願いを叶える公爵令嬢 〜婚約破棄された私が隣国で出会ったのは、夢の中の王子様でした〜

鹿倉みこと

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34. 迂闊な女神様

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 シャンベル男爵令嬢は機嫌を損ね、晩餐会もキャンセルすると言って部屋に引きこもった。
 晩餐会で再びルーカスが狙われる可能性もあったのだから、私たちとしては正直助かったという気持ちが大きい。

 エドゥアルド殿下やお父様のように影響力が大きい人が操られるのは避けたいし、ノックスはもっとも狙われやすいからと隠れてもらっていて、結果的にルーカスばかりがリスクを負うかたちになっている。だから、ルーカスがシャンベル男爵令嬢と顔を合わせる機会は、少なければ少ないほどありがたい。その間に情報交換と作戦会議もできることだし。

 しかし、情報交換のため集まったエドゥアルド殿下の執務室でルーカスが開口一番言ったことは、私たちにとてつもない衝撃をもたらした。


「操演の宝珠についてだけど、たぶん操られている間も本人の意識はあるんだと思う。体を動かす権限だけを奪われるような感覚だった」
「なんですって!? じゃあマルセルたちは意に添わぬ言動や行動をする自分を、体の中から眺めているということ?」
「たぶんね。言うなればあれは、人をマリオネットにする力だよ」
「そんな……」


 あまりにも残酷な力に胸が悪くなってくる。
 フィディア神は、なぜそんな神威を授けたのだろう。
 神威はいつだって民を守り、幸せにするために授けられてきた。けれど、操演の力で誰かが幸せになれるとは思えない。
 必死に民を守ろうとしているフィディア神のイメージと残酷な能力のちぐはぐさに、なんだか混乱してくる。

 そのとき、エドゥアルド殿下が何か閃いたようにぱっと顔を上げた。


「そういえば、操演の神威を授かった人物は、人形使いだったという記録を見たことがある」
「人形使いって、あの人形劇をやる人形使いのこと?」 
「そうだ。その人物は神威を授かってすぐに宝珠の研究に駆り出されたようだから、神威を使用した記録はないのだが……つまり『操演』とは本来、人形を操る神威なのではないか?」


 エドゥアルド殿下の言葉を聞いて、雷に打たれたような衝撃を受ける。それは私だけではなかったようで、ノックスも、そしてルーカスも目を見開いたまま硬直してしまった。
 お父様は落ち着いた様子だったけれど、腑に落ちたという顔でしきりに頷いている。
 
 
「人形操演の神威……たしかにそれなら芸術の神たるフィディア神が授けそうな感じがしますね」
「い、いやいや、待ってくれ。つまり操演の神威は人形劇のために授けただけで、人間を操るのは想定外……ってことか?」


 やっと動き出したノックスは、呆然とした顔で「嘘だろ……?」と呟いて、また動かなくなった。
 私もノックスとまったく同じ気持ちだ。きっとルーカスも。だって、それなら操れるものは人形に限定すべきだ。
 そうなってくると、毒霧を発生させられる『霞霧かむの神威』についても違う狙いがあったのではと思えてくる。
 
 知りたいような知りたくないような、複雑な気持ちで恐る恐る口を開く。
 
 
「ええと、参考までに、霞霧の神威はどのような方が授かったのでしょう?」
「たしか、小さな劇団の劇団員だったはずだ」 
「や、やっぱり! 霞霧はきっと、舞台演出用の能力として授けたんだわ!」


 今度はエドゥアルド殿下が雷に打たれたようにびくんと肩を跳ねさせた。
 そして、いよいよ我慢の限界だったのだろう。ノックスはガタリと立ち上がって叫んだ。

 
「ずっと言わないでいたけど言わせてくれ! ヴァルケルの守護神は、間違いなくポンコツだ!」


 ノックスの声が部屋の中に響きわたり、誰もが押し黙る。
 ポンコツだ……ポンコツだ……と、こだまが聞こえてきそうなほどの絶叫。よほど腹に据えかねたのだろう。
 たしかに、フィディア神が少々迂闊なのは間違いなさそうだ。
 結局、誰が悪いかといえばそれはもちろん宝珠を悪用した人だけれど、愚かな私たちのために悪用できないよう配慮してくれたら嬉しかったな、というのが正直なところだ。

 ノックスは疲れきった様子で、ソファに体を預けつつ口を開いた。


「はぁ……ちなみに、今夜忍び込んで宝珠を奪還するってのは可能なのか?」
「不可能です。十人以上の騎士が厳重に警戒しております」


 存在感を消していたアンナがさらりと答える。
 イシルディアの近衛騎士は精鋭揃いなので、十人以上が守っているなら部屋に侵入など絶対にできないだろう。


「まあ、そんな上手くはいかないか。それで、どうしてルーカスは操られずに済んだんだ?」
「俺はもともと気配に敏感なほうだから、反射的に暴れて抵抗したんだけど……でも糸がまとわりつくような感覚が完全に消えたのは、エレアノールちゃんに触れられてからだよ」
「エレアノールが神威保持者だから効かなかったってことか?」


 神威保持者だから神威が効かない、というわけではない気がする。
 ただ、私がルーカスに触れたから失敗したというのはあるかもしれない。

 
「私も巻き込まれそうになったから、神威保持者に効かないというわけではないと思うわ。でもあの人、ルーカスを操ろうとする直前に『パパはもう用なしだよね』って言っていたの。たぶん人数制限があって、男爵の操演を解かないとルーカスを操れなかったのではないかしら」


 ハインリヒ陛下とマルセルの操演を解くわけにはいかないだろうから、この考えが正しければ彼女が操れるのは実質一人ということになる。
 
 お父様はソファのひじ掛けを人差し指でトントンと叩きながら、私の言葉に納得する様子を見せた。


「なるほど。だとすれば、エレアノールが巻き込まれたことで四人操ろうとしている、という扱いになって失敗した可能性もあるかな」


 もしそうなら、一人きりでシャンベル男爵令嬢と対峙するようなことにならない限り、神威に対抗できるかもしれない。
 ただ、わざわざリスクを冒す必要もないのだし、彼女が引きこもっていてくれるならありがたい話だけれど。

 明日はついに鎮護の儀が執りおこなわれる。いずれにせよ、彼女に邪魔されるわけにはいかない。


「イシルディアの方々には、鎮護の儀が終わるまで部屋から出ないよう強く要請しておいた。油断はできないが、まずは儀式に集中するとしよう」


 エドゥアルド殿下の言葉に、全員で力強く頷き合う。
 神威の紋はまだ完成していないけれど、紋があろうとなかろうと自分にできることをやるだけだ。
 泣いても笑っても明日、世界の運命が決まるのだから。
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