願いを叶える公爵令嬢 〜婚約破棄された私が隣国で出会ったのは、夢の中の王子様でした〜

鹿倉みこと

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32. 売られた喧嘩は買うもの

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 結果として、ノックスはお願いを聞いてくれた。
 隠れて近くに待機はするけれど、姿は見せないようにすると約束してくれたのだ。

 ちなみに、エドゥアルド殿下が操られるのも非常にまずいので、彼は『儀式の前の禊に入り誰にも会えない』ということになっている。
 ルーカスにばかり負担をかけてしまうのは申し訳ないけれど、シャンベル男爵令嬢の相手をするのは、主にルーカスと私の二人になるだろう。

 自身が矢面に立つ羽目になるとわかっていながらノックスの説得に手を貸してくれたルーカスには、心から感謝している。これは紛うことなき本心だ。
 ただ、正直なところ「話が違うわ」とちょっぴり恨めしく思う気持ちもある。
 だって「かわいくて少しえっちな下着姿でお願いすれば、頭が働かなくなってお願いなんかいくらでも聞いてもらえる」って言っていたのに。実際はとても怒らせて、気を失うまでお仕置きされたのだから。

 これは文句を言ってもいいわよね、と考えていると、背後から明るい声が聞こえてきた。


「エレアノールちゃん、おはよう!」


 来たわねルーカス。飛んで火に入るなんとやらよ。
 そう思った私は、怒った表情を作り、腕組みをして、くるりと振り返った。


「おはよう、ルーカス。聞いてちょうだい、昨夜は酷い目に……まあ!」


 はりきって文句を言い始めた次の瞬間、言いたかったことはすべて空の彼方に消えた。
 なぜなら目の前に麗しくも凛々しい、まさに完璧な青年貴族が立っていたからだ。


(もともと整った顔立ちだとは思っていたけれど、これはとんでもない美丈夫だわ……!)


 いつも元気に飛び跳ねている赤褐色の髪をきっちりと撫でつけたルーカスは、普段よりどこか精悍に見える。
 深みのあるエメラルドグリーンのジャケットには金糸の刺繍が施され、ハイカラーの白いシャツは袖口の控えめなレースが上品だ。
 腰には黒の上質な革ベルト、足元には磨かれたブーツを履き、それはどこから見ても貴族家の当主にふさわしい佇まいだった。


「とても素敵よ! もしかして、爵位を取り戻したの?」
「ふふ、ありがとう! 実はそうなんだ。冤罪の詫びと功績への報いってことで陞爵されて、侯爵位を賜ったよ」
「おめでとうルーカス! 本当に素晴らしいわ」


 ルーカスの家は冤罪で取り潰されたのだから叙爵されて当然とはいえ、彼がついに家名を取り戻したと思うと胸に迫るものがある。
 彼はすごく頭が切れるし、相手の心に寄り添える人だから、きっと民に信頼される素晴らしい侯爵になるだろう。

 感動のあまり小さく拍手していると、ルーカスは胸に手を当て柔らかな微笑みを浮かべた。


「エレアノール嬢、どうか正式に挨拶させてくださいませんか?」
「まあ、挨拶してくださるの? 嬉しいわ」
 
 
 挨拶を受けるため手を差し出すと、ルーカスは優雅に一礼して片膝をつき、繊細な力加減でそっと指先を握った。
 上目遣いで私を見る彼はとても嬉しげで、私も嬉しくなってしまう。


「この度、侯爵位を賜りましたルーカス・ファルクナーです。どうか、敬愛するあなたの指先に口づける栄誉をお与えください」
「ふふ。ファルクナー侯爵、どうぞよしなに。口づけを許します」


 彼のかしこまった口上にクスクス笑いながら答えると、彼は眩しそうに目を細め、触れるか触れないかの距離で手の甲にそっと口づけた。
 挨拶は普通そこで終わるものだけれど、彼はさらに私の手の甲に額をつけた。
 神聖な誓いを受けたような光景にドキリと心臓が跳ねる。
 
 しかし私が口を開く前に、ガシャガシャと騒がしい音を立ててフルフェイスの兜を被った騎士がやってきた。
 普段、城内でこのような重装備を着用することはないけれど、イシルディアの王族を迎えるために儀礼用の装備を身につけているのだろう。
 その騎士は、重装備とは思えない速度で駆け寄ってくると、だいぶおかしい距離感で立ち止まった。


