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42. 罪を背負う者
しおりを挟む親子の話し合いに私が同席するわけにはいかないと思っていたけれど、ノックスは一緒に来て欲しいのだと言った。
「よりにもよって例の庭に呼び出されるなんて、皮肉なもんだな」
「そうね。でも……」
「わかってる。悪気はないって言うんだろ。でも、俺にとっては二度と来たくない場所だ」
……回帰前は、幾度となくここで陛下と幸せな時間を過ごしただろうに。それすらも忌わしい記憶になってしまったのだとしたら、それはとても悲しいことに思えた。
それに、夢の中の私だって彼と過ごすこの場所が大好きだったのだ。つらい出来事ですべてが塗りつぶされてしまったのだと思うと、やはり寂しい。
ハインリヒ陛下は、私たちに背を向けて佇んでいた。
侍従長は私たちに気づいた様子だったけれど、口を開く前にノックスに鋭い目で睨まれて結局声を発することはなかった。
(回帰前の彼は、私を毒殺した実行犯のようなものだものね……)
陛下は私たちの足音に気づいて振り向くと、前置きもなしに話し始めた。
「そなたは赤ん坊のころから、私を憎悪の目で見ていた。憎まれていることは、わかっている」
「わかっているだと!? 自分が何をしたかも知らないくせに……!!」
ここへ向かう間、ノックスはなんとか落ち着こうと深呼吸を繰り返していた。けれど、陛下がいきなり彼の怒りのど真ん中に踏み込んでいったものだから、感情が振り切ってしまったようだ。
陛下は手を振って警戒した様子の近衛騎士を下がらせたけれど、ノックスは今にも殴りかかりそうだ。
口出ししないにしてもこれはさすがにまずい、と慌てて腕にしがみついた。
「やめてノックス……あなただって憎しみ合う関係は望んでいないはずよ。そうでしょう?」
さすがに私を振り払うことはできなかったのか、ノックスは陛下を睨みながら歯を食いしばって荒い息を吐き、拳を震わせつつもなんとか踏みとどまった。
けれどハインリヒ陛下は、容赦なく話を続けた。まるで、殴られても構わないからノックスの本音が聞きたいのだとでもいうように。
「そなたが生まれたとき、瞳に刻まれた紋はすでに使用されていた。そこで、私が何らかの罪を犯し、それを覆すために神威で時を遡ったのだろうと考えた。そこまでは合っているか」
ノックスは当時のことを思い出したのだろう。顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「そうさ! あんたは正にこの場所で、何の罪もないエレアノールを殺したんだ! 先代から譲り受けたとっておきのブランデーを使ったケーキで祝おうなどと言って、毒を……エレアノールは、あんなに血を吐いて……っ」
陛下はノックスに対し自分がどのような罪を犯したのか、さまざまな可能性を考えたに違いない。しかし、ノックスの答えはそのどれにも当てはまらなかったのだろう。
息子の言葉を否定するつもりはなかっただろうけれど、陛下は驚愕の表情で首を振った。
「馬鹿な! いや、だがその言葉は……なぜ私はエレアノールを殺したのだ……」
「……エレアノールが、願いの神威を授かったからさ」
地を這うような声で答えたノックスの言葉を聞いて、陛下はますます混乱したようだった。
回帰前の自身の判断が、まったく理解できないのだろう。
「なぜ神の意思を無視してまで殺す必要がある? エレアノールであれば、民のために正しく神威を使えるはずだ。真実、世界を救ったではないか」
ノックスは、神経を逆撫でされた様子でさらに目を吊り上げた。
けれど、陛下を責めるべく息を吸った瞬間、何かに気づいたように目を見開いてぴたりと止まり、やがて顔色悪くぶるぶると震え始めた。
先ほどまでが嘘のように打ちひしがれた様子のノックスに、陛下も怪訝な顔をしている。
