を冷たく見下ろしていた。たしかこいつは、ルーカスとかいうヴァルケルの貧乏侯爵だ。
でも、そんなことはすぐにどうでもよくなった。
ぼんやりした頭が覚醒すると同時に、信じられない痛みがせり上がってくる。
思わず絶叫しながら胃の中のものを吐き出した。
「うわ、汚いなぁ。ちょっと爪と肉の間に串を刺しただけでしょ? 足も含めたらあと十二本もあるんだし、他にもいろいろ取り揃えてるんだから、こんなことぐらいでいちいち気絶しないでもらえる?」
見ないほうがいいとわかっていても、自分の手に視線がいってしまう。
細長い木製の串が指に深々と突き刺さっているのを見た瞬間、痛みが倍増してまた絶叫した。
「うーん、それにしても、こんなことしてるってバレたらエレアノールちゃんに嫌われちゃうかなぁ? でも、知られないように気をつけるしかないよねぇ。だってこれが俺の……仕事だし!」
「ぎゃああああああぁぁ!」
刺さっている串を蹴り上げられ、バリッという音とともに爪が剥がれる。
指先が燃えるように熱い。
「今日ほどこの仕事をしていて良かったと思った日はないよ。お前を合法的に痛めつけられるんだからさぁ。本当は殺してやりたいけど、それは無理だから……お願いだから死なせてくれって懇願する程度で妥協するね?」
狂ってる。この私にこんなことができるなんて、こいつは頭がおかしい。
私じゃなくあの女を信奉しているくらいだもん、間違いなく狂人だ。
「あ、そうそう。本当はノックスが一発殴らせてくれって言ってたんだけど、俺が代わりにやるね。ほら、ノックスに会うこと自体がご褒美になっちゃいそうだしさ」
ノックス……
私の運命の人。私のために用意されたイシルディアの王子様。
きっと今ごろ私を探してるはず。
「……クス……ノックス、助けて……」
「悍ましいって言われたの忘れたの? あいつ、エレアノールちゃん以外眼中にないけどさぁ、そうじゃなくてもお前を選ぶわけなくない?」
「な、何を……私は、神に選ばれた存在……生まれる場所を、間違えただけで」
私の言葉を聞いた男が、先ほどまでの冷酷な顔を引っ込めてキョトンとこちらを見る。
それから腹を抱えて狂ったように笑い出した。
「あっははは! 自己評価高過ぎ! お腹痛い! お前が公爵令嬢だったとして、エレアノールちゃんに勝てる要素ゼロでしょ!」
「……負けてるのは、家柄だけで……」
「負けてるのは家柄だけぇ!? ヒィッ、もうやめて笑い死ぬ! 頭悪い、性格悪い、倫理観ない、顔も貴族の中ではお世辞にもかわいいとは言えない、それで負けてるのは家柄だけって……も、もしかして、俺とは違うものが見えてんの? おもしろすぎ!!」
ヒィヒィ言いながら笑う男を見て頭が混乱してくる。
私は間違ったことは言ってない。私はいつだって特別だった。
欠点なんて、娼館に生まれてしまったことぐらいだ。たぶん、本来生まれるべき場所が、あの女と入れ替わってしまったんだろう。
「本当なら、あの女が娼館に生まれて――」
物分かりの悪い男にわざわざ説明してやろうとした瞬間、ぐしゃっと何かがひしゃげる音とともに頭が後ろに弾かれて、一瞬視界が真っ暗になった。
激痛とともに鼻から熱いものがぼたぼたと流れ出す。まさか顔を、殴られた……?
「あ、が……なんれ……」
「ん? お前がエレアノールちゃんにやろうとしたことと同じだろ? まったく、お前は鼻がひん曲がって多少マシになったけど、エレアノールちゃんはすでに完成された美しさなんだから殴ってはいけないんだぞ? わかったか?」
ノックスに殴らせようとしたのは、私の場所を盗んだ報いを受けさせるため。当然の権利だ。
それなのに、こんなのおかしい。
でも、目の前の男はそんなことお構いなしに、残りの指に串を刺しながら楽しそうにお喋りを続けた。
「ヴァルケルってお金ないんだよねぇ。だから拷問器具もあんまり揃ってなくてさ~。イシルディアに帰ったら、あらゆるものが揃ってるだろうなぁ。今から楽しみだね?」
自分の絶叫の合間に、嫌でも男の言葉が耳に入ってくる。
こんなことが、イシルディアに帰ってからも続く……? そんな馬鹿なことが……
「そういえば、平民がイシルディア王族を害したときの刑罰がどんなものか知ってる? 八つ裂きの刑っていって、縛った手足を同時に馬で引くんだ。でも人間って意外に頑丈でさ。四肢がちぎれるまで何度もやり直すらしいよ」
そんな残酷な刑罰、聞いたこともない。きっと私を脅そうとしてるんだ。
平民の最高刑は絞首刑のはず……
「お前は悪魔と契約してイシルディア国王および王太子の体を操り、ヴァルケルでは空の裂け目から悪魔を招いて世界を滅ぼそうとしたことになってる。つまり、ここ最近起きた異変は全部お前のせいってこと。いやぁ、ヴァルケルの不始末も引き受けてもらえて助かるなぁ。ちなみに聖女エレアノールは、神を降ろしてそれを止めた英雄だよ」
空の裂け目は私がやったんじゃない……!
なんで私が身に覚えのない罪を負って、あの女の引き立て役にならないといけないのよ!!
「ふざけ、るな……そんなの、認めるわけ……」
「安心して? イシルディアには癒しの神威を持つ者がいるから、八つ裂きになっても魂が抜ける前に治してもらえるよ。だって自害じゃないと、汚らわしいお前の魂が輪廻の輪に入っちゃうだろ? さて、何回で音を上げるかなぁ?」
そう言って、目の前の男は楽しそうに次の拷問器具を物色し始めた。
その後イシルディアに送られた私は、いま聞いたこれらの話がすべて真実だったのだということを身をもって知ることになる。
ここでの拷問なんて、地獄のほんの始まりに過ぎなかったのだ――
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