(すごく……近いわね……)


「……もしかして、ノックスなの?」
「ああ、よくわかったな。さすがエレアノールだ。そしてルーカス、お前ちょっと馴れ馴れしいぞ。その手を離せ」
「えぇー? 侯爵としてレディに挨拶しただけだよ? それに昨日は誰のおかげで……」


 ルーカスが爽やかな笑顔で何かを言いさすと、ノックスは「あー!!」と大声で叫んでそれを遮った。
 兜を被った状態で叫ぶなんて相当うるさいのではないかしら、と心配したけれど、ノックスは特に気にしていない様子でガチャガチャと鎧をうるさく鳴らしながら手足をバタバタ動かした。

 
「あー、エレアノール、今日のドレスも最高に似合ってる。さあ、もうすぐマルセルが到着するから出迎えにいくといい。俺は見てのとおり騎士のふりをして控えているから、顔を見られる心配はないぞ。俺も近くにいるが、絶対にルーカスのそばを離れるなよ。じゃあな!」


 ノックスは息継ぎなしに捲し立てると、そのままガシャガシャとけたたましい音を立てて去っていった。
 私が勢いに圧倒されて目を瞬いていると、ルーカスはクスクス笑いながら腕を差し出した。
 

「それではエレアノール嬢、僭越ながら私がエスコートさせていただきます。お手をどうぞ?」
「まあ……ありがとう、ファルクナー侯爵。それではお願いするわね、ふふ」


 ルーカスは彼の腕に添えた私の手をするりと一度撫でてから、私の歩幅に合わせてゆっくり歩き出した。

 しかし、ルーカスが爵位の高い美丈夫になってしまったことで、操られる可能性がグンと上がった気がしてきた。本当に大丈夫だろうか……?
 なんだか不安になってきてソワソワしながら歩いていると、私の様子を敏感に察知したらしいルーカスが、金の瞳をきらきら輝かせて見つめてきた。


「ねえ、もしかして俺を心配してくれてる?」
「それはもちろん心配するわよ。ルーカスが操られるなんて考えたくもないわ」
「ふふ、嬉しいな。でも大丈夫だよ。三人で話し合って、お互い操られたら牢屋にぶち込もうってことになったんだ」
「え、牢屋に……ぶち込む?」 


 話が予想外の方向へ展開したものだから、聞こえていたのに聞き返してしまった。
 それはつまり、エドゥアルド殿下が操られても牢屋へ入れるということよね。今やヴァルケル唯一の王族となったエドゥアルド殿下が牢屋行きって……なんだかとんでもない話だわ。


「もちろん貴族牢だけどね。操られたら何かやらかす前に閉じ込めた方が、お互いの為でしょ?」
「うーん、それはたしかにそうね。では、もし私が操られたら、私のことも牢屋に入れてちょうだいね?」
「ふふ、わかったよ。丁重に閉じ込めてあげる」


 全員操られたらこの作戦は使えないけれど、きっとそこは問題ないだろう。
 実のところ、私はシャンベル男爵令嬢が操れる人数には限りがあると踏んでいる。しかもかなり少ないのではないかと。
 なぜなら、彼女はハインリヒ陛下とマルセル、そしてシャンベル男爵以外を操る様子が一切なかったからだ。
 人数に限りがないなら、周囲の人間を操ってもっと居心地の良い環境を作るだろうし、そもそも私に嫌がらせをしたいなら私を操るのが一番手っ取り早い。なのにそれをしないということは、できない理由があるのだ。
 ただ、これは私の推測に過ぎないから口には出さないけれど。


 ルーカスとともに王城の入り口に立つと、間もなく王族が乗るのにふさわしい豪奢な馬車が入ってきた。
 その後に何台もの馬車が続き「個人的な旅行」という建前はどこへ行ったのかと呆れてしまう。
 
 それにしても、空の裂け目を見ていながら本当にここまで来るなんて、どれだけ憎まれているか実感が湧くというものだ。

 いいわ、相手になってあげる。
 あなたの胸に光るそのブローチ、私がむしり取ってあげるわ。
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