願いを叶える公爵令嬢 〜婚約破棄された私が隣国で出会ったのは、夢の中の王子様でした〜

鹿倉みこと

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33. 絡みつく糸

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 マルセルが馬車から降りると、すぐさまイシルディアの騎士たちが集まってきた。ざっと見ただけでも二十人以上が付き従っており、しかもそのうちの一人は近衛騎士団長だ。
 ハインリヒ陛下が王城にいるのに、近衛騎士団長が旅行の付き添いだなんて信じられない。きっとシャンベル男爵令嬢が陛下に命じさせて自分の護衛につけたのだろう。

 マルセルの手を借りて豪奢な馬車から降りてきたシャンベル男爵令嬢は、目がチカチカするような煌びやかなドレスを着ていた。
 胸元が大胆に開いたデザインとボリュームのあるスカートは夜会であれば映えるかもしれないけれど、旅装としては不向きだし、何よりこの場にそぐわない。


(とはいえ、品質もデザインも超一級品。あれは、ルイ・アンジェのドレスね)


 ルイ・アンジェは、マルセルが夜会用のドレスをプレゼントしてくれるときに、いつもデザインを依頼していたデザイナーだ。
 きっと、今は自分がそれをプレゼントされる立場だと言いたくてわざわざ着てきたのだと思うけれど、あの格好で長旅は絶対にしたくないわね、という感想しか出てこない。

 シャンベル男爵令嬢の胸元には、もちろん大粒のルビーがきらりと光っている。
 あれをどうやってむしり取ってやろうかしら、と考えているうちにマルセルたちは目の前までやってきた。
 すかさずルーカスが一歩前に出て一礼する。


「ようこそおいでくださいました。私はファルクナー侯爵、ルーカス・ファルクナーと申します。少々急なお知らせでございましたゆえ、準備が整わぬままの対応となり心苦しい限りでございますが、エドゥアルド殿下に代わり、歓迎の意をお伝えいたします。また、空をご覧いただければわかるとおり、現在ヴァルケルは緊迫した状況です。明日おこなわれる鎮護の儀に向け慌ただしく、おもてなしに至らぬ点もあるかと存じますが、どうかご容赦くださいませ。いつあの裂け目に飲み込まれるかと思えば心穏やかにとはいかないかもしれませんが、どうぞごゆるりとお過ごしください」


 ルーカスのみごとな言い回しに、すごいわねと感心してしまう。
 わかりやすく言えば「連絡もなしに押しかけてくるな、今お前たちの相手をしている暇はない、死にたくなければとっとと帰れ」と言っているのだけれど、ルーカスが優雅な礼とともに穏やかな口調でスラスラ口上を述べるものだから、とくに他意はなさそうに聞こえる。
 それに、皮肉に気づいたとしてもさすがに文句は言えないだろう。
 事実、シャンベル男爵令嬢以外はどちらが非常識かきちんと弁えている様子だ。マルセルは気まずそうな顔をしているし、後ろに並ぶ騎士たちの中には恥入った表情の者もいる。


「あ、ああ。歓迎していただき感謝する。マルセル・イシルディアだ。ところで、レオパルド王はどうされた? エドゥアルド殿下に代わり、というのは……?」
「おや、知らせと行き違いになったようですね。我が国は現在、王位が空席の状態です。あの裂け目の対処が終わり次第、エドゥアルド殿下が即位なされます」
「……なるほど、よくわかった。どうやら、大変なときに来てしまったようだな。申し訳ない。なるべく早く退散するとしよう。あの裂け目も……ずいぶんと不気味だ」


 今のところマルセルに特段おかしな様子はなく、迷惑をかけている自覚はあるようだし、空を眺めて不安そうにしている。
 一方、シャンベル男爵令嬢は空を見ても何とも思わないらしい。彼女は、どうやって私を痛めつけてやろうかと考えているのがありありとわかる顔で、私を一心に見つめながら口を開いた。


「えー? せっかくの婚前旅行なんだよ? いーっぱい思い出作らなきゃ、でしょ? たしかに町はボロボロだったけど王宮は綺麗だし、寝室も豪華なんじゃないかなぁ。うふふ。あ、でもエレアノールさんが居るなんて……ちょっと怖いかも……」
「それもそうだな。ファルクナー侯爵、そこのエレアノール・ラヴェルは私の婚約者であるネリーをいじめ抜いた悪女だ。どこかに閉じ込めておいてくれないか? 性根の腐った女だから、そなたも関わらないほうが身のためだぞ」