「願うだけで世界を滅ぼせる力だ。危険だとは思わないのか……」
ノックスの声は震え、今にも消えてしまいそうなほど弱々しい。
陛下はなぜそのようなことを聞くのかと戸惑った様子だったけれど、私に視線を向けつつ慎重に口を開いた。
「……エレアノールは、いずれ王妃になる者として自身の責任を正しく理解し、努力していた。聡明で、強くしなやかな精神を持つ女性だ。踏みつけられても折れず、自身の足で立つことを知っているエレアノールであれば、強大な力を手にしたとて最善の道を選ぶことができるだろう」
ノックスの顔色はもう真っ白だ。陛下も侍従長も、近衛騎士ですら彼の尋常ではない様子に動揺しているのがわかる。
「では、もしエレアノールが……馬鹿な婚約者に甘やかされて、善良だけど一人では何もできないお姫様に育っていたとしたら……?」
陛下は、はっと息をのんだ。
回帰前の自分が『エレアノール』を殺すという決断を下した理由に気づいたのだろう。
世間知らずのお姫様が衝動的に神威を使い息子を害することのないように、そして何もできない女が重圧を背負う息子に寄りかかって潰してしまわないように――そういう理由ならばあり得る、と。
一方、陛下の反応を見たノックスは絶望の表情を浮かべて膝をついた。
「そうか、では、やはり俺が殺したんだ……俺が……」
彼は涙を流しながら、自身を罰するように拳を何度も地面に打ちつけた。
ずっと距離を測りかねている様子だった陛下が、ノックスに駆け寄って抱き締める。
「殺したのは私だ。息子大事でそなたの大切な者を殺した。私が殺したのだ!」
「やめろ!! エレアノールの可能性も、命も、奪ったのは俺だ! 俺が間違えたから死んだんだ!!」
ノックスは腕を振り回して陛下を拒絶した。
けれど陛下は、ノックスがどんなに暴れても決してその手を離そうとはしなかった。
「もし、イザベルが王妃たる責任を理解していなかったとしても! 何もできなかったとしても、私にはイザベルが必要だった!!」
半ば叫ぶような陛下の声に、ノックスが驚いたように顔を上げる。
陛下はそんなノックスの頬に両手を添え、言い聞かせるように言葉を続けた。
「私はそなたの母が――イザベルがただそばに居てくれるだけで良かった。イザベルのためだけに生き、イザベルのためだけに良き王たろうと努めた。もし何もできないからとイザベルを殺す者が居たなら、私はすべてを放り出し地の果てまでもその者を追ったはずだ。そして二度と、良き王になろうなどとは思わなかっただろう」
陛下の力強い眼差しとは違い、ノックスの目はゆらゆらと寄る辺なく揺れている。
「間違えたのはそなたではない、私だ。たとえエレアノールが何もできない娘だったとしても、そなたには間違いなく必要だった。そうでなくても殺してよい理由にはならぬ。そうであろう?」
陛下はノックスの瞳から次々溢れる雫を悲しそうに見つめ、深々と頭を下げた。
「すまない。そなたの大切な者を殺し、地獄の苦しみを味わわせた。すべては私の罪だ。本当にすまなかった……」
頭を下げ続ける陛下を、ノックスは涙を零しながらじっと見つめている。
揺れる視線の先には、すべての罪を引き受けんとする父の姿があった。
やがて陛下がそっと顔を上げると、ノックスは震える手を伸ばし、幼子のような不器用さで父の手に触れた。
頼りなく、どこか救いを求めるような表情を浮かべながら。
陛下はそんな彼の心ごと受け止めるように、再び息子を抱き締めた。
ノックスはびくりと肩を揺らしたけれど、抵抗することなくその腕に身を委ねている。
ようやく訪れた和解のとき。
まだ素直になりきれないノックスの手が陛下の後ろで彷徨うのを微笑ましく眺めながら、二人がようやく辿りついた安らぎの瞬間を壊さぬよう、私は静かに踵を返した。
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