 私の背後に並ぶ使用人たちは何も声を発さなかったけれど、空気がざわりと動いたのはわかった。
 シャンベル男爵令嬢もその空気感に気づいたのか、勝ち誇った顔で私を見ている。
 彼女の発言はともかくマルセルが悪女と断じたとなると、私に対する猜疑心が生まれるのも無理はない。
 しかし、そんなものは宝珠を奪えばすべて解決する話だ。いちいち気にしていたらキリがない。

 私が微笑みを維持して黙っていると、左斜め後ろから「手っ取り早く殺りますか?」というアンナの囁きが聞こえた。
 うちの侍女は物騒が過ぎるわね、と思いつつ聞こえなかったことにして引き続き黙っていると、今度は右斜め前からギリギリと歯ぎしりの音が聞こえてきた。
 そろりとルーカスを覗き見ると、その横顔はかろうじて笑顔を保っていたけれど、目はまったく笑っていない。


「マルセル王太子殿下、お言葉ですがエレアノール嬢は思いやり溢れる素晴らしい女性です。イシルディアの令嬢方が逃げるように帰っていくなか、彼女だけがヴァルケルの民に寄り添い、今も儀式の準備を手伝ってくださっている。、いじめなどされる方ではない。きっと何か誤解があったのでしょう」
 
 
 再び、使用人の空気がざわりと動く。ルーカスが私を信頼する根拠を示しながら反論したことで、たしかにという空気感が生まれた。
 聞き流してもいい場面なのに、ルーカスは私を守ってくれようとしたのだろう。
 その気持ちが嬉しくてルーカスの袖を一瞬だけきゅっと握ると、彼はちらりと私に視線を向けて小さく微笑んだ。


「は? 何それ……またこいつばっかり……ていうか、よく見たらめちゃくちゃイケメンじゃん。いくら貧乏な小国とはいえ、イケメン侯爵の妻になるとかありえないんだけど。……そうだ、私は王太子の婚約者になったんだからパパはもう用なしだよね」


 ぶつぶつ呟く声が聞こえて、慌ててシャンベル男爵令嬢に視線を向ける。すると、彼女は一瞬親の仇を見るような目で私を睨みつけ、それから口が裂けたような不気味な笑みを浮かべた。
 途端に嫌な予感が波のように押し寄せてくる。


(まさか……ルーカスを操る気……?)


 格好いい男性が私の味方をした、というのは彼女にとってとんでもなく気に食わない状況のはずだ。
 案の定、彼女は警戒する私の視線を無視して、媚びるような目でルーカスを見つめ、彼に両手をかざしながら猫なで声を上げた。
 
 
「ねえ、ルーカスって言ったよね。あなた、私に一目惚れしたんでしょ? ずーっと私のこと見つめてるもんね。だから、特別にあなたを私の世話係にしてあげる。その代わり、常に私のそばに居るのよ?」
「は……」


 ルーカスは目を見開いてぴしりと固まり、それから何かを払うように腕を振り回して暴れ出した。


「うわぁぁぁ! なんだこれ!?」
「ルーカス!!」


 私がとっさにルーカスの肩を掴んで支えると、何かが腕に巻きついてくるような不快な感覚があった。
 これがルーカスが暴れている理由だと直感的に感じてルーカスの体から払うようにすると、彼はびくんと体を跳ねさせ、それからぎゅうっと力いっぱい抱き着いてきた。
 一瞬のできごとだったにもかかわらず、ルーカスは荒い息をついている。


「な、なんか、大量の糸のようなものがまとわりついてきたような感じがした。気持ち悪い。虫に全身を這いまわられたような不快さだ」
「ええ、わかるわ……私も感じたもの。今はもうない?」


 ルーカスは頷いたものの、体はひどく震えているし額には汗が光っている。よほど不快な思いをしたのだろう。
 慰めるように彼の背中を撫でていると、シャンベル男爵令嬢の方から大きな舌打ちが聞こえた。
 視線を向けると、彼女は憎悪を煮詰めたような暗い目で私を睨んでいる。


「何よ……ちょっと顔がいいだけで小国の貧乏貴族じゃない。そんな男こっちからお断りよ。マルセルいくわよ! そこのお前、さっさと案内しなさい!」


 肩を怒らせて城内へと入っていくシャンベル男爵令嬢の背中を眺めながら、宝珠の恐ろしさを改めて噛み締める。
 ひとまず被害を出さずにこの場を凌げたことに言い尽くせぬほどの安堵を感じて、ルーカスの背中を撫でながらそっと目を閉じた。
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